161 ☆ きっときっと大丈夫です! ☆
満身創痍でした。
コックピットから顔を出し、モニア姫は私たちと相対します。お転婆で高飛車な彼女ですが、その瞳からは確かな覚悟を感じますね。
ドワーフという種族に何が起きたのかは分かりません。いったい何を思い、どんな価値観で動いているかも理解できないでしょう。
ですが、それでも進軍を許すわけにはいかない。誰にも死んでほしくない私の覚悟だって本物です!
「退いてください。ベルゼブブさんが来なければ、貴方たちは負けていました。上手くいったのは悪魔の気まぐれです!」
「神様がボクたちの味方をしてくれたんだ。例えあいつの気まぐれでも、このチャンスは絶対に逃さない!」
右腕をこちらに向け、魔弾を放っていくゴーレム。対し、ハンスさんはチョコレートの壁を作って攻撃を防いでいきました。
彼の作るチョコレートはとにかく硬い。ですが、それも連射によって徐々に崩れていきます。
歯を食いしばり、とにかく攻撃に耐え続けるホムンクルス。やがて、先ほど吹っ飛ばされたマルガさんが、キャンディーによって支援に入ります。
「ハンスとおねーたんをイジメるな!」
「子供が……大人の邪魔をするなっ!」
自分が大人だとアピールするモニア姫。彼女は機体を動かし、その左手によって飴の鞭を受け止めてしまいました。
空中よりも機敏になっていますね。やっぱり、ゴーレムの本質は地上戦にあるようです。
焦るマルガさん、意地悪く笑うモニア姫。黄金ゴーレムは飴を引っ張り、繋がったステッキごとマルガさんを振り回しました。
「は……放せー!」
「分かった。放してあげるよ!」
ゴーレムが飴を放した事により、ホムンクルスの少女は吹っ飛ばされます。そして、屋敷の門に向かって強く叩きつけられました。
鉄の格子が曲がるほどの力です。マルガさんがホムンクルスであっても無事ではないでしょう。
さっと血の気が引きますが、ハンスさんは冷静です。何もできない私と違い、彼はチョコレートの剣で攻撃に出ました。
「マルガを……許さない!」
「許さないなら、どうするってんだい!」
ですが、ゴーレムの装甲には傷一つ付きません。彼女は右手を振り払い、ハンスさんを容易くなぎ倒します。
不味い……二人が殺される……!
そう思った私は、助けを求めようと周囲を見渡しました。ですが、見えたものはそれ以上の惨劇でした。
虫によってピノくんを壊され、成す術のないご主人様。そんな彼を助けるためか、防戦一方のジルさん。
負傷し、倒れるアロンソさん。体力が限界に近づき、攻めに移れないハイリンヒ王子。
誰も、こちらを助けれる状況ではありません。
「そんな……私が戦えないせいで……」
「テトラ……! 絶望しちゃダメだ! 君の心が折れた時が本当の終わりなんだ!」
華奢な身体ですが必死に戦うジルさん。女の子のような綺麗な肌が、虫によって何箇所も食いちぎられています。
彼は転生者ですが戦闘特化ではありません。発明や技術によって最強ではありますが、相手はそれ以上の異端である悪魔です。
今の私達じゃ勝てない……? このままじゃ全員殺される……?
冗談じゃないわ……必要なのは今以上の力……
世界を変える……運命を変える……
最高の異世界夢想を!
「流星のコッペリア……出て来てくださいよ! コッペリアさん!」
反応はありません。全く楽しくない今の状況では無理でしょう。
王都が攻められた時だって、少ししか力を使えなかったんです。スピルさんと戦った時のように、今の私を壊さない限りは出てきません。
悔しいですが何も出来ない……このまま黙って、ご主人様たちが消されるのを見ている事しか……
諦めかけた私と違い、ハンスさんとマルガさんは立ち上がります。そして、それぞれキャンディーのステッキとチョコレートの剣を構えました。
「お姉たんは私が守る……! ご主人たまと約束したの!」
「お姉たんは希望……! ご主人たまも言ってた!」
私より小さい子供が、大きなゴーレムに向かって果敢に挑みます。そうですよ……私が諦めてどうするんですか!
絶対に誰も死なせない。その覚悟は本物です。だったら、それなりの代償だって支払えるはずです!
私は目を瞑りました。
戦場の真ん中で、仲間が傷つき倒れるその時に……
心の中の自分に問いかけます。
何もない真っ白い空間、私は毅然とした態度で先へと進みました。
もう、迷いなんてない。みんなを助けるため、平和を手に入れるため。私はもう一度彼女に会う必要があります!
神様だとか世界だとか……そんなのは分かりません。例え転生前の記憶が別人でも、自身がバアル様に作られた人形でも! ここまで進んだ事実は変わりません!
私には転生者としての誇りがあります。
チート無双を諦めた時が、転生者としての終わりなんだ!
「だから、私はここに来た……このベッドルームに!」
真っ白い空間に色が付きます。
まるでおもちゃ箱をひっくり返したようなこの空間。天井には夜空の模様が描かれ、惑星のようなインテリアが部屋のいたるところに飾られていました。
中央には白いカーテンがあり、中には薄紫のベッドが置かれています。私の目当ての人は、その上に座っていました。
「こんにちは、それともこんばんは? 私はこんなところまで来たんですねー」
「あなたが私でも神でも……世界でもどうでもいい。奇跡を起こしてもらうわ」
足をパタパタと動かし、私の姿をした彼女は首をかしげます。
「貴方は私です。私は貴方です。私に頼んでもどうにも出来ません」
「分かってる。だからこれは自問自答。心の整理をつけるために必要なことよ」
彼女は確かに私自身ですが、同時に大いなる『主』でもあります。そして、強大な世界その物であり、真理でもありました。
今、私は未知の領域に踏み入ろうとしています。この自問自答を制しなくては自身の殻は破れません。転生者として、絶対に必要なことでした。
私は流星のコッペリア。白鳥泉の『人と楽しく付き合いたい』という無双願望から生まれた存在。
どんな戦場も楽しく彩る……! それが私の異世界無双だ!
「力を貸しなさい『流星のコッペリア』! 私はもう試練を乗り超えたわ。大切な人を守りたいし、明るく楽しく生きたいし、自分の力を信じてる。もう、初めてここに来た時の私じゃない!」
「あははー、良いですねー。自分の心と仲良くしないと、誰だって本当の力は出せません」
私と私は見つめ合います。二人は鏡合わせ、使命を果たすためには必ず交わるべき運命。
だから、私は彼女を抱きました。
自分自身をぎゅっと抱きしめました。
もう、私は自分の力を恐れたりなんかしない。その本質が『楽』の感情でも、心が楽しく高ぶっても、本当にすべきことは見失いません。
確かに混沌を求め、周りが滅茶苦茶になる事に心を躍らせるかもしれない。だけど、仲間は見捨てない! 死を望むようなこともしない!
私は私だ。白鳥泉で……流星のコッペリアで……
テトラ・ゾケルだ!
今、私は異世界無双を超える。
「流星の~! コッペリア~!」
叫びます! 大きく! 高らかに!
自分の存在を! 生きているという証を!
「もう、自分を見失ったりなんかしません。三番テトラ、これより異世界夢想を開始します!」
私の瞳には星が輝いています。ですが、今までより心の制御は出来ています。
楽しい気持ちがあふれてきます! この気持ちをコントロールしたとき、流星のコッペリアは本当の力を発揮する!
私の覚醒を知っているジルさんは驚きます。どうやら、以前の私とはビジュアルも違うようですねー。
「て……テトラなのかい……? 髪が伸びて、黄色く輝いているんだけど……」
「あははー、副作用ですかね? 目立って良いじゃないですか☆」
キラキラと輝く黄色い髪。瞳の星と同じ色です。
私のイメージカラーは黄色! 星の色! 楽しい色! 輝きの色!
この長い髪は力があふれ出た結果でしょうかね? 一見邪魔くさそうですけど、むしろ逆に驚くほど軽い! まあ、私の能力は心ですから、身体能力は上がってないですけどねー。
「じゃじゃーん! そんなわけでご主人様! 糸による操作カモンです!」
「テトラよ……大丈夫なのだろうか?」
「バッチこいです! きっときっと大丈夫ですよ☆」
保障なんてないですけどねー。ま、自分の事は自分が一番知ってますよ!
ご主人様は頷き、交霊の糸を私に繋げます。これで今まで通りの元通り、じゃんじゃん戦ってやりますからね!
あ、そう言えば戦闘の途中でした。ドワーフのモニア姫! お姫様はちゃーんと私がエスコートしないといけません!
「モニア姫! 悪い悪い道化師が貴方をさらいに来ましたよ!」
「何を言ってるんだい。姿は変わったみたいだけど、そんな魔力じゃボクを倒せないよ!」
ゴーレムさんの両腕から掃射される魔弾の雨。それら全てを私は走りながら回避していきます。
一瞬で距離を詰めますが相手さんも魔王軍幹部。すぐに切り替え、今度は右腕から強力な鉄拳を放ちました。
ですが、簡単簡単ですよ! ぱっとジャンプし、攻撃を軽々と飛び越えます。そして、そのままコックピットから顔を出すモニア姫へと抱きつきました。
「つーかまえた☆」
「ど……どこからこんなスピードが……!」
頭を引っ込めようとはしていましたが、一瞬すぎて間に合わなかったようですね。私はそのまま彼女を引っこ抜き、地面へと下ろします。
たとえゴーレムが黄金無敵の存在でも、操縦者を降ろしてしまえば無力! 敗因は油断して顔を出しすぎた事でしょうかねー。
さてさて、これでモニア姫は撃破でしょう。すぐに背を向け、ベルゼブブさんの方へ向かおうとした時でした。
「油断したね。ボクの発明はゴーレムだけじゃないよ!」
「お姉たん……!」
鋼鉄のグローブをつけたドワーフの姫。彼女はそこからジェットを吹かし、二度目の鉄拳を私にぶっぱなします!
ですが、もう大丈夫です。気にせずベルゼブブさんの元へと走ったのと同時に、ハンスさんの剣が攻撃を受け止めました。
モニア姫の鉄拳グローブは物凄い威力です。これにより、チョコレートの剣にひびが入りましたが、心の持ちようで何とかなるでしょう!
「ノットキルキルコロコロ! ご主人たまが悲しむから……!」
「そんな……ボクが……ボクの発明が……!」
硬度で負け、先にひびが広がる姫のグローブ! やがて、そのままチョコレートの剣がモニア姫の発明をめきょっとぶっ壊しました。
砕け散る魔石と土。それを呆然と見つめつつも、彼女の中にある闘志は消えません。
目からあふれる涙。少女はすぐにそれを振り払い、腰に付けたハンマーを握ります。
「ボクたちは……ドワーフは優秀な種族なんだ! ボクは姫として! みんなを導かなきゃダメなんだァァァ!」
「もう良いよ。休も?」
が、それもダメ! ボロボロになり、身体の至る所が損傷したマルガさん。彼女のキャンディーによって、ようやくモニア姫は拘束されました。
ドワーフという種族に対する愛。魅せてもらいましたよ。
千年に一度の姫として生まれたプレッシャーは並大抵なものではないでしょう。ですが、それをリスペクトして血が流れるのは嫌です!
我がままだったら私も負けていません。
そう、異世界転生者は誰よりも我がままですから!