158 暴走少女を食い止めろ!
森をぱぱっと走り、ささっとフラウラの街に到着します。ギリギリ間に合ったのか、ドワーフたちによる攻撃は始まったばかりのようでした。
街の人に正体がばれたら面倒なので、仮面をかぶって変装をします。勿論、ペンタクルさんから話を聞いてるクレアス国サイドは騙せないでしょう。私の正体はお見通しというわけです。
「ご主人様、相手は異世界転生者を知っています。油断や慢心は期待できません」
『加えて、精霊によるサポートを受けているように感じる。一筋縄では行かないだろう』
街に攻め入るのは何十体ものゴーレム。彼らに対し、フラウラを拠点とする聖国騎士が動き出します。
敵はドワーフさんだけではありません。ご主人様が言うには精霊も介入しているようです。
彼らの目的は聖国の完全な撲滅。国力の弱まった今を狙っての追い打ちでしょう。
流石にこの人数をさばく事は出来ませんね……聖国騎士の皆さんを信じ、私は大ボスのモニア姫を狙いましょう!
ドワーフの姫を探す中、一人の女性が襲われてることに気づきます。フラウラギルドの受付嬢、マーシュ・コメットさんです。
彼女は新婚の妊婦さん。名の知れた冒険者だったらしいですが、流石に戦わせるわけには行きませんね!
地面を蹴り、巨大な拳を振り上げるゴーレムさんに向かって走ります。ですがその瞬間、敵の腕はブロンドカラーの何かによって縛り上げられてしまいました。
「……え?」
「お腹の赤ちゃんに……悪影響でしょうが!」
マーシュさんの叫びと共に、鋼鉄の巨体が宙へと浮きます。敵の腕に巻き付いたものは髪。その尋常ではない力によって持ち上げられてしまったようですね。
マーシュさんは長髪を振り回し、ゴーレムさんを地面へと叩きつけます。そして、解いた髪を器用に操作し、敵のコックピットからドワーフさんを引きずり出しました。
がくがく震えるおっさん。滅茶苦茶睨んでる妊婦さん。一瞬で勝負がつきましたね……
少しすると、ギルドマスターのシルバードさんが現れます。彼はニシシと笑いつつ、水魔法によってゴーレムの魔石を撃ち抜きました。
「心配するだけ無駄だぜ。マーシュは元、フラウラに二人しか居ねえAランクだ」
「もう一人は?」
「こいつの旦那さんだ。ちなみに俺は当然のSランクな」
分かってはいましたが、ヤベー人たちの集まりだったんですね。特にSランクの冒険者はカルポス聖国に一桁しかいない存在。どうやら、シルバードさんはレジェンド級のようです。
まあ、フラウラという大きな街でマスターをやっているのですから当然ですか。改めて、味方につけて良かったと感じました。
すぐにご主人様がテレパシーを送ります。
『テトラよ。ここは彼らに任せた方が良いだろう。彼らは相手を傷つけずに捕虜とする術を身に着けている。これは信用に値する事実だ』
「そう言えば、シルバードさんたちも命を奪わないよう立ち回っていますね」
水鉄砲で的確に魔石を狙い、コックピット内は狙わないようにしています。それはシルバードさんだけではなく、聖国騎士たちも生け捕りを狙っているようでした。
私の言葉が聞こえたのか、義足の老人は敵と戦いつつ答えます。
「ドワーフとは国交の改善が求められている。ハイリンヒ王子から殺しを控えるよう命令されてんだよ。どうにも、相手さんも乗り気じゃねえようだしな」
確かに、先ほど確保したドワーフさんは死んだような目をしていましたね。モニア姫の愚行に対し、嫌々従っているという感じでした。
これはいける……無血とはいかないでしょうけど、最小限の被害で解決できるかもしれない。少なくとも、ハイリンヒ王子はやる気です!
まったく、甘めー王子様ですよ。ですが、私も同じ夢を見たい。これからの聖国のためにも、ドワーフさんとの国交改善は必要です!
「ご主人様、モニア姫を確保します! これ以上、酷いことはさせない!」
『承知した。アステリはアリーに任せ、私も上空から彼女を探そう』
街に響くのは騎士たちの咆哮とゴーレムの足音。ハイリンヒ王子の命令もあり、今のところは大きな被害はないようです。
上手いですね。事前に敵の進軍を予知し、街の人たちを屋内に待機させましたか。戦いも時間稼ぎが目的のようで、騎士たちの統率も取れています。
王都があの状態でもモチベーションは申し分ありません。風向きはこちらに向いていました。
ご主人様からの通信を受け取り、ドワーフさんたちの本陣を特定します。私は再び大地を蹴り、目標に向かって突っ走りました。
フラウラの領主、ベリアル卿の屋敷前。そこでようやくモニア姫を捕捉します。
他のゴーレムよりも明らかに巨大かつ黄金色。加えて足からジェット噴射をして空中にホバリングしています。明らかに以前戦ったあの巨人でした。
先の戦闘でボコボコにされたからでしょうか。空中で停止して下界に降りようとはしません。
彼女の下には他よりも巨大なゴーレム兵が三体。姫を守るようにどっしりと鎮座していました。
「滅茶苦茶安全な場所で待機していますね……」
『常套手段だろう。今回は魔王の指示ではない。リーダーが彼女である以上、部下に任せるのは至極当然と言える』
至極当然であろうとこっちは困りますねー。狙いはモニア姫一人、他のドワーフさんたちとは出来るだけ戦いたくないところです。
ですが、あの高さは私のジャンプでも届きません。流石に前回の戦いで私の身体能力は把握しましたか。まったく、飛べるというのは相当なアドバンテージですね。
さーって、どうしましょうか。民家の陰に隠れつつ様子をうかがっていた時でした。
「また現れたか巨人! このアロンソ・キハーノの槍が貴様を貫いてくれようぞ!」
「げ……最悪だ」
まーたこのタイミングでアロンソさんが現れます。なんでこうもモニア姫に縁があるのか……何にしても、これで様子を伺うことは出来ません。
悪寒が走ったのか、モニア姫は瞬時に彼を捕捉します。よほどトラウマだったのでしょうね。空中でよろめいた動きをしますが、すぐに体勢を立て直して右手を振り払いました。
これが攻撃命令となります。地上に鎮座する三体のゴーレム兵が、一気にアロンソさんの方へと走りだしました。
「さあ、来るがよい! この吾輩が……」
「ダメに決まってるでしょ……!」
すぐに影から飛び出し、おっさんを回収します。
前回と違ってトリシュさんのサポートはありません。勝てる可能性はどう考えてもゼロですから!
ですが、これで敵に捕捉されてしまいました。三体のゴーレムは私たちを狙い、両腕をこちらに向けます。そこから放たれるのは強力な魔法弾! 私はアロンソさんを肩に担ぎつつ、それらを回避していきます。
やっぱり、先ほど戦った下級兵より強い……遠距離攻撃も充実していました。
『テトラよ。あのゴーレムには精霊が搭載されているようだ。恐らく、魔石を介して攻撃をサポートしているのだろう』
「精霊さんもクレアス国と同盟を結んでいますからね。待ってください。ということは……」
嫌な予感がしました。この進軍はモニア姫をリーダーとするドワーフさんたちの独断。精霊のサポートを受けているのは不自然です。
たしか、魔王軍の幹部の精霊はアイルロスさんですよね。となれば、彼の介入は確実。そして、前回の事を考えるとその狙いは……
たぶん、私だ。
「ニャハハ! 流星のコッペリア! 決着をつけに来たニャ!」
「もう、勝負ついていますから!」
最悪だ! ゴーレム兵に追われているこのタイミングで! アロンソさんを守らなければいけないこのタイミングで! あの長靴猫がサーベルによって斬りかかってきました!
当然、ナイフを取り出して攻撃をガード! まずは手始めと言った感じですが、こっちはもうクライマックスなんですよ!
しゃーねーですね! 左肩に抱えたアロンソさんを掴み、ぶん回してアイルロスさんを払います。そして、そのまま引きずっておっさんをゴーレム兵から離れさせました。
「ぬおおおおお……! テトラ殿! 頭が! 頭がああああ!」
「文句言わないでください! この状況はヤベーですよ!」
流石にお荷物さんを守りつつ五人を相手出来ますかい! 仲間を連れてこれば良かったー。
何にしても状況は最悪です! モニアさんを確保すれば止まると思いましたが、まさか幹部クラスがもう一人いるなんて予想外ですよ!
左手でアロンソさんを引きずり、右手で襲い掛かるアイルロスさんに対抗します。そんな事をしている間にも、ゴーレム兵は魔法弾を連続で放ってきました。
この攻撃に巻き込まれてアイルロスさん退場! なんて事には当然なりません。彼も学習しているようで、味方の攻撃すらも回避していました。
「さあ、おとなしく吾輩と戦うニャ! そうすれば余計な手出しはしないように仲間に言ってやるニャア」
「断ります! それに従ったとしても、アロンソさんの無事は保証されません。それじゃダメなんです!」
「ふにゃあ……王都の時もそうだったニャア。お嬢ちゃんは本当に優しいニャ……」
そうこうしている内に、上空のモニア姫がこちらに向かって強力な魔法弾を放ちます。ですが、それは跳び上がったアイルロスさんによって真っ二つに斬られてしまいました。
まさか、魔法すらもサーベルで切断出来るなんて……いえ、それより私たちを守ってくれたことです。どうやら、彼には彼なりの仁義があるようでした。
「吾輩、戦いは嫌いニャ。だけどニャア……この聖国は我が主であったザイフリート王の国。悪魔ベリアルによって狂わされた以上、その持ち精霊が責任をもって処理するのが人情ニャ!」
「聖国はやり直せます! もう、ここにベリアル卿は居ません。これから新し王が正しい国を作るんです!」
「ハイリンヒ王子かニャア? あんニャ若造に何が出来るニャ!」
お髭をダンディーに弾き、再びアイルロスさんが襲い掛かります。対抗したいのは山々ですが、すでに三体のゴーレム兵に追いつかれてしまいました。
引きずられていたアロンソさんは立ち上がり、槍によってゴーレムの拳を受け止めます。私も猫さんのサーベルを避けつつ、襲い掛かる他のゴーレムの拳をガードしました。
完全に手が塞がりましたか。ここをモニアさんに撃ち抜かれたら不味い! テトラちゃんマジピンチです!
ですが、悪運は強かった。この場面で、心強い仲間が参入します。
「何が出来るかだって? 少なくとも、テトラくんは守るつもりだよ!」
「ニャニャ……!?」
来た……来たッ! イケメン王子、ハイリンヒ・バシレウスさんのご登場です!
彼はアイルロスさんと剣を交え、そのまま私たちから敵を引き離しました。これで負担はだいぶ減りましたが、それでもゴーレム兵は三体居ます!
ですが何と、おんぼろ装備のアロンソさんが一体を相手に踏ん張っている様子。槍を押し付け、巨大な敵の拳にパワーで対抗します。
「ぬおおおおお……! 王子はこの吾輩があああああ……!」
「ピ……ガガガガガ……」
これは……気合で圧倒していますか。それとも火事場の馬鹿力? 何にしても、残り二体なら何とかしてやりますよ。
一体に対して挑発行為をし、攻撃を誘導します。そして彼からの拳を回避し、後ろのもう一体にぶち当ててやりました。どうやら、ゴーレムでは精密な動きが出来ないようですね。
痺れを切らしたモニアさんが上空から私たちを捕捉します。そしてその腕からマシンガンのように魔法弾を放っていきました。
『仲間もろとものようだな』
「小さくて可愛いのにゲスってわけですか」
再び、アロンソさんを抱きかかえてその場から撤退! 魔法弾は敵のゴーレムだけに命中します。
装甲は頑丈ですから、この攻撃で三体の機械兵が止まることはありません。ですが、それでもモニアさんは悔しそうです。
空中でホバリングしつつ、彼女は機体に地団駄を踏ませました。