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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第一章 黒猫さんと白猫さんのお話し
18/248

17 それでも生きると決めました


 私は自分の気持ちを正直に答えました。それで死ねるなら本望と言えるでしょう。

 ですが、この場面でまさかのチャンスが訪れます。剣士さんは私の答えに驚き、一瞬だけ硬直してしまったのです。

 異世界転生者のサガなのか、生きたいという強い欲望なのか。私の意識はその一瞬へと集中します。

 火事場の馬鹿力が発生したのでしょう。私は床に散乱した皮袋を蹴り上げ、それを見事キャッチします。そして、その中身をぶちまけ、剣士さんへの目くらましへと使いました。


「お……おい! ゲホッゲホッ!」


 中に入っていたのは絵の具用の顔料。鉱物を砕いて作った赤い粉ですよ。

 いける! 逃げれる! そう思った私は窓の方へと走っていきます。そして、一切の躊躇なくそこから外へと飛び出しました。

 平民の家に窓ガラスなんてありません。過度の贅沢をせず、家の装飾をケチったことが幸いしましたね。


 私は走りました。たぶん、今までの人生で一番速く走っています。

 息切れなんて、まったくする気配がありません。生きるためなんですから当然でしょう。



 どうですか、見てくださいよこの滑稽な姿を。

 散々、死への恐怖が麻痺している。生死を割り切れないのは魂が弱いからと吠えていて癖に、いざ本当の恐怖に直面したらこれですよ。

 血相を変えて、何を本気で生きようとしているんですか。相手は男性、しかも異世界転生者です。どうせすぐに追いつかれてしまうのは分かり切っていることでしょう。

 そもそも、逃げ切ってどうするんですか? この世界で何をするんですか? どうやって生きていくんですか?

 全部失いました。生きがいなんてありません。待っているのは絶望ばかりです。


 なのに、何で私は走っているのでしょうか。自分で自分が分かりません。


 森に入ったときでした。茂みから一匹の何かが飛び出します。

 現れたのは大きな芋虫。何度も遭遇した森のモンスターですね。

 私は足を止めます。目の前にはばかっているので、そうせざる負えませんでした。

 こちらが疲れ切っていることを分かってか、芋虫は一気に攻撃を仕掛けてきます。私はその体当たりを受け、吹き飛ばされ、後ろの木へと叩きつけられました。


「かはっ……」

「ギュギュー!」


 右腕を強く打ちつけてしまったようです。痛みで全く動くことが出来ません。

 そんな私に向かって、容赦なく迫ってくるモンスター。私を食べるんですか……良いですよ……


 やってみろよ芋虫野郎……!


 私はモンスターをにらみつけました。すると、芋虫は急におとなしくなり、そそくさと茂みの中に戻っていきます。

 いったい、今の私はどんな顔をしているのでしょうか。分かりませんし、考えたくもありませんし、そんな余裕もありません。

 木に打ち付けられた腕を抑え、私は再び森の中を歩きだします。服も、髪も、もうグチャグチャ。それでも、私はまだ生きていますよ。


「痛い……助けてヴィクトリアさん……」


 ヴィクトリアさんはさっき死んだじゃないですか。その眼ではっきり見ましたよね?

 死んだ相手にまだ自分を守れとほざきますか。テトラ、どこまでも貴方は他力本願ですね。

 なんて、心の中で自らを叱咤します。自分で自分の尻を叩いて、ただ生き残ることだけを考えて……当てもなく、考えもなく、ただ森の中を進みました。


 やがて、木々が開けた場所へと出ます。都合のいい私は、その方向にあるはずのない街の存在を期待しました。

 ですが、実際に見えたのは大きな崖。これ以上前には進めません。

 剣士さんが追ってくる気配はないので、引き返すことは出来たでしょう。ですが、信じて突き進んだ道が塞がっていたという事実は、私の心を折るには十分でした。


「もう……無理だよ……何で私がこんな目にあわないといけないの……! 私が何かしたの……!?」


 その場に座り込み、すべてを放棄します。笑顔の仮面は剥がれ、自分のキャラを忘れて叫びました。

 誰も聞いていませんし、誰も答えません。加えて、剣士さんに居場所を知らせてしまう最悪の行動です。

 私が何をしたのか。そんな問いに意味なんてありません。世の中にはいくらでも理不尽があるのですから……


「こんな世界もうやだよ……帰りたい……もう一度やりなおしたい……」


 私は一度死にました。それによって、この世界に転生したのです。

 そして、今目の前にあるのは崖。ここから飛び降りたら、一瞬で天国へ行けるでしょう。


 その時、最悪の選択が私の脳裏に浮かびました。


 今私が行おうとしていることは、生きようと必死になった人たちへの冒涜です。私に生きてもらいと願ったグリザさんやヴィクトリアさんへの無礼です。


 でも、もうダメなんですよ……限界なんです……


 おしまい。おしまい。おしまい。

 おしまい……


「ごめんなさい……グリザさん……ヴィクトリアさん……」


 私は立ち上がり、前へと進みます。

 服の埃を払い、髪を整え、目をつむります。そして、崖からその一歩を踏み出しました。


 そこからは本当に一瞬。私の体は一気に落下していき、そのまま天国へと近づいていきます。

 異世界に転生して、二度目の人生を歩みましたが……結局何もできませんでしたね。

 色んな人から知識を学んで、技術を学んで、その最後がこれですよ。


 まったく、私は何で生まれてきたんでしょうか……














 って、あれ? 全然地面に衝突しませんね。

 さっきからずっと待っていますが、一向に死んだという感覚がありません。何かに引っかかってしまったのでしょうか?

 私は恐る恐る目を開きます。すると、誰かによって抱きかかえられていると分かりました。


「人の生きる意味は、人が一生を経て見つけるものだろう?」


 哲学的なことを言っている赤い目の男性。彼はまさしく、数週間前に私が逃げ出したご主人様です。

 あちゃー、ついに捕まってしまいましたかー。私はご主人様にキャッチされたんですねー。


 って、そんなこと出来るかい!


 どれぐらいの高さから落ちたと思ってるんですか! 仮にキャッチ出来たとしても、両方とも衝撃でトマトのように弾けますよ!

 ご主人様は私を下し、木を背もたれにして座らせます。そして、まるで口説き落とすかのように、木の幹に右手を押し付けました。


「なぜ、自ら生きることを放棄した。他にも可能性はあったはずだ」


 まさか壁ドン……いえ、木ドンですか。

 少しドキッとしましたが、そんな空気ではありません。ご主人様は叱りつけるように、私に向かって言葉を放っていきます。


「彼と話しを付けることは出来た。道を引き返して逃げる方法もあった。にも拘らず、なぜお前は死を選んだ。それは、生に対する冒涜だろう」


 何ですか……私の身に何が起きたのか、全部知ってるじゃないですか……!

 この人はあえて私を逃がして、陰でずっと嘲笑っていたんです。私がもだえ苦しんで、絶望するのをずっと待っていたんです! そうに違いありません!

 最低ですよ……この人のせいです。全部この人が悪いんです!


「なによ……私と歩幅を合わせることもできないくせに……! 今更現れて主人面しないでよ! なぜ死を選んだ? 生きる希望がなかったからに決まってるじゃない!」


 人の気持ちも知らないくせに、すべてを理屈で語ろうとする。この人はそういう人なんでしょう。

 でも、お生憎様。私は異世界転生者なんです。貴方の持っている常識なんて通じないんですよ!


「どうせ、死んでもまた異世界転生するんでしょ!? 大したことじゃ……!」

「いや、死ねば終わりだ」


 私の言葉をご主人様は速攻で否定します。

 それは、当たり前のことなんですが、ずっと目を逸らし続けていた事実。彼の言葉が耳に入った瞬間、私は放心状態になってしまいました。

 そうですよ……死んだら終わりなんです。何ですか異世界転生って……こんなの異常ですよ!

 ご主人様は言います。真剣な眼差しで、私を落ち着かせるように……


「時間を巻き戻そうと、その時間軸での死の事実は消えない。新たな生命として生まれ変わっても、それはもう別の個体だ。何をどうしようと、死んだ人間は蘇らない」

「う……うあ……」


 彼の言葉を聞いて、色々なことを思い出しました。

 死んで、お母さんやお父さんと二度と会えなくなったとこと。まったく知らない世界に放り出されて、右も左も分からないまま生きていたこと。

 グリザさんが死んだこと………ヴィクトリアさんが死んだこと……自分が生きることに精一杯だったこと……


 瞬間、今までずっと我慢していたもの。

 その全てが溢れ出てしまいました。


「うあああああ……!」


 恥ずかしながらも、私はよく知りもしない男性の腕で泣きました。

 泣いて泣いて泣いて、とにかく余分な感情を全部ぶちまけます。

 不安でしたよ。劣等感もありましたよ。他の異世界転生者が楽しく異世界無双をしている中、何で私だけがこんな目に合うのかと思いましたよ!


「みんな……! みんな魔法や武器を使えるのに……! 私は何をやってもダメで……! 生き方が分からなくて……! こんなんじゃ……異世界転生者失格だよ……!」

「お前は命の尊さを知った。それは確かに成長だ。魔法や武術の習得と何ら変わりはない」


 ご主人様は私を優しく抱きかかえ、宥めようとしてくれます。

 優しかった……この人の言葉は本当に嬉しくて、私の心に安ど感が広がります。もう、疑わなくて良いんですよね……?

 私の負けです。素直に奴隷として屈服しましょう。

 自らの名前を明し、その意思を証明しました。


「私……テトラです。テトラ・ゾケル……」

「では、改めて名乗らせてもらおう。私はネビロス・コッペリウス。この森に住まう人形師だ」



 はい、これにて長い長いプロローグはお終いです。

 この世界は絶望ばかりでしたが、ご主人様がいるならきっと大丈夫でしょう。だって、彼はあまりにも凄くて、私の理解が全く及ばない人なんですから。


 今、二人の不思議な物語が幕を開けました。ここで注意書きです。

 この物語にはチートがあります。無双があります。ご都合主義があります。俺TUEEEEなんてしょっちゅうですよ。



 でも、死んだ人間は蘇りません。


 絶対に。



 その覚悟はしてくださいね?


剣士さん「主人公以外の転生者は描写しないってのがテンプレだが……」

テトラ「知ったこっちゃねーです! きっちりかっちり、この私が向き合ってやりますよ!」

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