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閑話23 悪魔の集い


 大天使に抱かれ、私たちは空中へと飛び上がります。

 ですが、このままテトラさんたちと行動するつもりはありあません。私にはまだやるべき事があるのですから。

 ロバートさんの目を見る私。その意思を察したのか、彼は微笑みながら手を緩めます。

 貴方には感謝しても仕切れませんね。初めて会った時も、貴方はベリアル卿を振り払ってくれました。この先に何が待っていようと、この恩は一生忘れません。


 決意を胸に、王の間へと着地します。そして、ペンタクルさんの元へと駆け寄り、魔法による治癒を施しました。


「少しは落ち着きましたか?」

「ああ……トリシュ、俺は何をした……」

「最低なこと」

「そうか……やってしまったな……」


 頭を抱え、すっかりへこんでしまったペンタクルさん。瞳からはクローバーの紋章は消え、だいぶ頭も冷えているようです。

 やはり、先ほどまでは正気ではなかったようですね。ずっと行動を共にしていましたから、すぐに様子のおかしさには気づきましたよ。

 恐らく、覚醒による副作用です。私が悲しみに溺れたように、彼は怨みに溺れてしまったのでしょう。


「自分の中にある怨の感情を操作したはずだった。だが、それは自惚れだ。ラッテンを失い。頭が真っ白になって、全てを支配する事しか考えられなくなってしまった」


 悔しそうに杖を握り締めつつ、彼は続けます。


「テトラの言うように、俺はモーノに負けたのかもしれない……」


 モーノさんは立派でした。仲間のために、迷いなく力を捨てたのですから。

 女神さまから貰ったチート。私たち転生者はこの力によって成り立っている。以前はそう思っていましたが、今はそう思いません。

 貰い物の力ではなく、私たちには生まれ授かった才能があります。宝玉のハイド、心臓のラベル、流星のコッペリア、錫杖のファントム……恐らく、モーノさんが奪われたのは女神さまのチートだけでしょう。


 気を取り直したペンタクルさんは周囲を見渡しました。そして目を細め、以前の彼らしい甘い頼みをします。


「トリシュ、お前の力でこの国の呪いを解いてくれ」

「嫌」

「なぜだ」

「貴方は責任を取るべきです。魔王として……」


 今、この呪いを解いたところで聖国は混乱するだけ。ハイリンヒ王子と商業ギルドを味方に付けている以上、彼らの対処を待った方が得策です。

 何より、ターリア姫が望みません。この封印が国を守る盾して機能するのなら、態々このタイミングで開放する必要はないでしょう。

 それに、すぐに戻してもペンタクルさんは反省しません。彼は大きなため息を付きつつ、黒い翼を広げました。


「ここを出る。もう、この場所にはいたくない」

「はい」


 魔王の手を握り、二人で城から飛び立ちます。

 今回の件で分かったことは、ベリアル卿が最低という事。魔王一派は止まりそうもないという事。そして、私達の中にある別人格は信用出来ないという事です。

 まだ、敵は多いのかも知れません。当分はクレアス国側として行動するのが正解でした。








 王都を脱出し、茨の呪いから逃れます。聖国内の草原にて、クレアス国は兵士の安否確認を行いました。

 封印からは逃れましたが、戦闘で命を落とした魔族は多くいます。ですが、それは聖国側も同じでしょう。

 セイレンさんの歌によって被害は抑えた方です。色々と思う事はあるのでしょうが、この戦いは間違いなくクレアス国側の勝利でした。

 ペンタクルさんは腕を組みつつ、獣王のリュコスさんに報告を求めます。ずっと、彼は別行動を取っていたので当然でしょう。


「リュコス、あの狼女はどうした」

「申し訳ございません。逃してしまいました」

「こちらも同じだ。謝る必要はない」


 メイジーさん、無事に撤退したようですね。リュコスさんの反応を見る限り、茨にも巻き込まれてはいないようです。

 となれば、何だかんだでテトラさん側は全員無事という事ですか。聖国の一般市民を守れたことを考えれば、必ずしも敗北とは言い切れませんね。

 恐らく、ベリアル卿も無傷ではないでしょう。今回は全勢力、痛み分けの結果になったと思います。

 それは聖国、クレアス国という括りだけではありません。アークエンジェル、神なる癒しラファエル。彼の介入は天界サイドにも大きな影響を及ぼすでしょう。


 大きなうねりを感じたのでしょうか。危険を顧みず、この場面で一人の神が介入します。

 彼女はいつの間にかクレアス国兵に混ざり、ペンタクルさんの隣に立ちました。

 姿が幼い少女なので、誰も気にしなかったようですね。まあ、彼女の無事な姿を確認できたのは良かったです。


「久しぶりじゃのう。五番、ペンタクル・スパシ」

「俺たちを利用しようとした女神が、どの面を下げてここに来た。また吸収されに来たのか?」

「信仰を失い、力の大半を奪われたわしから何を奪う。時間の無駄じゃろう」


 褐色肌で民族衣装を着た女神さま。私たちを異世界転生させた張本人の登場です。

 そう言えば、彼女の存在をすっかり忘れていました。ペンタクルさんに殺されてしまったと思っていましたが、どうやら首の皮一枚で繋がったようですね。

 女神さまは名乗り、自らの境遇を語っていきます。


「わしはカナンの神、名はバアルじゃ。二番の転生者がお主からわしを引き抜き、実体を再生させてのう。もう、転生者を利用しようとは考えておらん」

「なるほど……奴の目的はこれだったか。出し抜かれてしまったな」


 ミリヤ国でペンタクルさんとジルさんが戦った時、力を一部奪い返されたようですね。

 となれば、彼女もテトラさんサイドと繋がっていると見ていいでしょう。行動を共にしているのなら、王都が封印されたこのタイミングで現れるのも納得です。

 ですが、何故姿を見せたのかは謎ですね。とてもではありませんが、今のバアルさんがペンタクルさんに勝てるとは思えません。


「貴方はなぜここに来たのでしょう。まさか、力を奪い返しに?」

「無理に決まっとるじゃろ! わしも来たくなかったのじゃが、案内しろと言われてのう……」


 どうやら、本人も乗り気ではなかった様子。ここで、彼女の同行者が姿を現します。

 背が高く、開いたコートから胸を出す妖艶な女性。彼女は音もなく私たちの前に現れ、冷酷な瞳で全てを見下します。

 力を隠す気がないのか、ピリピリとした邪気を感じますね。明らかに人ではない何かであり、使用する力も魔に通じるものだと分かりました。

 当然、魔族の兵と共に彼女を取り囲むリュコスさん。ですが、女性は表情一つ変えずに自己紹介へと移りました。


「苦しゅうない近う寄れ。わらわは地獄の第三位、アスタロトなるぞ」

「なっ……魔王様、彼女は!?」

「やめておけ、天使や悪魔に手を出せば面倒だ」


 ペンタクルさんは右手を前に出し、臨戦態勢を取るリュコスさんを止めます。そして、【空間魔法】のスキルによって、私を含めた三人で別空間へと移動しました。

 ここはモーノさんと戦った場所ですかね。確かに、ここなら部下に邪魔されずに会話できるでしょう。

 相手は地獄の第三位。アークエンジェルに匹敵する悪魔であり、油断できる相手ではありません。

 そんな彼女は飽きれた表情をし、自らの髪を弄ります。どうやら、今回の戦いについて物言いがある様子。


「アークエンジェルの席が空き、ルシファーが神の居城に戻された。まったく、そなたはとんでもない事をしてくれた……」

「あいつが勝手にやったことなんだがな……」

「口を閉じよ。そのような言い訳は聞きとうない」


 席が空いた……その言葉によってすぐに察しました。

 直接、人との戦いに介入したロバートさん。やはり、許されることではなかったのです。


「あの、ロバートさんは……ラファエルさんは……!」

「冥界へ捕縛されました。解放されるのはいつになる事やら」


 真っ白く、何もないこの空間。完全に隔離されているわけではないのか、そこに黒い亀裂が生じます。

 私の質問に答え、新たに現れた第三者。ブラウン色のインバネスコートを羽織り、背中に昆虫の翼を携えた青年。探偵がかぶるような鹿撃ち帽をかぶり、咥えたパイプからは真っ黒い煙を出していました。

 彼は虫メガネを覗き、私たちをしきりに観察します。


「御機嫌よう。私は地獄の第二位ベルゼブブ。貴方の顔を拝見したくここに来ました」

「最高位の悪魔か……お前たちの目的は何だ」

「堕天使ベリアルを陥れ、冥界へ捕縛する事です」


 ベルゼブブさんのパイプから出ている黒い何か。それは煙などではなく、小さな蝿の大群でした。

 天使や悪魔にそれほど詳しくない私ですが、流石に蝿の王ベルゼブブは知っています。ついに、天使だけではなく悪魔の最高位まで接触を試みてきましたか。それほど、この世界で起きていることは重要だったのです。

 ロバートさんが捕縛されたのはショックですが、消えたわけではありません。今は天使と悪魔共通の敵、ベリアルという存在を知るべきでした。


「ベリアルは危険です。堕天使ルシファーが主に反旗を翻すよう、話術によって誘導したのがあの男。彼は天界を掻き回し、それによって世界の進化を望みました。ですが、神や天使は既に完成された存在。彼は失望し、貴方がた人に美を見出したのです」


 天界を掻き回す……聖書に書かれた堕天使ルシファーによる反乱。その黒幕があの悪魔でしたか。

 人……神……天使……悪魔……いったいどれだけの存在を巻き込めば気が済むのでしょう。まさに、世界の悪意を体現する存在。私が全てを捧げ、哀しみを与えるのに相応しい存在……

 ゾクゾクします……やはり、私には彼が必要でした。

 ペンタクルさんは何かを感じたのか、ドン引きしたような表情で私を見ます。そして咳払いをし、ベルゼブブさんとの会話と続けました。


「一見するに、お前の方が奴より強者と思えるのだが」

「私たち天使や悪魔、神といった存在に死の概念はありません。存在が消滅することはありますが、人々の信仰や恐怖心によって再び現れる。だからこそ、力での打倒は不可能です」


 腐っても神ですか。本人の言っていた通り、力技で倒すことは不可能なようです。


「打倒の方法は二つ。人々の意識から存在を抹消する。大いなる主によって裁かれる。出来れば両方によって完全に力を奪うのが望ましい」


 虫メガネをしまい、右手で帽子を押さえるベルゼブブさん。とても悪魔にも見えないほど、彼は紳士な素行でした。


「前者は現実的ではない。信仰や恐怖心を削ぎ、力を奪う手段として考えた方が良い。後者は確実だが、ベリアルは罪を犯さないように立ち回っている。彼は自身の手を汚さず、巧みな話術によって人を堕落させます。間接的な悪事では主との約束は破られない」

「面倒だな。確かにそれは厄介だ……」


 人を傷つけないのはベリアル卿の拘りであり、自己を守る防衛手段でもあります。こんな人が主の裁きを掻い潜り、ロバートさんのような優しい人が裁かれるなんて……

 間違っています。絶対に許せません。

 天界はマニュアル主義で融通が利きませんね。やはり、私たち人があの悪魔を裁く以外にありません。

 ベルゼブブさんとアスタロトさんは背を向けました。そして、真っ白い空間の奥へと歩いていきます。


「今回、貴方がたは出し抜かれたのかもしれない。ですが、問題はありません。失敗をするのは人の常。失敗を悟りて挽回できる者こそが偉大ですから」


 そう言葉を残し、二人は消えました。

 さて、ペンタクルさんは悪魔ベリアルに対して何を思ったのか。はたして、テトラさんやモーノさんのように彼に対抗する気はあるのか。

 表情を見てもよく分かりませんが、言えることはただ一つ。

 確実に、あの男を裁くための包囲網が完成されつつありました。


ラファエル「死んでないからね」

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