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153 † 天罰 †


 茨によって覆われる王の間、緑のクローバーが宙を舞います。

 聖国王は死にました。ベリアル卿も姿を消しています。クレアス国の幹部も全員撤退したようですが、転生者のペンタクルさんだけは健在です。

 それどころか、覚醒によって様子がおかしい。女性を人質にするような真似、彼がするとは思えないのですが……

 まるで本当の魔王になったように、今のペンタクルさんは邪悪でした。スノウさんの首に指を食いこませ、笑みを浮かべます。


「良いことを思いついた。こんな国、我はどうなろうと興味が無くなった。モーノ・バストニ、貴様の与えられたチートを吸収すれば、仲間を見逃してやっても良い……」

「そんな約束、守る保証がどこにある! モーノくん、彼の言葉に耳を傾けるな!」


 すぐにハイリンヒ王子がモーノさんに訴えかけます。

 悪いですけど、私も彼の意見に同意ですよ。負けなしの力の異世界転生者としての能力。敵に奪われれば、それこそお終いです。

 ですが、ペンタクルさんが聖魔法を発動すると私たちは口を閉じました。スノウさんが死んでしまえば元も子もない……彼女が失われたところで、この場に人質はいくらでもいました。


「くはは……さあどうする。死人の身体など容易く浄化できるぞ」

「モーノさん……私の事は良いですから……ターリア姫を……」


 仲間が増えれば増えるほど、そのリスクも大きくなる。そんな事は私もモーノさんも分かっています。

 ですが、人は一人でなんて生きられないんです。必ずどこかに繋がりが生まれ、それが私たち転生者を縛る枷になる。分かっています……分かっていますが……

 納得できない私とは違い、モーノさんは覚悟を決めます。そして、はっきりとした口調でペンタクルさんに言いました。


「分かった。こんな力くれてやる」

「モーノくん!」


 驚くアリシアさん。ですが、誰もモーノさんを止めようとはしませんでした。

 本当にどうしようもなかったんです。唯でさえチートの異世界転生者が、プライドを捨てて卑劣な手段に出ました。そんなの対抗できるはずがないのですから。

 ですが、モーノさんはまったく怯みません。迷いなく、意に介さない様子で敵に近づきます。


「仲間を犠牲にして保持した力なんていらない。それでこの場が収まるのなら安いものだ」

「なぜだ……転生者としての力はお前の全て……失えば唯の人間になるのだぞ」

「人の価値はチートで決まらない。俺はその事を学んだつもりだ」


 動揺したのはペンタクルさんの方でした。恐らく、モーノさんがチートを選ぶと思っていたのでしょう。迷いない彼の行動に対し、僅かながらに心が動いたのです。

 怨めしそうな顔をし、奥歯を噛みしめる魔王様。対し、無防備な状態で前に立つモーノさん。

 技の異世界転生者が能力を奪う場合、相手を殺傷する必要があります。当然、彼はその覚悟もしていました。


「さあ、刺せよ」

「愚かな……ならば死ね!」


 緑のリングが掛かった錫杖、それがモーノさんの胸部へと刺されました。

 後ろめたさからでしょうか、威圧されたからでしょうか。幸いにも急所は外れています。ですが、バアルさまの時と同じように、彼から能力が奪われていくのが分かりました。

 叫ぶアリシアさん、目を逸らすハイリンヒ王子。私とスノウさんは、すぐに倒れるモーノさんへと駆け寄ります。


「モーノさん……! しっかりしてくださいモーノさん!」

「テトラ……俺は嬉しいんだ……」

「何を言っているんですか!」


 大量の出血をし、床に伏せる彼。ですが、その顔には笑みを浮かべていました。


「もし、仲間とチートが天秤に賭けられた時……俺は迷わず仲間を選べるか不安だった……だけど今、俺は清々しい気分なんだよ……迷いなんてなかった……良かった……」

「貴方は……貴方は正真正銘の大馬鹿野郎です……!」


 くっそう、なんてぐう聖なんですか……ずっと、人間の価値は魂一つ分でしかないと思っていました。ずっと、敵も味方も関係なく平等に接してきました。

 ですが、モーノさんは一緒に戦ってきた仲間です。ようやく、私の中に人らしい感情が芽生え、彼を特別な存在だと感じるようになったのかもしれません。

 だからこそ、そんな彼を傷つけたペンタクルさんを許せない! 貴方の奪ったチート能力、返してもらいますよ!


「くっははは! ついに! ついに力のチートをこの手に! もはや、我に敵う者などいない! 魔王による混沌の時代が始まるのだ!」


 一人、歓喜に震える魔王様。そりゃ、あれほどの力を手に入れれば気分が良いですよね。こちらとしては最悪の気分ですけど。

 私は瞳に星の紋章を浮かべ、ペンタクルさんの元へと走ります。ですが、同じく瞳にハートの紋章を浮かべたトリシュさんが、その前に立塞がりました。

 眼に涙を浮かべ、首を左右に振ります。分かっていますよ……絶対に敵わないって、分かっていますけど……


「ペンタクルさん、貴方は可愛そうな人ですね。心で……モーノさんに負けたんです!」

「何とでも言うが良い。技と力、その両方を手に入れた我は無敵。仲間は見逃すという約束だったが、残念だったな。丁度、この力を試したくなった……」


 当たり前のように約束を破りますか。本当に、心の底まで歪んでしまったのでしょうか……

 トリシュさんは下がり、ペンタクルさんの元へと付きます。味方の振りをして、隙を見せたところで不意を打つ算段でしょう。まあ、そんな小細工が通用するとは思えませんけどー。

 たぶん、私たち二人で協力しても今の彼を倒すことは出来ません。二つのチートを手に入れた彼は、正に神をも超える存在でした。



「我はこの世界の支配者となる。この力は大いなる主すらも超えたのだ!」



 そう、ペンタクルさんが叫んだ瞬間でした。


 部屋中に舞うクローバーの紋章が、脆くガラスのように砕け散ります。

 恐らく、何者かが介入したのでしょう。まるで、自惚れを否定するかのように、転生者の力は容易く打ち破られました。

 私はすぐに、気配がした方向へと目を向けます。すると、そこにいたのは見覚えのある人。ずっと、斜め上の視点を決め込んでいた天使様でした。


「アハハ、テトラー。助けに来ちゃったよ」

「ろ……ロバートさん!?」


 弓矢を装備し、緑のマントを羽織っている青年。相変わらず艶めかしい表情でニコニコと笑っています。

 彼の名前はロバート・アニクシィさん。その本当の名前は大天使ラファエルさんです。

 アークエンジェルには約束事があり、人間界のいざこざには手が出せない。そう、ピーターさんが言っていました。

 ですが、彼は救援に駆けつけ、完全に戦闘態勢を取っています。その背にはエメラルドグリーンに輝く四枚の翼が携えられていたのですから。


「キミがペンタクル・スパシくんだね。ボクはロバート、テトラたちの友達だよ」

「貴様が何者であれ、我の邪魔をする者は死んでもらう。まずは貴様がこの新たな力の礎となるのだ」


 モーノさんから奪ったチート。それを利用して強大な魔力を錫杖に集めます。

 炎魔法を放てば一面が焼野原。水属性魔法を放てば地上に大津波。どんな属性魔法を使おうとも間違いなく最強でした。

 ですが、それでもロバートさんは余裕の表情。彼は悠々とした様子で、装備している弓に手を付けます。


「じゃあ、お手合わせお願いしようかな。気を付けた方が良いよ。たぶんボク……」


 常にニコニコと笑っている天使さま。そんな彼の両目が鋭く開かれます。



「君が今まで戦った誰よりも強いよ」



 消えるロバートさん。

 瞬間、ペンタクルさんの左腕が吹き飛びました。


「……は?」


 何が起こったのか分からない。そんな表情です。

 当然、私にも何が何だか分かりません。恐ろしく速い。それしか言いようがありませんでした。

 見る見るうちに青ざめる魔王様。先ほどまでの余裕はまったく見られません。

 すぐに強化魔法を使い、肉体能力を最大まで強化します。同時に闇魔法を周囲へと放ち、それを自身の体のように動かしました。


「な……何だ貴様は……! 何が起きている!?」


 彼の闇魔法によって、ロバートさんは光の矢によって攻撃していると分かります。ですが、全く見切れません。認識するより先に、矢はペンタクルさんの身体を貫いていくのですから。

 吹き飛ばされた左腕は既に再生されています。しかし、今現在もロバートさんの攻撃は止まらず、消滅する肉体は秒単位で増えていく始末。

 何とか攻撃を回避しますが、光の矢はブーメランのように曲がる! これでは逃れようがありません!


「矢アアアァァァ!」 

「四枚の翼……アークエンジェル……なぜ貴様ほどの者がここに……!」


 逃げる。逃げる。逃げる! それしか出来ません。あまりにも速すぎます!

 歪んだ表情をし、最大限の力で炎魔法をぶっぱするペンタクルさん。これは無詠唱かつ広範囲を消し飛ばす業火ですか! 以前、モーノさんが使っているのを見ましたよ!

 そんな攻撃に対し、姿を現したロバートさんはエメラルドグリーンの翼を盾にします。炎が飛び散り、身を屈める私たち。これほどの炎を受けたのにも拘らず、大天使様は汗一つ書かずに翼を翻しました。


「温いね。地獄の業火はこんな物ではないよ」

「まさに化物……これが大天使かっ……!」


 肩で息をしつつも強力な雷魔法を放つペンタクルさん。その威力によって屋根は倒壊し、このままでは床が崩れるのも時間の問題でしょう。

 死にもの狂いの攻撃ですね。冷静さを失った彼を無視し、ロバートさんは私たちの元へと滑り込みます。そして纏めて抱きかかえ、一気に城の外へと飛び立ちました。


「ターリアは大切なものを守るために茨の封印を施した。今はほとぼりが冷めるまで待つんだ」

「……はい」


 城の上空、曇り空の下で茨に覆われた王都を見ます。既に封印魔法が完成したのか、もう何者も干渉できない状況になっていました。

 悔しいですし悲しいですよ。ですが、なにも出来なかった……

 ターリア姫は眠り、モーノさんのチートは奪われたんです。それはもう、取り返しのつかない結果なのですから。










 王都の外、城壁を超えた先の平原。そこで私たちは下されました。

 ロバートさんの干渉がなければ、私たちは滅ぼされていたでしょう。それほど、ペンタクルさんの力は強大に膨れ上がっていたのですから。

 ですが、それを凌ぐのが大天使様の力です! 彼が協力してくれればまさに敵なし。まったく、初めから助けてほしかったものですよ!


「ロバートさん! もう、助けてくれるならもっと早く………ロバートさん?」


 笑う大天使様。感慨深さを感じているようで、どこか彼の存在を遠く感じます。


 その時でした。


「あちゃー……アウトかあ……」

「そん……な……」


 突如、何処からともなく現れた十字架。ロバートさんの身体に楔が打たれ、惨たらしく磔にされます。

 まるで処刑のようでした。いつの間にか周囲の光景が変わり、四つのステンドグラスに囲まれた神の居所へと移動しています。

 初めは敵の攻撃だと思いましたよ。ですが、私は神様とアークエンジェルが交わした約束を思い出します。そして確信しました。


 これは、大いなる主に背いた罰なのだと……


「俺のせいだ……俺がお前らが出ればいいなんて無責任なことを言ったから……何も知らないのに……!」

「違うよモーノ……僕はね。仲間の為に、皆の為に頑張っている君たちが大好きなんだ。だから、この選択に後悔なんてないよ……」


 今にも泣きだしそうなほどに、震えた声で後悔するモーノさん。そんな彼に対し、ロバートさんは優しく答えました。

 心配をかけないようにしているのでしょう。ですが、既に取り返しのつかない事態なのは事実。

 天使に死の概念はありません。私たちは必ずまた彼と出会えます。


「大丈夫さ。ちょっと謹慎を受けるだけ……だけど、もうキミたちを助ける事は出来ないのか……」


 ロバートさんは複雑そうな表情をしつつ、空を見上げました。



「悔しいな……」



 その言葉を最後に、十字架は闇の中へと沈んでいきます。

 私が弱かったから……私がなにも出来なかったから……だから、ロバートさんは罰を受けた。もっとちゃんとしていれば、こんな事にならなかったんだ!

 悔しくて悔しくて涙が止まらない……何で私が選ばれたんだろう……

 そんな私の元に、一人の天使が舞い降ります。アークエンジェルのウリエル、シャルルさんでした。


「立て」


 放たれる言葉、私は立ちません。


「立て!」


 シャルルさんは怒っていました。私がダメダメだから……私のせいでロバートさんが罰を受けたから……だから怒ってるんだ!

 彼は胸ぐらを掴み、私を無理やり立たせます。そして、真紅に燃える瞳で睨みつつ言い放ちました。



「前に進むんだ! テトラ!」



 ハッとしました。

 そうですよ……私たちは進まなくちゃダメなんです。聖国王様も、ラッテンさんも、私たちに未来を託して命を落としました。そんな彼らの意思を無駄にしてどうするんですか!

 ロバートさんだって、私たちをへこませる為に助けたわけじゃありません。期待してたから……希望を見たから神様との約束事を破ったんです!


 私は袖で涙をぬぐいます。

 そして、思いっきり頷きました。


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