152 ☆ 混沌が世界を覆います ☆
空に暗雲が掛かり、まるで呪いが降りかかったように王都は制止します。
既に茨の蔓は街全体を覆い、恐らく人々は深い眠りについてしまったでしょう。
今回の戦いを最も読んでいたのはベリアル卿です。聖国王の死、ターリア姫の暴走……それらの先に、彼は更なる一手を用意していました。
「魔王様……ごめん……もう無理……」
「モニア……!」
黄金のゴーレムが膝をつき、コックピットからモニアさんが顔を出します。モーノさんとの戦いで消耗していたのでしょう。実力者でありながら、茨の呪いを真面に受けてしまったようです。
彼女だけではありません。ターリア姫は聖国騎士や魔族の兵も無差別に眠らせ、この聖国ごと封印しようとしています。これはペンタクルさんも無視できませんでした。
ベリアル卿の言った通り、力ではなく論理で勝たなくちゃダメですね。事実、魔王様はベリアル卿への追撃を中断せざる負えません。
「ラッテン、ラジアン、アイルロス、セイレン、撤退命令を解くつもりはない。形はどうであれ聖国はもう終わりだ。全員、この国から脱出するぞ!」
「了解ニャ!」
怨めしそうな顔をしつつ、ペンタクルさんは敵に背を向けます。同時に、アイルロスさんはモニアさんの救助に向かい、セイレンさんはクレアス兵の回復に移りました。
重症の兵はラジアンさんが魔人の背に乗せます。これなら撤退もスムーズに行きそうですね。素直に引き上げてくれるのなら、こちらもターリア姫に集中出来るでしょう。
モーノさんは超火力の炎魔法を使い、行く手を遮る茨の壁を全て燃やしてしまいます。火力だけではなく、他を巻き込まないように範囲を調整していますか。流石の実力でした。
「さくっと突破しちゃいましたか」
「ターリアに魔法の心得を教えたのは俺だ。師匠が楽々打ち破れなくてどうする」
いえいえ、貴方がぶっちぎりで最強だからだと思いますよ。他の転生者でもあれを突破するのは骨が折れるでしょう。
すぐにターリア姫の元へと走り、その様子を伺います。彼女は茨に守られるように眠り、全く目を覚まそうとはしません。どうやら、自身の魔力全てを放出してしまったようですね。
まさに眠り姫ですか。彼女を守る茨は紫色をし、他よりも一層強力に感じます。
「さて、無理やり救出しても良いがターリアがどうなるか……」
「解呪と浄化はトリシュさんの専門です。彼女に任せた方が良いでしょう」
トリシュさんの方を見ると、クレアス国兵の治癒に忙しそうな様子。そう言えば、一応彼女はあちら側でしたね。撤退を速めるためにも、この判断は正解でした。
トリシュさんの冷静さは見習わなくてはなりません。焦っちゃダメです。今一番の最善を考えるんですテトラ!
ペンタクルさんは技の異世界転生者。この場にいない幹部にも撤退命令を出すことは容易です。こちらも同じ行動を取るべきでした。
「ご主人様、ドロシアさんは撤退しましたよね? なら、すぐにシャイロックさん他、商業ギルドの皆さんを王都から逃がしてください。聖国の体制が変わる場合、権力者である彼を失えばそれこそ詰みです」
『承知した。しかしテトラよ、一つ問題が発生した。ドロシアの撤退により、アリシアが其方へと向かっている。重症のはずなのだがな……』
これでシャイロックさんは安心ですが、アリシアさんがここに来るのは不味いですね。正直、怪我をしている彼女が参入したところで状況は変わりません。
それに、何だか嫌な予感がします。転生者としての直感なんでしょうか。今、この場所にアリシアさんが来るのは不味い。そう思えて仕方がありませんでした。
悪感が走ります。絶望的な光景が胸をよぎります。これは、何とかしなくちゃダメだ……!
ですがその時でした。
私の判断は遅く、事態は最悪の状況へと動きます。
「モーノくん! テトラちゃん! これはいったい……」
「アリシア、来るな……!」
撤退していくクレアス国兵をかわし、アリシアさんが王の間へと入ります。
既にペンタクルさんに攻撃の意思はなく、彼女の参入を意に介してはいません。そう、本来ならば誰もアリシアさんに手を出す意味はないはずです。
ですが、本当の敵は別にいました。
聖国騎士団のエンフィールド卿。彼はトリシュさんが仲間の治癒へと動いていることを確認し、すぐに小人たちをアリシアさんへと向けます。
まるで、私たちが一番嫌がる事を知っているかのようでした。
片眼鏡の奥、鋭い眼光の中に炎の紋章が輝きます。
「お前たち転生者が現れなければ、私の思う理想の国家が完成していた。その罪……この女の死によって償ってもらおう……!」
「アリシアさん……!」
エンフィールド卿が右腕を振り上げ、小人たちから一斉に魔法弾が掃射されました。
ですが、アリシアさんも今回の一件で成長しています。瞬時にトランプを取りだし、それを巨大化させて攻撃を防いでいきました。
敵の右目に炎の紋章を確認しました。恐らく、ターリア姫より先に悪魔契約を交わしていたのでしょう。
すぐに、モーノさんがターリア姫から離れ、アリシアさんのサポートへと向かいます。ですが、それよりも先に彼女を守る人がいました。
「止めるなペンタクル! これは僕のけじめだ……!」
「ラッテンさん……なんで……」
魔王軍幹部、道化師のラッテン・フェンガーさん。彼は自身を盾にし、アリシアさんを魔弾から守ります。
数発攻撃を受けましたが、唯ではやられません。すぐに魔笛を奏で、黒いネズミたちを操作しました。
それぞれが小人に襲い掛かり、魔弾の掃射を止める作戦ですか。しかし、先ほどラジアンさんが言っていたように、小人たちは屈強な兵士。剣を取りだし、ネズミたちを易々と切り捨ててしまいました。
同時に、エンフィールド卿は新たな敵を捕捉します。奇しくも、それは自身と同じエルフという種族。彼は憎しみに染まった表情をし、標的へと走りました。
小人を操作するだけじゃありません。彼自身の戦闘力も格段に高く、あっという間に距離をつめます。そして、無防備な魔物使いに向かってサーベルを突き刺しました。
「ごふっ……ほらね……やっぱりいつも損な役回りだ……」
「ラッテンさん……!」
腹部から血を流し、吐血するラッテンさん。サーベルが抜かれた事により、鮮血が周囲に飛散します。
ですが、それでも彼は笛の旋律を止めません。持てる力を出し尽くすつもりなのか、魔力によってネズミたちを一匹に纏めました。
現れたのは三つ首の巨大なネズミ。彼は小人の一斉射撃を蹴散らし、エンフィールド卿に牙を向きます。ですが、敵はサーベールによって攻撃を受け止めてしまいました。
「所詮はエルフ! 優秀な人間にその牙が届くことはないィ!」
「ここまでやっても……一太刀すら……」
絶望し、ぐらりと立ちくらみをするラッテンさん。
彼の奮闘に何かを感じたのか、転生者のトリシュさんが床を蹴ります。
「それで良い……それで十分です!」
彼女の瞳に浮かぶハートの紋章。癒の転生者としての力が発揮されます。
発動されたのはチートによる強化魔法。その効果を受けた巨大ネズミはサーベルをへし折り、エンフィールド卿の右上半身を食いちぎりました。
腕も肩も、何もかもが抉られて無くなります。ですが、それでも総隊長は止まりませんでした。
「こんの……糞ゴミ下等エルフがあああァァァ……!」
「ドロシアを……頼んだよ……」
死を覚悟したエンフィールド卿。彼は小人たちに指示を与え、彼らの持ち魔力全てをラッテンさんに向かって放ちました。
まさに怒りに身を任せた全弾掃射。全ての攻撃を真面に受け、エルフの道化師は魂ごと燃えつきます。
悪魔契約による力でしょうか、エンフィールド卿による憎しみでしょうか。肉体すらも残らず、治癒による修復も出来ないほどに、彼は無残に葬られてしまいました。
主人の死により、ネズミの魔獣も姿を消します。ペンタクルさんは呆然としつつも、今何が起きたのかを理解した様子。
「ラッテン……なぜ……」
「貴方のせいだ。貴方の甘さによって、優秀な部下を失ったのです。容赦なく敵を駆逐していれば、このような事態には……」
城の外部へと逃れたベリアル卿。彼は安全圏から魔王様に精神攻撃を仕掛けます。
ですが、させねーですって! 私がずっと実況解説をしているとでも思いましたか? エンフィールド卿との戦闘には参加できませんでしたからね。ターゲットを貴方に変えたんですよ。
私は流星のコッペリアを操作し、瞳に星の紋章を浮かべます。楽しくないので全力は出せません。だけど十分。空中に星のエフェクトを広げ、それをベリアル卿へと導く階段にしました。
「お前、そろそろ黙れ」
星を踏み台にし、モーノさんがベリアル卿の前に跳びます。そして、その剣によって彼の身体を真っ二つに切り裂きました。
悪りーですがベリアル卿。貴方に対して同情はありませんよ。これでも、間接的にラッテンさんを葬ったことにはムカついていますから。
今まで相手の攻撃を無効化し続けていましたが、力の異世界転生者による一撃はどうですか? たぶん、今までとは全く違うんじゃないですかねー。
真っ黒い羽根が周囲に舞い、ベリアル卿は苦しそうに自らの胸を抑えました。ですが、彼は悪魔。そもそも、私たち人とは仕組みが違いました。
「ここまで……か……私は世界の悪意その物……死という概念などありません」
ベリアル卿は自らの身体全てを闇の炎へと変え、その一部を王の間へと伸ばします。そして、倒れるエンフィールド卿を包み込みました。
「契約者は回収させていただきます。では……暫し御機嫌よう……」
闇は周囲へと飛び散り、どこかに消えてしまいます。エンフィールド卿を含め、影も形も残っていませんでした。
まあ、力勝負で貴方を滅ぼせるとは思っていませんよ。ただ、今はここから消えてください。この場にいる人をイライラさせるだけですからね。
事実、彼の捨て台詞は絶大な効果を発揮しました。ラッテンさんを失い、心が不安定になったのでしょうか。この場に残るペンタクルさんが暴挙へと動きます。
「奴の言うとおりだ。敵に同情したばかりにラッテンは死んだ。ならば、聖国を守るこの茨の結界。我魔王の力によって撃ち滅ぼしてくれよう」
「それはどういう意味ですか……」
「姫を殺す。トリシュ、余計なことはするなよ」
瞳にクローバーの紋章を浮かべ、ふらふらとターリア姫に近づく魔王様。確かに、聖国を滅ぼすには彼女の封印を解く必要があります。ですが、絶対にさせませんよ!
私が姫の前に立つとハイリンヒ王子とスノウさんも並びます。既に、アイルロスさんたち幹部は城を脱出し、残っているのはペンタクルさんだけ。それに、こっちにはモーノさんも居ます。
ですが、敵さんも真剣でした。スキルによって高速移動し、一番遅いスノウさんの首を掴みます。
「かはっ……」
「動かないでもらおうか兄上。貴様には力で劣る事は知っている。クハハ……姫、王子、貴族の女……ここは随分と人質が多いものだ」
そう言って、ハイリンヒ王子とアリシアさんに目を向けます。スノウさんを葬っても、二人目三人目がいるとでも言いたいようですね……
瞳に光る緑のクローバー。それが禍々しく、一層濃くなっているのは気のせいでしょうか……? これでは、まるで本物の魔王じゃないですか……
モーノさんはしゅんと俯きます。好敵手と認めたペンタクルさん。そんな彼がこのような手段に出た事が信じられないようでした。
「お前は敵国のトップだ。卑怯だとは言わない。だけど、そんな奴じゃなかっただろ……」
「くだらん事を言う。我は魔王なり、この世界を破壊によって支配する者だ」
私はこの状況を知ってます。二番の異世界転生者、ジルさんの時と同じでした。
まさか、錫杖のファントムの制御が不安定になってる……? 彼にとって、ラッテンさんの存在が心の安定になっていた……?
何にしても、私たちの目の前にいるのは残忍卑劣な悪の魔王様でした。