149 ☆ バトル! バトル! バトル! ☆
バトル! バトル! バトル! です! ここに弱者はいません。
聖国騎士団総大将レミュエル・エンフィールド卿。彼の「散開!」という言葉と共に、小人の兵士たちが服から飛び出します。
どうやら、攻めのフォーメーションに変えるようですね。彼らは速度の魔法によって瞬時に移動し、ラジアンさんとランプの魔人を取り囲みます。そして、再び魔法による一斉射撃を開始しました。
「撃ち方用意! 撃てえええい!」
「ちっこい癖に一匹一匹が強いのう!」
彼らに対し、砂漠の王子さまはランプの魔人で対抗します。まるでス○ンド能力のように魔人を動かし、拳と肉体によって魔弾を防ぐ姿は圧巻。技術もスピードもトップクラスだと分かりますね。
ラジアンさん自身は剣を抜き、魔人と二人がかりで弾丸の雨を突破します。そして、小人達の総司令であるエンフィールド卿に接近戦を挑みました。
三日月型の剣シャムシール。それに対し、エンフィールド卿は装備したサーベルを抜きます。
打ち付けあう剣と剣。同時に、魔人の拳は小人たちによる防御魔法によって防がれました。
「おまんさん、エルフじゃろ? 魔法は使わんのか?」
「私が……魔法をだと……? その言葉! 二度と口にするなッ!」
ラジアンさんの言うように、エンフィールド卿は部下に魔法の指示を出しますが自身はそれを使いません。その指摘に対し、エルフの大将さんは激昂した表情を見せました。
心の異世界転生者である私はすぐに察します。エンフィールド卿は魔法を使えません。それが、彼にとって最大のコンプレックスであり、憎悪の根源なのでしょう。
エルフは自然や魔法に感謝を示す種族と聞きます。そこに差別や追放があったのなら、同種族に対する殺意にも納得できました。
さてさて、あの二人が戦ってくれるのはこちらとしてもありがたいです。
私たちは聖国側でもクレアス国側でもありません。なので、その両サイドが互いに足止めし合ってくれるのは非常に美味しい展開でした。
ベリアル卿はトリシュさんの相手で忙しいですし、これで残る要注意人物は聖国王様だけです! 彼さえ説得すれば戦いが止まると考えたのか、ハイリンヒ王子がその前に出ました。
「父上、ここまでです! 兵の大半は意識を失い、城も完全に掌握されました。ターリアが怯えています……素直に降伏すればこれ以上の被害は……!」
「無いと言い切れるのかね? 魔王ペンタクルは『怨』の感情によって動く転生者と聞く。そのような復讐者に、降伏などいう甘い言葉が通用するとでも?」
ぐぬぬ……と押し黙る王子さま。心無いかもしれませんが、私も聖国王様と同意見ですよ。
たぶん、その方法でペンタクルさんは止まりません。何より、降伏したところで聖国の騎士や国民たちが納得しないでしょう。それほど、聖国の人間至上主義思想は深く根強いているのですから。
王を降伏させるなら、前回と同じ襲撃を行えばいいだけ。それを実行しなかったのは、トップを潰しても聖国が止まらないことを意味していました。
「モーノ・バストニ、彼も転生者なのだろう? 彼の手によって魔王が葬られれば、我々聖国にも勝機がある。結果を急かすな。青二才が」
「急かさなければ……被害は広がる一方だ!」
「それがどうした。上手い負け方など元より考えてはおらん。我らカルポス聖国が求める物は勝利のみよ」
平和主義者のハイリンヒ王子。彼からの言葉を煙たそうに払い、聖国王様は玉座を立ちます。
これは……物凄い殺気です。だらしなく、娘に惚気てばかりだった彼。ですが、今はそんな普段の姿を全く感じられません。
王は手ぶらのまま、ゆっくりと歩き出します。その行動をクレアス国兵は許しません。彼らは一斉に詠唱を開始し、各々が得意とする魔法を放ちました。
「聖国王は怪しい術を使う! 距離を取って攻撃しろ!」
「やれやれ、私は遠距離戦が得意ではない。それは困る」
聖国王様は距離を取っての戦闘は苦手。恐らく、この言葉は嘘ではないでしょう。
もし、魔法による遠距離攻撃が得意なら、玉座に座りながらでも支援が出来ます。それをしなかったのは、彼が根っからの戦士タイプなのを意味していました。
だからこそ、魔族たちが取った作戦は正解であり、多数による遠距離攻撃を続ければ勝負がつく。私のようなポンコツはそう思うでしょうね。
ですが、実際はそうなりません。
攻撃を受けたと思われた王が、忽然と姿を消してしまったのです。
「お……王が消えた……?」
「バカな……いったい何が起きている……!?」
そこからは単なる虐殺でした。
見えない刃により、魔族やオークたちが次々に斬り捨てられていきます。ただ一人の剣によって、鮮血に染まっていく王の間。全ての攻撃は確実に命を狙う一撃でした。
この時点で、誰もが国王の能力に気づいたでしょう。扱うのは単純な透明化魔法。今、超高速で敵を切り捨てているのは、彼本人の肉体能力でした。
「透明化魔法か……居場所はスキルで察知できるが……」
「格が違いすぎる……!」
そうです。格が違いすぎます。
私だって、ぼーっと突っ立ってるわけではありません。ただ、国王様の動きはここまで一分も経っておらず、こちらも対応出来ませんでした。
ハイリンヒ王子はターリア姫の視界を隠しつつ、その安全を確保します。私も一人でもたくさんの人を救えるように、何か出来ることをしないと……
そう思っている時でした。私に向かって、一人の少女が言葉を投げます。
「何でそんなに頑張るの……? もう、何人も死んじゃってる。傷だらけの人を逃がしても、どうせ戦場からは逃げられないよ。後になって殺されるだけ……」
「そうでしょうね。ですが、他にやる事もないんですよ。だって、どっちが勝っても私は嫌! ですから」
水の球体を浮かべ、中からこちらを見るのは人魚姫のセイレンさん。その瞳から感じるのは、平和に対する『諦め』でした。
そうですよね……こんな戦場を見ちゃったら諦めたくもなりますよね。でも、私の神経はうどん並に太いですからね! 物凄く悲しいですけど……決して諦めません!
そんな私の意思を感じたのか、ターリア姫を守っていたスノウさんが前に立ちます。そして、セイレンさんに向かってきっぱり言い放ちました。
「私は……スノウ・シュネーヴァイス。貴方たち人魚さんを殺めたミリヤ国王妃の娘です」
「君が……そうか……君もテトラちゃんから勇気を貰ったんだね。だけど私は……」
ここに、また一つの因縁が生まれます。人魚を虐殺した王妃の娘、その人魚たちのお姫さま。二人の出会いもまた、異世界転生者による因果なのかもしれません。
こぽこぽと泡を吐き、キッと目じりを釣り上げるセイレンさん。彼女は両腕を開き、自身の周囲に大量の音符を浮かべました。
「この命が泡になって消えても、私は魔王様のために戦う。君の毒はこの水のバリアーを通さないから!」
「私も……私にとっての王子さまのために戦いますよー。水のバリアーも破っちゃいます!」
どうやら、セイレンさんも覚悟が決まったようですね。
この二人は其々、ペンタクルさんとモーノさんを信じています。大本の決着が付かない限り、彼女たちの対立が解かれることはないでしょう。
放たれる毒りんご爆弾。放たれる音符爆弾。互いに衝突し、周囲に毒と音波を拡散させます。
こ……これはヤベーですね! 巻き込まれたくないので、すぐにその場から飛び退きました。まったく、こんな時にモーノさんは何をやっているんですかー!
現状、トリシュさんvsベリアル卿、エンフィールド卿vsラジアンさん、スノウさんvsセイレンさん。それらに加えて、聖国王様がクレアス国兵を一掃しています。
戦争を止めるには、モーノさんとペンタクルさんの戦いに決着が付く以外にありません。魔王の命令によってクレアス国側が撤退する。私たちはそれを期待する以外にありませんでした。
ですが、ここで状況は最悪の方向へと動きます。
王の間の中央、そこに浮かび上がるのは透明なヒビのような何か。すぐに察したベリアル卿がその口に笑みを浮かべます。
「これは面白い。どうやら、物事はそう都合よくは動かないようです」
「空間の歪みですか……テトラさん! 手が空いているのなら備えてください!」
そうトリシュさんに言われますが意味が分かりません。備えるって何をですか!
私が混乱している間にも、ヒビはどんどん大きくなります。空間の歪みという事は、あそこが割れて何かが出てくるという事……?
すぐに臨戦態勢を取り、周囲の敵よりもあの場所に意識を向けました。何だか分かりませんが、ヤベーのは確実です! たぶん、この場で一番あれがヤバい!
やがて透明なヒビは割れ、そこが真っ黒い空間へと繋がります。その中から、一人の魔族が外へと放り出されました。
「くっ……流石は力の異世界転生者か……!」
「魔王様……!」
そう、セイレンさんが叫びます。自慢のマントはボロボロになり、かなり消耗しているようですが間違いなく彼はペンタクルさんでした。
彼は自らの肩を抑えつつ、怨めしそうな顔で空間の割れ目を見つめます。やがて、その割れ目を打ち破るかのように、中からもう一人の少年が飛び出ました。
「おいおい、逃げんなよ。決着つけるんじゃなかったのか?」
「モーノさん!」
放り出されるように出てきたペンタクルさんとは違い、余裕の表情で現れたのはモーノさん。所々に傷を負っていますが、明らかに魔王様より消耗していません。
やっぱり、この人は滅茶苦茶強いですね……たぶん、直接対決で勝てる人なんて存在しないんでしょう。事実、あらゆるスキルを使えるペンタクルさんが敗走を選んだんですから。
ですが、手数は技の転生者に分がある様子。モーノさんが組み立てた隔離作戦も、簡単に破られてしまいました。
「勝負には勝てるが、隔離空間は破られちまったな。おい、ペンタクル。大人しくしていろよ」
「バカを言ってもらっては困る。大人しくしないために、この場所に戻ったのだ。確かに直接対決ではお前に分があるようだが、魔王の軍勢は防ぎようがあるまい!」
黒いマントを翻し、そこに空間の歪みを作り出す魔王様。モーノさんの真似事ですが、精度はこちらの方が上という感覚を受けました。
やがて、別空間はワープホールのように機能し、そこから魔王の軍勢が現れます。
精霊、ケットシーのアイルロスさん。ドワーフ、ゴーレム使いのモニアさん。エルフ、笛吹き男のラッテンさん。今まで退けた幹部クラスの再登場でした。
たぶん、グルミさんはシルバードさん、ドロシアさんはアリシアさん、リュコスさんはメイジーさんとそれぞれ戦っているのでしょう。手の空いた人が一気にここまで来ちゃいました。
「ニャニャ……! 魔王様がお怪我を!」
「問題はない。だが、ここまで苦戦を強いられるとは思わなかったぞ。クハハ! モーノ・バストニよ! 褒めて使わそう!」
心配するアイルロスさんに余裕を見せつつ、魔王様は杖を一振りします。それにより、呼び出した三人の幹部を強化魔法によって強化しました。
トリシュさんには劣る魔法ですが、やっぱり手数が半端ないですね。器用貧乏とはよく言いますが、ここまで多くの技を使えれば貧乏とは言いませんよ。
ペンタクルさんは明らかに負けていました。ですが、今は部下が三人、流石のモーノさんも冷や汗を流します。
「おいおい……そりゃ反則だろうが!」
「我は魔王……もはや油断などはない……! 錫杖の……ファントム!」
彼の一人称が『俺』から『我』に変わり、その瞳にクローバーの紋章が浮かびます。これが、ハイリンヒ王子の言っていた錫杖のファントムさんですか……
私たちとは違い、ペンタクルさんは完全に本来の人格を操作しています。幸い、戦闘特化の覚醒ではありませんが、あれで部下を使役するのは絶対にヤベーですよね。
凍るように冷たいクローバーの瞳。王の間に舞う深緑の葉。
彼の杖には三つのリングが掛かり、まるで錫杖のようでした。
テトラ「どんな願いでも三つ叶えてくれる! って、元は回数制限なかったんですよね?」
ラジアン「そりゃ、映画の都合じゃ。何でも出来ちゃ面白くはならん。チートには耳が痛いじゃろ?」