148 ☆ これが頂点の戦いです! ☆
カルポス聖国、お城の最上階にある王の間。私たちはここで最大の戦いに参入します。
流石に決戦の場だけあって、この場に残っている人たちは手練れ揃いですね。トリシュさんとベリアル卿は言わずもな。この二人に加えて、他に三人の強者がこの場にいました。
見るからに分かりますよ。あの三人はヤベーです。絶対にヤベー人たちです!
「やれやれ……今日は随分と客人が多いものだ」
「国王、冗談もそこまでにしましょう。最早これは取り返しのつかない事態です」
玉座に座るのは聖国王、バシレウス七世様。彼の隣に立つのは聖国騎士団総大将レミュエル・エンフィールド卿です。
ここまで敵に攻め入られているのに随分と冷静なものですね。勝てる自信がある? いえ、相手が転生者なのは彼らも知っています。油断を見せるような人たちでもないでしょう。
恐らく、二人は覚悟していますね。勝利と敗北、どちらに転ぼうともその現実を受け止める。国の頂に立っているからこそ、徹底的なリアリストを貫けるのでしょう。
「撃ち方用意! 放てっ!」
エンフィールド卿は右手を上げ、自らの衣服に隠れた小人たちに攻撃命令を出します。彼らから放たれるのは雨のような弾丸の魔法。それによって、何人もの魔族やオークたちが葬られていきました。
一人の力は一般兵程度。ですが、その人数が半端ではありません! エンフィールド卿は一つの軍隊を身体に搭載している。そう言っても過言ではありませんでした。
ですが、クレアス国サイドも負けてはいません。盾の魔法を何重にも張り、弾幕を防ぎつつ王の間へと突っ込みます。
「束になってかかれ! 国王を始末すれば我々の勝利だッ!」
「まったく、実に騒々しい……」
ため息交じりで右手を腰に当てる国王様。襲い掛かる敵に対し、彼は座ったままその手を振り払いました。
瞬間です。武器を出すことなく、魔法の詠唱をすることもなく。敵兵たちの首がまるで刃によって切断されたかのように宙を舞いました。
あまりにも速かったため、何が起きたかまったく分かりません。あんなにも一瞬に、あんなにも呆気なく、いくつもの命が奪われてしまったのです。
これは、でたらめの強さですね……天才の家系とは聞いていましたが、まさか国王様がここまで強いとは驚きました。
「さて、未熟な兵どもでは私に傷一つ付けれぬわけだが。君が私の相手をするのかね?」
聖国王様は首をこきりと鳴らし、魔王側の一人の男へと視線を向けます。
屍の上、宙に浮く絨毯の上で胡坐をかく褐色肌の青年。聖国王、エンフィールド卿に匹敵する強者の貫録を感じました。
まだ肌寒いにもかかわらず、とてもラフな格好をしています。彼がバートさんの言っていた聖ギルガメス教の代表、ラジアン・マハラージャさんで間違いないでしょう。
バアル教を迫害した砂漠の民、その頂点と言える人ですか……地位の割には随分と若いように感じますね。
彼は飄々としていて、敵である聖国王たちにもフレンドリーな態度で接します。
「まあ、そっちが仕掛けるのなら相手もするじゃろ。じゃが、わっしとしてはおまんらの相手をしてもメリットはないんじゃ。強者と戦うほどにリスキーじゃろ?」
なんて、冷めたことを言っちゃってます。えー……国王様の命を取りに来たんじゃないんですか? 幹部である貴方が戦闘を避けても仕方ないでしょう。
ですが、ラジアンさんにはラジアンさんなりの考えがあります。それは、聖国側と比べても遥かに現実的な思想でした。
「なら、弱い兵を積極的に潰し、国の力を削ぐ動きをした方が有意義じゃ。それで、クレアス国側の戦力も削がれれば、最後に笑うのわっしの国じゃろ。おまんと戦う意味はないんじゃ」
「元より忠義などはないか。それも面白い」
この人……何とかしないとダメだ。
今、聖国側の被害が最小限に抑えられているのは、セイレンさんの歌によって下級騎士の機能が停止しているからです。にも拘らず、ラジアンさんが騎士たちの方を潰しに掛かれば、魔王さんの計らいが台無しじゃないですか!
なんて汚い……ですが、聖ギルガメス教にとっては確かに最善の一手です。流石は修羅の国を生き、非道なことにも手を染めた成り上がりの王ですね。
「つーわけで、わっしはそこそこの相手を狙う。おまんらは魔族やオークの奴らと遊んどれば良いじゃろ」
「ふん! 浅はかな考えの若僧じゃ! この私が相手をしようぞ!」
「ん……?」
そんなラジアンさんを狙うのは、白いお髭を携えた老年の男性。恐らく、聖国大臣の一人でしょう。騎士のような恰好をしており、胸には沢山の勲章がつけられていました。
彼はお城の床に手を当て、そこから真っ白いトゲ付きの球体を引っこ抜きます。流石は大臣クラスと言ったところでしょうか、その大きさは尋常ではありません。
「うんとこどっこいしょォォォ……!」
「ほー、こりゃでかいのー」
優に2メートルを超えるほどの巨大球体。恐らく、あのお爺さんが錬金術によって錬成したのでしょう。
まさかあれを……そりゃ当然投げますよね! 彼は全身の筋肉を浮かび上がらせ、球体をラジアンさんに向かってぶん投げました。
何人かのクレアス国兵をなぎ倒し、白いトゲ付き球体は青年へと迫ります。ですが、彼は空飛ぶ絨毯の上で余裕の表情。やがて、懐から取り出したのは金色に輝く水差しのような物でした。
あれは……中に油を入れて火を灯すオイルランプですよね? まさか、魔石が存在するこの世界にもあのような器具があるとは驚きです。
ですが、ランプで何をするの……?
「ランプの魔人よ。あの球体を返しちょれ」
ニッと笑うラジアンさん。彼がランプをこするとその先端から煙状の何かが現れます。やがて、それは人の形へと変わり、その大きな腕で敵のトゲ付き球体を受け止めました。
まさか……これは召喚獣的な何かですか! お化けのように足がなく、透きとおった身体を持つ魔神。身体はモニアさんのゴーレムほどの大きさで、筋肉がムキムキです!
彼はその筋肉を使い、球体を軽々と投げ返してしまいました。先ほどの攻撃よりも速いです! これは、あのお爺さんにも受け止められない……!
「ば……バシレウス国王……」
「これで終いじゃ」
球体の直撃を受け、お爺さんは壁を突き破って外部へと飛ばされます。力勝負を得意とする強者が、魔人の圧倒的な力によって敗れてしまいました。
やっぱり、ラジアンさんはただ者ではありません。出来るだけ死者を減らすように立ち回りたいと思いましたが、彼らのような強者がいれば下手に動けませんね……
ですが、ただ黙って人が死んでいくのを見ているのは限界です。危険な相手さんはピッタリマークしましたし、ターリア姫は任せて私は好きに動きますよ!
ご主人様の操作を受け、私は負傷者の退路確保に動きます。
ここまで熱戦になった以上、戦闘その物を止めるのは不可能でしょう。なら、私は私の出来る人助けをします! 一人でも多くの兵士を逃がす……今出来るのはそれだけだ!
広い広い王の間を駆け回り、人間も魔族も関係なく救出へと動きます。とにかく、今は粘るしかありません。モーノさんがペンタクルさんを退ければ、クレアス国側も退避に動くはずです!
「ハイリンヒ王子! モーノさんがペンタクルさんを倒し次第、貴方はそのサポートに移るんです! 魔王撃破の手柄は私たちが頂きますよ!」
「やっぱり、それがベストだよね。モーノくんもよく考えてるね!」
ターリア姫を抱えつつ、半分カエルの姿になった王子さまは攻撃を回避していきます。
流石はカエルの呪いを支配した王子さまです。跳んだり跳ねたりの能力は、ご主人様の力を受けた私にも匹敵するかもしれません。この戦場にて、姫を攻撃から逃れさせるには十分な機動力を持っていました。
また、スノウさんの毒りんご爆弾も強力。毒の効力を弱めることにより、敵を痺れさせて動けなくさせます。聖国王とエンフィールド卿が強い事もあり、クレアス国側は攻めきれませんでした。
「王は目の前にいるが……なぜ攻められない!」
「まあ、どんな時も焦る事はないじゃろ。さっとこの身かわすんじゃ」
「何を呑気な……! 魔王様はまだ合流しないのか……!」
魔族の一般兵さんとラジアンさんがもめています。どうやら、ペンタクルさんはモーノさんの手によって移動させられたようですね。
オークさんたちからの攻撃を余裕で回避しつつ、スノウさんから再び状況を聞きます。
「あの……モーノさんとペンタクルさんはどこに?」
「魔法で別の空間に移動したようですよー。周りを気にせずに戦いたいって言ってました」
まあ、モーノさんの魔法は城壁を崩壊させるほどですからね……ここで戦えば、間違いなく城の方が持ちません。
最も、それは彼らがいない場合でも変わりませんけどねー。先ほどからずっと戦っていたトリシュさん。ついに痺れを切らしたのか、腕ずくでベリアル卿を痛めつけに掛かります。
黒い炎になって攻撃を無効化しようとも完全に無視! 強化魔法と浄化魔法でとにかくラッシュを加えていきました。
「おっらあああああ……!」
「浄化の力が強いか。流石にこれは堪らない……!」
笑みを止め、攻撃を受けることなく回避へと動くベリアル卿。左腕に浄化の鉄拳を受けたようですが、その再生が間に合っていません。
と……トリシュさん、まさか本当にあの悪魔を倒しちゃいますか! 場合によっては、ここで話しが終わっちゃいますかね。
なーんて、期待した私が間違っていました。ベリアル卿はローブを広げ、それを闇の炎に変えてトリシュさんを包み込みます。炎は決して彼女を燃やすことなく、動きを縛る枷となって纏わりつきました。
すぐに、浄化の魔法で周囲の闇を払いますが、ベリアル卿はしつこく攻撃を重ねていきます。やられましたね……これ、治癒能力者の動きを止めるベリアル卿の策略です!
「どうやら私たちは両思い。お互いをターゲットにしていたようですね」
「私の治癒が邪魔だっというわけですか……そして、勝負をつける気は更々ないと」
そうですよ……トリシュさんの治癒魔法があれば、即死以外の惨劇は回避できます。混沌を求めるベリアル卿にとって、彼女の力は何よりも面白くなかったんです。
だから、彼はずっと闇の炎によってトリシュさんを縛っている。逆に、彼女は浄化の光によってベリアル卿の動きを制限している。二人は全く離れられない状況になってしまいました。
最悪ですね。ですが、何故かトリシュさんが幸せそうだ……もう嫌だあの子。
トリシュさんとベリアル卿の戦いが泥沼化した時です。別の場所でも新たな動きが見られました。
国王様の横についていたエンフィールド卿。彼が騎士たちの戦いを不甲斐なく思い、戦いの場へと積極的に出てきたのです。
狙いは勿論、現状魔王側にて最も強いラジアンさん。スノウさんは名目上聖国側ですし、ハイリンヒ王子はターリア姫を守っています。この私、テトラの行動は脅威ではないでしょうし、消去法で彼を討つことに決めたのでしょう。
片眼鏡を上げるエンフィールド卿。やがて、その部下である小人たちの魔法が敵へと放たれました。
「撃てェェェイ!」
「こりゃ他の雑魚とは違うか……」
ランプから出した魔人を動かし、全ての弾丸を彼の肉体で受けます。自慢の筋肉で防げていますが、過信は出来ないでしょうね。
自らの耳を切り落とし、人間との共存を望んだエルフ。資源のない砂漠で成り上がり、一つの宗教を収めるほどの地位を手に入れた人間。
二人の間に熱い火花が散りました。
エンフィールド卿「小人の国はくだらない争いをし、空の国ではくだらない研究をしている。人とは何と醜いものだ」
ベリアル卿「それがむしろ素晴らしいと私は思いますがね……」