147 竜を討つ
大きなリボンを付けた青いエプロンドレスの少女。
アリシア・リデルさん。彼女は自らを巨大化させ、その圧倒的な力でジャバウォックさんに対抗します。
ドラゴンが暴れた事によって既に天井はありません。床が抜け落ちない大きさまでなら、自由に巨大化することが可能でした。
大剣によりジャバウォックさんの牙を受けます。身体が大きいだけではなく、素の力もパワフルなアリシアさん。彼女は剣を押し付け、力勝負で敵をねじ伏せました。
流れが変わったことにより、余裕だったドロシアさんの表情が強張ります。
どうにも、この都合のいい展開に納得がいかない様子。
「あと少しだったのに……さっきまでは勝ってたのに……! ここで覚悟を決めるなんて都合の良い奴め!」
「違う……違うんだドロシアくん。全く惜しくなんてなかったんだ」
巨大なトランプに阻まれ、ネズミを上手く動かせないラッテンさん。
どうやら、あの数の魔獣を操作するには精密性を代償にしなければならないようですね。彼はご主人様の人形に翻弄され、なにも出来ない状況へと追い詰められていました。
「魔王様に聞いただろ。これは異世界転生者としての能力。全てはアリシアくんを主人公に立てるための演出で、彼女のピンチは起承転結の『転』に過ぎなかったんだ」
「そんな……じゃあ、ドロシアちゃんは都合のいい悪役として動かされたって事!? そんなの無敵じゃない……! こんなチートがあってたまるか……!」
青ざめた表情で後ずさりをするドロシアさん。
そうなんでしょうかね? 本人もよく分かっていませんけどー。
笛の音によって踊るネズミたち。ですが、トランプを避けるように動かしているため、どこかチグハグな感じになってますね。
それらを軽くいなし、ご主人様はピノくんを道化師へと走らせます。これにはラッテンさんもたまらず、すぐにその場から離れました。
「あとはフィナーレまで向かうだけ。こうなった以上……多分もう勝てない!」
「ぐ……アリシアァァァ!」
ですが、プライドの高いドロシアさんは叫びます。彼女はアリシアさんの戦いに水を差すように、巨人の拳をその背後に向かって放ちました。
ネズミから受けた傷が思っていたより深い……だけど、二人が戦っている今、止まってなんていられない!
私は床を蹴り、最高速度でドロシアさんへと突っ込みます。すると、彼女は焦った様子で拳を解除し、新たに黒いかかしを出現させました。
やっぱり、ドロシアさんは魔法使いを演じた召喚術士です。パートナーのジャバウォック以外の召喚獣はライオン、かかし、ロボット。それら三体を複数出せませんし、一度の発動で消えてしまう。
だから、このかかしを跳び越えればもう先はない!
目前に現れた影をジャンプし、そのままドロシアさんに伸し掛かります。そして、彼女を仰向けに倒し、その両腕をがっしり掴んでやりました。
「は……放せ!」
「放せと言われて放す人はいませーん」
魔女が持っていたバスケット、その中には謎の魔法陣が描かれた紙が大量に入っています。なーる、召喚術のからくりが分かってきましたよ。
このまま両腕を掴んでいれば魔法は使えません。加えて、ラッテンさんはご主人様から逃れるので精いっぱいです。
もう、アリシアさんの戦いを邪魔する者はいません。
出血をし、肩で息をするアリシアさん。何度も剣を打ち付けられ、今にも倒れそうなジャバウォックさん。
少女と竜、二人は見つめ合います。
「終わりだよ。ジャバウォック……」
「ぐるうう……」
一瞬だけ、時が止まったように静かになりました。
今のアリシアさんにはドラゴンに対する憎しみはありません。また、ジャバウォックさんもそんな彼女の覚悟に応えているようでした。
一人と一匹による奇妙な因縁。今、その終止符が打たれます。
「でやあああァァァ!」
巨大化魔法を使用せず、元の大きさのままで剣を振り落とすアリシアさん。対してジャバウォックさんは大きな口を開き、そこから炎を吹きかけました。
主人のドロシアさんがいる手前、広範囲を焼いてしまう炎は使えなかったのでしょう。ですが、ここで奥の手を使っても意味はありません。アリシアさんはドラゴンとの戦いを心得ていました。
剣を風車のように回し、炎全てを吹き飛ばします。同時に、彼女の姿がどこかに消えてしまいました。
ミニマムの魔法……
身体を小さくして身を潜め、相手の懐に入り込む。
そして、そこから最大まで巨大化し、下方から一気に斬り上げていきました。
「ぐぎゃああ……!」
「私の勝ちだ」
腹部から頭部までの一閃。剣ごと巨大化したこともあり、硬い鱗も容易く切断されました。
着地と同時にアリシアさんは元の大きさに戻ります。彼女が見るのは床に伏せる両親の敵。黒い血を流し、上目遣いで自らを倒した少女を見つめていました。
決して足掻こうとはしません。死を受け入れ、アリシアさんを認め、召喚獣としての使命を貫いた。その自信を胸に、彼はゆっくりと目を閉じました。
右目から涙を流し、私の方を見るアリシアさん。そこに、復讐者の面影はありません。
彼女は過去にも、自分自身にも勝ったんです。
「ありがとうテトラちゃん。絶対、絶対元の世界に帰れるよ! 私も応援する!」
「アリシアさん……」
手を後ろに回し、ニッと笑う少女。元気な姿を見せてくれて一安心ですよ。
ですが、彼女が輝けば輝くほどにリデル家の影は大きくなります。伸し掛かっていた私を払いのけ、ドロシアさんはバスケットを拾いました。
すぐにラッテンさんと並び、こちらに向かって構えます。ギリギリと歯を噛みしめ、非常に悔しそうですね。
「雑魚使役獣を殺したぐらいで調子に乗るな……二人とも生きて返さない……!」
「私はドロシアちゃんと戦う! テトラちゃんは自分の思う事をして!」
再び剣を構え、私を守るように立つアリシアさん。心配なので私も残ろうと思った時、ご主人様がその背中を押しました。
「彼女一人を残すわけにはいかない。私もここに残ろう。だが、片手はこちらの戦闘で使用する故。サポートには期待しないでもらいたい」
「分かりました。私はもう一度ペンタクルさんに会って来ます!」
ここは二人に頼むしかありませんね。恐らく、ラッテンさんとドロシアさんはミリアの国を滅ぼした主犯。私の言葉で和解するのも難しいでしょう。
今のアリシアさんなら心配はいりません。ご主人様も居ますし、ここは魔王軍を撤退させるために動くべきです。
既に聖国が受けたダメージは深刻。ハイリンヒ王子とシャイロックさんの国家乗っ取りもスムーズにいくでしょう。一つ目の目的は達成されたも同然です!
既に壁や天井は吹き飛んでいるので、私はそのまま他の棟へと跳び移ります。そして、ご主人様たちを残して再び本棟最上階の屋根まで走り出しました。
ラッテンさんもドロシアさんも追ってきませんね。足止めは成功しているようで、これなら自分の目的に集中できます!
ですが、最上階の屋根に飛び移った時。再びセイレンさんと接触してしまいました。
「げ……戻ってきたの!? あたし一人じゃ無理だよぉ!」
「じゃあ、見逃してくれませんかー?」
「だ……ダメダメダメ! 魔王様に怒られちゃうよ!」
お城の天辺にて、彼女はピチピチと鰭を動かします。どうしましょう……あの脚では絶対動けませんよね……
あえて相手をする必要性が見つかりません。ですが、ドロシアさんよりよっぽど説得出来そうですし、ちょっと話してみましょうかね。
なんて、思った時でした。突然足元の屋根がひび割れ、そこから紫色の煙が吹き出ます。
まさかこれって……とても嫌な予感がしましたが、セイレンさんは全然気づいていません。
「え……? なにこの煙」
「吸っちゃダメです! 触れてもダメですから!」
これ、どう見てもスノウさんの毒りんご爆弾ですよ! 何で下から吹き出ているんですか!
あー、分かってきましたよ。たぶんこの下が王の間ですね。モーノさんとペンタクルさんの戦いで吹き飛んだかと思っていましたが、意外と静かに戦っているようです。
ですが、スノウさんの爆弾によってそれも限界でした。ひび割れは徐々に大きくなり、やがて屋根は倒壊していきます。
「わわわっ! なにー! もう嫌ー!」
「セイレンさん!」
敵ですが、とっさに魚のつかみ取りをしてしまいました。
何か湿っていますが、我慢するしかありませんねー。そのまま、王の間へと華麗な着地を決めちゃいます。
ですが、同時にラッテンさんから受けたダメージが響きました。そうでした……黒いネズミたちに所々かじられていましたね。お腹も炎で炙られていますし、これは限界が近いかもしれません。
「くう……回復薬を持ってこればよかった……」
「お疲れ様です。ボス戦前ですから、回復させてあげましょう」
部屋の状況を知るより先に、白い光が私を包み込みます。この魔法により、身体の傷は全て消え去ってしまいました。
すぐに顔を上げると、そこに立っていたのは転生者のトリシュさん。どうやら、外での戦いを終えて私より先にここまで来ていたようです。
「ありがとうございます! あの……今はどのような状況で……」
「自分の目で確かめてください。今は貴方の相手をしている場合ではありません」
そう言うと、彼女は自らに強化魔法を使います。そして、そのまま何者かに向かって突っ込んでいきました。
彼女の走る先にいるのは……何とベリアル卿です! 彼はいつもと変わらない薄ら笑いを浮かべつつ、トリシュさんの拳を真正面から受けました。
ですが、悪魔にそんな攻撃は効きません。ベリアル卿の身体は黒い炎へと変化し、物理攻撃を完全に無効化しています。対し、トリシュさんも浄化の魔法を使いますが、それでも炎は消えませんでした。
「これでは攻撃手段がありませんね」
「まさか連れ去られた貴方が魔王側に組するとは……ですが、私以外に興味はなしですか」
ベリアル卿は転生者同士の結託を知っています。よくもまあ、白々しい態度を取れるものですよ。
この二人の戦いは無視して良いでしょう。と言いますか、正直関わり合いになりたくありません。
それよりも周りの状況ですよ! パーティーが出来るほど広い王の間。最上階のこの場所ですが、既にクレアス国が進軍しているようです。
恐らく、上位の騎士や大臣であろう人たちが、魔族やオークの兵と戦っていました。セイレンさんの歌もあり、聖国側で残っているのは手練ればかりでしょう。
「ここが最前線ですか……まるで地獄です……」
「テトラさん、大丈夫ですかー?」
そんな私と背中合わせに立ったのは、元ミリア国のお姫さま。ゾンビ少女のスノウさんでした。
彼女は両手にりんご型の爆弾を作りだし、こちらを攻撃する魔族たちに投げつけます。その爆発により、彼らは痺れて床に倒れてしまいました。
これはかなりのクライマックスじゃねーですか! 所謂、乱戦って奴ですね。
「スノウさん、モーノさんとメイジーさんは……?」
「最初にここを攻めたのは魔王さん、リュコスさん、ドロシアさんの三人です。ターリア姫を守るため、私たちは彼らを分断させることを考えました。それは成功しましたが、魔族さんたちが攻めてきてこんな感じですー」
つまり、モーノさんvsペンタクルさん、アリシアさんvsドロシアさん、メイジーさんvsリュコスさんで、それぞれが別の場所へ移動してしまったようですね。
残ったスノウさんがターリア姫の護衛という事でしょうけど、兵に攻められてこの有様ですか。あまり状況は良くないと言った感じです。
では、ターリア姫はどこに……そうですよ! ターリア姫は……!
「あの! ターリア姫は……」
「ここだよ」
天井から落ちてきたのは赤いマントの王子さま。カルポス聖国のハイリンヒ王子でした。
彼の右腕には恐怖で怯えるターリア姫。戦いや血を見ることに馴れていないのか、口を三角にして完全に固まっています。
あれだけ英雄になると言っていたのに、実戦ではこんな感じですか。そりゃそうですよね。彼女まだまだ幼いんですから……
今は、姫の傍に居ましょう。積極的に敵を倒したくもありません。
ですが、それもいつまで続くか……なぜなら、乱戦の中にとんでもない化け物がいたのですから。
ドロシア「泣き虫ライオン、おバカなかかし、心のないロボット。足りないものが欲しいだけ……」
テトラ「本当に大切なものは、旅の過程で少しずつ生まれるものですよ」