146 ☆ ハッピーアンバースデー! ☆
アリシアさんの両親を殺した犯人、リデル家に隠された真実。全て明かされましたが、状況はむしろ悪化したと言えます。
これが、復讐に全てを捧げた者への罰なんでしょうか……?
ずっとアリシアさんが憎み、命すらも奪おうとしていた存在。それがまさか、最も守りたかった自らの妹だったなんて……
酷いです……なんで神様はこんな残酷な運命を課したのでしょうか……
「ラッテンさん、起きているんでしょ? 彼女が言っていることは本当ですか?」
「……そうだよ。ドロシアくんは僕の手に余る。だから、暴かれたくなかったんだ」
割れた食器に埋もれつつ、ラッテンさんがそう返します。
気持ちは分かりますが、その嘘がいつまで通用しますか。どの道、どこかで明かさなければならなかったんですよ。
こんな状況で、アリシアさんが真面に戦えるはずがありません。彼女の身体は震え、目には涙が滲んでいきます。ショックからか、巨大化魔法もすぐに解けてしまいました。
「嘘……嘘だよねドロシアちゃん……?」
「嘘じゃないよ。そこの道化師ちゃんが証明したじゃん。アリシアちゃんがずっと憎んでいた真犯人。それはこのドロシアちゃんだったんでーす!」
両腕を広げ、積極的に煽っていくドロシアさん。攻撃の手を緩めてくれたのは幸いですね。
恐らく、彼女は根っからのどSなんでしょう。アリシアさんの心理的ダメージを知ったからか、戦闘よりも言葉攻めを優先します。
「さあ、私を殺してよ! ずっと……ずっとずっとずっと! 私の事を憎んでいたんでしょ? だったら、ここで復讐を果たさないと!」
「そんなの……出来るわけないよ! だって……だってドロシアちゃんは……!」
「ふーん……ズルいね。アリシアちゃん」
大きな帽子の下から、魔女は鋭い眼光を見せました。
「今まで散々、赤の他人を殺そうとしてたのに! いざ、自分の妹が犯人だと分かったら止めちゃんだ! ずっるーい! アリシアちゃんは卑怯者だよ! 今も昔も……ずっとずっと可愛い子ぶりの卑怯者だっ!」
「うう……」
ヤベーですね。時間稼ぎのために好きに煽らせていますが、このままだとアリシアさんの心が持ちません。
ですが、こっちもただ黙って見ているわけではありませんよ。今の言葉で少しずつ、ドロシアさんの心も見えてきました。
彼女はただの歪んだ魔女ではありません。行動全てに動機がありますし、アリシアさんに対する特別な感情は本物です。
さーて、ここで煽り返せば戦闘が再開されてしまう危険がありますが……会話のペースを奪うためにも攻めに出ますか。
「そうですよね……ズルいですよね。自分がリデル家の裏で汚いことをやらされて、アリシアさんが表で皆からチヤホヤされているなんて……」
「……は?」
あ、こっち向いて滅茶苦茶睨んでますねー。おー怖っ。
ドロシアさんはお姉さんに嫉妬している。そう考えると、なぜ彼女が歪んでしまったのかよく分かります。
「アリシアさんにとっては幸せな家庭でしたが、貴方にとっては消し去りたい日常でした。だから、ラッテンさんの襲撃に乗じ、自分を変えるために全てを消し去ったんだ!」
「……ふーん。テトラちゃんってさ…………癇に障るってよく言われるよね!?」
勝った。先に手を出したお前の負けだ!
床から鉄巨人の拳を出現させ、それをこちらへと放つドロシアさん。図星を言い当てられ、動揺した貴方の攻撃なんて猿でも避けられますよ!
アリシアさんの手を引き、小ジャンプで拳を回避します。そして、そのまま敵へとダッシュし、ハイキックでドロシアさんの帽子を蹴っ飛ばしました。
「くっ……うっざいなあ……!」
「ほら、アリシアさんとそっくりです。二人が戦うのは哀しい事ですよ!」
よし、効いてる効いてる。大きな帽子で顔を隠していましたが、今はちゃーんと見えてますよー。
前髪を伸ばしたり、フードとかで顔を隠す人の心理。それは自分に自信がないことの表れ、もしくは後ろめたい心を意味しています。素顔を晒したのは、貴方にとってかなりのダメージでしょうね。
アリシアさんそっくりのドロシアさん。彼女は悔しそうな顔をしつつ、足元から真っ黒い影を出現させます。
それは不気味な形をした案山子。すぐに飛びのきますが動きはない様子。どうやら、防御に使う魔法のようです。
「キャハハハ! ジャバウォック! あいつらを纏めて殺しちゃえェェェ!」
こちらを指差し、使役獣に抹殺を命じるドロシアさん。待っていたと言わんばかりに、ジャバウォックさんは思いのままに暴れ始めました。
尻尾を振り回し、まるで鞭のように攻撃します。私はアリシアさんの頭を押さえ、二人で身をかがめました。
流石にもう限界ですよ……これ以上、アリシアさんを守りながらの回避は出来ません。
ですが、それでも彼女は剣を向けようとはしませんでした。まるで死を受け入れたかのように、力なく私に身を任せるだけです。
「もう良いよテトラちゃん……ドロシアちゃんがそれを望むなら私……」
「アリシアさん、しっかりしてください! ここで貴方が死んだら、モーノさんたちになんて言えばいいんですか! 私の身にもなってください!」
貴方の死を悲しむ人がいる……私だって死んでほしくない! だから、貴方は生きなければならないんだ!
アリシアさんの意思なんて関係ありません。私は私のために、彼女をお姫さま抱っこしてジャバウォックさんに対抗します。
牙による噛みつき、翼による羽ばたき、爪による切り裂き。両手が塞がってナイフは使えませんから、全て己の足だけで逃げかわしていきます。
唯々必死な私に対し、アリシアさんも何か思う事がある様子。
「私はずっと、復讐のために生きてきた。だけど、もう分からないよ……どこに行けばいいのか全然……」
「どこに行けば分からないのなら、どこに行っても大丈夫という事です! 全ての冒険には最初の一歩が必要なんですよ!」
もう、くたくたですよアリシアさん……貴方がしっかりしないと、この戦いに勝ちはないんです……
彼女を抱っこしつつ、ドラゴンの猛攻をひたすらに回避する私。ですが、ついにドロシアさんが痺れを切らし、こちらに向かって炎のライオンを放ってきました。
私は諦めない……! 生き物のように追ってくる炎から逃げつつ、更にジャバウォックさんの体当たりを回避します。一人と一匹相手でもまだ戦える……!
覚悟を決めたその時でした。
部屋の片隅から不気味な笛の音色が響きます。瞬間、真っ黒いネズミの大群が、こちらに向かって一斉に襲い掛かりました。
「残念だけどテトラくん……もう、タイムオーバーだよ」
「くっそおおおおおう……!」
ラッテンさんは和解を諦めていました。だから、戦いを終わらせるために攻撃へと移ったのでしょう。
ネズミの大群に飲まれ、身体の至る所を噛みつかれます。すぐにナイフを抜き、それら全てを振り払いました。
待ってください……アリシアさんを抱いていたはずなのに、なんでナイフを使っているんですか……?
全身から血の気が引きます。消耗していたんでしょう……だから彼女を手放してしまったのです。すぐにネズミの大群から脱出し、周囲を見渡しました。
私の目に飛び込んだのは空中に投げ出されるアリシアさん。
そして、鋭い爪を振りかざす魔竜ジャバウォックでした。
「モーノくんたちに……ごめんねって伝えて……」
「アリシアさあああァァァん……!」
私は叫びます。意味のない叫びです。
こんな事をしたって、攻撃は止まりません。容赦なく、無慈悲に、竜は爪を突き出します。
その鋭い刃は、無垢な少女の頭部へと突き刺さりました。
左目へから脳へ、確実に達してるでしょう。
まだ、救えるかもしれない……!
そんな私を嘲笑うかのように、アリシアさんの身体は窓の外へと投げ出されます。
ダメですよ……ここから下に落ちたら、誰が治癒するんですか……
嫌だ……
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ……!
「アリシアさん……!アリシアさん……!」
「ダメだよテトラちゃん。ダメダメダメ……君はアリシアちゃんと同じところに行くんだから」
外へ投げ出された彼女を追って、私は窓へと走りました。ですが、そんな私に向かって、先ほどドロシアさんが放った炎が襲い掛かります。
心を乱し、ご主人様の操作が弱まったのでしょう。回避行動に移りますが間に合わず、右腹部を炙られてしまいました。
熱い……だけど今はそんな事どうでも良い……!
「邪魔するなッ……! 私はアリシアさんを……」
「テトラちゃんも見たでしょ? 爪は脳まで達してる。あれは完全な即死だよ」
例え即死でも、トリシュさんの蘇生魔法なら復活できる。ですが、魂が完全に引き離されれば蘇生は不可能です。時間を考えると恐らくもう……
いえ、そんなの信じたくない……! ご主人様に頼み、トリシュさんと合流すればまだ……まだ……!
『テトラよ。今、アリシアを受け止めたが……トリシュはここに居ない。既に城内へと移動し、治癒はとても間に合わない……』
ご主人様の通信を受けた瞬間、私は愕然と膝をつきました。
もう、助からない……? アリシアさんとは二度と会えない……? 頭が真っ白になり、完全に転生者としての機能は停止してしまいました。
そんな私に向かって容赦なく、ネズミの大群が押し寄せてきます。すぐに正気へと戻りますが、回避にはとても間に合いません。
笛の音が奏でられる中、私は何匹ものネズミに噛まれていきます。ラッテンさんは哀しそうに、そんな私を見下しました。
「ここまでかな。正直、君の事は嫌いじゃなかったよ。バイバイ」
暗い……ネズミに埋もれ、もう何も見えない……
心の異世界転生者が、仲間を失って心で負けますか。まあ、人数差から見ても、私の方が圧倒的に不利でしたけどね。
アリシアさんと一緒に私も死んじゃうんでしょうか……あの眩しかった笑顔のアリシアさん……どこか闇があったけど、純粋だったアリシアさん……
彼女はまるで光……
「はあああァァァ……!」
咆哮が聞こえました。それは少女の声。
猛々しいその叫びと共に、目の前の闇は切り払われます。ネズミたちが私を食べ始める前に、何者かが彼らを一掃したようでした。
眩しい光が目に入ったのと同時に、巨大な剣が魔竜ジャバウォックへと打ち付けられます。まさか……そんなまさか……!
「テトラちゃん、私考えたよ……考えて考えて……自分の幸せに気づいたんだ!」
左目から鮮血を流し、今にも倒れそうなアリシアさん。なんで……どうして……!
部屋を見渡すと、その視界にご主人様が映ります。彼は人形のピノくんを動かし、黒いネズミたちを次々に消滅させていました。
どうやら、彼がアリシアさんをここまで運んだようですね。でも、何で蘇生されて……
そうか、初めから死んでなかったんだ。
ミニマムの魔法で身体を小さくし、ジャバウォックさんの爪を脳に達する前に止めた。
そうです! だからご主人様は蘇生ではなく、『治療は』間に合わないって言ったんだ!
アリシアさんは笑います。
純粋無垢に、今生きている幸せを噛みしめているようでした。
「たぶん、私って幸福なんだと思う。真っ暗いリデル家に生まれて、それでも笑顔でここまで来れたのは本当に奇跡なんだ! だから、毎日に感謝して生きたいって思ったの!」
彼女はトランプを取りだし、それを部屋中にばら撒きます。
やがて、マキシマムの魔法によって巨大化させ、ネズミを防ぐ壁を作り出しました。
「何でもない日おめでとう! ハッピーアンバースデーって!」
あ……アリシアさん……またわけの分からないことを言ってる……
これは、完全にいつものアリシアさん節ですよ! 頭のおかしいアリシアさんです!
彼女の迷言に対し、妹のドロシアさんも呆れ気味。ため息をつきつつ、姉に向かって投げかけます。
「何それ。毎日お茶会でも開くつもり?」
「それも良いかもね!」
今のアリシアさんはどこか違います。その右目はキラキラと輝いていました。
まさか、苦難と死の境地を乗り越えて覚醒しましたか。左目からの出血は止まりませんが、それでもさっきより格段に強い!
いえいえ、今までよりも遥かに強い! その確信がありました。
アリシアはたぶんうざいキャラだったと思う。
もう、大丈夫ですが。