145 ☆ 光と闇の双子さんです! ☆
お城の上にて、私は道化師ラッテンさんと人魚姫セイレンさんと対峙していました。
波のように襲い掛かるネズミの大群。それらをご主人様の操作によって逃げかわします。
塔の屋根を飛び移れば振り切れますし、一匹一匹を見切る事も可能。だからこそ、私は押し寄せるネズミを見事に乗りこなしてやりました。
さーて、目標はアリシアさんとの合流です! ラッテンさんを彼女の前に突き出してやりましょう!
「ご主人様、近くにいますよね? そちらでアリシアさんの位置を特定してほしいんですけど」
『どうやら、その必要は無いようだ。お前が戦闘に集中している間、城では幾多もの倒壊が見られている。既に彼女らも戦闘を開始しているのだろう』
「その中からアリシアさんを特定することは?」
『十分に可能と言える。今から私の意思により、彼女のいる場所までリードしよう』
ご主人様と通信し、アリシアさんの位置を特定します。彼女が復讐心で暴走してしまうかも知れませんが、それは私の会話技術でカバーするしかありません。
絶対にラッテンさんは何かを隠しています! 私は嘘つきですから、人の嘘は分かるんですよ!
ご主人様に身体の操作を任せ、お城の屋根を飛び移っていきます。たどり着いたのは東棟の一角。すぐに窓を蹴破り、中へと侵入しました。
ここは……上流階級の人が食事をするダイニングルームですね。大きなテーブルの上にはクロスが敷かれ、さらにその上には食器が置かれています。
「ここにアリシアさんがいるんですよね」
『無論だ。数秒後、こちらに彼女が放り込まれるだろう』
ご主人様がそう言った瞬間でした。
耳が痛いほどの轟音と共に、部屋の扉が壁ごとぶっ壊されます。どうやら、巨大な何かが外から叩きつけられ、部屋の中へと放り込まれたようですね。
すぐにジャンプし、その何かを跳び越えます。青いエプロンドレスを着ていて、頭に大きなリボンを付けた何か……って、人じゃねーですか!
どうやら、アリシアさんがぶっ飛ばされて、私の方へと飛んできたみたいです。巨大化しているので、最初は何か分かりませんでしたよ!
「アリシアさん! 大丈夫ですか……!?」
「うう……ドロシアちゃん……」
食器の山を蹴散らし、床へと倒れ込むアリシアさん。その姿は元の大きさへと戻っていきます。
派手にやってくれるじゃねーですか……彼女は決して弱くはありません。ですが、ここまで一方的にやられているという事は、相手はただ者ではないという事です。
恐らく、ラッテンさんとセイレンさんも私を追ってくるでしょう。不味いですね……アリシアさんの戦闘相手と挟み撃ちになります。私一人ではどうにもなりません!
介保より先に、私は身を構えました。とにかく、まずは城内の敵を何とかしましょう!
「アリシアさんは殺させませんよ。さあ、私が相手です!」
「キャハハ! コッペリアちゃん、落っこちたのに戻ってきたんだ……」
ぶち抜かれた壁の向こうから一人の少女が姿を現します。彼女の後ろには巨大な鉄の拳が見えますね。恐らく、あれでアリシアさんを殴り飛ばしたのでしょう。
三角帽子をかぶった魔女、ドロシア・リデルさん。パステルカラーの衣装を身に纏い、手にはバスケットが握られていました。
何の躊躇もなく、双子のお姉さんをぶっ飛ばしましたか……なぜか彼女からは嫌な感覚を受けます。とても、家族を奪われた被害者とは思えませんでした。
「ドロシアさん! 貴方は両親をラッテンさんに奪われたはずです! なぜ魔王側に組しているんですか!」
「面白そうだからに決まってるでしょ。それに、コッペリアちゃんは何も分かってない……」
ほーん、何も分かってないという事は、やっぱり真実が偽られているという事ですか。何にしても、ラッテンさんとドロシアさんには複雑な関係があるのだと思います。
ま、そんなわけでご本人のご登場でーす! 私を追って、道化師さんが窓から室内へと入りますした。
態々ここまで来なくても、ネズミで遠くから攻撃すれば良いはずなんですけどねー。よっぽど、この姉妹に会わせたくなかったのでしょう。
「う……ドロシア……随分と派手に痛めつけてるじゃないか」
「ラッテンくん、会いたくなかったって顔してるね。何かやましい事でもあるのかな?」
ドロシアさんに一発で見破られるラッテンさん。ポーカーフェイスを見せようとしていますが、やっぱり嘘はへたっぴという印象です。
彼が現れた事により、倒れていたアリシアさんの闘志に火が付きました。彼女は大剣を床に突き差し、それを杖にして立ちあがります。
ラッテンさんと魔竜ジャバウォックは両親の敵。アリシアさんが冒険者として戦う最大の理由でした。
何より、ドロシアさんが変わってしまったのには彼が関係している。その疑いが、一層彼女の闇を肥大化させました。
「ラッテン・フェンガー……お前がドロシアちゃんを操ってるのか……!」
「……そうだよ。僕が彼女を操っているのさ!」
「絶対に……お前だけは絶対に許さない……!」
え……?
おかしいですよね……?
ドロシアさんを操ってる? 笛を奏でてもいないのに? それで随時操作が出来るのなら無敵ですよね?
会話を重ねれば重ねるほどにボロが出ます。嘘を嘘で塗り固めても、必ずどこかに矛盾が生じます。
心の異世界転生者テトラ・ゾケル。ここはビシッと、得意のお喋りで場の空気を変えちゃいましょう! 涙を隠したピエロさんの本性、ここで暴いてやりますよ!
「ラッテンさん、一つ質問良いですかー」
「君……空気読めないって言われるよね?」
「あははー、空気は読むものではなく変えるものですよ」
そう、バトルで解決って空気はここでお終い。私には彼を「ぐぬぬ……」と言わせる指摘があります。
「貴方はジャバウォックさんを使役して、リデル家を滅ぼしたんですよね?」
「そうだよ。僕はアリシアくんにとって両親の敵ってわけさ!」
「でも、この街に来るとき、ジャバウォックさんと別行動してましたよね? 笛も奏でていないのに、使役獣を他所から操作って出来るんですか? それ、笛の意味ないですよね」
また、ラッテンさんの表情が変わりました。
私はしゃんと背筋を伸ばし、人差し指を彼に突き付けます。逃がさねーですよ。これはアリシアさんの未来に関わる問題です。曖昧になんて絶対にさせませんから!
「貴方の使役獣は先ほど見せてもらったネズミさんでしょう? ですから、ジャバウォックさんは使役獣ではなく、独立した存在だと思うんですよー」
「だったら、どうだって言うんだい? 僕は彼と協力してリデル家を滅ぼしたんだ」
「でもでも、ジャバウォックさんに意思があるのなら犯人は彼ですよね? どうして、自分がその罪を背負うような真似をしたんですか? 使役したって嘘も意味がありませんよね?」
「もう良いだろ! さっさと戦いの続きをするんだ!」
笛を構え、ネズミを操ろうとするラッテンさん。
だから逃がさねーですって。私は鮮やかにナイフを投げ、彼の笛を弾き飛ばします。
心の焦りからか、こちらの攻撃を見切ることが出来なかったようですね。最も大切しなければならない唯一の武器。それが手元から離れてしまいました。
奥歯を噛みしめ、こちらを睨む道化師。そんな顔をしたって、私のお喋りは止まりませんから!
「そこで疑問が生まれます。ジャバウォックさんって何者なんですか? なんでドラゴンである彼が魔王さんに協力しているんですか? 私はある仮説を立てました」
今から語る仮説に確証はありません。ですが、これが事実ならあらゆる疑問に説明が付きます。
アリシアさん、よーく聞いてください。真実を知らずに復讐を行うことなんて出来ません。貴方が本当に憎むべき存在が誰なのか、ちゃんと見極めなければいけないんです。
たとえ、それが彼女にとって受け入れがたい事実であったとしても……
「ジャバウォックさんの主人はラッテンさんじゃない。別に居るんじゃないですか?」
恐らく、それは核心だったのでしょう。
ラッテンさんの表情は見る見るうちに崩れ、冷や汗で涙のメイクが滲みます。やっぱり、彼は誰かを庇っています。アリシアさんがその人を憎まないよう、自分へとヘイトを向けたんです!
そして、こんな事をする理由は一つ……
姉妹同士での憎しみ合いを見たくなかったから。
「もう良いよ。ラッテン……飽きちゃったから」
人差し指でバスケットをクルクルと回し、パステルカラーの魔女が笑います。
彼女は自身の足元から鉄の拳を出現させ、それをラッテンさんに放ちました。仲間からの突然の攻撃に対し、彼は全くのノーリアクション。顔面を拳で殴られ、そのまま食器棚へと突っ込みます。
私もアリシアさんも、何が起こったのか分かりませんでした。今の一撃に悪意も何もありません。ただ単純に『うざいから』仲間をぶっ飛ばしたんです。
「来てジャバウォック。これで全部終わりにしよ。うざいうざい姉妹の因縁なんてさ!」
「ドロシアちゃん……いったいどういう……」
ヤバい……これは絶対にヤバいです!
すぐにアリシアさんを掴みその場から飛び退きます。瞬間、轟音と共に天井をぶっ壊し、巨大なドラゴンが頭上から襲い掛かってきました。
爪によって抉られ、崩壊するお城の床。あの場所から動かなければ、抉られていたのは私たちでしたね。まったく、ヤベーものですよ!
アリシアさんを引きづりつつ、先ほど投げたナイフを回収します。ですが、既に悪い魔女は狙いを定めていました。
「キャハハ! 死んじゃえ! 死んじゃえええ!」
自らの横にライオンの形を炎を浮かべ、それをこちらに向かって放つドロシアさん。完全にお姉さんごと私を殺す気ですか……
今まで楽しく相手をおちょくってここまで来ましたが、流石にこれは楽しくねーです。混乱するアリシアさんの手を引っ張り、炎のライオンから逃げ出しました。
ですが、まるであの魔法は生きてるよう。私たちを燃やし尽くそうと、執拗にその後ろを追ってきます。まさか、ここまでの執念を見せるとは驚きですよ。
「ドロシアさん……貴方がジャバウォックを操っていたんですね」
「今頃気づいたの? ばーか! あいつはこのドロシアちゃんが召喚したの! リデル家を滅ぼしたのはこの私! そこの役立たずは、私たちに同情した唯のヘタレだよ!」
食器に埋もれたラッテンさんを見下すドロシアさん。悲しいですけど、心の異世界転生者である私は彼女からどす黒い何かを感じます。
あの子は生まれもっての悪なんだ……感じたくないのに、そう感じてしまいました。
燃えるライオンをギリギリまで引き付け、命中直前で回避します。すると、炎は私の動きに反応できず、壁に衝突して消えてしまいました。
よし、何とか安心……そう思った瞬間、巨大なドラゴンがこちらへと突っ込みます。
「グギャアアアア……!」
「テトラちゃん伏せて!」
この場面で、おんぶ抱っこだったアリシアさんが再起しました。
彼女は自らの身体を巨大化させ、大剣によってドラゴンの牙を受け止めます。そして、力技によって彼を押しのけていきました。
相変わらず、華奢な身体でスゲーパワーです。まあ、巨大化してるので当然なんですけども。
今は何とか戦えているアリシアさん。ですが、知った事実はあまりにも信じがたい事です。ドロシアさんの口からそれが語られます。
「ドロシアちゃんはー! ずっとママの研究結果が欲しかったの! 魔女としてもっと凄く! もっともっと天才に! それがリデル家の望みだから当然だよねー! ほーんと、あの日に襲撃されてラッキーだったよ! キャハハハ!」
初めから……彼女は歪んでいたんです。
正しきリデル家の教育はアリシアさんに、歪んだ教育はドロシアさんに……その結果、魔王に組する狂気の魔女を生んでしまったのです。
恐らく、ラッテンさんがリデル家を攻撃した直前、混乱に乗じて自らの両親を殺した。そしてその研究成果を根こそぎ奪い、最後は召喚したジャバウォックで証拠隠滅……
まさか、リデル家の闇がここまで深いとは思いませんでしたよ……
アロンソ「あの風車は凶暴な巨人が化けたものだ! さあ、この槍で一突きにしてくれよう!」
テトラ「ただの風車ですよね……? でも、あれが本当の巨人だったとしても、彼は勇敢に戦ったんでしょうね」