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140 最大の戦いが訪れます


 私は呆然と立っていました。

 何も出来ず、かける言葉も見つからず、ただ風に吹かれるだけでした。


「おとうさん……! おとうさん……!」


 棺桶に入れられ、地中深くへと埋められる英雄。それを見送るのは泣きじゃくる少女とその母親でした。

 抱き合う母と子、曇空の下で戦死者の葬儀が執り行われます。

 葬られるのは聖剣隊の隊長、カリュオン・ロッセルさん。どうやら、彼のことを慕う部下が命を懸け、その亡骸を回収したようです。それだけで、優れた隊長だという事が分かりました。

 今回の葬儀は彼だけのものではありません。先の戦闘で亡くなった人は纏めて葬られていきます。


 ミリヤ村での戦い。その結果は聖国にとって最悪のものでした。


「大敗だ……最前線は突破され、クレアス国の勢いは止まらない……」


 墓地にて、私は商業ギルドのシャイロックさんと話します。

 ミリヤの村はクレアス国側に統治され、進軍のための中間地点として使われています。この王都に攻め込まれるのも時間の問題でしょうね。

 落ち込む私に声をかけるご主人様。ロッセルさんのことを考えていると気づいたのでしょう。


「テトラ、お前が気に病む必要はない。彼は騎士だ。戦いで死ねたのならば本望だろう」

「そうかもしれません……でも、死んでほしくなかったな……」


 どんなに理屈を捏ねても、悲しいものは悲しいです。結局、記憶をなくす前の彼とは敵対したままでした。

 最後に声をかけましたが、意味はあったのでしょうか……? あの時に返された笑顔にどんな意味があったのでしょうか……?


「私……あの人にとっての何かになれたのかな……」

「お前が持つ転生者としての力。それが影響を及ぼし、彼を動かしたのやもしれない。最も、それは私の憶測にすぎないのだが」


 果たしてロッセルさんの力になれたのか、それは分かりません。ただ、ご主人様が心配しているので前を向きますよ。

 この場には私以上に悲しんでいる人がたくさん居ます。そう言えば、シャイロックさんも彼と知り合いでしたね。


「シャイロックさん、前にロッセルさんの事を名前で呼びましたよね。友達だったんですか?」

「まさか、敵だよ。俺は商業による発展を望み、あいつは武力による発展を望んだ。何度もあいつに邪魔をされ、何度もあいつとぶつかったものさ」


 ロッセルさんは騎士ですから、彼と相対するのも当然です。戦いが無くなれば、部下の仕事もなくなりますから。

 二人は同年代のようで、ずっと衝突を繰り返していたようです。まさに、宿敵同士ってわけですか。奇妙な友情って奴ですね。

 シャイロックさんは曇り空を見つつ、作り笑いをします。友人の死に対する大人の対応でした。


「ずっと脅威に感じていたが、終わるときはこんなにも呆気ない。なあ、テトラ。人ってのは脆いものだな……」

「それでも……私は人が好きです」


 視線を上に向ければ、涙も零れ落ちないでしょう。見かけによらず、子供っぽい意地を張るものです。

 ですが、彼はすぐに切り替えました。

 人の死すらも始まりにすぎません。今、王都には大きな驚異が迫っているのですから。


「モーノと連絡路取ったよ。話し合いの結果、聖国はクレアス国に敗北すると結論付けた。問題は負け方だ」


 流石は商業ギルドのマスターですね。国の圧力を掻い潜り、何とかモーノさんとの対談を行ったようです。

 その結果、五番の転生者がいる魔王側の勝利を確信しましたか。これには私も同意ですね。転生者であるペンタクルさんが負けるとは考えられません。

 重要なのはシャイロックさんの言う『負け方』ですね。私はハイリンヒ王子を英雄に仕立てることを考えましたが、彼らも似た作戦を考えているようでした。


「不謹慎だが、俺は今回の戦いをチャンスだと思っている。ここで聖国が敗北し、王子を中心とした穏健派が功績を立てれれば師匠の理念は叶う。その為には、勝利と同時に魔王軍を撤退させる必要があるだろう」


 戦争には負けますが、理想的な敗北をした瞬間に魔王を追い出す。これによって国を一から立て直す段取りのようですね。

 人が死ぬのが嫌なので、私にとっては複雑な作戦です。ですが、間違っていると駄々をこねるほど愚かではありません。

 モーノさんらしい作戦ですが、私は協力して良いんでしょうか……? こんな妥協で綺麗事を貫けるのでしょうか……?

 心に迷いが生じたとき、アントニオさんが肩に手を乗せます。


「俺たちはその為に動く。だがテトラ、お前は自分の思う最善へと動いてほしい。それが、一番転生者としての力を発揮できるからな」

「は……はい! ありがとうございます!」


 あ……私は自由に動いて良いんですね。たぶん、モーノさんが気を利かしたのでしょう。

 確かに、これなら今まで通り綺麗事MAXで動けます。私は戦争反対! 人が死ぬのも絶対嫌! 世界をなめきった脳内お花畑で行きますよー!

 どうせ、ベリアル卿はこの国を見捨てるつもりでしょう。彼が求めているのは戦争という過程だけですから。既に目的は達成されたと見ていいです。


 今は甘い汁を吸わせてやりますよ。

 ですが、全部が丸く収まったら次は貴方ですからね。



 決意を固める中、私の視界に一人の兵士が映りました。

 長い口ひげをはやした古い鎧のおっさん。王宮で何度も会っているアロンソ・キハーノさんです。

 右拳を握りしめつつ、埋葬されるロッセルさんを見つめる兵士。明らかに、普段のダメダメな感じとは違います。すぐに近くへと歩みより、声をかけました。


「アロンソさん……」

「優秀な者は皆そうだ。吾輩より先に戦場へ行き、先に死んでしまう……」


 アロンソさんは功績を立てることが出来ず、王宮で門番や護衛をさせられています。恐らく、彼と同期の人たちは全員戦場へと出て命を落としてしまったのでしょう。

 ロッセルさんとも知り合いだった様子。眼に涙を浮かべ、鎧の兵士は言葉に熱を込めます。一人の騎士が命を落とすことによって、王都の空気は変わりつつありました。


「この戦いで何人もの若い騎士が命を落としている。だが、吾輩は戦いの場にも出られず何をやっているのか……! 命を落とすのならこの吾輩が……」


 それ以上は言わせたくない。

 すぐに彼の鎧におでこをぶつけ、続く言葉を止めました。


「私は嫌だな……そんなこと言わないでください……」


 虚ろな目で、アロンソさんは肩を落とします。

 例え貴方が兵士としてダメダメで、まともに戦えなくても関係ありません。私は死んでほしくありませんし、騎士の美学なんて分かりもしません。

 これは我ままです。貴方が優しいのなら、聞き入れてもらいますからね。











 黒髭の騎士が命を落としました。

 それは最後の輝き。大きな戦いを告げる始まりの鐘……


 白髭の兵士が奮起しました。

 近づく戦いの場。槍を握り、城を守る事こそが使命……

 

 紳士の商人が策を巡らせます。

 目指すのは革命。戦いを嫌う者が、戦いに頼る矛盾……


 義足の海賊が暗躍します。

 老いた冒険者に何が出来るか。気になるのは国の行末……


 カエルの王子が剣を握ります。

 理想は国の平和。父すらも裏切り、委ねるのは信念……


 茨の姫が目を覚まします。

 誰も何も話してくれない。それでも感じてしまう驚異……


 ずきんの獣人が耳を立てます。

 故郷より大事なのは王都。種族を裏切り、貫くのは忠義……


 毒林檎の死人が空を見ます。

 逃げられない姫の宿命。死してなお、付きまとう過去……


 トランプの少女が胸を抑えます。

 復讐に囚われた心。その罰として、突きつけられた因縁……



 王都に降り立つのは魔族の軍。そして、彼らに協力する別種族たち……

 全ては魔王が齎した悲劇……? これらは魔王の望んだ結末……?


 私はそう思わない。


 悪いのはあいつだ……!


















 私を見つめるのは三角形の置物。

 中央の目はどこにいても視線が合います。



「進化は創造と矛盾するか。知恵のりんごを食べた事は罪か? 罪も死もない世界に価値はあるか?」


 南、ゴールドイエローの翼を広げるゴーグルの天使。

 ピーター・カロケリさん。彼は達観した笑みを見せつつ、歯車の鎧から蒸気を噴き上げます。



 真の名は大天使ミカエル。



「自然の驚異とは神の罰か。万物との調和は星との共存か? 広がる恵みは無限に続くか?」


 東、エメラルドグリーンの翼を広げる狩人衣装の天使。

 ロバート・アニクシィさん。彼はニコニコと笑いつつ、艶めかしく私のことを見つめます。



 真の名は大天使ラファエル。



「信仰とは責務なのか。見返りなき祈りに意味はあるのか? 見えない事実こそ神の試練か?」


 西、ターコイズブルーの翼を広げる雪国衣装の天使。

 ゲルダ・フシノーさん。彼女は首をかしげつつ、冷たいベルの音を鳴らします。



 真の名は大天使ガブリエル。




「断罪とは神の意思か。罪を犯した者は業火に焼かれるか? それは摂理に反する意思ある罰か?」


 北、ルビーレッドの翼を広げるマスケット帽の天使。

 シャルル・ヘモナスさん。彼は熱く燃える瞳で睨みつけ、燃えるサーベルを振り払います。



 真の名は大天使ウリエル。



 四枚の翼を携える存在……

 唯一神を信じる驚異の力を持った存在……



 即ち。



 四大天使アークエンジェル集結。





 四つの扉、四つのステンドグラスの中央。

 そこに呼ばれたのは四人の転生者。


 一番、力の異世界転生者。モーノ・バストニさん。

 二番、知の異世界転生者。ジル・カロルさん。

 三番、癒の異世界転生者。トリシュ・カルディアさん。


 そして私。

 四番、心の異世界転生者。テトラ・ゾケルです。


 アークエンジェルのリーダー、ピーターさんが私たちに向かって言います。

 それは最大の戦いが訪れることを確信させました。


「やあ、いよいよだな。この戦いがお前たち……いや、この世界の命運を大きく左右させるだろう」

「お前がミカエルか。俺たちを利用して、何か企んでいるのか?」

「あの、状況分からないんだけど……」


 滅茶苦茶強そうな大天使さまに対し、いきなりモーノさんが噛みつきます。

 ちょっとちょっと! 相手はヤベー存在なんですって! その態度は怒らせちゃうんじゃないでしょうか!

 と思いましたが、ピーターさんはご満悦な様子。人を食うような態度で彼は軽く返します。


「まさか、思い通りに人を動かせれば苦労はしない。私たちは大いなる主と約束を交わし、地上界のいざこざに手を出せなくてね。自分の世界は自分の手で守ってもらいたいだけの話しさ」

「だから、状況分からないんだけど……」


 どうやら、大天使さまでは世界の平和を守れないようです。だから、あんな遠回しな方法で私を導いていたんですね。

 そして、今回はペンタクルさん以外の転生者を全員呼んでいます。たぶん、直接話さなければならないほど控えている戦いが大きいって事でしょう。うわあ、やだー……

 上手く返されましたが、モーノさんは納得しません。愚痴るように彼は言います。


「結局、俺たちを英雄に仕立て上げようとしているだけだろ。約束だか何だか知らないが、本当に平和を志すならお前らが出ればいい」

「君、何も知らないくせによく言えたものだね……」

「ええ……無視……? 僕こそ何も知らないのに……」


 睨みあうモーノさんとシャルルさん。そして、先ほどからジルさんが置いてきぼりです。

 喧嘩早いのか、真紅の大天使は一番の転生者に対して剣を向けました。ですが、すぐにロバートさんが彼をなだめます。


「やめなよ。確かにモーノくんの言うことは正しいよ。そう……正しいんだ……」


 遠い目をする深緑の大天使さま。いつもニコニコ笑っている彼が見せた複雑な表情。それに対し、私の背筋が少しだけ寒くなりました。

 たぶん、何かが起きる……そう感じて仕方ありません……

 あ、そう言えばこの場にはトリシュさんも居ます。ずっと、話したいと思っていましたし、この場で色々聞いてみましょう!


「あの……トリシュさ……」

「ストップです。お互い頑張りましょう」


 ですが、唇に人差し指を付けられ、言葉を止められてしまいました。

 一応、頑張りましょうと言っていますが会話はしたくない様子。やっぱり、この人は分かりませんよ!

 そして、どうやらこの場にいられる時間は短いようです。三角形の置物、その眼が怪しく光って空間が捻じれていきました。

 さあ、いよいよ始まるんだ……



「四番テトラ、並びに一番モーノ、三番トリシュ。これより異世界無双を開始します!」



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