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閑話21 ミリヤの戦い


 今、私は戦場に立っていました。


 魔王によって進軍開始の決定がなされ、聖国領であるミリヤの村へと兵を進めます。最前線で戦うのは魔族と砂漠の民、オークの部隊。後衛ではエルフと人魚たちがサポートとするという陣形でした。

 民衆を巻き込まないと言っていたペンタクルさん。彼を信用出来ず、私はここまで付いてきました。

 既に好き勝手やらしてもらっているので、ここから先もやりたい放題です。ですが、見張りとして謎のロボを付けられてしまいました。


「あの……会話できます?」

「ピピピ……ガー……」


 ダメですね。完全に会話不能です。

 人の形をした黄金のゴーレム。頭には王冠がつけられ、腰の剣には赤い宝玉が施されています。作られたのか、種族なのかは分かりませんが、一応は王子様という事なのでしょう。

 この王子様、足から炎を噴き上げて飛べるので、逃れることは出来ません。まあ、仕方ないので戦線を見つめることにしました。


「戦いに参加しない幹部もいるのですね」

「まあ、無駄に戦力を割いても仕方ないからねー。でも、最初の戦いは重要だからさ、結構ガチなメンバーで来てると思うよ」


 そう、道化師のラッテンさんが教えてくれます。彼の隣には魔王のペンタクルさん。一応、私のいるところは本陣のようでした。

 ミリヤの村と魔王によって滅ぼされたミリヤ国跡。その中間地点に魔王軍は陣を構えています。

 ここで聖国軍を迎え撃ち、そのまま国境を超えて進軍。村を巻き込まないための策でした。


「それで、どうやって聖国騎士団を突破するつもりですか?」

「今、グルミとセイレンが部隊を率いて進軍してるよ。僕たちは歌が聞こえてきたら戦闘準備さ」


 幹部の役割はそれぞれ。セイレンさんが敵を弱体化させ、グルミさんがそれを守り、ラッテンさんが撲滅するという形です。謎ロボは私の見張りに集中し、今回の戦いには出ないようでした。

 直接手を下すのはラッテンさんの役目ですか。殆どは部下に任せると思いますが、この戦場で最も人を殺すのは彼に違いありません。

 頬に涙のメイクをした道化。殺しに愉悦を感じるような人でもありません。そんな彼に対し、ペンタクルさんは感謝と労いの言葉を与えます。


「ラッテン、お前には毎度苦労を掛ける」

「嫌だねえ。こういう損な役回りはいつも僕だ」

「……信頼している」

「その言葉はずるいよ」


 この会話だけで、二人の間にある信頼関係が分かります。

 そう言えば、ミリヤ国への攻撃もラッテンさんが行ったと聞きました。よほど、ペンタクルさんは彼を頼りにしているのですね。

 恐らく、他の幹部よりも付き合いが長いのでしょう。魔王として成り上がる前からの協力者なら、この信頼関係も納得できました。









 雪解けの野原に、セイレンさんの歌が響きます。同時に、騎士たちの雄叫びも聞こえ、最前線が聖国とぶつかったことを確信させました。

 距離は数キロ先、何もない平原なので人々の衝突が目で見えます。最も、戦況まではよく分かりません。こればかりは近づくしかありませんでした。

 とりあえず、ここまでは手筈通りの様子。ラッテンさんは懐から魔笛を取りだし、不気味なメロディを奏でます。


「おいでませー! ジャバウォック!」

「ぐぎゃあああああァァァ……!」


 笛の音を聞き、白と黒の鱗を持つドラゴンが降り立ちます。笛吹き男はぴょんとジャンプし、その竜に飛び乗りました。

 巨大な翼を広げるジャバウォック。彼は地面を蹴って飛び上がると、敵陣の方へと羽ばたいていきます。

 ついに幹部クラスが攻撃開始ですか……ドラゴンを使役する魔獣使い、これには聖国騎士団もお手上げでしょう。


 テトラさんには悪いですが、今回は首を突っ込まないつもりです。これは正真正銘の戦争。キトロンの街で起きた行き違いとはわけが違いますから。

 流石の私も、国のために命を懸けて戦う人を侮辱するような真似はしません。国の為に死ぬのが本望なら、助けませんし止めもしませんよ。


 ですが、戦いが気になるのは事実。民衆が意図せず巻き込まれてしまうのなら、積極的に助けようと思っています。

 なら、決まりですね。ペンタクルさんの指示に従う義理もありませんし、徒歩で戦争の真っただ中へと向かう事にします。

 そんな私の問題行動に対し、彼は大きくため息をつきました。そして、謎ロボと思われていた幹部に命令を下しました。


「モニア、トリシュを最前線に連れて行ってやれ。その眼で見れば必ず後悔するだろう」


 魔王の言葉に対し、モニアと呼ばれたゴーレムは頷きます。そして、私をお姫さま抱っこし、足から炎を噴き上げました。

 ジェット噴射によって空中へと飛び上がり、ジャバウォックを追うモニアさん。これは完全に中の人がいる奴ですよね……

 まあ、それはどうでも良いでしょう。それより、ペンタクルさんの言う『必ず後悔する』という言葉に対してです。

 いったいどういう意味なのでしょうか……

 理解もしないまま、私はゴーレムに抱っこされて最前線へと向かいました。










 ペンタクルさんの言葉の意味。それをすぐに理解しました。

 ここは戦場。あまりにも『死』の数が多すぎます……


 屈強な聖国騎士、魔術を扱うクレアス国の魔族。両方の兵士が息絶え、草原に倒れていました。

 その数は有に三桁を超え、今までとは戦いの規模が違うと分かります。人の死に対して無頓着な私ですが、流石にこれは響きますね……

 モニアさんに抱っこされながら、私は空中から下界を見ます。現状、戦況は互角。ですが、ここで魔王八人衆の一人、ラッテン・フェンガーさんが参入しました。


「ヒャハハ! さーって、ショータイムだよォ!」


 歪んだ表情でわざとらしい笑い声を上げる道化。彼は魔笛を奏で、チェス盤模様のドラゴンをを自在に操りました。

 アリシアさんを相手にした時は押され気味だったジャバウォック。ですが、今回は大した力を持たない騎士たちが相手です。その爪と牙によって、圧倒的な力を見せつけました。

 これでも、聖国側は強者が残っているはずです。先ほどから響いているセイレンさんの歌が、弱い騎士を操って戦線から逃がしていますから。


「深い深い海の底ー! 太陽の光が差し込めてー!」

「戦場の歌姫か……歌を止めるなよ。本当に敵兵を助けたいってのならな!」


 歌を止めようと、一人の騎馬兵が彼女に向かって突進します。それをオークロードのグルミさんが容易く殴り飛ばしました。

 彼は地面に手を当て、魔法の詠唱に入ります。それにより、セイレンさんの周りに赤茶色いブロックの塀を作り出しました。

 この防壁によって、誰もセイレンさんの歌を邪魔する者はいません。歌は更に響き、ミリヤの村まで届いたようです。歌声を聴いた村人は意識を奪われ、余計な行動を行えなくなるでしょう。


 戦場に響く歌声と笛の音。

 幹部の参入により、これより始まるのは魔王による蹂躙でした。


「さあ、ジャバウォック! このままミリヤの村まで押し切っちゃうよー!」

「流石はエルフ……凶暴なドラゴンを容易く使役するとは……」


 翼を羽ばたかせ、騎士たちを吹き飛ばすジャバウォック。魔族の兵たちは、その様子を呆然と見つめていました。

 ラッテンさん一人で、いったい何人分の戦力なんでしょう。魔族は人間よりも魔力とステータスで優れています。そんな彼らを遥かに超えるほど、魔王軍幹部の強さは歴然でした。

 尻尾を振り払い、五人の敵を薙ぎ払います。聖国側も魔法で対抗しますが、ドラゴンの硬い鱗を突破できません。


「く……このままでは聖国領土まで押し込まれる……どうすれば……!」

「隊長! 朗報です! 王都からの増援……聖剣隊が到着しました!」


 聖剣隊、その言葉が戦場に響いた瞬間でした。

 聖国騎士たちの間に歓喜の声が上がり、彼らはその瞳を希望に輝かせました。


「聖剣隊……ようやく来たか! あいつらなら勝てる!」

「ああ! あいつらなら……!」


 一度、聖剣隊とはキトロンの街で戦っています。確かに、今見える騎士たちよりも遥かにステータスが高かったですね。

 彼らなら戦況をひっくり返せるかもしれません。もっとも、その為には魔竜ジャバウォックを突破する必要があります。はたして、人間に勝てるかどうか……

 今いる聖国騎士は後方へと下がり、傷を負ったものは即座に撤退します。同時に、馬に乗った銀色の騎士たちが、ミリヤの村方面から一気に攻め入りました。


「我ら聖剣隊ッ! これより、我聖国のために巨悪を滅ぼしてくれようぞ! 全員突撃だ!」

「ややっ! これは厄介なのが来たかな……」


 屈強な男たちによる咆哮と共に、聖国最強の騎士団が到着しました。

 彼らは突撃命令を受けましたが、闇雲に突っ込んでくるわけではありません。各々が役割通りに動き、魔法を使える者は独自のスタイルで戦闘に入ります。

 やはり、聖剣隊は圧倒的に強い。ステータスや魔力の高さ以上に、戦闘技術が半端ではありません。


「目標! 魔竜ジャバウォック! これより、泥魔法による捕縛開始!」

「援護射撃用意! 距離を保ちつつ、三方向から包囲せよ!」

「強化魔法完了! 支援部隊、回復魔法による治癒に移ります!」


 完璧な役割分担です。今までの騎士とは比べ物になりません。

 魔族の兵を牽制しつつ、あっという間にジャバウォックを取り囲みます。そして、一人の隊員が泥の魔法によって手足を縛り、他の数人が炎魔法で一斉放火しました。

 勿論、この程度の攻撃は硬い鱗で防がれるでしょう。ですが、前衛部隊が即座に距離をつめ、各々の武器で攻撃を開始します。これには魔竜もたまったものではありません。


「ギャグァァァ……!」

「これは流石にきっついかなー。どうやら、お遊びはここまでみたいだね……」


 顔に手を当て、三日月のように口を曲げるラッテンさん。彼はジャバウォックから飛び降り、今まで戦わせていた相棒を上空へと逃がしました。

 どうやら、魔笛によって無理やり操っていたわけではないようです。演奏を止めた今でも、ドラゴンは主人の指示に従っている様子。

 笛の音でドラゴンを強化していましたか。ですが、聖剣隊相手ではそれも通用しません。


 だからこそ、道化は更なる手段を用意します。

 ここからがエルフの演奏家、ラッテン・フェンガーさんの本気でした。


「誰がドラゴン使いだって名乗ったかなー!? 僕の本気マジはこの魔獣! さあ、魔界のネズミたちによる殺戮ショーの始まりだよー!」


 先ほどよりも速く、ですが優雅に笛の音を奏でます。その音を聞き、地中の奥深くから真っ黒いネズミたちが何百……何千もの大軍となって湧き上がりました。

 これは魔獣ですか……鑑定スキルを持つ聖剣隊の一人がたじろぎます。ですが、すぐに歯を食いしばり、輝く剣を握り締めました。


「先ほどと同じと思うなッ……! 全員、気を引き締めてかかれ!」

「無駄だ! ラッテンさまの本気に、貴様ら程度が勝てると思うな!」


 魔族の一人がそう豪語します。どうやら、彼の言葉は本当のようですね。

 魔界のネズミたちは一斉に襲い掛かり、騎士たちを鎧ごと噛み千切っていきました。その威力とスピードはジャバウォック以上、何より数が半端ではありません。

 まるで笛の音で踊るように、ネズミたちは聖国サイドを飲み込みます。ですが、呆気なく命を落とすのは通常の騎士。騎馬に乗った聖剣隊は各々が的確な立ち回りを見せていました。


 戦いを見つめる中、私はある事を思い出します。

 聖剣隊には恐ろしく強い化け物が二人いたことを……



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