15 私は彼女のことが分かりません
今日は街の貴族に絵を売りに来ました。
前回この街に来たときは鎖で繋がれていましたが、今はもう自由の身です。元ご主人様と鉢合わせするのが怖いですが、そんなことを言っていたら街に出れません。
私はヴィクトリアさんのお手伝いなんですから、荷物運びぐらいやらないと恩返しなりませんよ!
フラウラの街は森に隣接した自然豊かな街です。この国では王都に次ぐ街と言われ、国王大臣の領主さまによって統治されているようですね。
たくさんのお店に大きな教会。冒険者さんたちが集まるギルドに、商人さんたちが集まるギルド。そして、裏通りでは怪しい奴隷取引なんかも行われています。
比較的裕福な街っぽいですね。心にゆとりがあるのか、たまたまそういう人に出会ったのか。貴族のおっさんは良い人っぽい感じでした。
「素晴らしい! やはりこの七色に輝く色! 心奪われる!」
「その色を描けるのは私だけだよ。天才画家、ヴィクトリアだけが出来るんだから!」
ヴィクトリアさんの絵は、厳格そうな貴族のおっさんをうっとりさせています。人を感動させれば、商売も上手く運ぶということでしょう。やはり天才か……
一方私は、大きな豪邸で完全に固まっています。装飾品が施された椅子に、どう見ても高額な絵画の数々。ヤベー所に迷い込んじまいましたよ。はい。
そんな私をしり目に、おっさんとヴィクトリアさんの話しは進んでいます。見る限り、おっさんご満悦で取引はうまくいったようですね。
「いやー、大した子だ。初めて君の絵を見た時より、七色を使う量が増えている。これも成長の賜物かね?」
「そうだよ。これからもっと、もーっと綺麗な絵を描くから!」
あの幻想的な七色……やっぱり、ヴィクトリアさんしか描けないんですね。
魔法の絵の具で描いたって言ってましたが、いったい何なんでしょうか? 魔法の心得がある彼女だからこそ、生成できるということなのでしょうかね。
そんな謎多き白猫さんは、一人言葉をこぼします。
「もっと、もっとたくさん……」
思い詰めているのでしょうか。まだ若いんですから、絵の技術なんてこれからいくらでも学べるでしょう。
だから、焦る必要なんてないんですよ。私と一緒に頑張っていきましょう。
そう、心の中で思いました。
今日も一日が終わりました。
しっかり働いて、しっかりご飯を食べて、非常に充実した一日でしたよ。
いつもと同じように、フカフカなベッドの中に身を沈めます。あー、やっぱりベッドは天国、今日もしっかり安眠できそうですねー。
私は意識は深く、暗く沈みます。目を覚ますころには、空には朝日が昇っていることでしょう……
なんて予想は外れ、私の目は深夜に開かれます。
これは異世界転生者のサガなのでしょうか? あるいは、私の直感が働いたのでしょうか? 何にしても、私は何かを感じて目覚めてしまいました。
一緒のベッドで眠っていたはずのヴィクトリアさんの姿が見当たりません。ふと、窓の外を見ると、森の奥へと進む彼女の姿を見つけてしまいます。
こんな深夜にいったい……
胸騒ぎが収まらねーです。嫌な予感がして仕方がありません。
さてさて、乗るか反るかよよいのよいです。このままベッドの中にいれば、私は何も知らない分からないで済むでしょう。ですが、ここで彼女を追ってしまえば……
いえいえいえいえ! まだ悪いことが起こるとは決まっていません! 杞憂だということを証明するために、後を追う選択肢があるんです!
「だ……大丈夫ですよね……?」
森にはモンスターがいます。でも、行く。気になるもの。
万が一の時、叫べば助けてくれますよね? こっそり後をつけて助けてほしいとは虫がいいですが、ヴィクトリアさんなら許してくれるでしょう。
私はベッドから飛び出し、速攻でアトリエを後にします。
やましい事をしていると分かっていますが、興奮がどうしても収まりません。ヴィクトリアさんの秘密に迫っているかもしれないんですよ。ちょっと、楽しんでいるのかもしれませんね。
森の中、私はヴィクトリアさんの後をつけます。
幸い、モンスターは彼女がひきつけているようで、こちらに飛び火はありません。
途中までは大樹まで続く道と同じでしたが、ある地点で別の方向へと歩いていきます。
木が鬱蒼と茂っていて、月の光が遮られそうですね。思わず、身震いしてしまいました。
やがて、ヴィクトリアさんの足が止まります。誰かを待っているのか、彼女はキョロキョロと不審な動きをしていました。
いったい誰を待っているのでしょう? 私は草薮に隠れつつ、その様子をうかがいます。
すると、白猫さんの前に一人の妖精さんが現れました。ここからじゃよく見えませんが、おそらく先日会った妖精だと思われます。
悩み相談でしょうか? しばらくの間、二人は仲良く話しています。
まったく、何ですか! 何ですか! 私をハブにして楽しくやってるじゃないですか。
ま、別に良いんですけどねー。でも、ちょっと焼けちゃいます。
平和そのもの、まったくの杞憂でした。私の胸騒ぎはどうやら気のせいだったようです。
さって、そろそろ場所を移しますか。帰り道は行きと同じなので、このままここにいれば鉢合わせてしまいます。何とか回り込まないといけません。
なんて、私が考えている時でした。突然、ヴィクトリアさんの周りに白い光が差し込めます。
「ウィンド」
それは一瞬でした。
鋭い風が吹き荒れ、小さな妖精さんは真っ二つに切断されます。私の理解が追いつくより先に、ヴィクトリアさんの手が切り裂いたそれを握り締めました。
彼女は安堵の表情を浮かべ、妖精さんだったものを皮袋にしまいます。まるで、素材である木の実や鉱石を採集するかのように……
「え……? え……?」
まだ、頭では理解できていません。ですが、体は分かっているのか、全身に寒気と震えが襲います。
私は思わず後ずさりをし、どうか見間違いであってほしいと願いました。ですが、現実は残酷で残酷で、そこには紛れもない事実しかありません。
体の力が抜け、私は尻餅をつきます。同時に、お尻でつぶされた草の音がヴィクトリアさんに居場所を知らせました。
「あ……うあ……」
「見ちゃったんだねお姉ちゃん……あーあ、秘密にしてたんだけどな」
彼女は怒っていません。いずれ感づくと分かっていたんでしょう。
白猫さんがこちらに近づいてきます。その間、私の脳は今何が起きているのかを瞬時に探っていきました。
結果、ある一つの結論にたどり着きます。
「材料にしたんですか……妖精さんを絵の具の材料に……!」
「そうだよ。妖精さんをすり潰して、粉にして……魔法の絵の具を作るの。だからこの色、私にしか出せないんだ」
虹色に光る妖精さんに、同じ色で輝く絵具。つまり、そういうことだったのです。
頭では理解できても納得ができるはずがありません。あの心優しいヴィクトリアさんが、こんな残酷なことをしていたなんて……
彼女は孤立した妖精の助けになりたいと言っていました。完全な計画犯。他の妖精から気づかれない子を選び、一人ずつ静かに材料へと変えていったのです。
「なんで……なんでなんでなんでなんで……! 自分のやったことを分かっているんですか!? こんなの酷すぎますよ……! 人のすることじゃありません!」
そんな私の暴言に対し、ヴィクトリアさんは首をかしげます。
「なんで? お姉ちゃんたち人間は、自分たちのために私たち獣人に酷いことをしてきたんでしょ? なら、私たち獣人が妖精に酷いことをして何が悪いの? 弱いものを虐めなきゃ、幸せになれないんでしょ?」
それは、皮肉でも屁理屈でもありません。ヴィクトリアさんの瞳は深く淀んでいます。彼女は純粋無垢に、そう思っているんだと分かってしまいました。
あー、私はどうして気づいてあげられなかったのでしょうか。ただ、悔しくて悔しくて仕方がありません。
何が幸せですか、何が友達ですか、何がずっとここで暮らそうですか。とんだ世迷言ですよ。平和ボケもはなはだしかったのです。
「私、絵本で読みましたよ。夢と魔法は人を幸せにするって……でも! それで誰かが代わりに不幸になるのなら……! そんなのいりませんよ……」
私の声がようやく届いたのか、ヴィクトリアさんの目に涙が溢れてきます。
何で怒られているのか分からない。だけど見捨てられたくない。ずっと友達でいたい。だけど二人の亀裂が大きくなってしまった。
自分はどうすればいいのか。何でこんなことになったのか。誰か助けて……
そんな彼女の感情が溢れ出ているのでしょう。
「私……もう何が正しくて何が間違ってるのか分からないの……私が魔法の絵の具を使えば、みんなが喜んでくれる。お姉ちゃんも喜んでくれる。だから! だから……!」
私は……私は彼女の絵によって幸せを味わっていました。彼女の作った魔法の絵の具で美味しいご飯を食べ、彼女の作った魔法の絵の具で綺麗なお洋服を着ました。
ずっと、気づかなかったんです。気づこうともしなかったんです。ただ、こんな日が永遠に続けばいいと願っているだけでした。
同罪ですよ……私だけ正義面してどうするんですか……?
分かっています。ええ、分かっていますとも……
この時点で私たちは、どうしようもなく詰んでいたのです。
「大丈夫……大丈夫です。私が一緒に悪者になります。だから、もう泣かないでください。ね、今日はもう帰りましょう?」
「うん……!」
彼女は安心した様子で私の手をつなぎます。代わりに私の心はズタボロですけどねー。
あはは……あははは……
はぁ……
頭痛いなあ……もう……
どういうことですか……? 私は幸せを手に入れたんじゃなかったんですか?
どうして笑ってるんですか? どうして必死に涙を隠しているんですか? どうして嘘をつくんですか?
どうして? どうして?
どうして? どうして? どうして?
どうして……