閑話20 種の進化
クレアス国の魔王城にて、幹部八人が一触即発という状況です。
どうやら、このぐだぐだ会議は毎度のことのようで、ペンタクルさんは呆れて寝てしまいました。関わりたくないという彼の心情がよく分かりますね。
そんな殺伐とした空気の中でした。一席から美しい歌声が響きます。
「世界はみんなー、繋がってるー。海のように広がる大きな愛をー」
全員、一人の女性へと視線を向けます。歌っていたのは、人魚のセイレンさんでした。
歌唱力はかなりのもので、作詞作曲も恐らく一人で行っているのでしょう。まだ、音楽が進化していないこの世界で大したものです。
ですが、何故いきなり歌ったのでしょう。頭を抱えつつ、目覚めたペンタクルさんが聞きます。
「セイレン、なぜ歌った」
「あたしの歌が世界を変えるの! みんなが仲良くする最高の世界に!」
「そうか、分からんな」
質問の答えにはなっていませんが、喧嘩を止めるつもりなのは分かります。頭の中がお花畑……と言うより、サンゴ畑な人魚姫でした。
ですが、効果はあった様子。先程まで一触即発でしたが、全員呆れて素面になってます。これが計算なら凄いですね。
そして、さっきからピーガーピーガー言ってる謎のロボ。会議に参加する意味ありますか……?
ペンタクルさんがやる気皆無だった理由がようやく分かりましたよ。ですが、彼にはちゃんと考えがあります。
「グルミ、約束は違うが進軍を止める気はない。守ってばかりではいずれ滅ぶ。だが、無駄な殺しを避けたいのは俺も同じだ。死なずに済むのならその方が良いに決まっている」
「坊や、馬鹿なこと言っちゃいけねえ。進軍をした上で死なずに済むだと? それこそ甘ちゃんだ」
「見くびるなよ。理想を語るだけでは地に足が着かぬだけ。強者は常に先を行き、理想を実現する力を用意するものだ」
魔王は視線をセイレンさんに向け、何かを合図します。すると、先程までお気楽だった彼女の目が変わりました。
再び歌い始める人魚姫。音符が宙に浮び、この部屋すべてを強大な魔力によって覆います。
これは……心を変える魔法ですか……? すぐに治癒魔法を使い、自身の異常を回復します。幹部の皆さんも、各々の方法で魔法を回避しました。
ですが、力を持たない魔族のメイドたちは、歌の虜となって動きを止めます。弱者にしか効きませんが、範囲は相当なものですね……
まるで取り憑かれたように歌うセイレンさん。魔王はそれを上機嫌で見ていました。
「さあ、歌え。お前の歌が世界を救う」
「はい、音楽の天使さま!」
これがセイレンさんの魔法。そして、錫杖のファントムとしての能力……
他者の才能を開花させ、その能力を飛躍的に上昇させる。嫉妬し、怨むだけの覚醒前とは真逆です。
彼が育てたのは全てを虜にする人魚姫。どうやら、ペンタクルさんはこの力を探していたようで、対聖国に対する切り札に使うようです。
「力を持たない民衆はセイレンの歌で制止させる。加えて騎士どもの力を奪い、余計な争いをせずに突破口を開くというわけだ。ミリヤの村だけでなく、王都ポルトカリでも同様の手段を使う」
「僕の笛でもそんなこと出来ないよ。あの大きな王都で彼女の歌は通るのかなー?」
「可能だ。その為に俺はこいつを手中に収めた。千年に一度の天才は伊達ではないぞ」
人を殺したくない。被害を増やしたくない。そう宣う理想論者は居ます。ですが、ペンタクルさんには理想を実現させる手段がありました。
口だけではなく、彼は行動しています。だからこそ、夢物語を唱えたのでしょう。
恐らく、ミリヤの村での問題に介入したのも、人魚たちからの信頼を得るため。セイレンさんという平和への糸口を手にするためでした。
魔王のやり方に対し、幹部たちは反論しませんでした。
進軍は止めない。ですが、被害は最小限に抑える。矛盾した二つを彼は見事に解決したのですから。
会議を終え、解散する幹部たち。その中で、私はある二人に興味を持ちました。
一人は人魚姫のセイレンさん。もう一人はオークロードのグルミさんです。
アウェーのこの城で、出来るだけ味方を増やしたいところ。第一印象で、この二人なら私に対して友好的に接してくれると判断しました。
セイレンさんは味方をしてくれそうですが、私個人として苦手です。なので、まずはグルミさんとの会話を試みました。
「グルミさん、少しいいでしょうか。私はトリシュ・カルディアと申します。一応、ペンタクルさんの姉です」
「ああ、会議の場にいたお嬢ちゃんか。俺のような醜い化け物によく話しかけたもんだ」
「見てくれで判断出来るほど、私も普通ではありませんので」
魔王の城にて、小太りの豚さんと立ち話します。
こうして見ると、オークの王と言うにはかなり小さいですね。身長は人間の男性と同じほど、凶暴なモンスターとは思えませんでした。
オークとは、知性の無い醜い豚のモンスターと聞きます。ですが、グルミさんはとても知的。なにより、彼には優しさがありました。
「そうか、嬢ちゃんも苦労してんだな」
「苦労? 別に苦労はありません」
「そら良かった。俺はガキのころからコンプレックスがあってな。いまだに何故、選ばれちまったのかって考えちまう」
選ばれた……それはオーク王、オークロードとしてという事でしょう。
千年に一度の逸材。他のオークより圧倒的に強く、種を統率する知性も兼ね揃えています。巨大かつ凶暴と聞いていますが、目の前のグルミさんとはまったく一致していません。
確かに、なぜ選ばれのか私も疑問です。これでは威厳も何もありませんでした。
「生まれつき、身体が小さかったのですね」
「ああ、三人兄弟だったが、末っ子の俺はとにかく小さかった。何より、兄貴二人とは大きなズレを感じていてな。あいつらが藁や木を重ねて住処を作る中、俺は粘土を焼き固めて家を作った」
この人……天才です……
凶暴なオークの中でただ一人、人間を超える知性を身に付けてしまったんです。それが、新世代のオークロードという事なんでしょう。
いったい、どんな気持ちで生きてきたのでしょうか。知性の無い種族の中で選ばれ、自分一人だけが頭脳を行使する状況。まるで、異世界転生の一種ではないですか……
グルミさんは語ります。他との確固たるズレ、それが齎す哀しみと葛藤を……
「聖国の進軍によって、俺たちオークは追い詰められていた。そんな時、種族にスイッチが入っちまってな。一番上の兄貴が、二番目の兄貴を食っちまったんだよ……共食いが始まったのさ……」
「それは……酷いですね……」
「違えな。こいつはオークにとっての『普通』、おかしいのは俺の方だったんだよ。だけどな、その日は安全な家で一人泣き続けていた……あの時の俺はちっぽけな子豚さ」
兄弟の死を悲しむ心、種族としての本能を受け入れられない心。知性を持つ彼は、その二つによって苦しみ続けていたようです。
ですが、立ち止まってはいられません。彼は種族の頂点として選ばれたのです。オークの未来を考え、全てを統率する力を持たなければなりません。
「だが、俺は自らの運命を受け入れた。そして、決めた。俺たちオークを苦しめる人間とは何なのか、そいつらの国で学ばなければならないってな」
「まさか……人間として亡命したという事ですか……!」
「そのまさかだ。ローブで顔を隠し、逃れつつも言葉や技術を学んだ。その中で、嬢ちゃんのように良い人間もいるって事も知ったのさ。そして俺は仲間の元に戻り、オークロードとして知性の教育に励んだ。実現しない平和のためにな」
この人、本当に凄い……
高いステータスや、優れたスキルを使えるという事ではありません。異世界に生きる人として、悲惨な時代に葛藤する者として、彼は間違いなく立派なオークでした。
そして理解します。凶暴なモンスターであったオークが、なぜ種族となったのか。それは、グルミさんが種族全体に進化を齎したからです。
「嬢ちゃんはさっき苦労はないと言ったな。もっと素直になったらどうだ? お友達が離れちまうぜ」
「お……大きなお世話です!」
ぐ……前言撤回です。せっかく評価したにもかかわらず、余計な忠告を……
私って、素直ではないのでしょうか。周りからは、嫌な女だと思われているのでしょうか……?
この城にも、モーノさんやテトラさんを裏切って来てしまいましたね。今頃、敵と思われているのでしょうか……
そして何より、あの大嫌いなベリアル卿の事を恋しく感じます。
この選択で良かったのか、未だに何も分かりませんね。
部屋に戻り、窓の外をぼーっと見つめます。
ペンタクルさんやグルミさんが凄すぎて気落ちしましたよ。恐らく、あの会議の場にいた皆さんは、全員修羅場を掻い潜っているのでしょう。
クレアス国サイドに付き、ベリアル卿の危険性を説く。私にしか出来ない事ですが、本当に上手くやれるのでしょうか……?
こんな事をしても、戦争が止まるわけではありません。この行動に意味なんて……
「とりぴっち!」
「青い……鳥……?」
空を眺めていると、視界に一匹の鳥が映ります。美しい青い羽根を持ち、羽ばたき方はとても優雅。彼は真っ直ぐ城へと向かっていました。
明らかに私を意識しています。敵でしょうか、味方でしょうか。鳥に知り合いはいないと思いますが……
鑑定スキルで見る限り……弱りましたね。プロテクトが掛かっています。
という事は、神か天使か悪魔か転生者か……何にしても、ろくでもありませんね。当然警戒しました。
「貴方、何者ですか……何か用件でも?」
「ぴっち!」
「手紙……?」
彼が咥えているのは一枚の便せん。警戒は解きませんが、気になるので受け取ります。
これは……テトラさんからの手紙ですか! まさか、彼女はこんな得体の知れない鳥とも心通わせているとは……
いえ、それよりです。この手紙、かなり重要なことが記されていますね。あちらの動きがこれで分かります。
こんにちは、テトラです。トリシュさんお元気ですか?
こんな手紙を貰っても迷惑だと思いますが、ちょーっと付き合ってください。
今、私とモーノさんは王都で戦争の被害を減らそうと模索中です。商業のギルドの皆さんや、ハイリンヒ王子とも協力してますよー☆
トリシュさんが王子様とエラさんを助けたのは聞きました! 私に頼れって言ったんですよね? それって、私と協力するって事ですよね! 約束ですよ! 絶対ですから!
トリシュさんの考えは正直よく分かりません。でもでも、信じてますよ! 私を何度も助けてくれましたから、私だって貴方を助けます!
そんなわけで、お互い頑張りましょう。返事お待ちしてまーす☆
うざい……文章がうざい……
そんな、普段の言葉使いを文字に表わさなくても……
これ、返事を書かないとダメな奴ですかね。別に、私はテトラさんたちの味方ではありません。馴れ合うつもりだって全くありませんから。
無視しましょうか。そうですね。それが一番……
『もっと素直になったらどうだ? お友達が離れちまうぜ』
ふと、グルミさんの言葉を思い出します。その瞬間、なぜかとても哀しくなりました。
テトラさん、私のような嫌な奴を仲間だと思っているんですね。モーノさん、目の前で裏切ったのに見限ってはいないのですね。
手紙……書きますか……
ただ、こちらの情報を書くだけです。事実を綴るだけなら良いか……
「鳥さん、この手紙をお願いします」
「ぴぴっち!」
さらっと書いて、さらっと渡します。下手に凝るのは私のキャラではありませんから。
最後に意地糞悪かったことに対する謝罪を書きます。が、すぐに指でこすって消しました。やっぱり恥ずかしい……このトリシュ、退きません! 媚びません! 顧みません!
さあ、謎の鳥! さっさと手紙を届けてください!
あーもう! 今日の私はどこか可笑しいですよ!