閑話19 魔王八人衆
魔族の国、クレアス国。カルポス聖国から向かって西、海を渡った先にある別大陸に存在します。
魔石による魔力の捻じれによって、空は一日中薄暗いですね。ですが、それは魔族たちにとっては日常。決して住みづらい環境とは思われていません。
魔族とは、羊のような角に蝙蝠のような小さな翼を持つ種族です。聖国民は彼らを悪魔の血を引く存在と恐れていました。ですが、そんな確証はどこにもないので、単なる別種族というだけかもしれません。
この国は魔王の血族であるスパシ一族が治めています。
現魔王、ペンタクル・スパシさんは先代の魔王を滅ぼし、自身がその座につきました。どうやら、先代は相当にあくどい事をやっていたようで、この魔王交代に誰も異を唱えていないようです。
だからこそ、ペンタクルさんは魔族から英雄視されていました。いえ、魔族だけではありません。聖国からの脅威に対抗する彼は、他の種族からしてもヒーローだったのです。
で、そんなヒーローについていった私。今は魔王城の一室に幽閉されていました。
城の趣味は悪く、まるでドイツの古城のように不気味な作りになっています。確かに、これを見れば魔王に恐怖する人もいるかもしれません。
ですが内装の方はまともです。今、私がいる部屋も豪華に飾られ、質素なベリアル卿の屋敷よりベッドもふかふかでした。
お腹が空いたと言えば、すぐにメイドさんが食事を用意します。服も好きなものを着させてくれました。この待遇はまさにVIP。
「こ……こんなもので私の機嫌を取ろうとは、そうはいきませんから!」
「かなり堪能した後が見られるのだが……」
呆れた様子でペンタクルさんが部屋に入ります。室内にも拘らず、彼は顔の半分を仮面で隠していました。
メイドさんから聞いたところ、この仮面は先代魔王と戦った時の傷を隠しているようです。相当な規模の戦いだったようで、城の復旧も最近終えたばかりな様子。
なんか、ファントムさんって毎度戦う相手が悪いですね。最初に魔王、次に二番の異世界転生者、その後はベリアル卿からモーノさんの連戦……私だったら絶対に涙目です。
厄介事に自ら首を突っ込み、積極的に世界を変える動きに出た結果ですか。見習いたくはありません。
とりあえず、私を確保した意味を聞きます。このままでは、こちらも行動に移れませんから。
「こんなところに私を閉じ込めて、どうするつもりですか」
「被害妄想も大概にしてくれ。鍵は始めから空いている。逃げたいのなら好きにすればいい」
確認してなかった……てっきり閉じ込められているのかと……
ペンタクルさんは魔王である自分に酔っているようで、髪をかきあげながら言います。
「転生者の危険性は知っている。故に、和解の場を用意しようとしただけだ。俺の行動理念は怨み。お前に何かされた訳でもなし、こちらも手を出す気はない」
「では、私の意思で動いて良いのですね。貴方に付いていっていいですか?」
「好きにしろ。丁度これから対聖国を目的とした会議だ。同盟を結んだ八種族の幹部が出席する」
彼の口からとんでもない言葉が出ます。まさか、魔王軍幹部の会議に出席させてもらえるとは……
魔王側にとって、私には疑うべき要素しかありません。ここまで重要な会議に顔を並べていいのでしょうか? スパイの可能性も考えられます。
私を信用しているのか、ただ単にお頭が弱いのか。一応食い掛かってみましょう。
「私、スパイかもしれませんよ。出席して良いんですか?」
「勝手にすればいい。どうせ会議はぐだぐだだ。いつもそうだからな……」
その会議って必要あります……?
ペンタクルさん、全くやる気が感じられません。会議自体が億劫なようで、完全に諦めを感じます。恐らく、この人は苦労人体質なんでしょう。
何やら嫌な予感がしますが、やる事もないので彼の後に続きます。
魔王が選んだ八種族の最高幹部。是非、この目で見てみたいと思いました。
敵組織の会議には多少の憧れがあります。
よく、個性豊かなメンバーが異様に長い机でするアレですね。まさに、今私が出席しているのがそのアレでした。
偉そうな椅子に座り、幹部たちを見下げるペンタクルさん。彼の横には書類を持った獣王のリュコスさんが立っています。
二人の前にあるのはやはり長い机、それに向かって座るのは個性豊かな幹部の皆さんでした。
精霊、猫の姿をしたケットシーのアイルロスさん。相変わらずダンディーに髭を弾いていますね。
エルフ、道化衣装を身に纏ったラッテン・フェンガーさん。ニヤニヤ笑いながら、笛の手入れをしています。
魔女、パステルカラーの魔女っ娘ドロシアさん。魔法で椅子を浮かし、それを揺り籠のように揺らして遊んでいました。
そして、ここからが初対面のメンバーです。
貝殻の髪飾りをつけたアイドル衣装の女性。鑑定スキルで見るに、人間に変身した人魚のようです。
彼女はなぜかボイストレーニングをしていました。
黒いローブに身を包んだ謎の男。鑑定スキルでオークと分かります。
小太りかつ筋肉質、ローブの中では怪しい眼が光っていました。
そして一番謎なのはロボ。鑑定スキルではゴーレム扱いですが、種族ではありませんよね……?
黄金の身体に青く輝く眼、腰には剣が携えられています。当然、この会議の場で一番の巨漢でした。
以上が魔王軍幹部である八人……いえ、魔王本人を抜いたら七人ですよね?
色々突っ込みどころがありますが、側近ポジションのリュコスさんが勝手に進行します。
「魔王八人衆、全員そろいました」
「何だその魔王八人衆というのは、恥ずかしいからやめろ」
「そうでしょうか。カッコいいと思いますが」
厨二病が入ってるペンタクルさんでも、この命名は恥ずかしいようです。私たちには転生前の記憶があるため、こういう秘密組織っぽいのには抵抗がありました。
そんな魔王八人衆たちは、全員バラバラに余所事をしています。真面目に出席しているのは半数ぐらいでしょうか。早くも暗雲が見えてきましたね。
そして、この場面でアイルロスさんが何かに気づきます。先ほど疑問に思ったこの場の人数についてでした。
「ちょっと待つニャ。八人衆ニャのに七人しかいないニャ!」
「アイルロスさん、よく見てください。ちゃんと八人いますよ」
「トリシュのお嬢ちゃんを加えるニャ! リュコス、毎度意味のニャい嘘をつくのはやめるニャア」
やはり少ないではないですか。いきなりグダグダですね……
ペンタクルさんはため息をしつつ、窓の外へと視線を向けます。それと同時に、エルフのラッテンさんが笛を片付けました。
「来たみたいだねー」
瞬間でした。
突如、轟音と共に窓ガラスが割れ、何かが室内へと突っ込んできます。その何かは会議の場にある机に激突し、真っ二つに壊して制止しました。
これは……人ですよね? 絨毯に乗って窓から参入した青年。褐色肌で頭にターバンを巻き、白い豪華な衣装を身に纏っています。
彼は「痛てて……」とつぶやきつつ、魔王様と目を合わせました。
「こりゃ失礼、セーフじゃろ?」
「アウトだ。バカ者が。さっさと座れ」
素直に遅刻してください。こんなダイナミックな出席はやめてもらいたいところです。
そんな不届き者が椅子に座ったところで、ようやく会議開始。てっきり、幹部同士が罵り合うお約束な会議かと思いましたが、内容は非常に真面でした。
リュコスさんの進行により、しっかりとした議題を進めます。
「では、先日の聖国王、並びに幹部暗殺計画について」
「先の件は申し訳ニャい……この方法ニャら、最小限の犠牲で聖国を滅ぼせると思ったニャア」
どうやら、先日の計画はアイルロスさんの発案だった様子。彼、無駄な殺生は嫌っているようでしたし、上部を崩壊させることで革命を狙ったのでしょう。
ですが、結果は失敗。聖国軍の大臣たちは精鋭ぞろい。加えて、大臣を倒しても次の大臣が生まれるだけで意味がありません。
魔王自らが出陣しているので、他の皆さんも責められませんでした。
「仕方ないよー。相手の何が強いのか分かって良かったじゃないか。情報に勝るものは無しってね」
「だから無駄って言ったでしょ? 初めから全面戦争以外に道はないの」
超ポジティブなラッテンさん、物騒なことを言ってるドロシアさん。個性は様々です。
過ぎた事をぐちぐち言っても仕方ありません。今は宣戦布告によって、聖国に攻め入らなければならない状況についてです。
敵国の方は進軍へと動いていることでしょう。迎え撃たなければ、逆にこの城まで攻め入られてしまいます。
リュコスさんはそれらについての説明に入りました。
「では、聖国への進軍について議論に入ります。先日の暗殺失敗により、敵はこちらに騎士団を送り出しているでしょう。我々も対抗し、王都へと攻め入らなければなりません」
「待ちな坊や。話しが違えなあ……俺たちオークと同盟を結んだのは、あくまでも防衛の為だったはずだぜ? それで、進軍ってのはどういう事だ」
壊れた机をバンッと叩き、ローブの男が目を光らせます。彼の種族はオークらしいですが、喋りは非常にお上手でした。とても、モンスターに近い存在とは思えません。
オークの男性はローブを外します。その目に浮かんでいたのは涙……? 涙の雫が部屋の光を反射し、不気味に輝いていただけでした。
豚の顔をした異形の男。そんな彼がなぜ泣いているのか、自らの口で語られます。
「王都に攻めるとなりゃあ、ミリヤの村を通ることになるだろうが。てめえら……一度滅ぼした国に、追い打ちをかける真似をしようってのか……! そりゃあ、容認できねえだろ」
この人……まさかの穏健派ですか! 絶対極悪人だと思いましたよ!
ですが、国境にミリヤの村を配置したのは、恐らくその同情心を利用するため。容認しなければ、連合国側が一方的にやられるだけですよ。
それを分かっているのか、タカ派の二人が声を上げます。奇しくも、殺せ殺せと言うのは、聖国と同じ人間という種族でした。
「そんなに嫌なら辞めればいいでしょ? 私は死に直面しても笑い飛ばし、破滅を鼻であしらい、終局を迎えてもほくそ笑んだ魔女……心は凍りついたから、グルミちゃんの考えは理解できないよ」
「まあ、同意じゃ。わっしらの国じゃあ、攻めて攻められは日常茶飯事。敵に同情しとっちゃ、こっちの身が持たんじゃろ」
心が凍ったドロシアさん、現実的な意見を言うターバンの男。平和主義者のグルミさんとは真っ向から対立します。
そんな彼らの言いように対し、ハト派の二人も黙ってはいません。
「ラジアン、そいつは理に叶ってねえな。俺は進軍の必要はねえって言ってんだ。迎え撃つ方が、被害も少なく済むだろうが。民衆を敵扱いするのも気に食わねえ……」
「そうニャ! そうニャ! 一般人を巻き込むのはダメニャ!」
ハードボイルドな豚、コミカルなおっさんの猫。人外二人の方がよっぽど人道を重んじているのは何故……
何やら険悪なムードになりましたね。リュコスさんが落ち着かせようとしていますが、血の気盛んな彼らは止まる気配なし。そのような状況にも拘らず、ペンタクルさんは何も言いませんでした。
彼はずっと、椅子に座って目を瞑っています。あれ……? まさか寝てる……? いえ、そんなはずはないですよね……まさかそんな……
よく確認しましたが、完全に寝ています。
この人も大概でした。