139 死はありますが希望もあります!
ご主人様たちと別れ、私は一人ロッセルさんを探します。
彼は聖国最強の騎士団、聖剣隊の隊長さん。国王に対して絶対的な忠誠心を持っている人でした。
ですが、演説の場での彼は様子がおかしかったですね。何だか、今回の進軍命令に対して不満があるように感じちゃいました。
転生者の感が騒ぐんですよ。まだ演説から時間が経っていない事もあり、すぐに彼の姿を見つけます。
場所は城の裏。どうやら、誰かと討論しているようでした。
「エンフィールド卿! やはり私は納得できません! この聖国が、主に仇名す悪魔の知恵によって成り立っているなど! 決定した進軍も全て、彼奴の思い通りではありませんか!」
「ロッセルくん、君は声が大きい……これは国家機密だぞ」
片眼鏡の聖国大臣、聖国騎士団総大将レミュエル・エンフィールド卿。どうやら、ロッセルさんは上司に物言いがあるようです。
聞く限り、彼はベリアル卿の正体と聖国の成り立ちを知っているようでした。恐らく、先日の魔王襲撃時に知ったのでしょう。
叫ぶくるみ割り人形、腕を組んで呆れる総大将。両方の温度差は相当です。
「隠蔽すること自体が大いなる間違いでしょう! 八種族が手を結んだクレアス国と交戦すれば! 我らが聖国も無事では済みません!」
「分かっている……! だが、今までこの国は大義を掲げ、他国からの搾取によって維持し続けていた。いざ、大国との直接対決になった時、尻尾を巻いて逃げれば国民に示しがつかない。それこそ国が破綻する……!」
このカルポス聖国はベリアル卿が混沌を齎すために作り上げた国家です。千年以上続く歴史は進軍と詐取によって成り立っていました。
今更、それを変える事など出来ないでしょう。『亜人どもに負けるはずがない』、『主に祝福されたこの国は無敵だ』。これが国民共通の認識なんですから。
加えて、魔王側は既に臨戦態勢。ロッセルさんは叫び続けますが、彼の言葉で変わるはずもありません。
「それでは! どう転んでも破滅ではないか!」
「ああ、お終いだ。我々は初めから詰んでいたのだ……!」
肩眼鏡を上げ、エンフィールド卿はきっぱりと言い放ちました。
ここまで言われれば、ロッセルさんも退くしかありません。彼は奥歯を噛みしめつつ、上司に対して背を向けます。
「詰んでなどいない……勝利は我ら聖国にある。それで首は繋がる」
「そうだ、戦え。それこそが騎士の務めだ」
どこか覚悟した表情をし、聖剣隊の隊長はその場を後にしました。
これから、彼は魔族との戦いに赴くのでしょう。生きて戻れる保証はありませんし、負ければ国へと攻め込まれます。本人の言うように、勝利以外に生き残る術はありません。
これはそっとしておいた方が良さそうですね。ロッセルさんに続き、私もその場を後にしようと動きます。
ですが、そんなこちらに対し、エンフィールド卿が目を光らせました。
「誰だ。そこにいるのは分かっている!」
その言葉と共に、彼のポケットや肩の上から何かが顔を出します。彼らは小人族ですね。全員魔法の詠唱を開始し、私に向かって標準を定めました。
これはヤベーですね。どうやら、エンフィールド卿は小人の軍隊を扱う司令官のようです。
威嚇射撃のつもりでしょう。私の足元に魔弾がマシンガンのように掃射されます。ですが、殺す気がないのは分かってますよ。こちらも下手に動こうとはしませんから!
「ちょ! いきなり攻撃はやめてください! 私は一般市民ですよ!」
「テトラ・ゾケルだな。ベリアル卿から話しは聞いている」
両手を上げて一般人を気取りましたがダメ。やっぱり、上位の大臣はベリアル卿とも繋がっていますね。こちらがどういった存在かもお見通しでした。
こうして近くでエンフィールド卿を見ると、やっぱりエルフなんだって感じます。ですが、やっぱり耳はありません。それが、少し悲しくなりました。
「貴方はエルフなのでしょう? 本当に自分と同じ種族の破滅を望んでいるのでしょうか」
「憎んではいるが、殲滅云々は話を盛ったな。世間に受けがいいものは、真実よりも虚栄や利益。あるいは無知な人民の興味をそそるものだ。お前もエンターテイメントは好きだろう?」
「夢も希望もありませんね」
余興による演説。余興による耳の切断……
覚悟と狂気を感じます。ですが、それによって人々の心を掴んだのは事実。なにより、彼がエルフを憎んでいるという事実に嘘偽りはありません。
私なんかより、よっぽど長い時を生きた強者です。そんな彼は今、私に対して標準を定めていました。
エンフィールド卿の「撃ち方用意!」という言葉と共に、小人たちは再び魔法の詠唱に入ります。まさか、この場で戦うのでしょうか。それはちょっと不味いですね……
ですが、ここで機転が訪れます。どうやら、二人の小人が戦闘とは関係ないことで喧嘩しているようでした。
「おい! そこの二人! 戦闘中に何をやっている!」
「だって、こいつがさ! ゆで卵は丸い方から割った方が食べ易いって言うんだ! 尖った方から割るに決まってるのに!」
「違うよ! 尖った方から割るなんて間違ってる! 丸い方から割るに決まってるだろ!」
この小人たちは、何をくだらないことで争っているんでしょうか……
ゆで卵をどちらから割るなんて個人の自由でしょ。それを他に強要するなんて、無駄な争いを生むだけですよ。
ですが、戦争の始まりはこういうところからですね。エンフィールド卿も同じ事を思ったのか、複雑な表情で笑います。
「お前たち、くだらない事で争うのはやめなさい。はあ……私は子供相手に何をやっているのか……」
彼は大きくため息をつき、「撃ち方やめ!」と命令を下します。これにより、何とか戦闘を避けることが出来ました。
ですが、敵対関係が解消された訳ではありません。エンフィールド卿にとって、あくまでも聖国の体勢を維持することが正義。たとえ妥協であっても、それが最善だと確信しているようでした。
だからこそ、変化を望むハイリンヒ王子を警戒している様子。もしかしたら、二人の間に何かがあったのかもしれませんね。
「常々感じる。反逆とは行動に現れるより先、心の奥底に芽生えるものとな。ハイリンヒ王子に伝えておけ。お前の思うようにはならないと」
冷徹な眼で睨みつつ、彼はそう言い残します。そして、王宮の方へと一人歩いていきました。
正義の形は人によって違います。長い時を生きたエルフ、彼には彼の意思があるのでしょう。
エンフィールドさんとの接触により、本当に戦争は止まらないんだと実感してしまいました。哀しいですけど……やるしかない……
私も覚悟、決まってますからね。
ロッセルさんの事が心配になり、私は彼の自宅に直接訪れます。
王都の中心街、そこに質素な作りの家が一軒。その前でロッセルさんは、妻子との団らんを楽しんでいました。
とても、私が首を突っ込める雰囲気ではありません。この時を壊したくありませんから。
「おとーさん! お仕事がんばってね!」
「ああ、行ってくる」
無邪気に笑う娘さん、複雑そうな表情をする奥さん。ロッセルさんは二人を両腕で抱き、お別れの挨拶をしました。
やるべき事を終え、彼は歩き出します。仲間と共に哀しい戦場へ……
ここを逃したらもう次はない。そう、直感的に感じます。だからこそ、私は隊長さんの前に飛び出しました。
「ロッセルさん!」
「む……お前は……?」
黒いお髭を触り、記憶をなくしたロッセルさんは首をかしげます。
私のことなんて知らないですよね……わっけ分からないですよね……
でも……! なにか言いたいんです! 考えなしですけど、特に意味はありませんけど! それでも一つだけ言わせてもらいます!
「この国を守っていただいてありがとうございます。頑張ってください」
「ああ、無論だ。必ずや勝利を手にし、聖国に更なる発展を与えよう!」
歯を見せて笑い、元気になったロッセルさん。記憶を無くす前の彼と通じ合ったわけではありませんが、少しは気分も晴れましたよ。
私のことを一聖国民だと思ったのでしょう。隊長さんは威厳を見せながら、騎士たち元へと歩いていきました。
出発は明日。いよいよ、戦争が始まります。
もう、これ以上出来ることはありません。私は商業ギルドへ戻ろうと、後ろへと振り返りました。
なんと、そこにいたのはベリアル卿。
なんでこのタイミング!? これにはおっかなびっくりです。
「ちょあっ!? べ……ベリアル卿! 何してるんですか! 密会とかはもう終わりましたけどー!」
「盗み聞きは趣味ではありません。トリシュさんが姿を消し、少々寂しいのですよ」
ああ、あえて重要じゃない場面で登場したんですね。彼の美学には付き合っていられませんよ。
どうやら、話し相手のトリシュさんがいなくなって寂しいようですね。転生者云々の会話が出来るのは私たちだけですから、態々からかう為に来たのでしょう。
ベリアル卿はトランプ、ハートのクイーンを取り出します。そして、それを私に見せました。
「ハートの転生者はあちら側に付きました。これで、聖国側とクレアス国側で転生者が分離したことになります。私の思う展開です」
「果たして、本当にそうでしょうかねー」
人通りの多い王都の中心地。何人もの人々が行きかっています。
ベリアル卿は想定通り物事が進んでいると思っているようですが、現実はそんなに甘くありません。モーノさんは別の計画を進めていますし、聖国内も一枚岩ではありません。ハイリンヒ王子もシャイロックさんも動いていますし、魔王側だって被害を減らしたいと思っているはずです。
これらの動きが貴方の計画を打ち砕く……ほら、さっそく動きがありましたよ。
空から降り立ったのは青い鳥、キュアノスくん。
彼はベリアル卿を横切り、私の肩へと止まりました。
「とりぴっち!」
「どうやら、好機はこちらにあるようですよ!」
キュアノスくんの翼により、ベリアル卿の持っていたトランプが弾かれます。やがて、それは王都の地へと落下し、行きかう人によって踏みつぶされてしまいました。
踏まれたカードは別の人によって蹴っ飛ばされます。ベリアル卿の手から離れ、どこかへ消えるハートのクイーン。だから、思い通りにはならないんですって。
「キュアノスくん、お手紙は渡しましたか?」
「ぴぴっち!」
キュアノスくんが咥えているのは、トリシュさんからのお返しです。情報が露見することも構わず、私はベリアル卿の前でそれを開けました。
そして、一部を読み上げてやります。別に隠すことなんて記されていません。むしろ、ここでトリシュさんの意思を証明する事こそ、ベリアル卿に対する最大の攻撃でした。
私は今、魔王の元に付いています。それは貴方がたを裏切ったわけではありません。
協力したいと思う気持ちはあります。ですが、他の転生者をライバル視してしまい、素直になれませんでした。これは悪役令嬢のサガですね。
魔王ペンタクルさんはミリヤ国への攻撃を気に病んでいます。
また、亜人たちの中には争いを望まない者もいるので、被害を減らす方向には動いているようですよ。
ペンタクルさんには人々を巻き込まない切り札があります。ベリアル卿の思い通りにはなりません。
これらを読み上げた事により、ベリアル卿が僅かに口を曲げます。効いてるみたいですねー。転生者同士の絆を甘く見てもらっては困ります!
この手紙で会分かる事は、トリシュさんが私たちを大事に思っている事。ペンタクルさんの心が揺れている事。亜人たちの一部は争いを望まないって事です!
混沌を楽しむベリアル卿には面白くないでしょう? ざまあです!
「手紙に消した跡がありますね。P.S.ごめんねって書いてあります」
「それを読み上げるのは可愛そうでしょう。まあ、効きましたよ。貴方がた転生者を甘く見ていました」
私たちが醜く争うことを期待していた悪魔。彼は少し悔しそうにしつつ、その場を後にしました。
本当に、私をからかう為にここに来たんですね。ですが、それは回避です! 逆にからかってやりましたよ!
トリシュさんのおかげで希望が持てました。魔王側とも間接的な連携が取れそうです。
まあ、とにかくです!
三番と心を繋げた。
あと一人。