表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/248

138 聖国騎士団が出陣します


 ハイリンヒ王子とアントニオさんとで情報交換を行い、新しい事実も分かってきました。

 ミリヤ国跡で出会ったファントムさん。彼こそが魔王ペンタクルであり、錫杖のファントムは転生者としての名前だと発覚します。

 また、獣人のリュコスさんと精霊のアイルロスさんは魔王の部下であり、今回の事件に関わっていたことも分かりました。あんなに仲良くなったのに……やっぱりショックですね。


 ですが、気落ちしていられません! 大変なのはここからなんです! 私たちは固く結託し、互いに協力することを約束しました。

 戦争の回避は今となっては不可能。当面の目的は聖国民たちへの被害を最小限に減らすことです。

 皆さんこの国で暮らしていますからね。誰だって、人が死ぬのは嫌に決まっていました。









 いい加減マジで疲れていたので、日が上ってお昼になるまで爆睡します。

 いよいよ政治や戦争の話になり、私に出来ることは無くなりましたね。だからこそ、本格的な開戦までは羽休め出来そうでした。

 ですが、眠ってばかりもいられません。私は眠気眼でベッドから起き、ご主人様の元へと行きます。すると、またまた状況が変わっていました。


「あれ……? 貴方は……」

「こんにちは、ハイリンヒ王子の婚約者、エラ・サンドリオンと申します」


 丁寧に頭を下げる掃除婦姿の女性。聖国におけるもう一人のお姫さま、エラ・サンドリオンさんです。

 どうやら、この商業ギルドを安全と判断し、ハイリンヒ王子が移動させたようですね。実際、この施設にいるのはシャイロックさんと固い絆で結ばれた同志。情報が漏れることはありえません。

 何だか、いよいよ反聖国組織の秘密基地になってきました。まあ、実際そうなのかもしれませんけども。


「エラさん、無事で良かったです。大変なことになってしまいましたね……」

「はい……ですが、覚悟はしていましたよ。今までハイリンヒさまが無事だったのは奇跡でした。その魔法が今、解けてしまっただけの事です」


 強い瞳でエラさんはそう返します。やっぱり、今までがギリギリだったんですね。恐らく、今まで何度も大臣から命を狙われていたのでしょう。

 うーん、やっぱり何とかしなきゃダメです。聖国がクレアス国側に勝利した場合も、私たちにとってメリットになる事はありません。


「ハイリンヒ王子が国王になる。それが一番この国のためになると思うんですけどね……」

「いや、そうとも限らない。今までこの聖国が維持出来たのは、圧倒的な権威と権力があったからこそと言える。国王が下手に出た場合。それらの体勢が総崩れする危険性も考えられる。優しいことが、必ずしも平和に結びつくとは限らないだろう」


 出た。ご主人様の心無いど正論。こいうところ、やっぱり悪魔なんだなって感じます。

 結局、人々の意識を変えるという最初の目的に戻るんですよね。国民の皆さんがハイリンヒ王子を英雄視する。そんな、驚異のエンターテイメントが必用なのかもしれません。

 だからこそ、私は一つの策を考え付きました。聖国とクレアス国、両方にとって美味しくなく、私たちにとって美味しい完全な勝利。


 それは、ハイリンヒ王子の手によって、魔王ペンタクルさんを退かせることです。


 あわよくば、現聖国王が醜態を晒してくれれば完璧。魔王の圧倒的な力を見せつけられたうえで、ハイリンヒ王子が全てをスマートに解決するって寸法です。

 まあ、実際はとっても難しい。こんなご都合主義を実現できるのは、私たち異世界転生者のチートだけですよねー。

 そんなわけで、モーノさんへのお手紙を書きます。勿論、国王様や大臣様にばれないようにです。


「テトラさん、またトリシュさんにお手紙ですか? お返事が来るといいですね」

「いえいえ、今回はモーノさんですよー。私たち、国王様から警戒されていますから、隠れて情報交換をしないといけないんです」


 あー、いよいよテロリストになってしまった私……エラさんみたいに簡単には割り切れませんね。

 恐らく、彼女は相当に苦労して生きてきたのでしょう。神経が図太く、芯の強さを感じます。裕福な商人の娘だったこともあり、強かさを身に付けているようでした。

 所謂、完璧な人って奴です。そんなエラさんが王子と結びついたのは必然なのかもしれませんね。










 王宮前の広間にて、ついに国王様による演説が始まります。

 私たち国民は、騎士団の指示によってこの場に集まりました。恐らく、王宮に攻め入ったのが魔王だとは皆さん知らないでしょうね。

 だからこそ、国王様は説明するでしょう。そして、それを進軍の口実として使う。こんなところです。


 集まる人々を見下ろす王宮。そのバルコニーに国王様と大臣様、それにターリア姫とモーノさんが姿を現しました。

 大臣様の中には当然ベリアル卿もいますが、モーノさんから監視されてて動けない様子。ま、彼は動く気なんてないんでしょうけど。

 既にサイは投げられています。あとは国王様の言葉によって進むだけでした。


「皆の衆! 王宮の崩壊! 我が息子ハイリンヒの失踪! 先に起きたこれらの事件は、クレアス国の魔族による攻撃だと明言する! これは我ら聖国への宣戦布告! 今こそ、偉大なる聖戦を始める時が来た!」


 普段の温厚な王とは違い、今の彼は正しく大国の王。この場にいる大衆全てを引っ張れる力を持っていました。

 王の宣言により、大衆たちはざわつきます。怯える者、興奮する者、反応は様々ですが、皆さん尋常ではないことを理解していました。

 王に続き、赤い貴族風の服を着た大臣が前に出ます。片眼鏡をかけ、どこかインテリな雰囲気を感じますね。

 彼は拳を握りしめ、強い口調で叫びます。それは、まるで軍人さんのようでした。


「静粛にせよ! これは相手が仕掛けてきた戦争だ! 時に相手の弱さを理由に攻め入る! 時に相手の強さを理由に攻め入る! こちらを羨んで攻め入られる事もあれば、逆にこちらが羨んで攻める時もあるだろう! これこそが世の常だ!」


 言っていることは怖いですけど、顔はかなりのイケメン。いえ、イケメンというより、ベリアル卿と同じ美しさを感じます。

 本当に人間でしょうか? 彼からはファンタジーな雰囲気を感じて仕方ありません。

 一緒に演説を聞いていたご主人様も眉をしかめます。やっぱり、ちょっとおかしいですよね!


「ふむ、おかしな事だ。彼は人間ではなく、別の種族のように見えるのだが」

「鋭いな。お察しの通り、奴は人間じゃねえ。エルフだ」


 松葉杖を突きつつ、冒険者のシルバードさんが現れます。彼が言うには、今演説を行っている大臣様はエルフのようです。

 何でエルフが、人間至上主義のカルポス聖国で大臣をしているのでしょう。迫害されてはいませんが、住みづらいのは事実。だからこそ、メイジーさんは耳を隠しているんです。

 そう言えば、この人も耳を見せていませんね。あれ……? 何かおかしいですよ……


 耳が……ない……?


「奴は聖国騎士団総大将、レミュエル・エンフィールド。エルフの里を抜けた人間至上主義者だ。奴はエルフの血を醜いと言い放ち、自らの尖った耳を切り落としやがった」


 エルフの代名詞と言える尖った耳。それを自らの手で……

 異常です。正気の沙汰とは思えません。そんなに自分の種族が嫌いですか!

 地位も聖国騎士団総大将……? 軍事国家と言えるこの国では、王の次に権力を持った存在と言えます。

 そんな彼が訴えかけるのは亜人の弾圧。まるで自身が人間と信じているかのように、自らと同じ種族を罵りました。


「クレアス国の同盟にはエルフも名を連ねていると聞く! 奴らは古い歴史に重きを置き、人種としての進化を放棄した獣どもだ! だが、その血は優秀かつ危険極まりない! この戦いで奴らの血を根絶やしにする事こそ、人間の未来に必要なのだ!」


 エルフというのは長寿の種族です。見た目も若いままで、エンフィールド卿の年齢は分かりません。

 ですが、あれほどの憎悪を感じるのは、彼がずっとエルフという種族を憎み続けたからです。何らかの切っ掛けが、その精神を歪めてしまったのでしょう。

 自分の耳を切り、種族としての特色を捨てる。私はあの人とよく似た人を知っていました。


「猫の獣人、ヴィクトリアさん……彼女は獣人としての自分を捨て、人間たちに絵を描く道を志しました。そんな彼女に対し、貴族の皆さんは決して差別の目を向けませんでした」

「種族の壁を超える意思と能力。あのエンフィールドという男とヴィクトリアにはそれがあったのだろう。誠意には誠意で答える。人間は彼らを高く評価し、同じ種族同然として受け入れた」


 他者を認める優しい心。それを正しく使えないものでしょうか……まあ、難しいんでしょうね。

 事実、エンフィールド卿の心はエルフの弾圧へと向かっています。同じ敵を持っているからこそ、互いに団結できる。彼は自らを認めてもらうため、この策を使っているのかもしれません。

 何にしても、ハイリンヒ王子を国王にする場合、間違いなく彼は立ち塞がるでしょう。聖国騎士団総大将、レミュエル・エンフィールド。要注意でした。


「私たちが対抗すべき相手はベリアル卿以外にもいます。聖国の大臣たちは要チェックで……」

「これよりぃ……! 我々聖剣隊は憎っきクレアス国への進軍を開始する! 全員! 聖国王に敬礼!」


 私の声を掻き消すバカでかい声。聖剣隊の隊長、カリュオン・ロッセルさんの声でした。

 どうやら、聖国最強の騎士団が先陣を切って進軍するようですね。もう、シャルルさんはいませんが、それでも彼らが最高戦力なのは変わりません。

 赤い鎧に黒い髭、歯をガチガチと鳴らす巨体のおっさん。何でしょうか……何か……寂しそう……?


「我々聖剣隊は! 偉大なる主と聖アウトリウスさまのために戦うことを誓う! 偉大なる……主の……主の……!」


 奥歯を噛みしめ、怒りと悲しみを抑えるかのように叫ぶロッセルさん。心の異世界転社である私は、彼の心に何かが起きたことを感じ取りました。

 戦争に出れば、生きて帰れる保証はありません。相手が異世界転生者なら、勝てる確率は極めて低いと思います。

 そう言えば私……最後までロッセルさんに嫌われたままだったな……


 魔法時計で彼の記憶は消え、私と戦ったことなんて忘れてしまったでしょう。

 ですが、何かモヤモヤします。ちょっと、あのおっさんとお話ししたいと思っちゃいました。









 演説が終わり、王宮下に集まった人々が減っていきます。大事な演説だったので、未だに彼らの動揺は収まりません。

 そんな中、王都を守る事に決まったモーノさんが、私の元へと降りてきます。

 何か話しかけてくると思いましたが、今は出来ない様子。彼は人ごみに紛れて手紙を渡しました。

 考えは同じですね。すぐに、こちらも手紙を渡しちゃいます。


「ご主人様、シルバードさん、手紙を受け取りましたよ」

「モーノの奴も考えるじゃねえか。向こうの路地裏で読むぞ」


 すぐに移動し、すぐに手紙を開きます。

 そこには綺麗な字で現状について綴られていました。







 今、俺はターリア姫の武術指導を行っている。

 王は俺をアホだと思っているようで、利用できると考えているようだ。

 だが、俺はアホじゃない。


 アホじゃないから、ちゃんとこの国の被害を減らすことを考えている。頑張っている。

 テトラもいろいろ考えているな。俺も出来る限り頑張る。

 アホなのはあいつらだ。アホだと思っているのを利用してやるよ。







 綺麗な文字から放たれるゴミのような文章……アホじゃないアピールが逆にアホっぽい……

 まあ、言いたいことは伝わったので良しとしましょう。つまり、モーノさんもちゃんと平和を考えているんですね。

 よーし、私も燃えてきました! 自分流のやり方で、戦争の被害を減らしちゃいますよ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ