137 お手紙を書きましょう
王都の深夜。突然、ハイリンヒ王子が訪問したことにより、こちらもてんやわんやという状況です。
私一人で対処出来るはずもなく、速攻ご主人様を呼んじゃいました。ですが、「私を呼んでどうする。ここは商業ギルド故、ギルドマスター呼ぶべきでは?」とど正論を返されてしまいます。
なので商業ギルドマスター、アントニオ・シャイロックさんに登場してもらいましょう。キトロンでお世話になりましたが、今回も頼っちゃいますよ。
行方不明の王子がお忍びで現れたことにより、流石のシャイロックさんも頭を抱えます。
彼は弟子として付けているアステリさんに意見を求めました。
「アステリ、どう思う?」
「あ……相変わらずテトラさんは凄いなって思います」
「同意見だ」
この凄いってのは皮肉ですよね? しょうがないじゃないですか! 勝手に問題ごとの方が転がりこんで来るんですから!
今、この場に私を助けてくれるのは天然悪魔のご主人様と、ポンコツ女神のバアルさましかいません。貴方の助けが必要なんですって!
例え断ろうとも、王子の言葉は無視できないでしょう。さあ、ハイリンヒ王子、言っちゃってください!
「ギルドマスター、シャイロックさん。迷惑なのは承知しています。ですが今、僕は安堵しましたよ。まさか流星のコッペリアが、商業ギルドと協力して聖国を掻き回していたとは……」
「いや、ターリア姫誘拐事件は俺の指示じゃないぞ。こいつはコッペリウスさんの弟子だ。変わり者なんだよ」
私とご主人様で変わり者セットにされてる! まあ、事実だから良いんですけどー。
頭の王冠っぽいアクセサリーを触りつつ、ハイリンヒ王子は考えます。何やら、物凄く深読みしているみたいでした。
「ターリアの奴が流星のコッペリアに協力していたのは知ってるよ。口は割らなかったけど、テトラが怪しいのはすぐに察したさ。君は奪われた周辺国の恨みを説いていたらしいね。そこには反聖国思想が垣間見えた。商業の力で国を変える理念を持つ、商業ギルドと利害が一致してると思うんだけどな」
長文乙です。その考察はだいたい当たってますよ。
やっぱり、助けようとした妹にノックアウトされて確信したんでしょうね。あの時点で、彼に正体を隠すのは無理がありました。
ですが、それでも問題はありません。なぜなら、このハイリンヒ王子こそ、反聖国主義の中心と言える人物なんですから。
「もう、隠さなくていいよ。水臭いじゃないか。僕は誰よりも、差別と戦争ばかりのこの国が嫌いなのにさ」
「王子、やはり貴方も相当国に噛み付いていますね……」
悪い笑みを浮かべる王子、不敵に笑うシャイロックさん。どちらも結構腹黒いですよね……?
何にしても、これで王子と商業ギルドでネットワークが完成し、着実に現聖国王政権を追い込んでいます。ですが、ご主人様がある事を指摘しました。
「しかし、王子殿。貴殿には反聖国主義の疑惑が掛けられ、現時点でお尋ね者になっている。むしろ、協力を得たい立場ではなかろうか?」
「そこだよ……ちょっと僕の話を聞いてほしいだ。先日、王宮が魔王率いるクレアス国に攻撃されてね。色々あったのさ……」
ハイリンヒ王子は全てを語ります。聖国王含め、大臣たちは全員ベリアル卿が悪魔だと知っている事。このカルポス聖国の成り立ちから発展まで、全てに悪魔ベリアルが関わっていた事。既に魔王ペンタクルによる宣戦布告はされている事。
ペンタクルさんとトリシュさんが同じ力を使った事。自分はトリシュさんによって助けられている事。
そして、トリシュさんは確かに「流星のコッペリアが助けてくれる」と言ってた事……これって、私を信用しているって事ですよね?
ずっと、彼女のことは分かりませんでした。私の命を救って、私のために泣いて、だけど急に怒って、不機嫌になって、ピンチの時に助けてくれて、余計なことはするなと警告し、協力はしないと断言。ですが、私に頼れって言っていたんですよね?
「トリシュさん……どうして魔王の元に行ったのでしょう……」
「わしにも分からんのう。じゃが、スノウが言っていたじゃろ。悪い人ではないとな」
バアルさまの言うとおり、私も悪い人とは思いません。今はトリシュさんを信用し、真っ黒い聖国のことを考えましょう!
私はベリアル卿が自身の正体を隠しつつ、国を操作していると考えていました。ですが、王も大臣も全てを知っているのなら、状況は全く違います。
「カルポス聖国は聖アウトリウスさまと主の御言葉によって成される国。それが何で悪魔を……」
「テトラ、悪魔でも聖書をひくことは出来るんだ。身勝手な目的のためにな……」
むしろ神の言葉を利用してるってわけですか。それを考えるシャイロックさんはやっぱり曲者です。
彼は嘘偽りに惑わされたりはしません。ツァンカリス卿の意思を継ぎ、戦乱ばかりの国を変える使命を抱いていました。
「ベリアル卿は美貌の中にどす黒い意志を持つ。外観と言うものは最も酷い偽りなのかも知れない。世間は常に虚飾によって惑わされる」
「み……見た目ってズルいですよね。私もベリアルさんが悪い人だって思いませんでした……」
アステリさんは怯えた様子で自分の肩を抱きます。そんな彼女の頭にシャイロックさんはポンと頭を乗せました。
自分の信じてきた国が、憎むべきと教わった悪魔の知識で成されていた。それって、たぶん滅茶苦茶ショックなんでしょうね……
おまけに、既に魔王ペンタクルさんから宣戦布告を受け、戦争開始は目前へと迫っています。もう、取り返しがつきません。こうなってしまえば、完全に手遅れでした。
「近いうちに、お父様から進軍の宣言がされるだろう。仮にそれを止めたとしても、クレアス国側からの進軍は止めようがない。厳しい状況だね……」
「魔王側に付いたトリシュさんが、何らかの行動を起こす可能性もあります。開戦が止まらなくても、被害を減らす方法があるかもしれません!」
落ち込むハイリンヒ王子を元気づけます。まあ、それもトリシュさん頼りという曖昧なものなんですけどー。
せめて、彼女とコンタクトが取れればいいんですけどね。何とか、状況だけでも探れないものでしょうか……
そうだ、ご主人様なら飛べますよ! 飛んで調査すればいいんです!
「ご主人様! 空を飛んで魔王側の状況を探れませんか? トリシュさんとコンタクトが取れればなお良いんですけど」
「相手がこの世界の者ならば可能だろう。だが、魔王ペンタクルは異世界転生者だ。見つかって交戦に発展した場合、和解の道は閉ざされることになるだろう」
ですよねー。チート無敵の異世界転生者が密偵に気づかないはずがありませんよねー。
もっとこう、絶対に気づかれない手段で探りたいところです。まあ、本心はトリシュさんが無事かどうか確認したいだけなんですけども……
実際、私は偵察のスペシャリストに心当たりがあります。しかも、かなり味方に近い立ち位置で、協力もしてくれそうな人……っていうか鳥です。
「フラウラギルドのシルバードさん。彼と行動してる鳥さんなら……」
「呼んだか?」
部屋の扉を義足で蹴り開け、白髭のおっさんが乱入しました。どうやら、ずっと扉の前で盗み聞きをしていたようですね。
彼の肩には目当てのキュアノスくんも居ます。これは丁度いい! ここまで聞いたのなら協力してもらいますから!
シルバードさんが乱暴に現れた事により、シャイロックさんが驚いて声を上げます。ですが、すぐに私はその声を掻き消しました。
「おい、見張りは何をやって……」
「丁度いいところに来ました! キュアノスくん、トリシュさんの様子を探ってほしいです。ほら、神様の礼拝堂を一緒に歩いた仲じゃないですかー」
「と……とりぴ……」
ですが、キュアノスくんは困惑気味です。嫌がっているというより、訳が分からないといった様子でした。
もしかして、私の言葉を分かっていない? いえいえ、そんなはずないでしょ! 今までの行動を見れば、人の言葉を理解しているって分かりますから!
何とか説得を考えた時、シルバードさんが私を止めます。そして、冷静な一言を放ちました。
「待て待て、トリシュが誰だか分からないってよ。協力するのは良いが、なにか情報はねえのかよ」
「トリシュを転生させた時に使った魂情報ならあるのじゃー!」
「何じゃそりゃ! んなもんで分かるか!」
バアルさまが出しゃばりましたが、転生者を知らないシルバードさんには理解不能です。というより、魂情報自体がよく分かりませんでした。
ですが、キュアノスくんはピンときた様子。すぐにバアルさまの肩まで飛び、彼女から何か情報のようなものを受け取ります。そして、高らかに声を上げました。
「ぴぴっち!」
「どうやら分かったようじゃのう」
「マジかよ……」
本当にこの鳥さんは何者なんでしょう。シルバードさんも分かっていないみたいじゃないですか。
私が思うに、キュアノスくんは精霊。あるいは神や天使の類ではないでしょうか……そうでなければ、主の居住に侵入できた事への説明が付きません。
そして、ゲルダさんもとい、大天使ガブリエルさまに認めれているので信用できます。おバカな私はちゃーんと考えてますよ。無条件で心許しているわけではありません。
「キュアノスくん、お願いできますか?」
「とりぴ!」
「ありがとうございます! あ……ちょっと待ってください」
私は机に置かれた紙とペンを取り、そこに文章を記しました。もし、トリシュさんに会えたならこちらの意思を伝えたいですからね。
彼女はずっと話しませんでした。ですが、こうやって手紙でのやり取りなら素直になってくれるかもしれません。言葉を武器にする私は苦手なんですけどねー。
私は会話に虚偽を混ぜたり、自分を良く見せるように装飾を加えます。それが、心の異世界転生者の能力であり、私の持っている才能でもありました。
偽りの利かない手紙は天敵。だからこそ、弱点を晒してトリシュさんに訴えかけます!
「キュアノスくん、これをトリシュさんにお願いします」
「とりぴぴー!」
翼を広げ、速攻で窓から飛び立つキュアノスくん。嫌な顔一つせず、私の頼みに善意で答えてくれました。
もしかして、彼に気に入られましたかね? それとも、元々優しい子? どちらにしても、こちらは感謝するばかりでした。
バアルさまは何かが引っ掛かるのか、一人キュアノスくんが飛び去った空を見つめます。そして、彼のパートナーであるシルバードさんに聞きました。
「あの、キュアノスという鳥じゃが……どのように会った?」
「航海の途中、消えかかっているのを保護したんだよ。それから、すっかり懐かれちまってな」
え? 死にかかっているではなく、消えかかっている?
それもう絶対鳥ではないでしょう! そんな鳥がいてたまりますか!
「ちょ、消えかかっているとはどういう事ですか!」
「そのままだ。身体が透けてたが、名前を付けたらくっきりしていったな」
「意味不です!」
そんな話をシルバードさんから聞くと、バアルさまは哀しそうに俯きます。きっと、キュアノスくんがどんな存在で、彼の身に何が起きたのかを察したのでしょう。
バアルさまは異国の神です。だからこそ、自分と近い存在に情が移ったんですかね。
まあ、憶測なんですけどね。そんなふうに感じてしまいました。