14 この世界には妖精がいるようです
ある日でした。
ヴィクトリアさんと食事をとっていると、突然彼女がこんな話を切り出します。
「今日は月が綺麗だね。ちょっと、ご飯食べたら私に付き合ってよ」
「ほへ……?」
急すぎて何が何だか分かりません。付き合ってと言われましても、出会ってからずっと一緒に行動していますがね。
ご飯を食べてからってことは完全に夜ということです。流石にこの時間から外に出ることはないでしょう。森にはモンスターがうようよいますもの。
ですがまあ、一応聞いてみましょう。
「まさか外に出ませんよね」
「出るよー。森の奥まで行くから、ちゃんと準備しようね」
出るんかい! うへー、これはまた厄介なことになっちまいましたね。
いったいヴィクトリアさんは何を考えているのでしょう。まったく戦えない私を連れ出すなんて……森に何かがあるのでしょうか?
そういえば、彼女はよく真夜中に出かけたりしていました。てっきり街に行っていたと思っていましたが、なんだか違うようですね。
モンスターは怖いですが、ヴィクトリアさんとの距離が縮まるなら良しとしましょう。
彼女と一緒なら絶対に安心です。何回か魔法を見ましたが、このあたりのモンスターじゃお話にならないほど強力ですからね。
それに、この子は親身になって私を守ってくれます。その確信が私にはありました。
夜の森をヴィクトリアさんと一緒に歩きます。
途中で巨大芋虫の襲撃を受けましたが、速攻で焼き払われてしまいました。蛹になって、蝶となって羽ばたく未来が奪われたかと思うと、少しかわいそうな気がしますね。
あの芋虫が襲ってきたのは、私たちが縄張りに入ったからで間違いないでしょう。その命を私たちに奪う権利があるのでしょうか?
難しい問題ですが、生きるためには仕方のないことのなのかもしれません。
「モンスターは倒すもの、動物は生かすもの。二方の違いは……?」
「何か言った?」
「いえいえ、ただの哲学です」
例えば、ドラゴンをコウモリの羽が生えたトカゲと比喩されるとします。ですが、それはコウモリとトカゲが先に存在していた場合の話でしょう。事実ドラゴンが存在している以上、どちらが先かはケースバイケースと言えます。
モンスターを化け物と表現する時点で何かがおかしい。私にはそう思えて仕方がありませんでした。
そんなことを考えている間に、目的地へと到着したみたいです。
私の目の前に見えるのは、泉の中心にそびえ立つ大きな大樹。いえ、大きいというレベルではありませんね。私の世界では考えられないほどの大きさでした。
樹の周りには白い光のようなものが浮遊しています。月の光に照らされ、まるでそれらは踊っているようでした。
「すごい……まるでファンタジーですね……」
「あはは、よく分からないけど喜んでもらえてよかったよ」
うーむ、ヴィクトリアさんはこの感動を理解できないようです。ま、ファンタジーな世界でファンタジーと言っても意味不明ですよね。はい。
どうやら、彼女はこれを見せたくて私をここまで連れてきたようです。確かに、この光景は月が綺麗に出ている夜にしか見れません。泉に映るその光がまた幻想的でふつくしいですよ。
しばらくの間、二人で大樹を見ています。やがて、ヴィクトリアさんは歩き出し、樹の周囲に浮かぶ光に手を伸ばしました。
光が形になっていきます。手のひらほどの大きさですが、その姿を完全に人へと変えます。
少女のような姿で、背中には虹色の羽がついています。薔薇の髪飾りをつけていて、しっかりおしゃれもしているようですね。
私はあんぐりと口を開けました。ヴィクトリアさんは彼女と知り合いのようで、二人で仲良く戯れています。
「彼女は……妖精さんですか……?」
「うん、そうだよ。この場所に住んでいるんだけど、知ってるのは私とお姉ちゃんだけかも」
そ……そんなことを私に教えてどうするんですか!
だって、妖精ですよ妖精! ヴィクトリアさんのような可愛い子には似合っていますが、私には相応しくありません!
私にお似合いの妖精は、せいぜい小っさいおっさんぐらいでしょう!
「私、心が薄汚れていますから! 妖精さんと戯れるなんて恐れ多いです! 不細工には不相応でしょう!」
「そんなことないよ。お姉ちゃんは可愛いって私が保証してあげる」
お世辞はやめてください。照れてしまいます……
って、そんなことはどうでもいいです! それより、この樹の周りの光って、全員妖精さんってことですか!
なーんて思っていると、次々に光が妖精さんの姿に変わっていきます。彼女たちは虹色の光をまとい、この世のものとは思えない美しさをしていました。
どうやら、私を警戒して姿を隠していたようですね。警戒が解かれたことで、彼女たちが周囲に集まってきました。
「わわっ、なんですか! 私は食べ物なんて持ってないですよー」
「あはは……小動物じゃないんだから」
妖精さんたちは私に対して興味津々です。
言葉を交わせれれば良いのですが、それは出来ないようですね。やっぱり、人間と妖精とでは使っている言語が違うからでしょうか?
でもでも、ヴィクトリアさんは一人の妖精さんと会話しています。彼女は私と違って魔法が使える天才児。そのあたりの差があるのかもしれません。
白猫さんは妖精さんの話しを親身に聞きます。そして、彼女に優しく手を触れました。
「人も妖精も、こんなにたくさんいるのに、誰かは一人っきりになっちゃうの。私はそんな一人っきりの子の助けになりたいんだ」
ヴィクトリアさんはこうやって、孤立した妖精さんと仲良くなっているようですね。うう……なんて優しいのでしょうか。彼女は自分を悪魔と重ねていましたがとんでもありません!
天使ですよ天使! ヴィクトリアさんはまさに白猫天使です!
そんな時でした。突然、彼女は悲しい顔をして私の方を見ます。
い……いったいなんなんでしょうか。彼女はその眼に涙を浮かべて切実な表情で訴えかけます。
「ねえ、お姉ちゃん。ずっとここに住もうよ。どこにも行かないで……」
「え……」
な……何だかすいません……
たぶんこの子、私が旅人か何かでいずれこの場所から姿を消すと思ってるみたいです。周りから孤立している妖精さんと自分を重ねて、急に寂しくなっちゃったみたいですね。
もう一度すいません……まったくノープランなんですよ! ちゃらんぽらんな私は、今後のことなんか考えてねーですって!
えー、どうしましょう。私、ずっとここにいちゃって良いんですかね? なんか、転生者としての使命とか色々あるのかもしれませんが、ぶん投げちまって良いのでしょうか?
答えを先送りしたいところですが、嘘つきな私は彼女を安心させるために適当を言います。
「大丈夫ですよ。私はどこにも行きません。ずっと一緒です」
「お……お姉ちゃん……私たちずっと友達だよ!」
あー、えべーことになっちまいましたかね。目的もなしに異世界転生してしまったことが、ここにきて祟ってきたようです。
でもま、このままのんびり二人で暮らすのも良いかもしれません。絵なんて興味ありませんでしたが、ヴィクトリアさんと出会ってその考えも変わりました。
静かな森の中で、妖精に囲まれながら絵を描く日々……
こんな異世界転生も良いかもしれませんね。
結局、私はここでヴィクトリアさんと暮らすと決めました。
この世界の知識もだいぶ頭に入り、もう炊事洗濯掃除は完璧です。何を使い、どのように完成形に持っていけば良いのか、手に取るように分かりますよ!
そこに、私の世界の知識を加え、この世界にないものを作っちゃったりもしています。小麦と卵があるので、クッキーやケーキなんかも作れました。これでも私、異世界転生者ですよ!
わ……私輝いてる! ヴィクトリアさんも大喜びです。
「凄い! 凄い凄い凄い! やっぱり、他の世界から来たって本当なんだ!」
「うぇへへへ……」
私は自分が他の世界から来たことを明かしました。人に褒められるなんて、元いた世界では絶対にないことですよ。私しか知らない知識をひけらかすのは気分がいいですねー。
って、こんなことして調子に乗っていたら人間ダメになってしまいます!
いけません! いけません! クッキーもケーキも、生み出したのは私ではありません。私の世界にいた誰かが、必死に考え出したものなんです。
「本当は人から教わったものですよ。これは私の世界の誰かが考えたものです」
「お姉ちゃんの世界にも凄い人はいっぱいいるんだね。じゃあ、このお菓子を考えた人に感謝して、いただきまーす!」
美味しそうにクッキーを食べるヴィクトリアさん。見てるこっちがニヤニヤしてしまいますよ。
あー、数週間前まで牢獄の中にいた私が、こんなに幸せでいいんでしょうか? 汚い話かもしれませんが、これもそれもヴィクトリアさんがお金を持っているおかげですね。
彼女は天才です。だからこそ、自分の好きな絵画によってお金が舞い込んできます。
それに加えて、この子は世渡りも上手。貴族たちから大きな信頼を得て、オーダーメイドの絵を描いているのです。まさに無敵の少女と言えるでしょう。
ヴィクトリアさんは私の方をじっと見ます。そして、眩しい笑顔で笑いました。
「その服、すっごく似合ってるよ! やっぱり、女の子は綺麗な服を着ないと!」
「あ……ありがとうございます」
今、私はまっ白い絹の服を着ています。ぼろ布で大切な部分を隠していた数週間前とは違います。
髪は小川で洗って、綺麗に整えてもらいました。水風呂ですけど、灰の石鹸を使って体も綺麗になりました。
私、生きていますよ。生きているという実感を得ています。
悪くない……悪くないですよ異世界転生……
私……とっても幸せです。
テトラ「妖精って言っても種類は多数。昆虫羽のよく見るデザインはフェアリーという種類ですね」
ヴィクトリア「聖アルトリウスさまと関係する泉の精、エレインさまも妖精だよ。フェアリーが有名になったのは、やっぱりピーター・パンからかな?」