閑話16 ♡ 空に飛び立て! ♡
頭がふわふわします。哀しくて哀しくて、だけど心地良い……
今の私は正気ではないのかも。それとも、これが本当の私……?
心臓のラ・ベル……五人兄弟の長女で、ハートの紋章を授かった癒の異世界転生者。ようやく、自分の事を思い出せたかもしれません。
私とペンタクルが覚醒したことにより、聖国王とベリアル卿の表情が変わりました。
そこに一切の油断は感じられなく、私たちの異常さを理解している様子です。流石は悪魔と人類最強クラスと言ったところですね。
だからこそ、二人の対応は冷静でした。
今、何を最優先すべきか。この場をどう治めるべきか。瞬時に導きだし、行動へと移ります。
「ベリアルが引き取ったカルディア家の娘か。ハイリンヒと婚約を交わし、私たち王家に取り入ろうと企てていたようだが……さて、この治癒力はどういうことだ? 説明を貰おうか」
「ターリア姫の護衛であるモーノ・バストニ。彼と同種の存在ですよ。各種族に現れた千年に一度の逸材者たち。それらと同じくする奇跡と申しましょうか……」
私の前に立つのは聖国王。ペンタクルの前に立つのはベリアル卿。聖国最強と言える二人が、それぞれ転生者と相対します。
どうやら、ベリアル卿は国王に私の存在を話さなかったようですね。それが明るみになり、今ようやく詳細を語ったようです。
各種族に現れた千年に一度の逸材者たち。初めて聞く言葉ですが、魔王のペンタクルは知っているようです。
「奇跡か……言いえて妙だな。オークにオークロード、ドワーフに女性。更には魔女や人魚にも天才が現れた。偶然にも、この世代に重なってだ」
彼の杖に緑のリングが三つ掛かります。まるで、修行僧の持つ錫杖のように、三つのリングはクローバーの形となっていました。
錫杖のファントム、その能力は『進化』でしたか。
怨は欲の感情も兼ねており、相手から能力を奪う事に長けています。ですが、同時に相手の長所に気づき、それを成長させる事にも長けていました。
仲間を優秀な存在へと成長させ、自身は奪った能力を先へと発展させる。
まさに魔王の成せるチートでした。
「それが何を意味しているのか、貴様らにも分かっているであろう? 世界が悲鳴を上げている。正しい形へと戻るため、邪悪を滅ぼそうとしているのだ」
「なるほど……確かにそうだ。悪魔に国を売った我々は、大いなる主に見捨てられたやも知れん。だが、そんな事はどうでも良い」
ペンタクルの覚醒により、なにか異様な力が渦を巻きます。魔法とは違う別の要素。それにより、空に輝く三日月が雲に覆われてしまいました。
やがて、ポツポツと雨音が聞こえ、続けて雷の光が輝きます。雨足は徐々に強まり、ついには落雷の音が鳴り響きました。
天候を操作する力ですか……あまりにも規格外ですが、聖国王は全く動じません。
「聖国に主の意思が無いことはとうに知っておる。お前たちに神の守護が移ったとしても何の不思議もない。だが、それでも負けんよ。綺麗事で世を動かせはせん。覇者とはそういうものだ」
「皮肉なものだ。神を絶対とする貴様らに、神の意思を受けた我らが裁きを下すのだからな」
今、錫杖のファントムが杖を振り落とします。
これにより、王の間にいくつもの落雷が降り注ぎました。
「カナンの女神から奪った力だ。貴様らには勿体無い代物だろう?」
「素晴らしい。ですが、それは通らない!」
国王の他、大臣全てを狙っての攻撃。が、既にベリアル卿が全てを防いでいました。
闇の炎を放ち、遮断によって容易く逸したのです。ですが、逸れたエネルギーは周囲へと飛散。部屋の壁全てを吹き飛ばしてしまいました。
すぐに、エラとハイリンヒの前に立ち、瓦礫全てを払い除けます。二人は私の覚醒に対し、完全に置いてきぼりですね。
「と……トリシュくん……?」
「ハイリンヒとエラは私の友達……哀しみを与えたら許さない……」
私は聖国にも魔王にも組さない。この二人を逃がし、聖国の次期国王に就任させる。それが災いを払う唯一の手段でした。
ペンタクルは雷を次々に落とし、ベリアル卿へと連撃を加えていきます。それに対し、悪魔は自らを闇の炎に変え、全てを遮断していきました。
ですが、効いていないわけではありません。若干、彼が後ろに押されているのが分かります。キトロンの街でトマスから攻撃を受けていますし、恐らく遮断にも限界があるのでしょう。
「なるほど……どうやら、私も自らの存在を賭けなければならないようだ」
床に手を付け、戦闘で生じたひび割れに闇の炎を放ちます。すると、そこを辿って攻撃がペンタクルの足元から放たれました。
これは機転を利かせましたね。すぐに彼は【ジャンプ】のスキルで飛び退きますが、右足を炎に捕まれてしまいます。このチャンスをベリアル卿が逃すはずがありません。
右手を振り払い、闇の炎を一気に放ちます。しかし、ペンタクルは杖を回転させ、【障壁】のスキルで防いでしまいました。同時に、私に劣る【浄化】のスキルで右足の炎を消滅させます。
「我は魔王、消されたくなければ殺す気でこい」
「私が己の身可愛さに、その理念を曲げるとでも? 見くびってもらっては困ります。私は決して人を傷つけませんよ」
この二人は別格です。流石に他の大臣たちも手出しができません。
ですが、私にとっては好都合。二人が潰し合っている間に、ハイリンヒとエラをこの場から逃がします。
もっとも、逃げ切れればの話ですね。今、私は聖国王に見えない剣を向けられています。彼は魔王をベリアル卿に任せ、こちらに標的を定めていました。
勿論、仕留められるつもりはありません。国の派閥も政治もこりごり……一度すべてを捨てるべきなんです。
「どいて……私たちは三人でやり直すの……」
「王族にやり直しなどはない。お前が逃げようと私は一向に構わん。だが、その愚かな息子は置いていってもらおう」
この人はエラを傷つけた……哀しみを齎した……
決めました。この人を一発殴って、その隙に窓から飛び出すことにしましょう。逃げ切れますし、スッキリしますし、一石二鳥ですね。
ハイリンヒにエラを任せ、私は聖国王へと拳を振りかざします。彼は大きな体からは信じられない速度で近づき、見えない剣をこちらに叩きつけました。
私に攻撃したところで無駄。防御も回避もせず、私は切り裂かれて真っ二つになります。ですが、すぐに身体を再生させ、逆に浄化の拳を叩きつけました。
「ぐ……」
「これで丸裸……裸……? 逆……? むしろ重装備……?」
その力によって魔法効果が解除され、聖国王に装備された鎧兜が露わになります。
胴体だけではなく、腕や脚まで隅々まで固められた重騎士。顔は兜によって完全に隠れ、とても裸の王様とは言えないほどゴテゴテ装備でした。
透明化しても重さは変わりません。これらに加えて、頭身以上の大剣を振り回しているのですから驚きです。
「魔法を解除したところで攻撃は止まらん。治癒力の限界まで切り刻むまでだ」
王は巨大な剣をぶんぶん振り回し、私の身体を何度も叩きつけました。
身体は治っても痛みはあります。苦しくて涙が溢れてきますが、それでも限界を迎える気がしません。
ただ、回復と浄化のチートではこの重戦車を止める術がありませんね。重い一発を打ち付けるには、隙を作る必要がありました。
こういう時、妹のコッペリアならどうするかな……
相手が一番嫌がる部分を指摘して、その心を揺さぶる。やってみる価値はあるかも……
「自分の息子を殺すの……哀しくないの……?」
ずっと思っていたことを口にしました。
それはほんの少しの隙です。ほんの少しだけ聖国王の目が見開いたのです。
ですが、それで十分でした。
「どっらあああァァァ……!」
「がはっ……」
鉄拳パンチをぶちかまし、聖国王さまを玉座まで吹っ飛ばします。
高級そうな鎧はメコッとへこみ、ダメージは通ったことでしょう。ですが、あの体格なのですぐに復帰してしまいそうですね。
本当にチャンスは今だけです。私はハインケルの元へと走り、彼と戦っているモブ大臣をぶんなぐりました。
そして、左手で王子の手を握り、右手でエラの手を握ります。絶対に離しません。このまま窓まで突っ走ります!
「エラ……ハイリンヒ……一緒に逃げよ……?」
「はい……! 貴方に付いていきます!」
「君が何者か、僕には分からない。だけど、エラを救ってくれた君を信じるよ!」
カルポス聖国の希望を握り、私は雨の降る闇の世界へと走りました。
途中、大臣の一人が小人による一斉射撃を仕掛けてきましたが、身体能力を上昇させたので簡単に振り切ります。黄金鳥使いの大臣が磁力操作を行いますが、浄化の能力で無効化させます。
窓の目前、壮年の大臣が白い球体を私たちに叩きつけてきました。ですが、私の強化魔法を受けたハイリンヒがそれを切断します。
もう、誰にも止められません。
二つに割れた球体を抜け、私たち三人は窓の外へと飛び立ちました。
あとは、上がった身体能力で地面へと着地し、そのまま王都の外まで駆けていくだけ。私たちはあの地獄から抜け出せた……
聖国王も、悪魔ベリアルも、魔王ペンタクルも……
全て出し抜いて、私の完全勝利が決まって……
「ぐぎゃあああああァァァ……!」
突如、聞いたこともないような化け物の声が響きます。それと同時に、鋭い爪をした大きな手が私をがっしりと掴みました。
正直、何が起きたのか分かりません。ですが、それでも頭がフル回転で働きます。
恐らく、空中で巨大な何かに捕獲されたのでしょう。幸い、掴んでいるのは私だけ。すぐに右手と左手を放し、エラとハインケルを解放しました。
「二人とも逃げて……きっと、流星のコッペリアが助けてくれる……」
「そんな……トリシュさん……!」
二人は下界へと落下しますが、私の魔力を付与したので無傷で逃げ切れるでしょう。なので、今は自分の心配をした方が良さそうですね。
私を掴んだのは白と黒の鱗をしたドラゴン。王都の上空を飛び、城から飛び出した私を瞬時に捕獲したのです。
竜の上には二人の人が立ち、私をニヤニヤと見つめていました。恐らく、この二人はペンタクルの部下と見て間違いないでしょう。
「ややややっ! 一番ヤバそーな子を掴んじゃったけど、これで良かったのかなー?」
「良いんじゃなーい? あとの二人は雑魚じゃん。ほっといて問題ないっしょ」
一人は道化衣装を身に纏った青年。笛を手に持ち、頬には涙のペイントが刻まれています。
ピエロらしくポーカーフェイスですね。耳は長く尖っていて、彼がエルフという種族だと分かりました。
もう一人は魔女の衣装をした少女。ピンクと水色のパステルカラーを身に纏い、目元は大きな帽子で隠れています。
どこかで会ったような気もしますが、恐らくは気のせいでしょう。
この二人、間違いありません。
ミリヤの国を滅ぼした二人です。街の生き残りから聞いたので間違いありません。
「ラ・ベル、貴様を逃がすわけにはいかない。魔王の手に下るが良い」
リュコスとアイルロスを両手に持った魔王。ベリアル卿を振り払い、彼は私の目前で飛行していました。
まさか、国王暗殺を中断し、私を追ってここまで来るなんて……
あのまま続けていても戦いは泥沼化しますし、仲間の安全を考えればそうなりますか。一時撤退のついでに、転生者である私を捕獲するという寸法ですね。
冗談じゃない……私は空へと飛び立ったの。
ベリアル卿から離反した今、誰にもその歩みを止める事は出来ませんから。
ベリアル卿は人を傷つけない縛りで戦っています
ですが、遠慮なく戦えば強くなるかと言うとそんなに単純な事でもない
テトラと同じで、こだわりが力の源です