閑話15 ♡ 赤い狐と緑の狸 ♧
カルポス聖国、悪魔ベリアルによって作られた混沌の舞台。
百年、千年の歴史は彼の知識と策略あってのもの。人間という個々の能力が低い種族を団結させ、洗脳にも近い教育によって纏め上げました。
確かに、ベリアル卿は異世界を戦乱に巻き込み、いくつもの哀しみを齎した存在。ですが、同時に人間の地位を確立させた功績者でもあったのです。
彼の目的は人類を進化させる事。その為なら、国民全てを騙すことさえ厭いません。
大臣たちの席に呼ばれた聖剣隊の隊長、カリュオン・ロッセルさん。彼は以前と同じ大声で、王に向かって叫びます。
「信じられません……王よ! 我々聖剣隊はその命によって悪魔信仰者への弾圧を行いました! にも拘らず……! ベリアル卿が悪魔であり、国がその力を行使しているとは! 如何なる了見でしょうか!」
彼の記憶は消されましたが、キトロンに派遣された理由も悪魔狩りでした。
恐らく、この悪魔狩りという名目で邪魔者を拘束し、処刑したのでしょう。カルポス聖国が絶対的な王国であるため、余計な存在を潰すのは当然でした。
ですが、正義感の強いロッセルさんは納得できません。彼を黙らすため、国王は威圧するかのように言い捨てます。
「そのままの意味だ。これこそが聖国の成り立ち。聞き分けたまえ」
「し……しかし……!」
「ロッセルくん、君にも家族がいるだろう。聞き分けたまえ……」
異議、申し立ては聞き入れません。
この場にいるのは聖国の大臣たち。彼らから放たれる殺気に対し、ロッセルさんは愕然と肩を落とします。
国に逆らえば破滅。自分が良くとも、家族の命までもが奪われる。
テトラさんがキトロンで指摘した『楽ですよね。国の人形になるのは……』という言葉。あの時点で、彼女は真意を読み取っていました。
国王から明かされた真実を聞き、ペンタクルさんは戦闘を中断します。
ベリアル卿が時間稼ぎをしていると気づいたのでしょう。彼を無視し、国王に対して杖を向けます。
「リュコス、アイルロス。喜べ、正義は俺たちにある」
「なるほど……では我々に正義は無いと? 人間という弱い種族を纏め、ここまでの大国を維持し続けた。体制が変われば、間違いなく国は崩壊する。その事実に対し、お前は全てを切って捨てれるのかね?」
王から返される正論。自分は独裁者などではなく、国民が求めるからこそ確固たる王である。
ベリアル卿によって立てられ、人々に安堵と希望を与えるために力を手にした。即ち客寄せパンダ、裸の王様も同然です。
それでも彼はカルポス聖国の王。守らなければならない理由があります。
「国の為に! 民の為に! ひいては人間の為に! もはや後には退けんのだ!」
王は透明化の魔法を解除し、視認可能となった大剣を掲げます。その大きさは等身以上で、彼の力が破格だという事が分かりました。
今のは攻撃開始の合図、瞬時に理解したベリアル卿が指を鳴らします。同時に、大臣たちを守っていた闇の炎が解除され、その化物たちが野に放たれる事となりました。
『正義なんて時代や場所によって異なる。正しさなんてどこにもなく、全ては人が定めた倫理にすぎない』
『正義などと言うものは、大多数の承認によって成り立つものです。何者にも認知されていないそれは、正義などではなく単なる独善です』
前者はキトロンの街でシャルルさんが、後者は王都でベリアル卿が言った言葉です。聖国にも確かな正義があり、非道な行いにも理由があります。そして、聖国民からは絶対的な承認を得ていました。
だからこそ、王も大臣たちも真剣です。本気で国や人間という種族を守るため、魔王を滅ぼそうと武器をかざしました。
これで、ペンタクルさんも分かったはずです。王や大臣を殺しても聖国が止まることはない……
ベリアル卿が積み上げた思想。それは争いを望むもの。
暗殺による革命も、平和解決も不可能だったのです。
「諦めろアイルロス! ここからは全面戦争だッ!」
「フニャー……御意ニャ!」
恐らく、戦争に反対していた精霊のアイルロスさん。魔王の言葉を受け、渋々ながらも同意します。
これから始まるのは正義と正義の戦い。最悪ですね。全てベリアル卿の思い通りではないですか……
恐らくSランク冒険者をも凌ぐ武闘派の大臣たち。今、彼らによる一斉攻撃が開始されました。
「うんとこどっこいしょォォォ……!」
「エラさん! 私の後ろに!」
最初に動いたのは白い髭を携えた老年の男性。彼は床に手を当て、そこから真っ白いモーニングスターを引き抜きました。
モーニングスター、つまり棘付き球体の鈍器です。恐らく錬金術によって作ったと思われますが、その大きさが尋常ではない!
2メートルはある巨大な球体が、ペンタクルさんへと叩きつけられます。
「実力は中々……しかしこの人数は異常かッ……!」
すぐに【硬化】のスキルによって受け止めました。彼は中々と言っていますが、異世界ではトップクラスの実力者でしょう。
さらに、これは一人の攻撃にすぎません。続いて、赤いスカーフを巻いた貴族の男。彼はバイオリンを取り出し、それを奏で始めます。
「やあ皆さん。僕は遊んでばかりのダメ人間。仲間からはキリギリスと呼ばれているんだ」
「こいつは魔獣使いニャ……! 聖国では弾圧対象ニャのに!」
アイルロスさんの声により、この部屋全てが魔獣によって包囲されてると気づきました。
忍び寄るのは何千、何万にも及ぶ蟻の大群! それらは真っ黒い影のように、魔王の仲間へと襲いかかります。
すぐにアイルロスさんが斬り払いますが、数が尋常ではありません。巻き込まれたら堪ったものではないので、私はエラさんと共に下りました。
「これは戦争です。身の安全を考えましょう!」
「ですが、ハイリンヒ様が……ハイリンヒ様も襲われています!」
魔獣使いによって使役される蟻の大群。それらは魔王たちだけではなく、王子であるハイリンヒさんにも牙を向きました。
どうやら、邪魔な王子もここで始末するというわけですか。エラさんを守るべきですが、王子への強化も気が抜けない……
カエルの身体能力と私の強化を受け、王子は蟻の軍勢を逃げ交わします。ですが、更なる大臣の参入がそれを許しません。
「私に地位を授けてくださった王よ。今、黄金鳥が不届き者共を始末してご覧上げます!」
質素な服を着た若い大臣。彼は肩に金色のガチョウを乗せ、その体を撫でます。すると、ガチョウはバチッと電気を発し、周囲の物へと影響を及ぼしました。
なんと、ハイリンヒ王子や獣王のリュコスさんを磁石のように引き寄せたのです。あの金色ガチョウ、鑑定スキルで見るに精霊です!
「しまった! 精霊サンダーバードか……!」
「よくやった。獣王はここで葬るとしよう」
前に出たのは聖国王。彼は再び剣を透明化し、引き寄せられるリュコスさんへと先回りしました。
不味い……リュコスさんが殺されればベリアル卿の理想通りです。ペンタクルさんにこれ以上の『怨み』を与えるのは危険すぎます!
ですが、引き寄せられているのはハイリンヒ王子も同じ。彼を狙うのは赤い服を着た片眼鏡の男。いかにも大臣といった風貌で、ステータスも王に次いで高いようです。
男の肩やポケットの中から顔を出したのは小人族! 彼らは軍隊のように一糸乱れぬ動きをし、一斉に魔法を詠唱します。
「標準確認! 全員撃てェェェ!」
「ハイリンヒさま……!」
瞬時に強化魔法を強め、王子の防御力を上昇させました。ですが、それを知らないエラさんが、小人たちの前に飛び出してしまいます。
加えて、引き寄せられたリュコスさんに対し、聖国王は見えない剣を振り落としました。全てが同時、至る所で絶望的な状況。
異世界転生者の力を持ってしても……最強のチート能力を行使しても……
全て同時に防ぐことは出来ません。
「エラ……!」
「エラさん……」
小人を部下に置く大臣。その一斉射撃により、エラさんのドレスが真っ赤に染まりました。
まるで、マシンガンに撃たれたようです。か弱い唯のお姫さまが何でこんな事に……
酷い……酷い……酷い……
ハイリンヒ王子は少女を抱き、呆然とした様子で膝を落とします。私も哀しくて哀しくて、頭が真っ白になりました。
こんな正義があるものか……この哀しみを齎したのはダレ……?
また、後ろでも悲しい声がしました。
見えない剣が、一人の少年を叩き潰したのです。
「リュコス……!」
「くっ……やむを得ないか……!」
聖国王によって葬られるリュコスさん。アイルロスさんは絶望しますが、魔王のペンタクルさんは冷静さを崩しませんでした。
ですが、彼から尋常ではないほどの『怨み』を感じます。仲間を侮辱され、葬られた怨み……その感情こそが彼の原動力でしょう。
杖を回転させ、大臣から放たれるモーニングスターを吹っ飛ばします。そして、【闇魔法】のスキルによって敵を飲み込み、さらに【眷属化】のスキルによって他大臣から蟻のコントロールを奪いました。
蟻に対し【肉体強化】のスキルを使用し、彼らを全大臣に向かって放ちます。相手も強者、時間稼ぎにしかなりません。ですが、それで十分。
私も、彼も本気です……
哀しみを……怨みを……
ここで全部解き放つ……
「心臓の……ラ・ベル……」
「錫杖の……ファントム……!」
今、王宮に赤いハートと緑のクローバーが舞います。
花弁と葉。二色のエフェクトが蝋燭のように照らし、この絶望的な夜を彩りました。
やっぱり、ファントムくんの瞳にはクローバーのマークが見える……私と違って、本来の力を完全に使いこなしてるみたい。生意気……
まあ、いいか。今は哀しみを晴らさないとダメ……すぐにハートの花びらを操り、エラさんとリュコスさんを全快させます。
「うん……これで大丈夫……良かった……」
「女狐の姉上が、こんなところで何をしている? 我が配下を完治させた意図。説明を貰いたい」
「そっちが勝手に来たくせに……私は巻き込まれただけ……末っ子の喧嘩に付き合いたくない……」
魔王気取りの生意気な弟……どうせ、盗んだ【治癒魔法】のスキルで癒すつもりだったんでしょう。私の方が後遺症なく、完治できるから手を出さないでほしい……
狸みたいに人を化かす奇術師。人を怨み、嫉妬心でほしい能力を奪う嫌な奴。こいつと共闘するなら、うるさい妹や沸点の低い兄、テンションの高い長兄の方がマシかも……
こっちは哀しい気分なのに、あいつの部下が馴れ馴れしく近づいてきた。変な猫……
「ニャハハ! 御嬢さん、リュコスの治癒をありがとうニャ。まさか、魔王様の姉上で…………ニ゛ァフ……!」
パーンチ。みぞおちしたみたい。
「ニャ……ニャぜ……?」
「丁度殴りやすい場所にいたから……」
「や……ヤベー奴ニャ……」
どうして世界は平和にならないんだろ……どうして世界は哀しいんだろ……
勝手に戦争に巻き込んで……勝手に私の友達を傷つけて……
晴らさないと……あいつの怨みごと全てを……
どうせ、もう私はここに戻れないから……
今回出てきた名無し大臣は、モブですがSランク冒険者以上です。
魔王も内心、「雑魚狩りに来たのに何だこいつら。ふざけんな死ね!」と思ってます