閑話14 敵vs敵
どうやら私は……いえ、私たちは見誤っていたようです。
小太りでだらしなく、娘に惚気てばかりの聖国王。そんな普段の姿からは想像がつかないほど、今の彼は冷酷でした。
決して椅子から立ち上がらず、王は少年を威圧します。亜人という存在に対し、一切の同情はないといった様子でした。
「お前が獣王リュコスだな。私の娘と変わらず、まだ若いのに大したものだ。どうだ? 先代の獣王は元気にやっているかね?」
「誰のせいで……誰のせいで……!」
見え透いた挑発です。ですが、父親の敵を前にしたリュコスさんは冷静さを失っていました。
彼も強いですが、聖国王と比べて若すぎます。年季の違いでしょうか、ステータスでは勝っているのにも拘らず手玉に取られていますね。
加えて、リュコスさんは見えない剣によって一撃を受けています。勝てる見込みはないと言っていいでしょう。
当然、魔王であるペンタクルさんが支援へと向かいます。ですが、ベリアル卿の炎がそれを阻みました。
「またこの風変わりな炎か。触れることも通り抜けることも出来ない遮断のエネルギー……」
「私の得意とする闇の炎ですよ。これは闇と炎、両方の性質を持ちます。闇とはこの世で最も優しい現象。光や火とは違い、決して人を傷つけません」
闇が優しいですか。確かに、科学的に見れば無害な存在ですね。
赤髪の悪魔、彼が扱う炎は真っ黒です。キトロンの街でも、彼はこの力でトマスさんたちを閉じ込めました。
遮断と束縛効果を持つ闇の炎。絶対に人を傷つけないという彼の意思が、あの能力を作り出しているのでしょう。
まるで演劇をするかのように、ベリアル卿は楽しげに語っています。この身振り手振りと共に会話する姿……やはり、四番のテトラさんとそっくりです。
「闇は光の無い状態。影とならない状態で闇を発生させるには、空間を切り離す以外にありません。ですから、私の闇の炎はあらゆる物を遮断します。加えて、炎のように燃焼という動きを見せる……矛盾しているでしょう? それをご理解した上で、私との戦闘をお楽しみください」
光あるところに闇は存在しません。それを可能にするには別の空間を作るしかない。結果、闇が遮断能力として機能するわけですか。
丁寧にお辞儀をし、彼は黒い炎でペンタクルさんの周囲を燃え上がらせます。ですが、空中に炎を維持するのは不可能。魔王は空中へと飛び、炎による遮断を容易く突破してしまいました。
「自ら手の内を晒すとは……貴様、俺をなめているのか?」
「申し訳ございません。これこそが私のスタイルですので……この対話により、私が主導権を握ったのではないでしょうか」
「食えない奴だ」
ペースを掴んだのはベリアル卿。彼に噛みついたら負けですよ。勝手に言わせておけばいいんです。
しかし、これは所謂『敵vs敵』って奴でしょうか。ベリアル卿は言わずもがな、ペンタクルさんも私にとって敵です。
女神を刺したことは不快に思いますし、ミリヤ国を滅ぼしたことも許せません。今だって、王宮に攻め入って多くの人を殺しています。とても、それが正しい行為とは思えませんでした。
魔王ペンタクルさんは『技』の異世界転生者。倒した相手のステータスやスキルを奪うとモーノさんから聞いています。
聖国の人たちは彼のことを奇術師と呼んでいました。確かに、奪ったスキルを駆使する姿は奇術師に映るかもしれません。
ペンタクルさんは【飛行】スキルによって宙を舞い、【斬撃】のスキルによってシャンデリアの根元を切り裂きます。それにより、豪華なシャンデリアをベリアル卿の頭上へと落下させました。
ですが、悪魔は笑みを崩しません。すぐに右腕を闇の炎に変え、遮断によってシャンデリアを逸らします。大きな音を立て、それは床に叩きつけられました。
ただ、不気味に笑い続けるベリアル卿。両腕を広げ、その両方を闇の炎へと変えます。そして、まるで抱擁するかのようにペンタクルさんを包み込もうとしました。
【危険予知】のスキルで攻撃を予測し、【瞬間移動】のスキルで瞬時に回避。姿を完全に消した後、ノーモーションでベリアル卿の背後に現れます。
【気配遮断】のスキルで気配を消していますが、相手は人ではない化物。当然、後ろに立たれていることもお見通しでしょう。
それでも、敵は回避の動きを見せません。かまわず、【棒術】のスキルによって杖を振り払うペンタクルさん。この攻撃によって、ベリアル卿は炎となって分散されます。
「おやおや、あちらの戦闘が気になりますか。元をたどれば、貴方の無茶な計画が招いた結果。誰も失わず、一つの犠牲もなく成し遂げられるとでも思いましたか? それは、魔王故の傲慢でしょう」
「敵に説教とは、余裕なものだな」
魔王は【光魔法】のスキルによって、分散した闇の炎を滅ぼしました。ですが無駄。僅かに残った炎は再び燃え上がり、ベリアル卿の姿とへと戻ってしまいます。
右手を前に出し、再びお辞儀をする聖国大臣。以前として、彼は挑発行為に余念がありません。
確かに、この二人の戦いは気になります。ですが、どうせベリアル卿は決着をつける気など更々ないでしょう。
ベリアル卿にとって魔王は戦争へのトリガー。ここで殺されてしまうのは望ましくない。
彼の狙いは獣王リュコスさんです。その死によって、ペンタクルさんが激昂するのは確実。聖国と魔族との戦争を誘発するにはいい材料ですから。
重要なのは聖国王側の戦いでした。
私は視線をもう一つの戦いへと向けます。すると、そこでは大きな動きが見られました。
ハイリンヒ王子が精霊アイルロスを退け、聖国王の前に立っていたのです。彼は獣王リュコスさんとの間に入り、戦いの制止を訴えかけました。
「父上、お止め下さい! 獣王である彼を殺せば、獣族との国交は断絶されたも同然。それでは永遠に和解の道は開かれません!」
「城に攻め込まれ、兵を殺された今。その言葉は愚かな戯言とは思わぬか。故にお前は国王として不相応極まりないのだ」
次期国王になる息子に対し、『不相応』と聖国王は言い放ちました。
それは、まだまだ未熟という意味でしょうか。それとも、別の選択肢があるという事なのでしょうか。前者ならば父親としての愛情。後者ならば息子を切り捨てる事になるでしょう。
真意を探るため、ハイリンヒ王子は苦笑いをしながら問います。
「不相応ですか。僕以外に誰が王になるというのですか」
「ターリアがいる」
「冗談でしょう? 彼女は女性ですよ」
「お前と違ってよく出来た娘だ。優れた魔力を持ち、敵に容赦なく、何より聖国の意思に忠実。将来が楽しみだとは思わんかね?」
ターリア姫が聖国王……? 我ままで、用心深く、興味のないものに辛辣。魔法の天才で、自分が正義と疑わず、立場が低いと分かった者を見下す。
こうして考えると嫌な子ですね……確かに、聖国に相応しい逸材なのかもしれません。
ただ単に、聖国王が娘に惚気ているというわけではなさそうですね。今のカルポス聖国の形態を維持するためには、ハイリンヒ王子よりターリア姫が相応しい。それは紛れもない事実でした。
父の真意を聞き、王子は深く俯きます。ですが、その表情からは覚悟が感じられました。
「そうですか……だから、僕をカエルに変えて追放したんですね……? 魔法の才能がなく、剣の技術も進歩しない僕の存在は、この国にとって邪魔者でしかなかったから」
彼の言葉に驚いたのはリュコスさんとアイルロスさん。大臣たちの大半は表情を変えず、邪魔者扱いするかのように王子を睨みました。
国王はため息をつきます。実の息子を切り捨てたのも、全てはカルポス聖国という大国のため。力が物を言う絶対的な王制を維持するためでした。
「国を守り、国民の意を組むためだ。しかしお前は呪いを支配し、戻ってきた」
「僕を助けたのは、貴方から下等と教わったエルフの皆でしたよ。その時決めた。この聖国を変えると!」
確かに、ハイリンヒ王子は聖国に対して不信感を抱いていました。ですが、よりにもよってそのフラグを今回収しますか! 正義感というものは本当に厄介ですね。
が、これは上手いかもしれません。ベリアル卿の目的は獣王の死。今、戦闘の制止を訴えかける王子の行動はその策略を潰しにかかっています。
加えて、私は聖国にも魔王にも組するつもりはありません。決まりですね。
これより、私はハイリンヒ王子を全力でサポートします。
第三勢力として二人で掻き乱してやりましょう。
厄介なベリアル卿とペンタクルさんは戦闘に集中しています。この隙に、私は王子に対して強化魔法を発動しました。
妥協はありません。今の私が出来る最強の強化魔法ですよ。
さあ、私の分身に驚くことです。今の彼は転生者並に強いですから。
「父上! 獣王リュコス! 僕は君たち二人を止める!」
王子の言葉を無視し、リュコスさんは聖国王の元へと走り出します。対し、国王も椅子から立ち上がり、目に見えない大剣を掲げました。
無駄ですよ。今のハイリンヒ王子は、戯言を現実に出来る力があります。彼は呪いの力を解き放ち、自身の姿をカエルへと変えました。
そして、変化した後足を使って跳躍し、リュコスさんを思いっきり蹴り飛ばします。そのあまりのスピードに、手負いの獣人はまったく対抗できませんでした。
「なっ……何だこのスピードは……!?」
「力が溢れる……聖アウトリウスよ。僕に力を!」
残念ですが、その力は聖アウトリウスさまの力ではありません。世界の法に背く正真正銘のチートです。
飛ばされたリュコスさんをすぐにアイルロスさんが受け止めました。王子が突然パワーアップしたことに対し、長い時を生きた精霊も開いた口が塞がりません。
「ニャニャニャ!? 聖アウトリウスの奇跡かニャ!? 正しい意志にきっと力を貸しているんだニャ!」
「奇跡……くだらん! たまたま、呪いの力が暴走しているだけだ! 神も救世主も救済など与えん! 人を支配するのは人だけだ!」
聖国王から放たれた言葉に対し、一部の大臣は呆然としていました。
聖アウトリウス教の教えによって動かされていたカルポス聖国。その中心たる聖国王から放たれた『神も救世主も救わない』という言葉……
もう確実ですよ。この聖国は聖アウトリウス教を出汁に、国民を支配しているだけです。上層部は神の意思なんて信じていませんし、宗教観は全て作り出された物でした。
聖国王は見えない大剣を手に、リュコスさんとアイルロスさんに迫ります。ですが、私の力を受けたハイリンヒ王子が彼の剣を止めました。
「父上……! 貴方はあの大臣に……ベリアル・ファウストに利用されているだけです! 彼が齎すものは国の繁栄などではありません! ただ、戦乱を引き起こしているだけです!」
「違う! 奴は確実に繁栄を齎した! いい機会だ……お前が国王に成ろうとも、成らずとも! ここで事実を知るべきだろうな! 魔王も、新たな大臣も! 心して聞くが良い!」
見えない剣が強化されたハイリンヒ王子を押し飛ばします。なっ……何て力ですか! 転生者のチートに迫る実力者がこんなにも身近にいたとは……
国王は剣を床に付き差し、王子と同じように覚悟の表情を見せます。そして、私たちが予想としていない衝撃の言葉を放ちました。
「このカルポス聖国は! そこにいる悪魔ベリアルの力を持ってして繁栄した国だ! その誕生から、今のバシレウス7世から全て! 奴のサポートなくしては成立しなかったのだ!」
聖国は黒でした。
利用されていたのではありません。都合よく作られた訳でもありません。
何から何まで完全に黒だったのです。
国王は全て知っていました。恐らく、上位の大臣も知っていたでしょう。
だからこそ、彼らは闇の炎に阻まれた状態で動かなかった。武器を構えつつも、今の戦いを催し物程度としてしか見ていなかったのです。
自分たちには悪魔の力がある。だから負けるはずがない。
そんな大臣たちの闇に対し、悪魔ベリアルは楽しそうに笑うだけでした。
ロッセル隊長「私は知らなかったんだが……」