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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
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閑話12 襲撃


 こんな世界、本当はどうなっても良かった。


 ただ、二度目の人生を幸福に生きたいだけ。転生者としての使命なんて興味ありません。

 巻き込んでほしくなかったんです。ですが、自分だけが取り残されるのも気に入らない。なにより、私はベリアル卿への執着に取り込まれていました。

 彼の策略を妨害した時、言い知れぬ昂揚感を得ます。心臓が大きく鼓動し、もっと邪魔してやりたいと感じました。


 この感情は世界を守りたいという願い……? ベリアル卿がもたらした災厄が、私の中にある『哀』の感情を揺さぶったんでしょうか?

 哀しみで心臓がはち切れそうになります。ですが、私に哀を齎す彼が愛おしい……

 私は哀しみの感情に愉悦を感じていました。それも当然です。なぜら、この感情こそが本当の私……


 三番長女、癒の異世界転生者。

 『哀』の感情から生まれたハート。本当の名前は心臓のラ・ベルです。













 今日はベリアル卿のお付として、王都ポルトカリまで来ています。

 先日の事件でゲルダさんが消え、スピルさんは謹慎処分なので呼ばれたのでしょう。これでも私は客人なんですが、更生としてのお手伝いも仕方ありません。

 相変わらず王都は賑やかで正直苦手です。もっと静かなところでのんびりしたいものですよ。私はスピルさんやテトラさんと違って、催しは大嫌いですからね。


 王宮へと入り、ベリアル卿は国王や他大臣たちとの会議に出席します。

 部外者に聞かれてはいけない内容なので、私は別室で待ちぼうけ。正直暇でした。

 しかもこの会議、無駄に長くて仕方ありません。私をこんな部屋にぶち込んで、適当なお菓子を与えて放置なんて酷すぎますよ。

 日が沈み、いい加減にしろと思った時でした。誰かが部屋の扉をノックします。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 入った来たのは肩だしドレスのお姫さま。王子、ハイリンヒ・バシレウスさんの婚約者であるエラ・サンドリオンさんでした。

 彼女とは一度、お茶会を共にしています。いえ、私が転生する前に何度か接触していますね。

 最も、その時の私は悪役令嬢。完全にギスギスの関係でしたが、今は和解しています。そんな彼女がなぜこの場所に?


「エラさん、こんばんは。どうしたんですか?」

「ハイリンヒさまが会議中ですから、遊びに来てしまいました」


 遊びに来ちゃいましたとは……貴方、一応姫でしょ……

 スケジュールにうるさい彼女ですが、王子が会議中なので暇な様子。私がここに来ていることを知り、会いに来たのでしょう。

 正直、気まずいですね。転生前のトリシュ・カルディアはエラさんに酷いことをしています。加えて、特に話すこともないので会話に困りますよ。


「結婚の準備はしなくて良いのでしょうか。ずっと、サンドリオンを名乗るわけにもいかないでしょう」

「今は魔王の件で混乱していますから、結婚は当分先ですね。恐らく、ハイリンヒさまが王になった時でしょう」


 なるほど、彼女も色々と大変ですね。悪役令嬢として王子を奪おうとした私ですが、正直王族になるのは面倒でした。

 エラさんは乙女ゲーの主人公のような人ですが、実際は違います。このカルポス聖国は軍事国家、政略によって満足に惚気ることも出来ないでしょう。

 婚約破棄されて良かったですね。正直、ハイリンヒ王子にも興味はありませんでした。

 ですが、彼女は私が転生者として生まれ変わったことを知りません。いまだに執着していると思っているのか、こんな事を聞いてきます。


「トリシュさんは、まだハイリンヒさまの事が好きなんでしょうか……? 私が貴方の婚約を邪魔して……」

「勘違いしないでください。私が狙っていたのは王族の席。王子に恋愛感情なんて持ち合わせていません」


 ばっさり斬ります。正直、王族にも興味ありませんが、こう話すのが一番楽でしょう。

 転生前のことは知りませんし、触れたくもありません。今の私は転生者としてのトリシュ・カルディア、政治に巻き込まれるのは真っ平ごめんですよ。


「今はベリアル卿の下について満足しています。過去の事は私の黒歴史であり、王族への執着もありませんから」

「やっぱり恋は人を変えますね。ベリアル卿とお似合いだと思いますよ」


 は……? 何言ってんだこのメスガキ。

 私はベリアル卿のことが大嫌いです。彼の全てを否定します。だから、邪魔してやりたいんです!

 体が熱くなり、心臓が高鳴りました。変なことを言われたので、何だかおかしくなってしまいましたよ。


「あ……あの人はそんなんじゃ……!」

「顔赤いですけど」

「うるさい! うるさい!」


 私は敵対者に憧れを抱いてしまったようです。ですが、だからと言ってベリアル卿側に組するわけではありません。

 この感情は彼に苦痛を与える事によって得られるもの。歪みきった真っ黒な感情でした。


 ですが、それで良いんです。

 あの男を困らせる。それが私の異世界無双ですから……



 二人で話していると、部屋の外が騒がしい事に気づきます。

 既に日は沈み、外は真っ暗闇の中。こんな時間に使用人たちは何をしているんでしょうか。

 声は徐々に増え、雄叫びや悲鳴まで聞こえてきます。物を落とし、何かが割れ、果ては武器の衝突音まで聞こえてくる始末。

 明らかに異常でした。城に何かが起きたのは確実です。


「エラさん、様子がおかしいです。この部屋に待機して……」

「ハイリンヒさま……!」


 乙女ゲーであろうと何だろうと、主人公は問題ごとに突っ走る傾向があります。それがたとえ危険な行動であっても、彼らは気にも止めません。

 無力な癖に首を突っ込みたがる。今のエラさんがまさにそれでした。

 このまま彼女に死なれたら夢見も悪いでしょう。私には誰にも負けない回復魔法がある。この城に何が起きようとも、絶対に切り抜けられる自信がありました。

 だからこそ、部屋を飛び出すエラさんを追います。そして、その右手をがっしりと掴みました。


「緊急時に勝手な行動を取らないでください。貴方は姫でしょう? 安全な場所に隠れているべきです」

「あ! 猫です!」

「話を逸らさないで……」


 呆れながらも、彼女が指さす方を見ます。そこに居たのは本当に猫でした。

 マスケット帽をかぶった二足歩行の猫。赤いマントを羽織り、手にはサーベルが握られています。明らかに、この国に存在する種族ではありませんでした。

 ですが現状、彼の風貌なんてどうでも良いですね。問題なのはあの猫がこの城に何を及ぼしたかです。


「あの猫さん……何をして……」

「見ないでください!」


 私はエラさんを抱き寄せ、その視界を隠します。瞬間、マントの猫はサーベールを振り払い、背後から襲う二人の兵士を斬りつけました。

 脳天を一閃。兵士二人が倒れるの同時に、周囲に鮮血が飛散します。

 眼にも止まらない早業。敵に痛みすらも与えず、確実に即死させる驚異の剣技でした。

 先ほど部屋の外で聞こえた悲鳴は、あの猫によって葬られた兵士の声ですか。既に何戦か交えたようで、彼の身体は返り血によって汚れています。

 ファンシーな見た目とは裏腹に、かなりの強者であることは確実。ですが、何でこの城に……


「エラさん、逃げますよ。この城は不味い……何か異常なことが起きています」

「でも、ハイリンヒさまが! きっと革命ですよ……ハイリンヒさまのお命が奪われてしまいます!」


 だとしても、貴方に何が出来るって言うんですか……

 ほら、見てください。さっきの猫がこちらに気づきましたよ。今は自分の身を心配すべき時です。

 私は肉体強化魔法を自らにかけ、敵に向かって拳を構えました。さて、エラさんを庇いながらどこまで戦えますか……


「貴方、何者ですか?」

「ニャハハ、これは失礼したニャ。吾輩は精霊、ケットシーのアイルロスと申す者ニャア。お嬢様がた、この城は危険ニャ。すぐに脱出するべきだニャア」


 血染めの猫、アイルロスさんは髭を弾き、ダンディーな声でそう言います。

 この城は危険って……その危険は貴方が及ぼしたのでしょう? 何人もの兵士を殺しておいて、随分と客観的に物を語るじゃありませんか。

 彼の目的は分かりませんが、敵陣に単身で突っ込む度胸は大したものです。できれば、ここで手合わせはしたくありませんね。

 正直、この城がどうなろうと知ったことではありませんし、今はエラさんも居ます。お言葉に甘えて、ここは避難を最優先しましょうか。


「エラさん、敵もそう言ってます。自分の身を守る事を考え……」

「エラ妃殿下! お下がりください……!」

「この化物は我々が始末します! ご安心を!」


 私が逃げを考えた時でした。増援の兵士たちが到着し、一斉にアイルロスさんを取り囲みます。

 城の廊下は決して広くなく、あの猫は袋のネズミといったところ。私はエラさんの手を引き、強化された身体能力によってその場を離れました。

 前線で戦う騎士団とは違い、城の兵士たちはあまり強くありません。ですが、流石にあの人数で取り囲めばワンチャンあるかもしれませんね。


「薄汚い精霊め……覚悟ォォォ!」

「剣を向けたという事は、死ぬ覚悟があっての事と見受けられたニャ。では、せめて安らかに逝くニャ!」


 が、無駄。可能性など微塵もなく、兵士たちは次々に斬り捨てられます。

 あの猫が言うように、すぐにこの場を離れるべきでしょう。これ以上、エラさんを危険な目に合わせるわけにはいきません。

 ですが、私は行動を躊躇します。

 確かに、アイルロスさんは私たちに逃げるように言いました。ですが、もう一人の侵入者がそう考えているとは限らなかったからです。


「アイルロスさん、流石にこの人数は苦戦していますね。迅速に済まさなければ、王に逃げられてしまいますよ」

「ニャハハ、すまないニャ。吾輩は剣しか使えないからニャア。一人ずつ始末するしかないニャ」


 警戒する私を無視し、犬のように尖った耳の少年が兵士の前に立ちます。その風貌から見るに、獣人族だという事が分かりました。

 彼は牙を光らせ、兵士の一人に勢いよく噛みつきます。そして、そのまま肉を食いちぎりつつ、城の壁に彼を叩きつけました。

 小柄な体でなんて力ですか……少年はペロリと血を舐め、意地糞悪く笑います。やがて、そんな彼の身体に変化が訪れました。


「さあ、狼が来たぞー! 逃げろ逃げろ!」

「こいつも……化物か……!」


 私は彼と似た少女を知っています……

 名前はメイジー・ブランシェット。モーノパーティーの一人で、狼の獣人へと変身する力を持っています。実際、キトロンの街で接触したことがありました。

 あの少年もまったく同じですね。全身から毛が生え、牙と爪も鋭くなっていきます。可愛らしい見た目ですが、間違いなく狼の獣人でした。


「獣王リュコス。亡き先代の獣王、御父上の敵を取りに来たぞ!」

「吾輩ら二人。魔王ペンタクルさまの命にて、このカルポス聖国を落としに来たニャ!」


 獣人のリュコスさん、精霊のアイルロスさん。

 魔王の飼い犬と飼い猫。その二人が今日、少数精鋭でこの王宮へと攻め入りました。

 嫌な予感がします……この二人だけで終わる気がしません……

 私の中にある転生者の血が騒ぎます。因果が私を呼び、運命の時が近いことを暗示させます。


 まさか、ここに来るというのですか……

 五番、『技』の異世界転生者。魔王ペンタクル・スパシさんが……


閑話が本編(二度目)

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