131 どこかで何かが動いたようです
シルバードさんと人魚の女性、二人は両陣営についての情報を交換します。何やら難しい話しもしていて、正直に私には分からないことだらけでした。
ですが、状況が宜しくないことは分かります。ミリヤ国の一件以外でも、聖国と亜人たちの衝突は繰り返されている状況。もう、膨らんだ風船は破裂一歩手前でした。
そういえば、ベリアル卿はヴィクトリアさんを利用し、聖国と妖精の関係悪化を狙っていましたね。恐らく、あのような事を何度も繰り返していたんでしょう。
「聖国はベリアル卿という大臣によって支配されています。彼は悪魔です。国民たちに聖アウトリウス教こそが正義だと広め、人間至上主義を推し進めているんです」
「それは世界を支配するためですか?」
「いえ、それなら可愛いものですよ。ベリアル卿の目的は戦争による人類の進化です。闘争させることによって、人類を高みに上らせようとしているんです。彼は人が好きですから」
この事実を多くの人に広めるんです。各種族のトップに、世界を動かす権力者たちに! それがベリアル卿の野望を止める一つの手段です。
情報を交換し、人魚の王や魔王に伝えましょう。分かってしまえば、聖国の歪みに気づくはずです。一つの思想によって、国民全員が洗脳状態というこの異常事態に……
いえ、洗脳ではありませんね。ベリアル卿は何百、何千年と権力を持ち、何世代も聖アウトリウス教の思想を広めていたんです。これはもう、根っこまで浸透したお国柄と言っても過言ではありません。
「現状、ベリアル卿を止める手段はありません。彼は悪事を働かず、間接的に人を歪めて災厄を齎しています。私たちが気づき、変わらなければ歴史は繰り返されますよ!」
「気づき、変わる事ですか……分かりました。王に伝え、やがては魔王の耳にも入れます」
「協力、感謝します」
少しずつ広がる悪魔への包囲網。モーノさんやジルさんも私と同じことをしているでしょう。
ベリアル卿は亜人たちを結託させ、カルポス聖国という大国にぶつけようと考えています。ですが、これは諸刃の剣。種族たちが結託したという事は、それぞれの情報が共有されるという事ですよ。
もし、魔王サイドことクレアス連合国に彼の目論見を伝えたのなら、どうなると思いますか? 全てのヘイトがベリアル卿、貴方に向かったらどう対処するつもりですか?
楽しみですよ……
大戦へと発展する前に、貴方をこの世界から追放してやりますから。
密会を終え、シルバードさん率いるフラウラ冒険者ギルドの方向性は決まりました。
絶対に国へ戦力を送るような真似はしません。もし、それを強制されたのなら、気づかれないように手を抜くことを約束しました。
これで魔王や聖国の手が止まるとは思えませんが、その場凌ぎにはなるでしょう。少なくとも、私の周りの人への被害は減るはずです。
錨を上げ、岸へと戻る準備をするシルバードさんとバートさん。私も手伝おうと思った時でした。
突然、スノウさんが人魚さんに向かって頭を下げます。彼女には言うべきことがあったんでしたね。その責務から逃れるつもりはないようです。
「私はスノウ・シュネーヴァイス。貴方がたの敵であるミリヤ国女王の娘です」
「そうですか……貴方が……」
ついに言っちまいましたねー。まあ、それを言いに彼女はここに来たんですから当然ですけども。
緊迫する空気、制止する世界。大罪人の娘を名乗ったんですから、当然罵られる覚悟もしてきたでしょう。
ですが、人魚のお姉さんは笑顔を返します。そこに怨み憎しみの感情はありませんでした。
「出会えて光栄です。母の罪を貴方が背負う必要はありません。今は出会えませんが、妹のセイレン姫もきっとそう言うと思います」
「は……はい!」
こうして、大海原への旅は終わりを告げます。直接人魚の王と会ったわけではありませんが、それでもスノウさんは救われたことでしょう。
何事もなくて私もホッとしました。魔王さんの城へと連れられたセイレン姫も無事だと良いですね。
これにて、急に決まった旅は終了です。
陸に戻り、再び船を洞窟内部へと隠しました。あとは行きと同じ道でフラウラに帰るだけですね。
何だかんだで楽しかったですが、ここでまた一つの起点が訪れます。元盗賊のバートさんが、ついに夢への一歩を踏み出しました。
「悪いが、ここでお別れだな。冒険者としての地盤は築いた。港町を起点に、船乗りとして活動したいと思う」
「えー、じゃあ次会うのはいつか分かりませんね」
「ああ、お互い健闘を祈ろう。お前も、あまり危険なことに首を突っ込むなよ」
首を突っ込むなと言われましても、流れでそうなるんですから仕方ないじゃないですかー。私には転生者としての因果があります。結局、行きつく先は混沌なんですって。
ま、彼も心配してるんでしょう。出来るだけ心配をかけないように気をつけますか。死に別れちゃうのは可愛そうですしね。
そんなこんなでミリヤ国跡を離れ、聖国圏内へと戻ります。
バートさんとは別れちゃいましたが、道中のモンスターはスノウさんとシルバードさんで楽勝でしたね。やっぱり、フラウラ冒険者ギルドは滅茶苦茶強いと思いました。
ミリヤの村に付けば、馬車で一気にフラウラに戻ることが出来ます。そうなったら完全に警戒態勢を解いて良いでしょう。
「シルバードさん、ミリヤの村に付いたらどうしますか? 一気にフラウラまで戻ります?」
「いや、日が沈めば馬車も出ねえよ。また、村で夜を超すことになっちまうな」
じゃ、ドワーフのドモスさんに頼る事になりますね。たぶん、まだ村にいると思いますから。
そうなれば、残る試練はこの道のりだけです。私は気合を入れつつ、積もった雪を強く踏みしめました。
冒険者の人はモンスターと戦いつつ、こんなにも長い道のりを進むんですね。これは私にはとても無理ですねー。やっぱり、街でのんびりしているのが一番でした。
「ふへー、疲れた……スノウさんって、こういう旅には馴れているんですか?」
「はーい、ダンジョンを進むときはもっと辛いですよー?」
信じらません。ミリヤ国のお姫様はとってもパワフルでした。
ただ道を進むだけではなく、モンスターも警戒しなくちゃいけないんですよね? 今だって、シルバードさんは周囲の状況を探っています。
青い鳥、キュアノスくんを先行させ、彼から先の情報を聞いていました。一人と一匹、見事な役割分担で冒険を優位に進めていると分かります。
「とりぴー……ぴぴっち……!」
「ここから先、警戒すべきモンスターはいねえ。だが、ちっとばかし不穏な情報を入手したぜ」
えー、モンスターはいないのに不穏な情報? この雪原は真っ平らな地形、雪崩とかそういう災害はまずありえませんよね。
となれば人災? 盗賊団がこの先に待ってるとか?
どうやら、そのどれでもないようです。シルバードさんの言う不穏な情報とは、私たちの身に降りかかる障害ではないようでした。
「ミリヤの村に滞在する聖国騎士団に帰還命令が出たらしい。どうやら、王都の方で事件が起きたようだぜ」
「それは確かに不穏ですが、その細かな情報をどうやって聞いたんですか? ナチュラルに鳥と会話してるように思えるんですが」
「細けーことは気にすんな」
いよいよ人外能力ですね。まあ、この世界は魔法とかがありますし、不思議パワーがあるんでしょう。
そんな事はどうでも良いんです! それより王都で何か起きたって何がですか!
騎士団に帰還命令が出たという事は、王都に戦力が必要となったという事。それ即ち、何者かが王都に攻め入ったことを意味します。
ちょちょちょ! 魔族の国、クレアス連合国との国境はミリヤの村。そこから戦力を撤退させ、王都を固めるって明らかにおかしいですよ!
最前線をすっ飛ばして、いきなり本陣が攻められたって事ですよね? まさか……進軍ではなく暗殺? 少数精鋭によるテロ行為?
「最前線のミリヤの村が無傷です。つまり、王都に攻撃を行ったのは少数。騎士団をすぐさま動かしたことを考えれば、かなり上層部を攻められたと考えられます」
「はーん、良い読みだ。んじゃま、てめえは今後どうなると考える?」
「犯人像が掴めませんが、もし連合国サイドの場合は最悪です。彼らは戦争発生のトリガーを引いたことになるんですから」
クレアス連合国が攻撃を開始した。その可能性も否定できません。
ですが、やっぱり軍隊として進軍に出なかったのは不自然ですね。もしかして、この事件を起こした人も戦争を望んでいない? だから、聖国上層部の暗殺を考えた?
もしそうなら、バカバカおバカー! です!
カルポス聖国には主が唯一の神! 聖アウトリウスこそが救世主! 人間は優秀な種族! そういう思想が国民の全てに根付いています。上層部の暗殺で国が止まりますか!
愚かな王を殺せば戦争が止まる? 政治家たちを滅ぼせば国民が変わる?
ねーですよ。浅はかってレベルじゃありませんって! まさか、そんなおバカ行動はしませんよね?
「とりあえず、早くミリヤの村に行きましょう! そこでドモスさんから詳しい状況を聞きます!」
「ああ、今はさっぱり状況が分からねえからな」
「はーい」
私たち三人は村へと急ぎます。どの道、王都に行くには時間が足りませんけどね。
王宮にはターリア姫の護衛であるモーノさんたちがいます。万が一も彼女に危険が及ぶことはありえないでしょう。
それどころか、転生者であるモーノさんなら賊を抹殺する事だって可能です。なので、正直あまり心配はしていません。
やっぱり、一番心配なのは国交関係の悪化ですよね。戦争に発展するのだけは勘弁でした。
ミリヤの村に付いた私たちは、ドモスさんから詳しい状況を聞きます。
王都に戻った聖国騎士団は一部。その事から、国家転覆や王宮崩壊のような大事件は起きていないと分かります。
騎士団たちも口が堅く、村人には何が起きたのか話していない様子。まあ、いたずらに国民を不安にさせるのもダメですし、その判断は正解でしょう。
王都にはモーノさんがいますので、当然スノウさんは心配します。ですが、現状の私たちは王都に行く手段がありません。
「スノウさん、モーノさんは超強えーですから心配はいりませんよ。動いた騎士団の数から考えるに、ターリア姫も無事だと分かりますし」
「私も大丈夫だと思いますよー。でも、肝心な時にお助け出来なかったのは悔しいです……」
あ、そういう事ですか。まあ、そりゃつれーでしょ。
でも、その場にいないものは仕方ないんですって。今はぐっすり眠って、明日ダッシュで帰ればいいんですよ。
ほらほら、ドモスさんも心配してますし、今日はもう休みましょ? 色々あって、私たちは疲れています。明日、ベストコンディションで動けない方が問題ですって!
だから、ゆっくり眠ってから考え……
って、スノウさんもう眠ってるー!
私が何か言うより先に、彼女は毒りんごを食べたのかのようにぶっ倒れていました。
シルバード「肉焼き、海のコック、のっぽのジョン。俺の名は数多くある。狙ったお宝は逃さないぜ」
テトラ「料理も出来る大海賊ですか……宝島での戦いは死闘ですね!」