130 いざ、大海原へ!
ちょっとした冒険はここまで、私たちは待機命令が出た場所へと戻ります。
ですが、シルバードさんたちはまだ帰っていません。いったい、こんなに長時間なにをしているんでしょうかね。
当然、何事もなかったかのように待機しますよ。怒られるのは嫌ですし、バカ正直でもありませんから。
あれから、ファントムさんたちは戻ってきませんでした。
たしか、聖国領土に入ると言ってましたよね。魔族の人がそんな事をして大丈夫なんでしょうか?
猫の精霊アイルロスさんは強いですし、獣人の少年リュコスさんも曲者っぽいです。とてもただの旅人とは思いません。
何より、あの人からは親近感を感じます。もしかして……
「テトラ、スノウ、準備は完了したぜ。さっさと出発だ!」
「とりぴっち!」
考え事をしていると、シルバードさんたちが戻っています。右肩には青い鳥のキュアノスくんが乗り、警戒態勢を解いていないと分かりますね。
ここからは船を使っての海上移動。何者かに攻められれば転覆してお終いです。
私も気を引き締めていきましょうか。スノウさんだってこの場所に来ることを覚悟したんです。一応、やる気はあるんだという事を見せないといけません。
ミリヤ国跡の外れ、入り江から洞窟内へと入ります。
中は真っ暗で狭く、光の魔石がなければとても進むことは出来ません。確かに何かを隠すには良いですが、本当に船はあるんでしょうか……?
初めは疑っていましたが、進めば進むほどに明るくなってきます。これは外からの光ですね。出口はすぐ近くでした。
「や……やっと出口です。道はここしかないんですか!」
「ああ、ねーよ。まずは船を見ろ。ここまで厳重に隠す理由が分かるぜ」
はーん、では見せてもらいましょうか。
開けた場所へ出ると、そこはもう海岸でした。海上の断崖がくぼみになっていて、洞窟と繋がっていたんですね。これなら道が一つしかない理由も納得です。
そして、そんな洞窟の海岸に付けられたのは一隻の船。木製の帆船で大きさは中型。十数人は乗れそうなのでそこそこ立派だとは思います。
浸水を防ぐためか船体は黒く塗られ、船首にはオウムの木像が取り付けられてました。
先に様子を見に行ったとき、既に帆を広げていたようです。ですが、そこに描かれていたのは不吉な物。いえ、カッコいいんですけど……
「ドクロって……これ海賊船ですよね?」
「よく見ろ。バツがうってあるだろうが」
「ざっつ!」
帆には大きなドクロマークが描かれ、それが雑なバツによって上書きされていました。
まあ、もしかしなくても海賊船ですよね。ガラが悪いとは思っていましたが、やっぱりシルバードさんは元海賊ですか……
冒険者にはわけありの人がたくさんいます。モーノさんのような身元不明の人だって受け入れるのが冒険者ギルド。だからこそ、そのマスターも普通ではありませんでした。
「俺も昔はやんちゃしたもんさ。だが、片足失ってジジイになって、悪事も限界になっちまってな。今は残りの余勢をギルドマスターとして過ごしてるってわけだ」
いえ、今でも十二分にやんちゃしてると思いますよー。普通は敵国に足を踏み入れたりなんかしません。
バートさんは大きくため息をつき、スノウさんはドクロマークに目を輝かせています。やっぱり毒使いなので、ドクロマークが好きなんでしょうか?
とにかく、こんな元海賊船じゃ隠して当たり前ですよね。今から沖に出て人魚の皆さんと会うようですが、これでは逃げてしまわないでしょうか?
「人魚の皆さんがどん引きしますよ。侵略に来たと思わないでしょうか?」
「あいつらも俺の船は知ってる。こっちは借りを作ってんだ。心配はいらねーよ」
あ、人魚の皆さん公認の元海賊でしたか。そりゃーそうですよね。何度も会っていると言ってましたもの。
もしかして、そこまで悪い海賊じゃない? いえ、海賊の時点で大罪人なんですけど、今は普通にギルドマスターしてますし……
まあ、年配者の過去を詮索するものではありません。船があって、それで人魚の皆さんと対談できるのなら十分でした。
いざ、大海原へ!
帆を張り、入り江の洞窟から外の世界へと飛び出しました。
空は快晴、ですが冬の航海は寒すぎます! 一面に青い海が広がっているのは感動ですが、それ以前に風が冷たすぎますよ!
出来れば夏に来たかった! 今度来るなら絶対夏ですね!
「寒い寒い寒い! あははー、でも気持ちいいー」
「ああ、ようやく夢がかなった……いや、まだだ。これは始まり、船商人になってからが本番だ」
バンダナを押さえつつ、バートさんが決意を新たにします。
そうですよ。船に乗るだけで終わっちゃダメです! 彼はこれから商人になって、世界中で航海をしなくてはなりません。
ここが船乗りバートさんの始まりなんですよ! さあ、水平線の先までレッツゴーです!
「限界まで突き進みましょう! 今こそ冒険の時です!」
「いや、人魚の奴らがいるのは入り江の孤島だ。そこまで沖には出ねえよ」
えー、結構近場だったー。まあ、風の力だけで走らせていますから、遠出をするのには物凄く時間が必要ですよね。
では、なぜ孤島まで? 魔王や聖国から隠れて、人魚と冒険者が対談……まるで密会をしているようじゃないですか。
もしそうなら、国同士の衝突を止める何かがあるのかもしれません。シルバードさんも人魚の皆さんも、絶対戦争なんて嫌に決まっていますから。
「シルバードさん、信じていいんですよね? ここまで付いてきましたが、私は貴方の目的を知りません。人魚との対談がいったい何を意味するのか……」
「安心しろよ。お互い気を付けましょうって話しだ。あとはまあ、両サイドでの情報交換だな。お前が疑うようなことはねえし、期待に添えるようなものもねえ。基本的には逃げの姿勢だな」
つまり、それぞれのサイドに組しつつ、情報交換をしようって事ですか。積極的に戦争を止めようって事ではないようです。
シルバードさんって結構リアリストですね。警戒心も強いですし、流石は元海賊と言ったところです。
ま、私が出しゃばったところで仕方ないので、ここは彼に任せましょうか。種族間の問題はとってもデリケートなので、深く知りもしない私はカヤの外ですよ。
「では、私たちは唯の同行者ですねー。突っ立って見ていましょうか」
「まあ、俺たちはな。だが、スノウの場合は状況が違う」
バートさんににそう言われ、私はスノウさんの方を見ます。彼女は珍しく緊張し、胸を抑えて心を落ち着かせようとしていました。
そうでした……人魚の皆さんにとって、スノウさんのお母さんは同胞の敵です。その怒りの矛先が、娘である彼女に向かないとは言い切れませんでした、
それを知って、シルバードさんはスノウさんを連れてきたんです。どうやらこの対談、一筋縄ではいかないようでした。
入り江内の孤島。そこに錨をおろし、私たちは人魚の皆さんを待ちます。
島は岩だらけで小さく、とても人間が住める環境ではありません。ですが、人魚の皆さんにとっては都合がよく、ここに集まっているようですね。
人魚の皆さんは海底深くに住み、王族はサンゴの城に暮らしています。シルバードさんは若いときに海の魔物を倒し、結果として彼らを救いました。それから王との親交が出来たようですね。
「言っただろ。奴らは俺に借りがあんだよ。魔王側に組していようが、人間側への攻撃は待ってもらう。それが俺の目的よ」
「今からここで王と話すんですか?」
「頭がひょっこり出てくるわけねえだろうが。娘の誰かが来るんじゃねえか?」
どうやら、娘さんを使いとして出しているようですね。やっぱり魚の王様ですし、子だくさんという事なんでしょうか?
何にしても、人魚との出会いは初ですね。期待に胸を膨らませ、私は対談へと望みました。
少しすると、海面の方から何者かの声が響きます。綺麗な女性の声。どうやら彼女はシルバードさんを呼んでいるようでした。
「シルバードさーん! 来ましたよー!」
「おう、長女のお前が来るとはご苦労なこった」
「本当ですよ! こっちはそれどころではありませんし、お忍びの身なので手短にお願いします!」
貝殻の髪飾りを付けた長髪の女性。透き通った水中に見えるのは、紛れもなく魚の下半身です。彼女は私たちに頭を下げるとすぐに対談に臨みました。
自己紹介をする余裕もないようですね。まあ、ミリア国でのこともありますし、人間自体を疑っているのかもしれません。
スノウさんも肩身が狭いでしょう。ですが、虐殺を行ったのは彼女のお母さんです。娘がその罪を背負う必要なんてありません。
シルバードさんもそう思っているのか、スノウさんの存在を明かさずに対談へと入りました。
「随分と忙しないようだな。やっぱ、ミリヤの件でギスギスしてるか?」
「それもありますが、それよりも魔王ですよ。先日、末の妹であるセイレン姫が魔王の城へと下りました。人質と戦力、その両方を受け渡した形になります」
「はーん、魔王にでも脅されたか?」
「いえ、ミリヤの一件に対する仁義。加えて、魔王に組するべきという国の空気を読んでの行動です。これは、セイレン姫自らの判断ですから」
ミリヤでの一件を境に、人魚たちの国では魔王派が幅を利かせているようです。これでは、王も人間への攻撃を決断せざる負えません。
ですが、こちらも「はいそうですか」で退くわけにはいきません。何としてでも人間と人魚の衝突は止める。それがシルバードさんの目的なんですから。
「王に人間への攻撃は待ってもらうよう伝えてくれ。最悪、セイレン姫を切り捨ててでも、海底に籠城するって作戦もある。そっちも戦闘になるのはごめんだろ?」
「酷いことを言いますね……ですが、その判断もせざる負えないのかもしれません」
人質のセイレン姫を放置し、海底に籠ってしまうという作戦です。これなら、魔族たちに協力せずに時間稼ぎを行うことが出来ます。
ですが、国が「戦闘に参加すべき」という空気になればお終いでしょう。結局、全ては国民の判断に委ねられていました。
人魚のお姉さんはため息をつきます。どうやら、末の妹が心配なようですね。
「魔王はオークの王、オークロードのグルミという男と協定を結んだと聞きます。オークは知性の無い凶暴な種族。そんな彼らと繋がるとは恐ろしい事です……」
「また、魔王派の種族ですか……」
そして、魔王側も止まりません。彼らは何としてでも人魚たちに協力を要請するはずです。凶暴なオークという種族を仲間にしたのなら尚更でしょう。
ですが、今こうして人魚の方と対談できたのは大きいですね。シルバードさんの言葉は王へと伝わり、人間との衝突は遅れるはずです。
ですが、それも時間稼ぎ。魔王と聖国王を何とかしない限り戦争は必ず起きます。
何より悪魔ベリアル……
彼を何とかしない限り、根本からダメなんですよ……