126 世界が動きます
何もないまっ白い空間、そこに見覚えのある二人がいました。
一人は羽のついた帽子にゴーグルをつけたスチームパンク風の青年。もう一人はナイトキャップをかぶったパジャマ姿の少女。私ですね。
青年と私は何やら会話をしています。ベッドの上で左右に揺れる私……え? なんで私……?
これは夢でしょうか。スチームパンクの青年、ピーター先生は二人の私に向かって言います。
「やあ、調子はどうだ? そうか、ガブリエルに会ったか。ははっ、あいつは融通が利かないからな」
相も変わらず、彼は勝手に話を進めていきました。どうやら、大天使ガブリエルであるゲルダさんとも知り合いのようですね。
まるで、私の奮闘を知ってるかのような口ぶり。いきなりこんな場所に呼ばれ、滅茶苦茶を言い出すなんてびっくりですよ。
ですが、ピーター先生はマイペース。聞いてもいないのに、解説を始めます。
「おっと、驚かせてしまったか。ここは睡眠と目覚めの狭間だよ。夢を見ていたことを覚えている場所。ベルはそこを自由に行き来できる。この、妖精の粉を使えばね」
そう言って、彼は肩の上に乗った妖精さんをアピールしました。
ピーター先生の相棒である妖精のベルさん。彼女は腰に手を当て、自慢げに鼻を鳴らします。結構な自信家さんのようでした。
私は以前、ここに来たことがあります。恐らく、この場所の主はベッドの上でニヤニヤ笑ってる私で間違いありません。
あの時も、私は彼女と自問自答していました。夢だと思いましたが、ピーター先生が入ってこれるとは驚きです。
何だか楽しそうな彼ら。ですが、ただ遊びに来たというわけではなさそうですね。
ゴーグルの青年は口を曲げ、あまり芳しくないといった表情を見せます。今、この異世界に大きな変動が訪れようとしていました。
「さて、厄介な事になったぞ。お前たちの末っ子がついに本格的な動きを見せたようだ。全てはベリアルの思う壺、このままでは世界全土を巻き込む大戦争になるだろう」
私たちの末っ子……五番、技の異世界転生者。魔王ペンタクル・スパシで間違いないでしょう。
恐らく、彼はベリアル卿の存在に気づいていません。カルポス聖国が進軍し、魔王側の住民を傷つければ当然報復行為を行います。
それらが全て仕組まれていたとしても、仲間のためにと兵士を虐殺する。さらに、その報復として聖国側も更なる戦火を望むという悪循環。これでは、手だてがありません。
どうすればいいんでしょうか……震える私に対し、ピーター先生は言います。
「なんだ、怯えているのか? 必用なのは信じる事さ。飛べるかどうかを疑った時、人は永遠に飛べなくなってしまう。幸せなことを考えれば、その背に翼があるも同然だ」
翼ですか……私が羽ばたいても、高みに上ることは出来ないと思いますけどね。
まったく、正義と正義の対立は正義と悪の対立以上に厄介です。なにより、元のベリアル卿を何とかしない限り、こちらが防戦一方というのも宜しくありません。
今回だって、スピルさんを間接的に暴走させて私を狙いました。あんな事を繰り返されたら、こっちのメンタルが持ちませんって!
そろそろ、攻める必要があります。
勿論、魔王ペンタクルさんを牽制しつつですね。
「とりあえず、小さな翼で懸命に羽ばたいてみます。やっぱり、戦争を止めるにはバシレウス王をどうにかするのが一番だと思うんですよね。ベリアル卿の口車に乗せられたのは彼ですし」
「ですが、バシレウス王は国民や騎士たちの意思を組んで判断を行っています。国全ての空気を変えない限り、進軍を望む声は止みませんよ!」
「その話なんですけど、次期王であるハイリンヒ・バシレウス王子。彼が平和解決に対して積極的と聞いてます。ベリアル卿と仲が悪いようですし、彼を通して何か出来ませんかね?」
「それ、名案ですよ! ハイリンヒ王子を支持する人もいますし、何とかコンタクトを取るべきです!」
私はベッドの上で跳ねる私と会話します。それらは全て自問自答でした。
あー、頭おかしくなります! 何なんですかこの人は! 前もこの空間で頭おかしい会話をしましたよね!
彼女は私であり、私にとって大切な誰かでもあります。また天であり、地であり、人であり、真理であり、あるいは世界その物。即ち0と∞の存在……
つまり、意味不明でした。ピーター先生と知り合いですし聞いてみますか。
「あの、この私は誰なんでしょう……?」
「彼女はお前だよ。そして、私が忠義を尽くす玉座に座る者。大いなる神たる存在……」
彼はニヤリと笑い、はっきりと言います。
「主だ」
瞬間でした。ベッドに立つ私は、私以外の存在へと変わります。
モーノさん、ジルさん、トリシュさん……
ご主人様、バアルさま、ピーターさん……
グリザさん、ヴィクトリアさん、カシムさん……
彼女は……彼は……今まで私が出会った全てと重なりました。
そこに死者も生者もありません。神、天使、悪魔、人……全てを巻き込んで存在は変わり続ける。
そうです……そうでした……!
主は世界その物であり、決まった形など存在しません。
すなわち私であり、私以外の全てでもあったのです。
寝馴れたベッドの上で私は目覚めました。
まるで、狐や狸に化かされたような感覚……大いなる主たる存在を獣呼ばわりは無礼ですけどね。
流石にこの展開にも馴れてきたので、超速理解しちゃいます。私はベリアル卿のメイド二人と戦ってぶっ倒れた。そして、ご主人様に運ばれて自分のベッドで眠っちゃったんです。
うーん、今回は何日倒れていたんでしょうかね。ご主人様の操作はあまり使ってないので、そんなに長くはないと思いますが……
とりあえず、起き上がってみます。筋肉痛はないので、全然問題ありません。
「ご主人様ー! 居ますかー! テトラが目覚めましたよー!」
「目覚めて早々うるさいのう。静かに起きれんのか」
呆れた様子で、褐色ロリのバアルさまが登場します。どうやら、ご主人様はお出かけ中で彼女はお留守番みたいですね。
いったい、どれぐらい眠っていたのでしょうか。あの後、トリシュさんたちはどうなったのか。ご主人様はどこをほっつき歩いているのか!
それらをバアルさまが纏めて説明します。
「お主は一日寝ただけじゃ。外傷も身体の負担もなくて良かったのう。ネビロスの奴はベリアル一派の調査に向かったが、あちらも落ち着いたようじゃぞ」
「落ち着いたって……」
「そのままの意味じゃよ。ゲルダというメイドは姿をくらませたが、他は普段通りに戻っておる。証拠隠滅じゃ」
流石、ベリアル卿もゲルダさんも手が速いですね。スピルさんとトリシュさんも大事にしたくないようですし、当分は屋敷に残るでしょう。
今回の事件はスピルさんの独断っぽかったですし、ベリアル卿は知らないふりをするでしょう。彼はそういう人ですから。
「はあ……進展はなしですか。ですが、大天使さまとの接触は大きいですし、トリシュさんが覚醒したので良しとしましょう」
とりあえず、バアルさまに何があったのかを説明します。彼女はオーバーリアクションで驚いていましたが、面倒なので無視でした。
それにしても、本当にバアルさまもご主人様も役立たずでしたね。いよいよ、大天使クラスの介入が積極的になりましたし、神と悪魔の力を見せてもらいたいのですが……
「わしは何も出来ん! ネビロスの奴も本来はインドアな悪魔。典型的なサポ専じゃ!」
バアルさまは全ての力を奪われています。それに、ご主人様もバリバリな戦闘特化じゃありません。
今後、魔族サイドとのゴタゴタに介入するのなら、やっぱり支援者がほしいですよね。心当たりがないわけじゃないですが……
一応、彼らはフラウラでも権力を持っているので、報告だけは行いましょう。私は新たな一歩を踏み出しました。
私は今フラウラ冒険者ギルドに訪れています。
今後、カルポス聖国と魔王率いるクレアス連合国が戦争になった場合。このギルドが巻き込まれる可能性は大いにあります。
一応、報告すべきと判断しました。皆さんを巻き込みたくないですから。
受付のマーシュさんを通し、ギルドマスターのジョナサン・シルバードさんと面会します。
ギルドの奥、なーんにも置かれていないギルドマスターの控室。そこで私は片足の男性と向かい合いました。
彼の肩には青い鳥、キュアノスくんがとまっています。私の顔をじっと見つめ、何だか監視されてる気分ですね。
たぶん、この鳥さんは頭が良いのでしょう。明らかに、私の世界にいる動物とは違っていました。
「とりぴぴっちー!」
「おう、キュアノス安心しろ。こいつは客人だ。取って食ったりしねーよ。まあ、普通じゃあなさそうだがな」
シルバードさんも異世界転生者のにおいを感じ取っています。
この人も私やベリアル卿、トマスさんに近いトリックスター気質。騙されないように注意しましょう。
少しすると、マーシュさんが謎の飲み物を運んできます。紅茶は高級ですからね。あれは異世界で飲まれている花弁を煎じたものでした。
彼女はちゃっかりカップを三つ用意し、ちゃっかり自分も同席します。意外と図々しい……まあ、気にせず話しますけども。
私はベリアル卿の正体、この聖国に迫る危機について話します。また、自分が異世界転生者であることも、シルバードさんに直接説明しました。
ですが、これらは支出の情報。既にモーノさんによってギルドマスターの耳に入っていました。
「その話はモーノの奴から聞いてる。今でこそあいつは国王のお抱えだが、元はこのギルドを拠点にしていたからな。登録上はフラウラギルド所属だ」
「モーノさん、時々帰ってきて状況報告してくれるのですよ。スノウさん、アリシアさん、メイジーさん、アリーさんもそれぞれ顔を出すのです」
つまり、モーノパーティーの方がよっぽどギルドに精通していたという事です。そりゃそうですよね。所属してるんですもの。
これは無駄足という事ですか。本当はこちらのピンチの時に助けてほしいと頼みたい。ですが、相手側にメリットがないので贅沢は言えません。
私って、冒険者ギルドとの繋がりが薄いですからね。まあ、戦いが嫌いですから当然なんですけどー。
少しすると、私たち三人の元に新たなギルドメンバーが現れます。
バンダナを巻き、顔中傷だらけな強面の男。元盗賊の砂漠の民、バートさんでした。
「これはまた珍しい顔だ。俺の恩人がこんなところに何をしに来た?」
「バートさん、私の素敵なギルドをこんな呼ばわりしないでください」
「いや、マーシュ。お前のじゃねえよ。マスターは俺だからな?」
相変わらずどこか厨二っぽいバートさん、ギルドを私物化してるマーシュさん、それに突っ込むシルバードさん。大人三人で楽しそうですね。
さっきは冒険者ギルドとの繋がりが薄いと思いましたが、何だかんだで親交は深いです。もっと仲良くなれれば良いんですねー。
なんて、考えてしまったのはフラグなのでしょうか。この場面でギルドマスターがとんでもない事を言い出します。
「バート、ちょうど良かった。今から海行くぞ。俺とお前とテトラ、それにもう一人加えて四人でだ」
「……は?」
「……へ?」
まったく意味が分かりません。
外はまだ雪が残っています。こんな状況で海水浴……?
って違いますよ! なんで私が、冒険者の皆さんと海に行く流れになるんですかー!