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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
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閑話11 哀と愛


 私が屋敷に戻ってかれこれ一週間。結局、キトロンでの戦いはベリアル卿の敗北という形になりました。

 彼はジルさんを誑かし、発明によって世界を混乱させることを狙いましたが、それも砂時計の効果で全部ぱあ。

 加えて、動きすぎた事もあって全貌を知られてしまいます。一番、二番、四番は完全にベリアル卿を敵と認識したでしょう。ざまあないですね。


 私はスピルさんと対立し、無理やり屋敷から抜けました。ですが、彼女はそのことを水に流して普通に接してくれます。

 まあ、彼女の幻術には引っかかりますけどね。この世界の人としては強すぎるような気がします。

 ベリアル卿は悪魔ですから、それ相応のメイドを雇っているという事でしょう。恐らく、ゲルダさんも相当に強いはずです。


「スピルさん、聖夜祭が近いので準備を願いします」

「待ちに待った聖夜祭だー! テトラちゃんも誘ってこよ」


 朝食の場で、メイド二人はいつもと変わらないテンションで話します。その中で、屋敷のパーティーにテトラさんが呼ばれることを知ってしまいました。

 彼女が来るとろくでもない事が起きるんですよね。本人に原因はないんですが、疫病神である事は否定できないでしょう。

 そうでなくても、あまりベリアル卿に近づいてほしくありません。あの人を邪魔するのは私です。何だか奪われるような気がして気分が悪くなりました。


 心の中に芽生える捻じれた感情。

 ベリアル卿に対する複雑な思い……


 どうやら、私も相当に面倒な女なようです。












 聖夜祭の夜。私は一人雪の街を走ります。

 さっきまでパーティーを楽しんでいたのが、なぜこんな事になってしまったのか。その原因は私の胸騒ぎにあります。

 スピルさんと、ゲルダさん、二人の実力者が同時に消えました。同時に、私がこれ以上関わるなと釘を刺したテトラさんの姿も見当たりません。

 嫌な予感がしました。ずっと、スピルさんが彼女と接触していたのは知っています。幻術によって、良からぬことをするのではないかという疑念……


「まさか……スピルさん……」


 あまり考えたくはりませんが、彼女にとってベリアル卿は恩人。あちら側に組する理由がありました。

 とにかく、我武者羅にスピルさんたちを探します。ですが、何一つ情報がないので闇雲に走っているだけ。無駄に体力を消費するだけでした。

 失った体力なら治癒できます。ですが、時間は決して戻りません。このままでは手遅れに……


「何か手がかり…………わっ!」


 考えながら走っていたため、足がもつれてしまいます。そして、そのまま分厚い雪へとダイブしていましました。

 は……恥ずかしい……それに冷たい……

 何だか泣けてきました。私は何をやっているんでしょう……

 

 スピルさんとゲルダさんの思想にずれがあるのは知っていました。ベリアル卿と関わっている限り、必ず崩壊が待っていることも覚悟してます。

 ですが、いざその時が来ると、何も出来ない自分が情けない……いっそ、このまま雪に沈んでいた方が、楽なのかもしれません。

 気持ちが沈み、泣き言を考えてしまう私。そこに、何者かが手をさし伸ばします。


「大丈夫か、手を貸そう。このままでは寒さで体を壊してしまうだろう」


 黒いマントを羽織った怪しい男性。そういえばパーティー会場にもいましたね。

 たしか、テトラさんと一緒に行動していました。彼が奴隷契約を行った主人なのかもしれません。

 敵か味方かわかりませんが、一応聞いてみます。


「貴方は……テトラさんの主人の方ですよね?」

「ネビロス・コッペリウスという者だ。お前の事はテトラから聞いている」


 差し伸べられた手を払いつつ、私は自力で立ちます。

 テトラさん、ペラペラ喋りすぎですよ。異世界転生者としての情報なんて、この世界の人に話すべきではありません。メリットがありませんから。

 ですが、今回は彼に助けてもらう以外にないでしょう。私は雪を払い、毅然とした態度で言います。


「テトラさんの位置が分かりますか? 何か、胸騒ぎがするんです」

「いや、それを探る前に通信が途絶えた。恐らく、悪魔契約に精通する者が仕組んだのだろう」


 ネビロスさんを警戒し、事前に対策を打っていましたか。明らかに計画性のある犯行ですね。

 この時点で、私はスピルさんが黒という事に確信を持ちます。場合によっては、ゲルダさんもあちら側という場合もありました。

 相手は悪魔契約に精通している……つまり、テトラさんに力を与えるネビロスさんも悪魔ということです。


「……貴方、悪魔なんですね」

「トリシュよ。お前は他の転生者と距離を置いているようだが、流石に情報が遅いぞ」


 う……痛いところを突きますね……

 そうですよ。初めはベリアル卿の正体を知っていると高をくくっていましたが、今となっては私の方が遅れていました。

 一番、二番、四番の転生者で強力なネットワークが出来ていますが、私にその恩恵はなし。モーノさんの共闘を拒否してしまったのが原因です。

 いよいよ、私一人では限界ですか……ここは、意地になっても仕方ありません。


「ネビロスさん、手分けして探しましょう。居場所を見つけたら、魔法か何かで知らせてください」

「承知した」


 炎魔法を打ち上げるなり、伝える方法はいくらでもあります。まずは、彼女たちを見つける事が最優先でした。

 ネビロスさんは黒いマントをコウモリのような翼に変え、空中へと飛び上がります。屋外ならすぐに見つかりそうですが、屋内なら意味はないですね。

 では、私は聞き込みをしましょう。異世界での安息、壊させはしませんから……










 雪降る街で聞き込みをする私、時間が時間なのでろくな人がいません。

 見回りの聖国騎士、酔っ払いの男、それに浮浪者……誰もこれもお話になりませんでした。

 そんな中、まともそうな人を見つけます。

 緑のマントを羽織った狩人のような青年。ニコニコと笑い、背中には弓矢を装備していました。


「貴方……ラファエルさん!」

「ロバートだよ。みんなに聞かれたら不味いからね」


 この天使、また私を煽りに来ましたか?

 助けられている身ですが、やはり胡散臭さが抜けていません。一応、スピルさんたちの居場所を聞きましょうか。


「貴方は私の探し人を知っていますか」

「勿論、だけど言えないよ。今回の件はボクたち大天使も関わってるようだからね」


 なら、邪魔をしないでほしいですね。貴方と会話する時間が無駄ですから。

 ですが、ロバートさんが重要なことを知っているのは事実でした。彼は今回の件に大天使との関わりを提示します。

 彼以外の大天使……いったいどんな人なんでしょうか。せめてそれだけは聞かせてもらいます。


「誰が関わっているんですか……」

「キミも、キミの友達も知っている子さ。彼女は真面目で融通が利かないから……あのスピルって子、死ぬかもね」


 ニコニコ笑いながら、なんて事を言うんですか……私たちが救うって確信があるようですね。

 上等です。貴方の思うように救ってやりますよ。スピルさんも、テトラさんも……そして彼の言う大天使、ゲルダさんも……

 ロバートさんは達観していました。それでも、ハッピーエンドを望んでいるのは分かります。


「女性の喧嘩に男が手を出すのも無粋だからね。ボクは影からサポートするだけさ。そろそろ、ネビロスくんから情報が来るよ」


 彼の言葉と共に、私の体に一本の糸が繋がります。瞬間、そこからネビロスさんの言葉が伝わって来ました。


『位置を特定した。教会だ』


 教会は……私のすぐ隣!

 これは神の奇跡ですかね。なら、迷っている時間は必要ありません!

 もう、全ての状況を察しました。ゲルダさんが大天使なら、蹂躙するのはまず彼女。止めるべき相手は決まりです!

 魔法によって身体能力を上昇させ、雪の積もる地面を蹴ります。それによって飛び上がり、教会のステンドグラスに突っ込みました。


「アハハ! 滅茶苦茶するなー。僕はしーらない」


 ロバートさん、仲間にぶん殴られますよ。まあ、それは私も同じですが……

 すでにスピルさんとテトラさんは追い詰められ、クライマックスでした。ゲルダさんが大天使だと確信を持っている私は、構わず敵意をむき出しにします。


「ゲルダアアアアアァァァ……!」


 ガラスの破片を纏いつつ、いよいよ大天使との戦いが始まりました。

 先のことは考えていません。ただ、こんな事になってしまったのが哀しくて、哀しくて、涙が溢れて止まりません……

 頭の中は徐々に真っ白になり、深い哀しみに満たされていきます。

 まるで、自分ではない何かに変わってしまうかのようでしたが、不思議と恐怖はありませんでした。


 それが、本当の自分だと分かっていたからでしょうか……?













 目覚めたのは私がいつも眠っているベッドでした。

 意識を失った私は、いつの間にかベリアル卿の館へと運ばれたようです。正直、あの後何が起きたのかは曖昧ですね。

 スピルさんは……ゲルダさんはどこに行ったのでしょうか。私は全てを救えたのでしょうか。

 いくら考えても、まったく答えは出てきません。本当に私はどうなってしまったんでしょう……

 一人しょんぼりしていると、誰かが部屋をノックします。状況も分かりませんし、とりあえず中に入ってもらいましょうか。


「どうぞ」

「失礼します」


 姿を現したのは赤髪の悪魔、ベリアル卿でした。

 彼は薄ら笑いを浮かべながら、白々しいことを言います。今回の事件、貴方が間接的に齎したことは知っていますよ。


「ビックリしましたよ。あれからずっと眠っていて、いったい何が起きたのか……」

「……そんな薄っぺらい言葉はいりません。スピルさんとゲルダさんは?」

「スピルさんは無事ですよ。彼女は私と悪魔契約を交わしましたが、今は完全に断ち切れています。まあ、私は契約に関して反対しましたので、それで良かったのだと思いますが」


 嘘ではありませんが、スピルさんを契約させざる負えない状態にしたのは貴方でしょう? 言い出したのが彼女であっても、人の心を弄ぶ悪魔は信用できません。

 大方、心を歪めて悪に染め、テトラさんと敵対することに期待していたのでしょう。そうやって、人と人が傷つけあって苦しむ事こそ、貴方にとって最高の喜劇ですから。

 まあ、スピルさんが無事ならもう良いです。今はゲルダさんの方が心配でした。


「では、ゲルダさんは?」

「彼女は私を監視するスパイだったようです。もう、帰ってしまいましたよ。私としては、ずっと監視状態でも問題はありませんが」


 記憶が少しずつ蘇ります。そうでした。ゲルダさんは大天使ガブリエルだったんですね……

 おそらく、私に手紙を送ったジブリールは彼女でしょう。屋敷にいて状況を知っている彼女なら、あれらのサポートは容易いですから。

 敵ではありませんでした。ただ、状況が拗れてしまって、それによる衝突が起きてしまっただけです。

 ベリアル卿……貴方はどこまでも罪人ですよ。今回の件で、いったいどれだけの心を傷つけましたか……?


「随分と楽しいクリスマスでしたね。あまり、人を舞台装置だと思わないことです」

「人聞きが悪い。私は何時いかなる時も悪事は働きません。全ては主の巡り合わせですよ……」


 そう言って、彼は一枚のトランプを取り出します。

 描かれていたのはハートのクイーン。今までを考えると、あれは私を示していると分かりました。

 つまり、今度は私に出ろというわけですか。ゲンキンな人ですね。散々私のことを引っ掻き回して、思い通りに動かせるとでも思いますか?

 まあ、良いでしょう。貴方の全てを滅茶苦茶にするのは私……貴方の絶対的な敵対者は私……


 ベリアル卿、貴方が焦るその姿……貴方が苦しむその姿……

 想像するだけでもとても……


 とても愛おしい……



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