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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
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125 ♡ 心臓の鼓動が聞こえる ♡


 ドクン……ドクン……とトリシュさんの鼓動が聞こえてきます。

 決死の覚悟が、この奇跡をもたらしたのでしょうか。今、新たに転生者が覚醒しました。

 三番の異世界転生者、その本当の名前は『心臓のラ・ベル』。五人兄弟の長女であり、私のお姉さんでもあります。

 彼女は涙を流しながらフラフラと私に近づいてきました。本当に大丈夫なんでしょうか……?


「あの……トリシュさん……?」

「三番の封印は解かれた……あと一人……」


 トリシュさんの瞳に輝くのは赤いハート。ハート……それは心臓を表し、心臓は医術を表します。

 まさに、『癒』の異世界転生者に相応しい紋章ですね。彼女は私とスピルさんの前に立つと、赤い花びらをそれぞれに落としました。

 その瞬間、刺されたお腹の傷が完全に塞がります。また、雪によって磔にされたスピルさんも解放され、傷も完全に全快してしまいました。

 す……凄いですけど、ここまでは覚醒前と同じですね。私はお礼を言うため、トリシュさんと向き合います。


「凄い! 全然痛くありません! トリシュさんありが…………ごふっ!」


 ですが、私の治ったばかりのお腹に、彼女はみぞおちパンチをぶちかましました。

 な……何をするんですか……前回と同じように、格闘ゲームのような声を上げます。そして、お腹を押さえてその場にうずくまりました。

 意味が分かりません……私は上目でトリシュさんを見ますが、彼女は全く悪気がない様子。


「ちゃんと治った……良かったね……」

「殴った……意味は……?」


 本当に深い意味はないようです。マジモンのヤベー奴でした。

 トリシュさんはハートの花びらを纏い、お姫さまのように回ります。そして、自らの敵であるゲルダさんを見つめました。

 強い力を感じます……私は魔力に疎いでよく分かりませんが、スピルさんは完全に怯えきっていますね。

 そんな彼女を私は抱き寄せます。私たちはこの戦いの行く末を見守る事しか出来ません。全てはトリシュさんとゲルダさんの意思で決まるのですから……


「私の鼓動……聞こえる……? 生きてるの……みんな生きてるの……それが野獣でも……悪魔でも……罪人でも……命の薔薇はそこにあるから……」

「ええ、聞こえますよ。よく聞こえます。ですが、私は貴方の力を確かめなくてはなりません」


 また、百合のハンドベルが鳴ります。雪の天使たちは槍を構え、その翼を羽ばたかせました。

 すでにスピルさんは眼中になく、天使たちは一斉にトリシュさんを襲います。

 ですが、彼女は微動だにしません。ぼーっと雪像たちを見つめ、やがてゆっくりとゲルダさんに向かって歩いていきます。

 や……やられる! そう思った時でした。

 トリシュさん近づいた天使は一瞬にして水に戻ります。何体も突撃しますが、全て形を失って床へと広がりました。


「雪像が……溶けた……?」

「違うよ。戻ったんだ……」


 雪が溶けたわけではなく、水の形へと戻った。そう、スピルさんは言いたいようです。

 これはどういう力でしょうか……私の『同調』、ジルさんの『創造』とまったく違います。ですが、能力の方向性は治癒と同じはず。

 考える私を尻目に、トリシュさんはゲルダさんの乗るトナカイの下まで移動します。そして、先ほど同じ力を使って、雪のトナカイを水に戻してしまいました。


「私の力は『浄化』……全部最初に戻すの……」

「魔法も能力も言いようでは異物。それを取り除くことこそが完全なる治癒の形。納得ですね」


 ど真面目なゲルダさんは、空中から落下しつつ納得していました。

 焦りなんてまるでありません。それもそのはず、彼女はまるで本気を出していなかったのですから。

 そして、ここからが雪の女王がマジで戦う時。彼女は空中へと浮かび、両腕を広げます。そして、その背から輝く何かを広げました。


 私は目を疑います。

 こんな事があるはずがない……あり得るはずがない……


 彼女の背に見えるのは、ターコイズブルーに輝く四枚の翼。

 私はこの人を知っている……お話の中で聞いた夢幻の存在……



「嘘でしょ……そんな……まさか……!」

「大天使……ガブリエルさま……?」



 その母性溢れる姿に、私もスピルさんも呆然としました。

 ご主人様に主の預言を伝え、私が戦いに赴くように導いた存在……

 始まりの鐘はこんなにも近くで鳴り響いていたのです。


 ずっと……私たち転生者を見張っていた……?

 スピルさんなんて目じゃないほどの偽りじゃないですか! いえ、それより気になるのは、なぜ彼女がベリアル卿のメイドとして付いていたかです。

 違う……ガブリエルさんが監視していたのは私たちじゃない。


 堕天使ベリアルだ。

 その過程で私たちと巡り合ったんです。


「ゲルダちゃん……ずっと騙してたんだ……ベリアルさまの敵だったんだ……! 君が大天使さまなら、なんであの時に助けてくれなかったの……! なんでなんでなんで……!」


 真紅の炎を迸らせつつスピルさんが叫びました。彼女の言う『あの時』とは、きっと飢餓で倒れていた時の事を言っているのでしょう。

 少女を救ったのは天使さまではありません。ベリアル卿という悪魔でした。

 だからこそ、大天使のゲルダさんが憎いでしょうね。自分の恩人を監視する存在だったというのなら尚の事です。

 そんなスピルさんを彼女は横目で見ました。そして、しゅんと俯きつつ、小さな声で返します。


「天使は誰も救いませんよ。ただ、主の御心のままに従う。それだけです……」


 私は自分の力を過小評価していたのかもしれません。

 転生者の力により、確かに見えました。大天使ガブリエルさまの心……


 彼女はスピルさんを救いたいんだって……


 私の能力は神や悪魔、天使さまの心すら読める。そして、それらと調和することが出来ます。

 異世界転生者の力は思っていた以上にチートでした。だからこそ、今ここでトリシュさんが目覚めてしまったのは不味い……


 これは転生者と大天使の衝突。

 何も起きないはずがありませんでした。


「トクントクン……♡ 私の鼓動が悲しい世界の涙を止める……」

「正気ではありませんか。ですが、その魂は主の選んだ預言者のもの。導きに必ず意味はあります」


 百合のハンドベルを鳴らすゲルダさん。それにより、天使の雪像全てを崩します。

 そこから生まれた雪に加え、彼女の白い息から作られる氷雪。全て集まり、やがて巨大な雪像へと変わっていきました。

 出来上がったのは巨大な聖アウトリウスの雪像。教会の天井に届くほどの大きさで、右手には雪で出来た剣が握られています。


「さて、この一撃にどう対するか……貴方の力を見せてもらいます!」


 ジト目をキッとつり上げ、青の大天使さまは叫びます。すると、巨大な雪像が動きだし、トリシュさんに向かって剣を振り落としました。

 速いですし何より一撃が大きい……! 明らかに、今までこの世界で戦った人たちなど比になりません!

 ですが、トリシュさんもチート。身体能力を飛躍的に上昇させ、すれすれのところで攻撃を回避します。そして、バラの花びらを散りばめながら、巨大聖アウトリウスに鉄拳をかましました。


「罰当たり……ごめんなさい……」


 発動したのは『浄化』の能力。ゲルダさんの与えた力は全て原初へと戻ります。

 一瞬にして水へと帰する巨大な雪像。ですが、トリシュさんの狙いはこれだけではありませんでした。

 彼女は私の目を見ます。その時、ピンッと感じちゃいましたよ!

 最初に、トリシュさんは私の怪我を治したんです。そして、次にゲルダさんを無力化しに行った。これが何を意味するのか!


 超速理解! 四番テトラ、行っちゃいます!


「流星の~! コッペリア~!」

「いけ……妹……」


 ご主人様の操作を受け、私はゲルダさんへと突っ込みます。

 星のエフェクトを浮かべ、それを蹴っ飛ばして空中の彼女に到着! そして、肩を掴んで大天使さまの瞳をじっと見つめました。

 もう、私は分かっています! 天使だろうが何だろうが、私の『同調』は無敵ですから!


「ゲルダさん、ラ・ベルお姉さまならスピルさんを救えます。だから、安心してください! 貴方が罪を感じる必要はありませんし、辛い断罪なんて行わなくて良いんです!」

「何を言っているのですか……? 私は大天使としての使命を……」

「いえ、使命なんてありません。貴方の素直な気持ちこそが、主の意思なんですから!」


 私はまた、自分でも理解できないことを言っています。これは、無意識の中から出た言葉でした。

 ですが、ゲルダさんは目を見開きます。言った私でも分かっていないのに、彼女はその全てを理解しているよう。これもまた、大天使の力なのかも知れません。

 雪のように冷たい心に春が来ました。ゲルダさんは俯き、右目から一筋の涙を流します。


「そう……ですか……では、スピルさんをお願いします」


 流れる涙に気づき、彼女はそれを指にとります。そして、不思議そうに首をかしげました。

 あはは! よしですね! 目的を果たした私はそのまま地上へと降下します。そして華麗な着地を見せ、視線をスピルさんの方へと向けました。

 身体から炎を発し、憎しみのままにゲルダさんを狙う彼女。そんな少女に向かって、私のお姉さまが飛び込みました。


「コッペリアは頑張った……今度は私の番……」


 私と同じように、スピルさんの肩を掴むトリシュさん。そしてそのまま、彼女の唇を狙って熱い口づけを行いました。

 き……キスしたー! 私は拒否ったのに! トリシュさん男気に溢れすぎです!

 顔を真っ赤にし、超テンパったのはスピルさんの方。彼女を蝕む炎は、一瞬にして消え去ってしまいました。


「なっ……え? は!? なななななっ……!?」

「ごちそうさま……」


 心臓のラ・ベル、その能力は『浄化』。歪みきった全てを彼女は完全に治します。

 修復不能かと思われたスピルさんの心と身体。その全ては浄化され、悪魔のような姿もベリアル卿との契約全ても無へと帰りました。

 彼女の服装は元の赤いメイド服へと戻り、焼き付けられた炎の紋章も消えます。大天使すらも匙を投げた蝕みをトリシュさんは完全に浄化してしまいました。

 スピルさんは複雑な表情をします。ですが、力を奪われたので抵抗も出来ません。そのまま、疲れに負けて彼女は瞼を閉じました。


「お婆さん……私の負けで良いんだよね……?」


 どこか、安心したかのような心の変化を感じます。それを見届け、私は瞳の星を消しました。

 トリシュさんも疲れたのでしょうか、瞳のハートを消してその場にぶっ倒れます。私も倒れたいほど限界ですが、あとの処理を考えると我慢しないといけませんね。

 それに、まだこの場には大天使さまがいます。ですが、彼女は無表情なまま、私たちに向かって拍手をしました。


「彼女の心と身体を治しましたか。ブラボーです。貴方がた姉妹の絆に敬意を払います」


 敵意はありません。いえ、初めから転生者に対する敵意はありませんか。

 今回の件は予期せぬ拗れです。ベリアル卿が狙って行ったのかは分かりませんが、何にしても彼の面白がる展開は回避できたでしょう。

 ゲルダさんは分かりにくい笑みを見せます。彼女は神のメッセンジャー、正確であることが絶対的な使命。それが、この生真面目さを作り出していたのかもしれません。


「貴方がたにはすでに、私の与える以上の力があります。なぜ、あらゆる人が貴方のために何かをしようと思うのか。今まで、どれだけの苦難を乗り越えたのか。貴方がたは自分の力を知りません。それは自らの心から湧くもの……純粋な心の中にあるもの……」


 ぺこりと頭を下げ、ゲルダさんは蒼穹の翼を羽ばたかせます。

 そして、雪を舞い散らせながら、聖夜の夜空へと消えていきました。


「転生者の皆様に神の祝福あらんことを……」


 その言葉と共に、滅茶苦茶に壊された教会は全て元に戻ります。

 これが、大天使さまの奇跡なんでしょうか? 何にしても、後のことは考えなくて良いようです。

 では、もう良いですよね? トリシュさん、スピルさん、私だって限界なんですよ……ねー……


 あはは……疲れた……

 それでは、おやすみなさい……


ロバート「まあ、僕は気にせず人を救ったりしてるけどねー」

ゲルダ「はあ……」

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