表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
134/248

124 ヒーローは遅れて参上します


 悪魔契約により強大な力を手に入れたスピルさん。彼女の魔力を受け、神聖な教会は禍々しい物へと変わってしまいました。

 折れた聖剣、くすんだステンドグラス。その全てが幻影ですが、まるで本物のように感じてしまいます。

 最初から異様に強いと思ってましたよ。悪魔契約を一時的にでも切るなんて、普通の人に出来るはずがありません。

 全てはスピルさんの望んだこと。彼女は空中で優雅に足を組みつつ、私たちを見下ろします。


「これで、二人ともこの空間からは出られないよ」

「教会の神父たちはどこに行きましたか……」

「安心しなよ。ベリアルさまの館で眠ってもらってるからさ」


 真っ先に神父さんたちを心配するゲルダさんに対し、スピルさんは無事であることを伝えました。

 良かった……一線を越えていないのなら引き返せます。例え悪魔のような姿に変わろうとも、スピルさんはスピルさんですから!

 ですが、それは鈍足異世界転生者である私の考えです。ゲルダさんは待ってくれないでしょうね。

 彼女はベリアル卿のメイドという立場であり、本来はスピルさん側のはず。いったい、なぜ私を助けてくれるのでしょうか。


「ゲルダさん、貴方はベリアル卿のメイドさんですよね。私の味方をしていいんでしょうか」

「私が忠義を尽くす存在は常に一人。大いなる主だけです」


 聖アウトリウス教徒としての正義感ですかね。ベリアル卿一派も一枚岩ではないようです。

 一方は悪魔の力を借りた契約者。もう一方は熱心な聖アウトリウス信者。両方の衝突は必然だったのかもしれません。

 見つめ合う赤と青のメイドさん。決して相容れない火と雪の魔法使い。

 今、因縁の戦いが幕を上げようとしていました。

 

「死んだお婆さんが言ってた。星が一つ落ちる時、一つの魂が神さまのところへ昇っていくって……なんで神様は落ちる星を助けてくれないのかな。悲しいねゲルダちゃん……」

「世界の見え方は心の鏡によって変わります。良い物や美しい物は映らず、悪い物や醜い物は大きく映る。世界が憎いのなら、それは貴方の鏡がくすんでしまっただけの事です」


 世界は理不尽です。神様は誰も助けてはくれません。

 ですが、それをどう受け取るかは本人次第。ゲルダさんは全てを割り切っていました。理不尽も、悲しみも、目の前の現実も……

 だから、親友一人殺すことに迷いはない。雪のように冷たい正義が、今振り落とされます。


「では、これより断罪を開始します」


 百合の形をしたハンドベル。それをチリンと鳴らし、彼女は雪の魔法を発動させました。

 吹雪く粉雪は私たちの前に積み重なり、やがて形となっていきます。見る見るうちに出来たのは雪像。大きな角を携えたトナカイの形をしていました。

 こ……この場面で一人雪祭りですか! 遊んでいる暇なんてないでしょう!

 そんな突込みを言う間もなく、スピルさんの攻撃が始まってしまいます。彼女はマッチのような杖を突きつけ、そこからシンプルな炎魔法を放ちました。


「そんな雪人形。一瞬にして溶かしてあげる!」


 さっきより火力が高いですし詠唱速度も速い! すぐに逃げたいとこですが、右手をゲルダさんに握られています。

 彼女の手はスピルさんと違って冷たい……ですが、不思議と安心できました。

 青い魔法使いに引っ張られ、その場から走り出します。そして、雪のトナカイに飛び乗り、彼女の背中をがっちりと掴みました。


「テトラさん、行きますよ」

「行くって……どこに!」

「天国ですよ」


 迫る炎。ですが、それが直撃するより先にトナカイが動きだし、間一髪のところで攻撃を回避しました。

 せ……雪像が動いてる! 雪のトナカイは私とゲルダさんを乗せ、真っ暗い教会を駆けます。やがて、彼は床を蹴り、空中へと飛び上がりました。

 キラキラと光る雪を散りばめ、空を駆け巡るトナカイ。まるでサンタクロースのような気分ですが、そんなにロマンティックな状況でもありません。

 教会内に置かれたキャンドルの炎。それらが怪しく揺らめき、私たちに恐怖の幻影を見せます。


「神様は私を助けてくれなかった。それどころか、私の愛を認めず消し去ろうとしたの……ゲルダちゃん、君のような神様を信じる人が! 私の全てを滅茶苦茶にしたんだ……!」


 悪霊、怨霊……人の形をした真っ黒い影が私たちを襲います。

 これは幻影なんだ! 幻影なんだ! そう自分に言い聞かせますが恐怖の感情は拭えません。宙を駆けるトナカイでも逃げ切れませんよ!

 まるで、スピルさんの心の闇を形にしたような幻影。それらを振り切ることは出来ず、ついに追いつかれてしまいました。


「変えてあげるよ……清く真っ白な君の心をね!」

「天にまします我らの父よ。願わくは御名を崇めさせたまえ。御国を来たらせたまえ。御心の天に成るごとく、地にも成せせたまえ……」


 敵の攻撃に対し、ゲルダさんは無視してお祈りを開始します。

 まさか、打つ手がなくなって神頼みですか! そんな、滅茶苦茶強い魔法使いなら何とかしてくださいよー!

 なんて思っていましたが、その心配は杞憂でした。

 彼女が吐く白い息。それらは吹雪へと変わり、空中で形になっていきます。

 新たに作られたのは何十体もの雪人形。それらは全て、武装した天使の形をしていました。


「我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。我らに罪を犯す者を我らが許すごとく、我らの罪をも許したまえ。我らを試みにあわせず悪より救いいだしたまえ……」


 雪の天使たちは槍を振るい、幻影を易々と消し去ってしまいます。

 ですが、それだけではありません。彼らは標的を術の使用者、スピルさんへと変更します。敵を打ち滅ぼそうと、二十、三十にも上る兵隊が一斉に突撃開始しました。

 こ……これがゲルダさんの魔法……

 雪人形を自由自在に操り、まるで物語のように展開する力。流石のスピルさんもこれには真っ青でした。


「わ……私の幻影を打ち破った……それに、この数って……!」

「国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり。アーメン……」


 白い息は雪となり、雪は天使の軍勢となります。スピルさんは炎魔法を次々に放ち、数体の雪人形を溶かしてしまいました。

 ですが、それは焼け石に水。人形たちは秒単位で増え、ついには教会全体を覆い尽くしてしまいます。

 な……何という規模の魔法ですか……一面を焼き払ったモーノさんの魔法にも匹敵する……? あまりにも規格外の魔力ですよ! 負ける気がしねーですって!

 スピルさんは杖を振り払い、襲い掛かる雪人形を破壊していきます。悪魔の力を持ってしても抵抗できないのか、既に肩で息をしていました。


「そんな……こんな事って……! 私はベリアルさまと契約を交わし、特別な力を手に入れたの……! ただの人間が私に勝てるはずが……!」

「スピルさん、断罪の時です。主に祈りなさい」


 百合のハンドベルを鳴らし、ゲルダさんは天使に一斉攻撃の指示を出します。

 これは、圧倒的ですね……相手の連撃により、スピルさんは杖を弾かれてしまいます。瞬間、天使たちは容赦なく、彼女の胸に雪の槍を突き立てました。

 幻惑の闇が晴れ、元の世界へと戻ります。目に映ったのは鮮血を流し、教会の壁に磔にされるスピルさん。とても、惨たらしいものでした。


「酷い……こんなの違う……違うんですよゲルダさん……!」

「違いません。悪魔信仰者への慈悲は不要。それこそが主の意思です」


 主の声を聞いたわけでもなく……勝手にスピルさんの未来を決めるな……!

 もう、後のことは知りません。刺されたお腹は痛みますが、それでも止まるわけにはいかない!

 私はトナカイの背に立ち、そこから地上へと飛び降ります。ご主人様の操作はないため、着地と同時に身体へと衝撃が走りました。

 い……痛い……お腹から血が噴き出し、たぶん骨も折れたかもしれない……

 でも、構うもんか!


「スピル……さん……私が助けますから……! また……三人仲良く遊べますから……!」

「なんで……テトラちゃん……」


 じわりと涙を流すスピルさん。私は重い体を引きずり、雪の天使たちを掻き分けて彼女に近づきます。

 ゲルダさんは止めません。青く、雪のように冷たい瞳で私たちを見つめていました。

 手を伸ばし、スピルさんの涙を拭きます。せっかくまた仲良くなれそうなんですし、涙を流すなんてダメですよ。

 笑いましょう。私たちは笑いあうべきなんです……


「絶対助けます……だから、もう少し我慢してください……」

「もういいよ……テトラちゃんまで死んじゃう……!」

「死にませんよ……異世界転生者はチートですから……」


 チートだって……不正行為だって構わない……!

 楽しく生きるためなら、私はどんなチートだって受け入れる! それが異世界転生者のサガなら、魅せつけてやろうじゃないですか!

 ですが、口だけなら何とでも言えます。身体は限界……意識の方も持ちませんね……


 せめて……せめてご主人様と繋がれば……

 降霊の糸さえ繋がれば……


「ごめんねテトラちゃん……契約の力……返すから……」



 スピルさんが私の手を握ります。

 その時、私の頬がジーンと熱くなりました。


 恐らく、これはとっさの判断だったのでしょう。

 自分が奪ったから、せめて最後は自分の手で返そう。彼女はそう思ったんでしょうね。

 ですが、これは大正解でした。これが状況を打開する最善の一手……


 ご主人様と繋がり、位置が特定されます。

 そして、それだけではありません。



 彼はある人物と既に接触していました。

 この絶望的な状況を打開する最高のヒーローと……




「ゲルダアアアアアァァァ……!」

「はっ……!」



 それは猛々しい叫び。

 ステンドグラスをぶち破り、一人の少女が教会に乱入しました。

 とても戦闘向きとは思えないドレス姿。フリフリのフリルを翻し、彼女は瞬時にゲルダさんを敵と判断します。

 この突然の事態に対し、雪の魔法使いは表情を崩しました。すぐにハンドベルを構えますが、それよりも乱入者の方が速い! 速い!


「おっらあああああァァァ……!」

「ぐ……トリシュさん……ですか……!」


 強化魔法を使い、ゲルダさんの顔面をぶん殴るトリシュさん! 魔法を使う間も与えず、すぐに二打目が腹部へと入りました!

 わ……私と違って暴力的だー! ゲルダさんは距離を取り、ハンドベルを鳴らします。

 一斉に攻め入る天使たちの軍勢! や……やべえです! 流石のトリシュさんもこれは無理ですよ……!


「トリシュさん……! 危な……」

「うるさい……うるさい……うるさい……! なんで……ずっと友達だと思ってた……こんな未来なんて望んでなかった……! どうして私の幸せを壊すの……!?」


 彼女は……泣いていました……


 まるで、私の代わりに泣いているかのように、絶えることなく雫を落とします。

 全て察してしまったんでしょうか……薄々感づいていたのでしょうか……

 もう、修復不能なほどに歪んでしまった事態。それでも戦う事しか出来ない自分に対し、トリシュさんは深い悲しみを感じているのでしょう。


 少女は雪の天使たちを次々と破壊します。十体……二十体……

 あの雪像が弱いわけではありません。トリシュさんの強さが規格外だったのです。

 ですが、規格外なのはゲルダさんも同じこと。彼女は汗一つ流すことなく雪像を増やし、やがてその軍勢はトリシュさんを飲み込んでしまいます。


「そんな……」

「終わりましたね。しばらく眠っていてください」


 飲まれ、出てこない彼女。

 異世界転生者が……負けた……?


 最強のチートですよ……! 癒の異世界転生者、誰にも負けない治癒魔法を持つ少女。そんなトリシュさんが負けるなんてありえません!

 ゲルダさん、貴方は何者なんですか……! おかしいですよ……異常すぎます……!

 私はご主人様の力によって、肉体を操作しようとしました。ですが、ドクターストップです。彼がそれを許してくれませんでした。


 分かってますよ……限界なんでしょう……?

 だけど……だけど……!



「嫌い……ゲルダも……スピルも……テトラも……みんな大嫌い……」



 絶望が見えた時、トリシュさんの声が響きました。

 彼女は天使の雪像を溶かし、崩れた雪の中から姿を現します。

 その瞳は人形のように虚ろで、とても正気とは思えません。まるで、別の存在に変わってしまったかのようでした。


 これは……知ってます……

 私はこの現象を知っています……!


「なんで……なんで争うの……? 何で傷つけあうの……? 対外を認めれば優しい世界なのに……誰の心も痛まないのに……」


 トリシュさんは泣きます。泣いて泣いて、枯れることのない涙を流し続けます。

 やがて、彼女は両腕を広げ、転生者としての力を解放しました。

 魔法とは違う別の力。教会にハートの形をした薔薇の花びらが舞い散ります。



「心臓の……ラ・ベル……」



 その瞳には赤いハートの紋章。

 今、五人兄弟で最も気のふれた御姉さまが目覚めます。



ディズニープリンセスではベルが一番好き。

あと、ゲルダの技は元童話に沿ったものとなってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ