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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
133/248

123 まるでマッチの炎でした


 聖アウトリウスを崇める協会にて、テトラ・ゾケル最大のピンチが訪れました。

 友達に裏切られ、ナイフで刺され、幻術で精神も虚ろな状態。おまけにご主人様との契約を一時的に切られ、肉体操作も通信も出来ません。

 誰かに助けてもらいたいところですが、どうやらそれも微妙なようです。


「諦めてよテトラちゃん。ネビロスさんとの繋がりが切れたって事は、正確な位置を掴めないって事だよ。助けになんて来ないから」

「詳しいですね……悪魔契約に精通してるんですか……?」


 ガチで手がないので、得意のお喋りで脱線させます。

 人ではない私は痛みに強くて頑丈。このまま時間を稼いで、チャンスが巡って来るまで粘りましょう。

 ですが、スピルさんは私の特技を知っています。こちらの狙いも当然お見通しでした。


「そうだよ。悪魔契約についてはよく知ってる。だけど、お喋りで時間を稼ぐのは無駄だよ。こっちも殺しちゃう気はないし、君の心を変えるのが目的なんだから」


 そう言うと彼女は杖の炎を怪しく揺らめかせます。私はそれを見ないよう意識しますが、自然と受け入れてしまいました。

 私は魔力を持たない空っぽの器に近い。ご主人様の言っていた通り、スカスカな私は操作をもろに受けてしまいます。

 スピルさんのことが愛おしい……ベリアル卿の思想が素晴らしいと感じる……


 ダメだ……自分を保てないよ……


「スピルさん……」

「やっぱり、一度弱らせたのは正解だったね。身体が弱れば、心の強さも保てない。前のようにはいかないよ」


 スピルさんから招待状を貰った日、彼女はこの魔法で私を操ったんですね。

 あの時と同じように、少女の唇が私の顔に近づきます。嫌な気持ちはしません。抗うことは出来ませんでした。

 

「ねえ、キスしよっか。それで今までのテトラちゃんは終わり。これからもずっと仲良しでいようね……」

「……私の心を歪ませる。その覚悟があるんですか……?」


 私は精一杯の強がりを言います。ですが、それは単なる強がりではありません。

 今の私を変えたところで、貴方が望むものは手に入りませんよ。

 なぜなら、私の本当の名前は流星のコッペリア。テトラ・ゾケルを屈服させても、彼女が貴方を許さない。

 それを確信しつつ、私は目を閉じます。意識は深く沈みますが、同時に光が見えました。


 こんな状況でも楽しい気持ちが溢れてくる!

 さあ、もう好きにはさせませんよ!


「じゃじゃ〜ん! 流星のコッペリア参上です☆」

「え……?」


 楽しい! 楽しい! 楽しい! ですが、ちょっと違います!

 スピルさんが悲しんでる! 私の能力でズキズキ感じますよ! これはノーグッド、ダンスを楽しめないじゃないですか!

 すぐに、バック転をしながら彼女から離れます。さてさて、超覚醒してますけど操作がないとただの人。どうしましょっか?

 やっぱ言葉ですねー。お話してもっと知って、スピルさんの心を掴みます!


「今宵は聖夜。女二人で朝まで語り明かしましょう!」

「君、誰なの?」

「だから、流星のコッペリアですって!」


 私が名乗ると彼女は左掌に右拳を打ち付け、ポンッ! と鳴らします。どうやら、納得してくれたようですねー。


「瞳に星の紋章……君がベリアルさまの言ってた本当のテトラちゃんか。良いよ、相手してあげる」


 スピルさんが杖をひと振りすると、私の視界にクリスマスの風景が映ります。

 七面鳥にシチューなどの料理。暖炉は暖かく、それらは天国に誘おうと手招きしているようでした。

 ですが、もう大丈夫。幻覚は脳を騙すこと、脳=心ですから私には効きません!

 瞳の星を輝かせ、ジルさんのナイフで幻を振り払います。同じ手が通用しますか!


「もう惑わされません! 幻術士破れたりです!」

「ちぇ、じゃあ普通に倒しちゃうよ。殺しちゃったらごめーんね」


 スピルさんは杖をくるくると回し、そこから炎弾を掃射していきます。

 まるでファイアーダンスのようですね。ですが、踊りだったら負けません!

 教会を走り、出口に向かうように攻撃を回避します。

 モーノさんの魔法より遅いですから、通常時の身体能力でも対応できました。何より、相手の動きに同調しちゃってますから、体力が尽きるまでは頑張れますよ!


「さあ! 追いかけっこと行きましょう!」

「無駄だよ。操作を受けてないテトラちゃんじゃ遅すぎるもん」


 スピルさんは杖の回転を止め、今度はそれに跨がります。そして、先端の炎を噴射してロケットのように飛び上がりました。

 あっという間に回り込まれ、出入り口の前に先回りされちゃいます。ま、逃げる気はないので良いんですけどねー。

 彼女は杖をひと振りし、軽い炎で私を燻ります。


「最初の傷、激しく動いたから開いちゃってるよ。私もテトラちゃんを殺したくないし、いい加減に諦めてよ……」

「それは騙していた私に感化されたという事ですね。では、もう友達同士ではないですか!」


 熱さなんて気にも止めず、私はペラペラと喋りました。それが、スピルさんを止める最も有効な手段だと分かっていたからです。


「人形劇を楽しんでいたのは本当。私と友達になりたかったのも本当。では、どこに嘘偽りがあるのでしょうか?」

「うるさいなあ……テトラちゃん喋りすぎだよ」


 彼女は奥歯を噛み締め、イライラしながら言葉を返しました。

 敵対者同士となり、もう戻れない。そんな追い込まれた状況が、スピルさんを暴挙へと動かしたんでしょう。

 大丈夫です! 確かに私はベリアル卿を敵視していますが、目的は皆さんを助ける事。

 断罪する気も、ましてや命を奪う気も更々ありません!


「敵同士でも良いじゃないですか。戦乱を齎す、それを阻止する。決着でしたらこの結果で決めましょう。場外乱闘はご法度ですよ!」

「私の行動は……場外……?」


 あはは、楽しくなって来ましたねー。

 力勝負に持ち込ませないのが四番次女、流星のコッペリアのスタイルですから。論攻め、説得でバンバン攻撃しちゃいます!

 心に同調しちゃってますので、弱い部分は分かりますよー。ズバリ、力での解決を嫌うベリアル卿の思想との矛盾。これが貴方の迷いなんですよね?


「そうです! 無理やり物事を解決するのは、ベリアル卿が望みません! なので、もう一度やり直しましょう」


 有無を言わさず私はスピルさんに飛び付きます。そして、血だらけの身体で熱い抱擁をしました。

 同時に、流星のコッペリアを解除します。ありのままのテトラで彼女と繋がる。スキンシップは心を通わす基本ですよ。

 大丈夫、大丈夫です! 私は全部許します! いつだってあの頃に戻れます!

 心の異世界転生者は、どんな人でも受け入れるんですから……


「私……私……」


 涙を流すスピルさん。彼女の敗因は私と友達になったことでしょうね。

 相手がベリアル卿サイドである以上、対立は避けられません。ですが、それで良いじゃないですか。

 敵対者全てを叩き潰すのは楽しくない! 互いに何度もぶつかれば、いつか分かり合うときが来ます。


 私はそう信じてるから……










 鈍い、嫌な音が響きました。


 それは肉体を貫く音。私の手は真っ赤に染まり、デジャヴを感じます。

 ですが、今度の私は無傷。抱擁したスピルさんに刺されたわけではありません。

 では、この鮮血の正体は何なのか……


 それは氷塊に貫かれるスピルさんを見て悟りました。


「テトラ……ちゃん……」

「なんで……スピルさん……!」


 わけが分かりません。私が彼女に抱きついた一瞬。その僅かな時間で何者かの氷魔法が放たれたのです。

 魔法は私を避け、スピルさんだけを貫いた。粛清か断罪か、何にしても私はその行動を許せない。

 助けなきゃ……せっかく分かり合えたのに、こんな最後は嫌だ!


 ですが、私は回復薬も何も持っていません。

 誰か……誰か助けて! このままじゃスピルさんが……

 祈ることしか出来ない私に、一人の女性が近づきます。間違いなく、彼女が魔法を放った犯人のようでした。


「大丈夫ですかテトラさん。すぐに彼女から離れてください」

「ゲルダさん……」


 百合の形を模したハンドベルを持つ彼女。ベリアル卿のメイドであるゲルダ・フシノーさんでした。

 雪のように冷たい瞳はスピルさんを見下します。そこに同情も罪悪感もありません。

 そんな……なんで……二人は仲良しじゃないんですか……!


「お願いですゲルダさん……! スピルさんを助けてください……!」

「なぜ……? 彼女は大罪人です。主に背く行為をした以上、血の粛清は避けられません」


 主に背く……? スピルさんは私を刺しただけです。その私が許したのなら良いじゃないですか!

 ですが、こちらの悲痛な叫びなど気にも止めず。ゲルダさんは私を抱き寄せます。

 そして、氷塊に貫かれた少女から離れ、ハンドベルを構えました。


「よく見てください。これが悪魔に身を委ね、心を歪めた者の末路です……」


 その言葉によって、私はスピルさんが生きていると気づきます。ですが、それが本当にスピルさんなのかは分かりませんでした。

 彼女の腕がはだけ、そこから炎の形をした紋章が光ります。

 あれは、もしかしなくても悪魔契約の紋章ですよね。まさかスピルさん、ベリアル卿と契約したんじゃ……

 ゲルダさんは警戒しつつ、憐れむような言葉を零しました。


「スピルさん、貴方はなんてバカな真似を……」

「ゲルダちゃんには分からないんだよ。何でも出来る。恵まれたゲルダちゃんにはね……」


 スピルさんは胸に刺さった氷塊を抜き、それを一瞬で溶かしてしまいます。彼女の背にはコウモリのような翼が生え、口には牙が光っていました。

 まるで悪魔のようですね。これも、契約の力なんでしょうか……

 何故か服装も淫らな物となり、スピルさんは空中へと飛び上がります。もう、何がなんだか分かりませんよ……!


「スピルさん! その姿はいったい……」

「驚いた? これもベリアルさまの力だよ。ゲルダちゃんのおかげで思い出しちゃった。私はもう戻れないって……」


 ベリアル……ベリアル……! どこまで人の心を弄べば……!

 まるで悪魔の呪いを受けたかのように、教会中のキャンドルが怪しく燃え立ちます。スピルさんはそれらを操り、私たちに幻覚を見せました。

 死者の叫び……絶望の中にある深い闇……さっきまでの幸せな光景とは違いました。

 私が引っ張られないよう、ゲルダさんがその手を握りました。


「彼女は淫魔に堕ちました。こうなれば、断罪以外にありません」

「酷いなゲルダちゃん。私はただ、女の子が好きなだけだよ。何が間違ってるの? 同性を好きになっちゃダメなの? こんな世界があるから……」


 歪み合い、憎み合う二人のメイドさん。絶対に壊したくない何が壊れてしまいました。

 決して調和しない赤と青。私にその結末を見ろと言うんですか。

 胸が痛い……こんなの嫌だよ……

 ですが、ここにあるのは非情な現実。彼女たちは互いを罵倒します。


「私と違って真面目で優秀。だけど、ずっとくだらない神様に祈ってるゲルダちゃん。そんな君が大嫌いだった」

「私も、不真面目で何も出来ない。悪魔に身を委ねる貴方が嫌いでしたよ」


 壊れたんじゃありません。初めから無かったんです。

 聞きたくなかったな……ずっと、仲良しの二人でいてほしかったな……


 私の願いは、マッチの炎のように儚く消えてしまいました。



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