123 まるでマッチの炎でした
聖アウトリウスを崇める協会にて、テトラ・ゾケル最大のピンチが訪れました。
友達に裏切られ、ナイフで刺され、幻術で精神も虚ろな状態。おまけにご主人様との契約を一時的に切られ、肉体操作も通信も出来ません。
誰かに助けてもらいたいところですが、どうやらそれも微妙なようです。
「諦めてよテトラちゃん。ネビロスさんとの繋がりが切れたって事は、正確な位置を掴めないって事だよ。助けになんて来ないから」
「詳しいですね……悪魔契約に精通してるんですか……?」
ガチで手がないので、得意のお喋りで脱線させます。
人ではない私は痛みに強くて頑丈。このまま時間を稼いで、チャンスが巡って来るまで粘りましょう。
ですが、スピルさんは私の特技を知っています。こちらの狙いも当然お見通しでした。
「そうだよ。悪魔契約についてはよく知ってる。だけど、お喋りで時間を稼ぐのは無駄だよ。こっちも殺しちゃう気はないし、君の心を変えるのが目的なんだから」
そう言うと彼女は杖の炎を怪しく揺らめかせます。私はそれを見ないよう意識しますが、自然と受け入れてしまいました。
私は魔力を持たない空っぽの器に近い。ご主人様の言っていた通り、スカスカな私は操作をもろに受けてしまいます。
スピルさんのことが愛おしい……ベリアル卿の思想が素晴らしいと感じる……
ダメだ……自分を保てないよ……
「スピルさん……」
「やっぱり、一度弱らせたのは正解だったね。身体が弱れば、心の強さも保てない。前のようにはいかないよ」
スピルさんから招待状を貰った日、彼女はこの魔法で私を操ったんですね。
あの時と同じように、少女の唇が私の顔に近づきます。嫌な気持ちはしません。抗うことは出来ませんでした。
「ねえ、キスしよっか。それで今までのテトラちゃんは終わり。これからもずっと仲良しでいようね……」
「……私の心を歪ませる。その覚悟があるんですか……?」
私は精一杯の強がりを言います。ですが、それは単なる強がりではありません。
今の私を変えたところで、貴方が望むものは手に入りませんよ。
なぜなら、私の本当の名前は流星のコッペリア。テトラ・ゾケルを屈服させても、彼女が貴方を許さない。
それを確信しつつ、私は目を閉じます。意識は深く沈みますが、同時に光が見えました。
こんな状況でも楽しい気持ちが溢れてくる!
さあ、もう好きにはさせませんよ!
「じゃじゃ〜ん! 流星のコッペリア参上です☆」
「え……?」
楽しい! 楽しい! 楽しい! ですが、ちょっと違います!
スピルさんが悲しんでる! 私の能力でズキズキ感じますよ! これはノーグッド、ダンスを楽しめないじゃないですか!
すぐに、バック転をしながら彼女から離れます。さてさて、超覚醒してますけど操作がないとただの人。どうしましょっか?
やっぱ言葉ですねー。お話してもっと知って、スピルさんの心を掴みます!
「今宵は聖夜。女二人で朝まで語り明かしましょう!」
「君、誰なの?」
「だから、流星のコッペリアですって!」
私が名乗ると彼女は左掌に右拳を打ち付け、ポンッ! と鳴らします。どうやら、納得してくれたようですねー。
「瞳に星の紋章……君がベリアルさまの言ってた本当のテトラちゃんか。良いよ、相手してあげる」
スピルさんが杖をひと振りすると、私の視界にクリスマスの風景が映ります。
七面鳥にシチューなどの料理。暖炉は暖かく、それらは天国に誘おうと手招きしているようでした。
ですが、もう大丈夫。幻覚は脳を騙すこと、脳=心ですから私には効きません!
瞳の星を輝かせ、ジルさんのナイフで幻を振り払います。同じ手が通用しますか!
「もう惑わされません! 幻術士破れたりです!」
「ちぇ、じゃあ普通に倒しちゃうよ。殺しちゃったらごめーんね」
スピルさんは杖をくるくると回し、そこから炎弾を掃射していきます。
まるでファイアーダンスのようですね。ですが、踊りだったら負けません!
教会を走り、出口に向かうように攻撃を回避します。
モーノさんの魔法より遅いですから、通常時の身体能力でも対応できました。何より、相手の動きに同調しちゃってますから、体力が尽きるまでは頑張れますよ!
「さあ! 追いかけっこと行きましょう!」
「無駄だよ。操作を受けてないテトラちゃんじゃ遅すぎるもん」
スピルさんは杖の回転を止め、今度はそれに跨がります。そして、先端の炎を噴射してロケットのように飛び上がりました。
あっという間に回り込まれ、出入り口の前に先回りされちゃいます。ま、逃げる気はないので良いんですけどねー。
彼女は杖をひと振りし、軽い炎で私を燻ります。
「最初の傷、激しく動いたから開いちゃってるよ。私もテトラちゃんを殺したくないし、いい加減に諦めてよ……」
「それは騙していた私に感化されたという事ですね。では、もう友達同士ではないですか!」
熱さなんて気にも止めず、私はペラペラと喋りました。それが、スピルさんを止める最も有効な手段だと分かっていたからです。
「人形劇を楽しんでいたのは本当。私と友達になりたかったのも本当。では、どこに嘘偽りがあるのでしょうか?」
「うるさいなあ……テトラちゃん喋りすぎだよ」
彼女は奥歯を噛み締め、イライラしながら言葉を返しました。
敵対者同士となり、もう戻れない。そんな追い込まれた状況が、スピルさんを暴挙へと動かしたんでしょう。
大丈夫です! 確かに私はベリアル卿を敵視していますが、目的は皆さんを助ける事。
断罪する気も、ましてや命を奪う気も更々ありません!
「敵同士でも良いじゃないですか。戦乱を齎す、それを阻止する。決着でしたらこの結果で決めましょう。場外乱闘はご法度ですよ!」
「私の行動は……場外……?」
あはは、楽しくなって来ましたねー。
力勝負に持ち込ませないのが四番次女、流星のコッペリアのスタイルですから。論攻め、説得でバンバン攻撃しちゃいます!
心に同調しちゃってますので、弱い部分は分かりますよー。ズバリ、力での解決を嫌うベリアル卿の思想との矛盾。これが貴方の迷いなんですよね?
「そうです! 無理やり物事を解決するのは、ベリアル卿が望みません! なので、もう一度やり直しましょう」
有無を言わさず私はスピルさんに飛び付きます。そして、血だらけの身体で熱い抱擁をしました。
同時に、流星のコッペリアを解除します。ありのままのテトラで彼女と繋がる。スキンシップは心を通わす基本ですよ。
大丈夫、大丈夫です! 私は全部許します! いつだってあの頃に戻れます!
心の異世界転生者は、どんな人でも受け入れるんですから……
「私……私……」
涙を流すスピルさん。彼女の敗因は私と友達になったことでしょうね。
相手がベリアル卿サイドである以上、対立は避けられません。ですが、それで良いじゃないですか。
敵対者全てを叩き潰すのは楽しくない! 互いに何度もぶつかれば、いつか分かり合うときが来ます。
私はそう信じてるから……
鈍い、嫌な音が響きました。
それは肉体を貫く音。私の手は真っ赤に染まり、デジャヴを感じます。
ですが、今度の私は無傷。抱擁したスピルさんに刺されたわけではありません。
では、この鮮血の正体は何なのか……
それは氷塊に貫かれるスピルさんを見て悟りました。
「テトラ……ちゃん……」
「なんで……スピルさん……!」
わけが分かりません。私が彼女に抱きついた一瞬。その僅かな時間で何者かの氷魔法が放たれたのです。
魔法は私を避け、スピルさんだけを貫いた。粛清か断罪か、何にしても私はその行動を許せない。
助けなきゃ……せっかく分かり合えたのに、こんな最後は嫌だ!
ですが、私は回復薬も何も持っていません。
誰か……誰か助けて! このままじゃスピルさんが……
祈ることしか出来ない私に、一人の女性が近づきます。間違いなく、彼女が魔法を放った犯人のようでした。
「大丈夫ですかテトラさん。すぐに彼女から離れてください」
「ゲルダさん……」
百合の形を模したハンドベルを持つ彼女。ベリアル卿のメイドであるゲルダ・フシノーさんでした。
雪のように冷たい瞳はスピルさんを見下します。そこに同情も罪悪感もありません。
そんな……なんで……二人は仲良しじゃないんですか……!
「お願いですゲルダさん……! スピルさんを助けてください……!」
「なぜ……? 彼女は大罪人です。主に背く行為をした以上、血の粛清は避けられません」
主に背く……? スピルさんは私を刺しただけです。その私が許したのなら良いじゃないですか!
ですが、こちらの悲痛な叫びなど気にも止めず。ゲルダさんは私を抱き寄せます。
そして、氷塊に貫かれた少女から離れ、ハンドベルを構えました。
「よく見てください。これが悪魔に身を委ね、心を歪めた者の末路です……」
その言葉によって、私はスピルさんが生きていると気づきます。ですが、それが本当にスピルさんなのかは分かりませんでした。
彼女の腕がはだけ、そこから炎の形をした紋章が光ります。
あれは、もしかしなくても悪魔契約の紋章ですよね。まさかスピルさん、ベリアル卿と契約したんじゃ……
ゲルダさんは警戒しつつ、憐れむような言葉を零しました。
「スピルさん、貴方はなんてバカな真似を……」
「ゲルダちゃんには分からないんだよ。何でも出来る。恵まれたゲルダちゃんにはね……」
スピルさんは胸に刺さった氷塊を抜き、それを一瞬で溶かしてしまいます。彼女の背にはコウモリのような翼が生え、口には牙が光っていました。
まるで悪魔のようですね。これも、契約の力なんでしょうか……
何故か服装も淫らな物となり、スピルさんは空中へと飛び上がります。もう、何がなんだか分かりませんよ……!
「スピルさん! その姿はいったい……」
「驚いた? これもベリアルさまの力だよ。ゲルダちゃんのおかげで思い出しちゃった。私はもう戻れないって……」
ベリアル……ベリアル……! どこまで人の心を弄べば……!
まるで悪魔の呪いを受けたかのように、教会中のキャンドルが怪しく燃え立ちます。スピルさんはそれらを操り、私たちに幻覚を見せました。
死者の叫び……絶望の中にある深い闇……さっきまでの幸せな光景とは違いました。
私が引っ張られないよう、ゲルダさんがその手を握りました。
「彼女は淫魔に堕ちました。こうなれば、断罪以外にありません」
「酷いなゲルダちゃん。私はただ、女の子が好きなだけだよ。何が間違ってるの? 同性を好きになっちゃダメなの? こんな世界があるから……」
歪み合い、憎み合う二人のメイドさん。絶対に壊したくない何が壊れてしまいました。
決して調和しない赤と青。私にその結末を見ろと言うんですか。
胸が痛い……こんなの嫌だよ……
ですが、ここにあるのは非情な現実。彼女たちは互いを罵倒します。
「私と違って真面目で優秀。だけど、ずっとくだらない神様に祈ってるゲルダちゃん。そんな君が大嫌いだった」
「私も、不真面目で何も出来ない。悪魔に身を委ねる貴方が嫌いでしたよ」
壊れたんじゃありません。初めから無かったんです。
聞きたくなかったな……ずっと、仲良しの二人でいてほしかったな……
私の願いは、マッチの炎のように儚く消えてしまいました。