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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
131/248

121 聖夜に行う人形劇です


 フラウラの教会で鐘の音が鳴ります。神父様のお言葉が終わり、いよいよ私たちパフォーマーによる催し物が始まりました。

 まあ催しと言っても、適当にパーティーを盛り上げる宴会芸みたいなものですけどね。興味のない人は無視して食事をしていることでしょう。


 私はゲルダさんの指示に従い、小さな舞台に立ちます。一応、初めての公演になるんでしょうかね? 不思議と緊張はしていません。

 小道具や指以外の手を隠す台を設置し、その上に布で作った街の背景を飾ります。

 神聖なお祭りなので、テンションは低めで行きますか。派手な道化衣装もこの場には不相応。なので、私はドレス姿のまま一礼します。

 話しの内容は貴族向け、加えて宗教的なものを選びました。この舞台は異世界での地位に関わるもの。妥協なく本気で演じますよ!


「あるところに一人の老いた神父様が住んでいました。聖夜祭の日、彼が教会でのミサを終え、帰路をたどる途中。雪降る町の片隅で一人の少女と出会いました」


 右手で動かすは広い髭の神父様。左手で動かすは貧しい服装をした少女。

 ご主人様のマリオネットを何度も見たんです。街でも人形劇は幾度となく行っています。多くの貴族を前にしても私のやる事は変わりません。

 最高のエンターテイメントを見せてやります。この日のために、わざわざ見やすいように大きめの人形を作ったんですから。


「少女は寒さに震え、空腹に倒れていました。『今宵は聖なる夜。聖アウトリウスさまを感謝するこの日に、彼女と巡り合ったのは何かの縁』。神父様はそう言って、少女に金貨を手渡します。彼はずっと、貧しい子供たちに対して思う事があったのです」


 内容も子供向けではありませんよ。この場にいるのは貴族の大人たちが大半。客層のニーズに応えるのはエンターテイナーの務めですから。

 だからこそ、ガチガチの宗教ストーリーです。聖アウトリウスさまと天使さまをとことん崇拝しましょう。


「『この世界には幾人もの貧しい子供たちがいる。聖夜祭であるこの日に何か出来ることはないだろうか……』。神父様は自身の金貨を持ち出し、深夜に街を渡り歩きます。貧しく、子供の身売りを考える家。両親が病気で、それを養うために子供が働く家。それらの窓に、彼は一枚ずつ金貨を投げ入れていきました」


 私は右人差し指を生き生きと動かし、神父様に魂を与えました。私の心が乗り移ったのでしょうか、彼は面白おかしく街を駆けていきます。当初より、剽軽なおじさんになってしまいましたね。

 神父様は驚くほどの善人で良いんです。そこまでしなければ、今後の展開に説得力を持たせることは出来ません。

 聖アウトリス教の預言者……聖人……そう呼ばれる存在は、英雄と呼ばれるほどの善人が求められます。


「神父様はまるで何かに導かれてるようでした。深夜の街、降り注ぐ雪は徐々に強まります。やがて、老体である彼の脚はもつれ、積もる雪の上に倒れてしまいました」


 右人差し指の力を抜き、神父様を地に伏せさせました。


「なぜ、こんな事をしたのか。なぜ、居ても立っても居られなくなったのか。彼は気づいていたのです。老いた自身には、死の運命が近づいていることに……」


 私はハッピーエンドが好きですが、必要なバッドエンドもあります。そういうところも、今回はガチで行きますからね。


「朦朧とする意識の中、ふと彼は大きなモミの木に目をやります。その頂点がまるで星のように輝いて見えたのです。いえ、それだけではありません。木全体が夜空のように飾られているではありませんか」


 指人形の背景に、布で作ったクリスマスツリーを設置します。右手で神父様を動かしつつ、左手でさり気なく迅速に行うのがコツですね。

 人形劇において、右手で動かす主役の操作は安定します。ですが、その間に背景のチェンジやサブキャラの操作を行う左手は忙しい。今も、すぐに左手に人形を付け替えなければなりません。


 今から、左手で操作する人形は真の主役なのかもしれません。

 だからこそ、私は神父様の人形を小指に付け替え、残りの手で街で買ったベルを鳴らしました。



「祝福のお知らせに来ました」

「祝福のお知らせに来ました……」



 私がその台詞を言った時、なぜか客席の誰かの声が重なりました。

 まるで、私が次に行う事を読まれていたような感覚。ですが、それは悪意ある行動には感じません。

 不思議です……気にはなりますが、今は演劇中です。邪魔をしないというのなら、そこで私のショーを見ていてください。


「ベルの音と共に一人の女性の声が響きます。モミの木の頂点に輝く星は、やがて紺碧の光となって神父様の前に降り立ちました。光は徐々に人の姿となり、雪に沈む彼を優しく膝の上に乗せます。『貴方は神父として賢明な人生を送りました。そして、今日。多くの子供たちを救ったその姿を主は必ず見ておられます……』」


 左手を操作し、三日三晩で作った私の最高傑作を動かしました。

 雪降る街に輝く女性。ターコイズブルーをした四枚の翼を持ち、その表情は母性に満ち溢れています。

 左手の神父に再び生気を与えました。光の魔石を使い微弱な光を放ちつつ、彼と大天使との巡り合いを演出します。


「神父様は手を伸ばします。彼はその女性を知っていました。ずっと、出会いたかった。ずっと、求めていた。いつか、この眼に焼き付けたかった天の上の存在……温かい光に包まれつつ、彼は一筋の涙を流します。そして、祝福されし彼女の名を口にしました……」



 大天使ガブリエルと……











 神父様は、大天使ガブリエルさまの声を聞いた預言者です。

 数多くの子供たちを救い、彼は聖なる夜に天へと召されました。


 救われないお話し? 救われたお話? 作った私にも分かりません。

 ただ、この物語の主人公のように、清く正しく生きればいつか天からの祝福があります。本当に大いなる主がいるのなら、そういうところを見ているんだと思いますよ。

 なんて、つまらないメッセージを伝えたかっただけです。貴族の皆さんにも誰かを救ってほしいですね。


「や……やりきったー……」

「見事だったぞテトラ。観客からの評価は上々だ」

「くおりてぃを上げたのう。この世界ならば、一人で食っていけるレベルじゃろう」


 舞台から降りると、ご主人様とバアルさまから評価されます。

 ま、フラウラに戻ってからは暇でしたからね。道具を揃える時間はありましたし、練習するには十分すぎるほどの環境もあります。

 ですが、それよりも大事なのは物語を動かす上での経験ですかね。大天使ガブリエルさまも、一度出会った大天使ウリエルさまからインスピレーションを受けました。ま、あの人は天使というより悪魔って言うほど性格が悪いですけど……


「リアルな方の修羅場を掻い潜りましたから。その経験が生かされてるんですよ」

「なるほど、しかし大天使ガブリエルとは……聖夜祭は聖アウトリウスの誕生を祝うもの。彼の誕生を告知したのがガブリエルと言われているな」

「まんまクリスマスですよねー。その点を意識して彼女に登場してもらいました」


 そうですそうです。聖夜=ガブリエルさま! そのムードを大事にしたかったんですよー。

 あんまり天使とか悪魔に詳しくない私ですが、彼女の名前はよく知っています。たぶん、天使の中では一番有名じゃないでしょうか? 母性や愛、女性らしさが表現された天使さまで、画家のヴィクトリアさんもよく描いていました。

 実際、ベリアル卿の部屋にも飾られています。人に主の言葉を伝える天使さまなので、その繋がりは一番深いのかもしれませんね。


 そして、ここに来て新たなことが分かります。

 ガブリエルさまは、私とご主人様とも繋がりの深い天使さまでした。


「ガブリエルのう……砂漠の民の間でも奴の名は知れていた。あっちではジブリールと呼ばれておったが……」

「じ……ジブリール!? じゃあ、私とご主人様を巡りあわせたのは彼女ですか!」


 あー……やっぱりそうでしたか。まあ、薄々感づいていたんですけどね。

 彼女は告知の天使さまです。主のお言葉を聞き、それをご主人様に伝えたのなら合点がいくでしょう。

 アークエンジェルたちは私たちが転生する遥か前から、この展開を想定していました。そして、異世界転生自体が堕天使ベリアルの計画なのは確定しています。

 それらを考慮した上での結論は一つ。


 これは天使と悪魔による代理戦争。

 ただし、どちらも私たちの動きを縛っていません。


「ガブリエルさまは切っ掛けを与えただけです。そうしろ、こうしろとは一切言われていません」

「それはベリアルも同じだ。お前たち転生者がこの世界で何を成すのか。未来は今後の行動で決まるのかもしれない」


 天使も悪魔も助言だけですか。どちらが何を求めていようとも、私の目的は変わりませんけどね。

 この国を救って元の世界に戻る! ただ、それだけですよ。

 ま、祝福を受けているというのなら遠慮なく貰っちゃいますけどねー。こちとら、既に悪魔と他宗教の神とつるんでいますしー、天使一人増えたところでノープログレムです。


 劇を終えて一息ついているところ、メイドのスピルさんとゲルダさんが話しかけます。

 スピルさんはいつもと同じように私の劇を大絶賛。両手を握り、ゼロ距離からのスキンシップを取ります。


「良かったよ! すごく良かった……!」

「ありがとうございます」


 なんだか、いつもより若干テンションが高いような……

 違和感を覚えた私は、さり気なーく彼女の顔を覗き込みす。すると、その眼から一滴の雫が落ちるのが見えてしまいました。

 スピルさん……泣いてる……? まさか、ここまで感動してくれるとは思いませんでした。

 彼女のオーバーリアクションのおかげで、私も自信が湧いてきます。これは、ゲルダさんからも大絶賛でしょうかねー。

 なんて思っていた私に、彼女は予想外の感想を言います。


「演出は評価します。ですが、大天使ガブリエルは主の言葉を告知するだけの存在。誰も救ったりはしませんよ……」

「……え?」


 これは、聖アウトリウス教ガチ勢からの評価って事でしょうか……?

 うーん、何だか微妙な反応です。褒めてくれると思ったんですけどねー。

 赤い瞳のメイドさんと、青い瞳のメイドさん。前者は炎の魔法使いで、後者は雪の魔法使い。二人は行動を共にすることが多いですが、性格も能力も真反対です。


「じゃ、私たちベリアルさまのところに戻るから。残りの時間を楽しんでねー!」

「では、失礼します」


 ハイテンションとローテンション、それでも仲良くやっているのは凄いですね。きっと、二人には私の知らない絆があるんでしょう。

 ですが、手を繋ごうとするスピルさんをゲルダさんが華麗にスルーしてますね。温度差も火と氷の関係というのは面白いです。

 あの二人に囲まれていれば、トリシュさんも退屈しないでしょう。そりゃー、ベリアル卿を狙う私は、平穏を壊す外敵に感じちゃいますか。


「ベリアル卿とメイドさん二人。それにトリシュさん。あの四人ってどんな関係なんでしょうかねー」

「無視出来ぬ議題やもしれんぞ。今後、ベリアルの奴と対するのならばな」


 そう、バアルさまに言われちゃいますが、やっぱり幸せを壊したくないですね。トリシュさんとも心を繋げたいですし、何か良い方法はないのでしょうか……

 舞台で歌うのは少年少女の聖歌隊。その歌声を聴きつつ、私は一人考え続けました。


ゲルダ「悪魔の鏡が刺さった心と瞳。雪の女王に囚われた思い人」

テトラ「優しい涙は人を救います。裸足で救いに飛び出しましょう!」

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