120 雪降る聖夜祭です
雪! 雪! 雪! 雪ぃぃぃ!
外は真っ白の雪化粧! ついに、本格的な冬が始まりましたねー!
森の木々に雪が積もり、いつもの光景とはまるで違っています。まさか、特別な日がこんな事になるなんて、運が良いのか悪いのかって感じですよ。
そう、今日は待ちに待った聖夜祭! 私たちコッペリウス一同もお出かけですよー!
私は普段着ないような派手めのパーティードレスを着ます。ご主人様は幽霊館主のような不気味めの衣装。バアルさまはアラブ風のドレスでとってもきゃわわですね。
全てご主人様が作った物です。クオリティは高いですし、彼も満足そうで何よりでした。
「素晴らしい。やはり、私の作品は常に進化をしている。これならば、理想の演劇も可能となるだろう」
「今から行くのはパーティーじゃ。それに、ベリアルの奴が主催じゃろう? 罠やもしれんぞ……」
そんな、催し前に不穏なことを言わないでくださいよ……ベリアル卿の性格上、そんな冷めるような事はしないと思いますけどね。
ですが、戦力が私とご主人様しかいないのは心配です。バアルさまは論外ですし、ご主人様も私を操作すると自身は片手でしか戦えません。
ああ、ここに来てモーノパーティーのありがたみが分かる……彼らは来ないんですか!
「モーノさんたちは招待されてませんかね。だって、英雄じゃないですか」
「英雄だからこそ、彼らはバシレウス王主催のパーティーに出席するはずだ。ベリアルは領主、彼が主催するパーティーは当然フラウラ周辺の催しだろう」
あー、なるほど……そうなると商業ギルドマスターのシャイロックさんも王都の方ですね。こちらに来るメンバーはどんな人がいましたっけ……
ま、他の戦力に期待しても仕方ありません。問題が起きるとは決まってませんし、ベリアル卿を疑っても仕方ないでしょう。
ですが、アスタロトさんに言われた言葉が気がかりです。既に攻撃を受けている……
今宵は聖夜、何も起きなければ幸いでした。
豪華なシャンデリアの輝く広間。赤い絨毯に白いテーブルクロス。装飾は金色にあしらわれ、窓は貴重なガラスによって作られています。
ここは晩餐会やダンスパーティーを開く広間。質素なベリアル卿の館でもこの場所だけは例外ですね。
年に数回、彼は屋敷に客人を招き、特別な時間を提供します。それも領主としてのお仕事でした。
今日は年に一度の特別な日。
いくつも置かれたテーブルには豪華な食事が振舞われ、訪れた客人はドレスやジャケットで着飾ってます。
大きな暖炉によって部屋は暖かいですが、窓の外ではチラチラと雪が降ってますね。夜空に雪とは、最高のムードになってきました。
主催者の領主、ベリアル卿は参加者全員に挨拶回りをしています。彼は私たちの存在に気付くと、すぐにこちらへと歩いてきました。
「ネビロスさん、テトラさん。足を運んでいただいてありがとうございます。歓迎しますよ」
「こちらこそ、ご招待いただいて光栄に思います。催しには是非、このテトラの人形劇を」
「プログラムは用意しています。首を長くして待つことにしましょう」
私は右手を前に出し、丁寧に頭を下げます。それに対し、ベリアル卿も誠意で答えました。
お互いにリスペクトのある会話。勿論、心の奥底にある敵対心は決して表に出しません。
どちらもニヤニヤ笑い、どちらもポーカーフェイス。それに対し、バアルさまがひそひそ声で私に言います。
「お主ら……互いに敵対者と分かっていながら、よく真面に会話できるものじゃな」
「それはそれ、これはこれですから。政は楽しまなければ」
「気質がそっくりじゃ……怖いのう」
そう、私もベリアル卿も道化気質のトリックスター。祭りも賑わいも、混沌すらも大好物なんですよ。
だからこそ、お互いに考えていることは分かります。ベリアル卿は今回も直接混乱を巻き起こしたりはしません。他者を媒体に間接的な混沌を望むはずです。
そして、私たちはその邪魔をする。ご主人様も臨戦態勢なんでしょうか、積極的に会話に参加します。
「見たところ、貴族の者たちが多いようだ。私たちのような身分違いを招いて良かったのだろうか?」
「貴方がたは特別ですよ。本心は身分を超えて多くの方を呼びたかったのですが……こちらも大臣としての立場があり面倒なものですよ」
うんざりといった表情をしつつ、ぺこりと頭を下げるベリアル卿。大臣としての立場を守るため、彼は彼なりに苦労しているといった感じでした。
会場を見たところ、貴族以外にもフラウラ周辺を拠点とする商人さん、冒険者の方と思われる人もいます。全て、ベリアル卿のお知り合いなんでしょうね。人脈の広さが伺えました。
他にも挨拶回りがあるようで、大臣様は忙しそうにこの場から離れます。そんな彼の後に付く少女が一人。不意に私は彼女と目が合ってしまいます。
「あ……」
「む……」
うわ、トリシュさんだ。気まずっ……
私の衣装よりフリフリで動きづらそうなドレス。まるでお姫様のようですが、無理やりおめかしさせられた子犬のようでもありますね……
彼女は不機嫌そうに私を睨み、無言の圧を加えてきます。ですが、私はお調子者の道化気質。全く気にせずに笑顔で答えちゃいます!
「あの、トリシュさんも居て良かったで……」
「ぷいっ……」
振り向き、無反応でベリアル卿の後に続くトリシュさん。
む……無視されたー! やっぱり、彼に関わったの怒ってる! しょうがないじゃないですか! こちとら招待された立場じゃー!
ちょっとムカッと来ちゃうじゃないですか……こうなったら、無理やり話してやります! 私はトリシュさんを呼び止めようと、人ごみの中へと突っ込みました。
ですが、ここはパーティー会場。お客さんの一人にドン! っと衝突してしまいます。
う……今ので見失っちゃいましたね。とりあえず、ぶつかった人に謝りましょう。
「す……すいません! よそ見してて……」
「あん……?」
私を見下ろすのは高身長の男性。肩に青い鳥を乗せ、片足を失っているので松葉杖をついています。
銀色の髪と髭をはやしていますが、老人という歳ではありません。肌は青白く、黒いジュストコールがカッコよく決まっていました。
ガラの悪い彼に対し、思わずたじろいでしまいます。なっ……なんで聖夜祭にヤクザがいるんですか!
言葉につまっていると、ヤクザの後ろから女性が顔を出します。彼女は私の知っている人物でした。
「あ、テトラさんではないですか」
「マーシュさん!? 何で貴方が……!」
フラウラ冒険者ギルドの受付嬢、マーシュ・コメットさん。長い髪が美しい新婚妊婦さんです。
彼女はぺこりと頭を下げ、ご主人様たちに挨拶しました。敬語口調ですが、マニュアル主義ではきはき喋るマイアさんとはまるで違いますね。マーシュさんの方がフランクで取っ付きやすい印象です。
受付嬢の仕事が染みついているのでしょう。彼女は丁寧語で答えます。
「私たちは近辺の冒険者ギルドなのですから、御呼ばれが掛かるのは当然ですよ。人数は押さえていますが、Aランク以上の冒険者は顔を出しています」
あー、だから冒険者の人がちらほらいるんですね。では、片足のおっさんも同業者ですか。
彼は「にしし……」と笑いながら、腰を落として私の目前に顔を近づけます。見た目は怖いヤクザにしか見えませんが、性格はとってもフレンドリーでした。
「てめえがテトラか……頭がおかしい奴と聞いている。俺はフラウラ冒険者ギルドマスター、ジョナサン・シルバード。そして、こいつは看板鳥のキュアノスだ」
「とりぴっち……!」
看板鳥ってなに……? シルバードさんはキュアノスくんの顎を撫で、私に彼の姿を見せます。
美しい青色をしたハトさんですね。私の世界にもカワセミがいますが、彼の体毛は一切の妥協なく瑠璃色です。
見ていると幸せな気分になりました。きっと、そんなキュアノスくんと仲良しなギルドマスターも良い人なんでしょう。
頭を深く下げ、こちらも自己紹介を返します。
「テトラ・ゾケルと申します。王都では協力者を送っていただいてありがとうございます!」
「まあ、気にすんな。俺は祭りが好きだ。てめえそうだろう? お互い、催しを楽しもうじゃねえか」
振る舞われたワインを豪快に飲みつつ、シルバードさんはその場を後にします。そんな彼にやれやれといった様子でマーシュさんもついて行きました。
まさか、ここでギルドマスターさんに会うとは思いませんでしたね。ま、助けてもらってるのでお礼を言えて良かったです。
さてさて、いつの間にやらご主人様たちと逸れてしまいました。お互いに子供ではありませんし、気にする事ではありませんが。
私は人形劇の催しがあるので、スピルさんとゲルダに会わなくてはなりません。なので、私は彼女たちを探すため、別室の扉を開けました。
私の視界に広がったのは炎と湯気。どこからどう見ても厨房で、雇われたシェフたちが懸命に働いています。
「うっわ……地獄の調理風景……パーティーの裏は見たくなかったなあ……」
「テトラさん、そこは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
扉を潜ろうとする私を誰かが呼び止めます。すぐに後ろへと振り返ると、そこには青いメイド服の女性が立っていました。
ベリアル卿に仕えるメイドさん、ゲルダ・フシノーさんです。
合流できて良かったですけど、今はお仕事中の様子。彼女は忙しそうに、料理をテーブルに並べていました。
「ゲルダさん、忙しそうですね。ご迷惑をお掛けしました」
「いえ、今日の仕事は全て委託しています。今、私が手伝っているのは全て独断です」
えー、せっかく休みを貰ったのなら楽しみましょうよ。ベリアル卿のはからいが大無しじゃないですかー。
私とあの人の気質が似ているのなら、たぶん怒るでしょうね。なので、無理やり料理を奪ってさっと並べてしまいます。
これ以上はお仕事禁止! 他を雇ったのなら、その人たちにやらせておけば良いんです!
「ゲルダさん、ベリアル卿が気を悪くしますよ。ファウスト家メイドとして、主人のはからいは受けるものです」
「ですが……このような祭事に何をすれば……私、仕事とお祈り以外は何も……」
うっわ、ど真面目だぁ……ジト目を伏せつつ、ゲルダさんは本気で困惑していました。
今宵は聖夜なんですよ。パーッと盛り上がらないと!
なので、私はテーブルに置かれたワイングラスを二つ取ります。そして、その一つを彼女に渡し、互いのグラスを当てました。
「カンパーイ! 聖アウトリウスさまに感謝しましょう!」
「……はい。乾杯です」
お酒を口にするゲルダさん。まあ、私は元の世界でのルールを大事にしたいので、一滴も飲みませんけどー。
うまく隠しつつ、ワイングラスをテーブルに戻します。うーん、私って嫌な子。
あ、無礼講ついでに聞きたいことがあったんでした。さりげなーく探ってみましょうか。
「ゲルダさんって綺麗ですけど、恋人はいないのでしょうか。もし寂しいなら、私が付き合っても良いですよー」
「聖アウトリウス教において、同性愛は不純な存在です。もし、貴方に邪な感情があるのなら……」
「じょ……冗談に決まってるじゃないですか。嫌ですねー!」
眼がマジだー。これはスピルさん、ゲルダさんに話していませんね……
彼女の口から差別的な言葉が出てしまったのは複雑です。ですが、熱心な聖アウトリウス教徒なら仕方ありません。
これがこの時代の価値観です。スピルさんもずっと我慢して生きてきたんでしょうかね。
風船は少しずつ膨らみ、やがて破裂する時が来ます。
私はそれが怖くて仕方ありませんでした。