119 エロティックな人が多すぎます!
悪魔アスタロトさんを連れ、私たちはマイハウスへと戻ります。
そこでお留守番をしていたのはポンコツ女神のバアルさま。エプロン姿で夕飯を作り、すっかりこの生活に順応していました。
ですが、そんな彼女は私たちの姿を見た途端、もっていた木製オタマを落としてしまいます。そして、ただの褐色ロリから、一人の神として切り替わりました。
「あ……アシュトレト……なぜこやつが! ここで会ったが百年目じゃ!」
「バアルか。こんなところで会うとは、世界は狭きものよの……」
バアルさまは自らの頭上に雨雲を浮かべ、アスタロトさんは袖から黒蛇の顔を出します。どうやら、二人はお知り合いのようでした。
ですが、家の中で大乱闘はダメですって! 夕飯が控えてますし、当然止めますよ!
「ちょちょちょ! 喧嘩はやめてください! バアルさまは彼女を知っているんですか!?」
「当然! こやつはカナンの地から逃げ出し、女神の名を捨てた臆病者じゃ! あの後、民は虐殺され、信仰を失ったわしはこんな姿に……全てこやつのせいじゃ!」
「神にも民を選ぶ権利はあろう? 将来性のない女神の名に執着するより、悪魔という立場に甘んじた方が得策と判断しただけの事よ」
どうやら、カナンの地には複数の神がいて、アスタロトさんは民を見捨てて悪魔になったようですね。それで、残されたバアルさまは信仰が弱まって幼女化と……
微妙に逆恨みのような……何にしても、アスタロトさんはナイスバディーなので、悪魔という立場の方が力を誇示できるようでした。
当然、バアルさまに勝てるはずがありません。ご主人様は彼女を軽く押さえ、神についての説明をします。
「彼女は女神アシュトレトの名を捨てた。納める地や民により、神は名や立場を変える。今の彼女は地獄の第三位、悪魔アスタロトだ」
へー、三位……えっと、なんの三位?
「あの……第三位って……」
「彼女より上の悪魔はルシファー、ベルゼブブのみ。名実ともに最高位の存在だ」
は……はあああああ!? 超レジェンドじゃねーですか! 超VIPじゃねーですか!
説明しろよ! 社長クラス来たら説明しろって!
すぐに頭を垂れます。ヤベー奴には従う! へこへこして気に入られる! それがジェスターだ!
「は……ははー」
「そなた、ゲンキンよのう……」
当然、酷い変わり身なのでどん引きされます。何とでも言え、こちとら真剣ですから!
相手の力を察したのか、バアルさまは急に大人しくなります。ポンコツも少しは学んだようですか、彼女は悔しそうに「ぐぬぬ……」と言っていますね。
まあ、相手が悪魔の三番手なら仕方ありません。アスタロトさまは呆れながらも、私に向かって疑問を投げかけます。
「面を上げよ。先程の戦いだが、なぜ手を抜いた」
「いえ、手加減など一切……」
「わらわに嘘は通用せん。正直に申せ」
えー、だって状況分かりませんでしたしー。ご主人様の恋人だって勝手に思ってましたもの。
それに、悪意ある外敵とは思いませんでしたしね。これでも心の異世界転生者です。殺気ぐらいなら呼吸をするかのように察知できますよ。
「殺意を感じませんでしたし、痛いぐらいで済むのならと……」
「ほう……それが分かったか。ネビロス、この小娘をどこで捉えた」
少し楽しそうな顔をするアスタロトさま。そんな彼女の問いに対し、ご主人様は腕を組んで答えます。
「私ではない。百年前にジブリールから神託を聞いた」
「主の神託か? あの女……考えが読めんな」
友達の友達の話。前にご主人様が見せた人形劇の内容ですね。
百年も前の話となると、ツァンカリス卿と出会う以前の話ですか。この人、かなり前から人間界でフラフラしていたようです。
そうなると、やっぱりご主人様を導いたのは天使様でしょう。アスタロトさまもジブリールさんを知ってますし、これは間違いありません。
彼女との出会いがご主人様を変えた……? ではその後、彼はいったい何を成したのでしょう?
「そなたがこの地に降り立ったのも百年前であろう。それで、ベリアルの調査結果はどうだ? この百年で何をした?」
アスタロトさまも聞きます。ベリアル卿の監視が仕事なら、その成果を話すべきでしょう。
実際、今の今まであの巨悪はやりたい放題やっています。彼に対して何を思ったのか、何か止める手段はなかったのか。是非聞きたいところですね。
ご主人様は口を開きます。重々しく、僅かに表情を崩しつつゆっくりと……
「人間と契約を交わし、それを失って死体を操れなくなった。その後は無気力に過ごしていたが、ある靴職人と出会ったことで裁縫の存在を知った。死体の代用として使っていた人形を着飾る。この行為によって物に魂が宿り、心揺さぶる演劇が行えると私は学んだのだ」
良い話しだなー。あれ? ベリアル卿消えてね? 今の話関係なくね?
話しの中でベリアル卿の「ベ」の字も出てこない……ヤベーですって、これはヤベー奴ですって……
開き直ったんでしょうか、ご主人様は珍しく笑います。そして、怒りに震えるアスタロトさんにはっきりと言いました。
「すまない。どうやら遊んでしまったようだ」
瞬間、上司の高速ハイキックが決まり、ご主人様は吹っ飛びました。
家のドアをぶち開け、さながらドラ○ンボールのワンシーンのように外の木に叩きつけられます。あまりの衝撃で、不幸にもその木はぶち折れましたねー。
酷い……これはご主人様が全面的に悪い……
私が家から飛び出すのと同時に、アスタロトさまが素足で彼を踏みつけます。
「そなた、ふざけているのか?」
「ふざけてなどいない。故に『すまない』と謝ったのだ」
「このたわけが! 足を舐めよ!」
「断らしてもらおう。不衛生極まりない」
絵図らが完全にSMクラブですが、ご主人様は床に伏せつつも無表情で腕を組んでいます。
この人、全っ然こたえてない……無駄に丈夫だなあ……まあ、悪魔ですから人間と身体の仕組みが違いますよね。寿命もないようですし。
なんか、アスタロトさんは話してみたら普通の人でした。むしろ、ご主人様の方がヤベー奴ですね。
女性は豚を見るような眼で彼を見下し、私に視線を向けます。そして、帰り際に一つ忠告を与えました。
「ベリアルと対するのならば気を引き締めよ。そなた、すでに奴からの攻撃を受けておるぞ」
「え……?」
その言葉を最後に、アスタロトさんはコートを翻して姿を消します。安全を確認したのか、すぐにバアルさまが私の元へと駆け寄ってきました。
攻撃を受けている……? どういう事でしょう。私はベリアル卿と接触していませんし、何か妨害を受けた記憶もありません。身体の方もいたって丈夫でした。
もし、本当に攻撃を受けたのなら心の方……? 身震いをし、少し不安になってきます。
周りを見ると、地面に伏せて満更でもないご主人様。ライバルの撤退に対し、なぜか勝ち誇った顔でドヤ顔するバアルさま。
こっちの戦力やべえ!
モーノさーん! ジルさーん! ボスケテー!
朝、いつも通りフラウラの街で人形劇を披露します。
既にテトラ・ゾケルはそれなりに有名人で、『変人コッペリウスの弟子が何かしてる』、『奴隷の大道芸がそこそこ面白い』と評判でした。
最近は子供やご年配の方以外も見てくれる人がいます。私自身が腕を上げてクオリティが高くなったから。根気よく続けたため信用を勝ち取ったため。理由は多々ありますが、少しずつ芸能人に近づいているような気がしました。
今日は貴族の女性が見に来たので正直ビビりましたよ。
彼女は笑っていたので手ごたえはありました。やっぱり、娯楽の少ないこの国で私の存在は貴重ということでしょう。
だからこそ、大事にされていると感じます。そうでなくても、頬の紋章のおかげで誰も手出ししたりしませんけどね。
「拍手拍手だよー! テトラちゃんは今日も絶好調だね!」
「あははー、スピルさんも絶好調ですねー」
そして、今日も変わらずメイドのスピルさんが観客に混ざっていました。彼女とは王都で行動を共にしたので、フラウラでは一番仲がいいんですよねー。
赤いメイド服に、炎のように真っ赤な瞳。彼女は背負った杖に赤い火を灯し、私の手を握ります。そして、ずいずいとその顔を近づけました。
「ねえねえ、宮廷道化師のことをベリアルさまに話したんだ。そしたら、『私は構いませんよ。いつでもテトラさんを待ってます』って言ってたよ! だからさ、私と一緒に来てよ……テトラちゃん……」
「ちょっと、顔が近いですって……」
囁くような蠱惑的なスピルさんの言葉。それを聞くと、何だか頭がぼーっとしてきましたね……
彼女の後ろでは美しい炎が揺らめいています。世界の全てが炎と同じように揺らめき、心地よい感覚が身体全体に走りました。
熱い……私の白い吐息が、スピルさんの吐息と混ざります。
「テトラちゃんってさ、自分を過小評価しすぎだと思うんだ。テトラちゃんは可愛いよ。とってもとっても可愛いよ。私もベリアルさまも……キミを認めてるんだよ……?」
「そう……でしょうか……」
あれ……? いつの間にか裏路地に移動してる……?
スピルさんの顔はさらに近づき、彼女の唇が私の唇を狙います……
何だか、とても魅力的に見えてきました……このままもっと近づいて……
って、私は何をしているっ!
思わず、スピルさんを突き飛ばしてしまいます。や……ヤベエ! 今のはヤバかった!
冷静になったことにより、再び体が冷えてきました。まったく、雰囲気に流されてしまうなんて私らしくありません!
「すいませんスピルさん! わ……私はなんてことをー!」
「ううん、良いよ良いよ! ちょっと私も距離が近かったかな?」
ちょっと……? いえ、近すぎですって! 王都で同じベッドで寝ようとしたのって……
つまりそういう事でしたか。そうでしたか。今後は要注意することにしましょう。
彼女は残念そうな顔をしつつ、私に一枚の便せんを渡します。どうやら、それはパーティーの招待状のようでした。
「じゃあさ、ベリアルさまの聖夜祭に招待しちゃうよ。屋敷で働かないのなら、せめて大勢の前で人形劇を披露してほしいな。勿論、ネビロスさんも招待するよ!」
「せ……聖夜祭ですか……」
「そう! 英雄、聖アウトリウスさまが誕生した前日。その特別な日を祝うんだよ! って、みんな知ってるよね」
聖夜祭、私の世界で言うクリスマスです。そう言えば、あと数週間でその特別な日でしたか。そりゃー、外も寒くなるわけですよ。
私がスピルさんと話していると、白い雪がチラチラと降り始めます。そろそろ、本格的な冬になりそうですねー。私はぶるんと体を振るわせました。
すぐにスピルさんが反応します。蠱惑な表情で……
「暖めてあげようか?」
「い……いえいえ! 遠慮しておきます!」
彼女がそういう人なのは分かりましたが、さっきは私もおかしかったです。なんで受け入れようとしてしまったんでしょうかね……
少女の背中に灯っていた炎が、今は完全に消えています。あれも幻覚だったのでしょうか……?
うーん、今日の私はおかしい! 買い物を済まして、早めに帰って人形を作りましょう! そうやって、心を落ち着かせるのが一番でした。
スピル「マッチを擦ると温かいクリスマスの夜。魔法のマッチは魂を天国に……」
テトラ「救われない話しですね。救済はないのでしょうか……」