118 ヤベー奴の登場です
キトロンでの戦いから二週間、私はフラウラの街で穏やかな一日を過ごしていました。
外は肌寒くなり、いよいよ異世界にも冬が訪れます。先日もパフォーマンスの途中で雪が降り、滅茶苦茶寒い中で人形劇を行いましたね。
あれはダメです。防寒対策とかもちゃんと考えないといけません。
商売の方はそこそこ順調。ご主人様のガラクタ順調に減っていき、今は一から人形作りも行っています。
最も、ご主人様の足元に及ばない布人形ですけどね。技術は低いですが、キャラクターの可愛さなら現代知識で負けていません。
裁縫によって作ったクマや少女の人形。貴族の女の子にはそこそこ人気です。
そして、それらの宣伝のために、今日も黒騎士さまの冒険が始まりました。
「地下のダンジョンに潜む悪魔ハイド。黒騎士さまは街の平和の為、彼の討伐へと向かいます!」
フラウラのストリートで開く指人形による物語。内容はキトロンでの戦い全てです。
当然、都合の悪い部分は改変してますけどね。聖剣隊の皆さんは味方ですし、ジルさんの作った発明品は存在抹消されています。
あははー、モーノさんとジルさんがネタ提供してくれて助かりました。これで当分物語を繋ぐことが出来ますよー。
今でも元ネタが王都で活躍してる黒騎士さま。当然、聖国の子供たちには大人気です。
「黒騎士さまカッコいいー!」
「この前も王都でモンスターを倒したんだって!」
モーノさん、ターリア姫の護衛も街の人を守るのも頑張ってるみたいですね。この空気なら、彼が徴兵されることはまずないでしょう。
順調すぎて幸せすぎて最高ですよ。物語を語る技術、商売の技術、人形作りの技術。私はそれらを習い、異世界での立場確立に成功しました。
ま、ベリアル卿の調査はまったく進んでないんですけどー。
あの人、私のこと完全にスルーしてます! 邪魔もしませんし、嫌がらせもしません! それどころか、目だったアクションも起こさない!
そりゃそうですよねー。人の心を歪ませ、間接的に災厄を齎せるのなら悪事をする意味はありません。異世界転生者と関わらないのが正解でした。
では、こちらから仕掛ければいい? 無理無理カタツムリです。相手は大臣様ですので、まず近づくことが出来ません。ご主人様の操作で屋敷に潜入したところで、挨拶を返されて終わりでしょう。
この街で私とベリアル卿との繋がりはありません。
唯一、接点があるとすれば私の劇を見てくれた彼女です。
「パチパチパチ! すごーい! 流石テトラちゃんだね!」
「スピルさん、ありがとうございます」
赤いメイド服に木の杖を背負った少女。ファウスト家のメイド、スピル・フォティアさんですね。
彼女はポニーテールをピコピコ動かし、目をキラキラと輝かせます。相変わらず子供っぽくて遊び好き。私の劇を高く評価してる様子でした。
「あーあ、ベリアルさまの屋敷で働いてくれればいいのに!」
「流石に彼に対し、このような子供だましはちょっと……」
ですが、それも一考の余地がありますか……ベリアル卿は気まぐれですし、私を宮廷道化師として受け入れてくれるかもしれません。上手く行けば、調査がスムーズに行くかもしれません。
あ、でもでも、トリシュさんに関わらないよう忠告を受けているんでした。あまり、彼女に喧嘩を売るような真似もしたくないですねー。
ま、焦っても仕方ないです。相手が何もしないなら、こちらも期を待つのみですよ。下手に動けば相手の思うつぼですからね。
商売と買い物を終え、フラウラから森の方へと戻ります。
あまり遅くなると真っ暗になり、モンスターも凶暴化しちゃいますからね。魔除けのお守りも過信できませんし、日が沈む前に帰ると決めています。
初めは怖がっていた森ですが、流石に一カ月以上暮らすと馴れますね。今は庭のような気分で歩けますし、モンスターたちも私のことを知っている様子でした。
だからこそ、なんか縄張り意識が芽生えちゃってます。
森に不審な人が現れれれば当然警戒しちゃいますよ。今みたいに……
「そなた、すまないが道を尋ねても良いか?」
「え……はい」
家へと帰る途中の森にて、コートを羽織った謎の女性と出会ってしまいます。
背が高く、厚着ですがセクシーな身体はよく分かりますね。表情もエロティックで、どことなく妖艶な雰囲気を感じました。
こんな森の中に人……? しかも、何だかゾワゾワした妖気を感じます。
ですが、相手は疑うこちらなんてお構いなし。彼女は上から目線の態度を決め込んでいました。
「ネビロス・コッペリウスという男を訪ねたい。そなたは彼の者を知っているか? 知っているのなら、わらわを案内せよ」
ここ、フラウラと王都周辺は聖国による外敵の駆逐が進んでいます。強力なモンスターは滅多にいませんし、群れを成して襲ってくるようなこともありません。
特にこの森は街から近く、出てくるのは子供でも倒せるような芋虫ぐらい。それでも、二体、三対と集まれば厄介なので、一般人が易々と足を踏み入れるような場所ではありません。
ここに来るのは採集目的の冒険者と調査目的の聖国騎士団ですね。炭鉱街キトロンに行くために突っ切る場合も、この方向を通る事はありません。
まあ、つまり一般人と遭遇するはずがないのです。ご主人様を訪ねてきたのなら尚の事。
会わせて良いんでしょうか……でも、知り合いかもしれませんし……
一応、念を入れてこちらの立場を明かしましょうか。
「私はコッペリウス様に仕える奴隷、テトラ・ゾケルと申します。この頬の紋章は奴隷契約の……」
「ほう、わらわを前にして嘘偽りとな? その紋章は奴隷契約などではなく、悪魔契約の紋章と見受けられるが?」
げ……ばれた……一応、奴隷契約の効果も含まれてるので嘘ではないんですけどね。
とにかく、この女性はただ者ではないのは確実です。せめて名乗ってもらわなければ、こちらも会わせるわけにいかねーですよ。
「私が悪魔契約者と分かるのならば、その立場も分かるでしょう。名前、用件、それらを明かさないことには、こちらも案内するわけにはいきません」
「いや、もう良い。そなたが彼の者と契約を交わしたのならば、既に辿り着いたのも同然。丁度、余も体を解したいと思っていた」
悪魔のような邪悪な笑みを浮かべる女性。うっわ、すっげえ嫌な予感が……
そう思った時でした。突然、彼女は上着を脱ぎ捨て、露出の高い水着のような姿を晒します。
な……何ですかこの痴女は! やっぱりナイスバディですし、スタイルも抜群じゃないですか! 女の私でも惚れちゃいそうです。
って、いえいえ! そこじゃない! それより気になるのが二点!
「ど……ドラゴンと蛇……?」
「驚いたかえ? わらわの可愛いペットよ……」
左肩に小さな白いドラゴンを乗せ、右腕に黒い蛇を巻いています。ずっと、ぶかぶかのコートの下にこの二匹を隠していたようでした。
ヴァルジさんに聞きましたよ。このカルポス聖国はテイマー職が普及していません。モンスターを使役する人なんて僅かしかいないと……
ヤベー奴決定です! そして今、そのヤベー奴に臨戦態勢を取られていました。
「わらわは黄昏の旅人……北風の竜よ。太陽の蛇よ。久しい戦いに歓喜せよ」
白いドラゴンは翼を広げ、飛び上がります。そして、自らの周囲に冷たい風を巻き起こしました。
黒い蛇は空中へと浮き、自らの尾を噛んで円となります。そして、体から赤い炎を発しました。
これ、どこかで見ました。そうですよ! ロバートさんが森聖域の間で見せた映像。
嵐の神セトさまと太陽神ホルスさま。
あの時とそっくりです!
「宙を舞え、熱く焦がれよ」
白竜と黒蛇、二匹による攻撃が同時に放たれました。
突風と業火、両方は一つとなって凄まじい熱風となって襲い掛かります。すぐに、ご主人様に意思が伝わり、降霊の糸が身体に繋がれました。
大きくジャンプしながら宙返り、熱風を間一髪で回避。いきなりこの仕打ちとは、行儀のなっていない客人ですよ!
ですが、相手も大事になりたくない様子。放った炎は木々に燃え移ることなく、すぐに消滅してしまいます。
これ、かなり高度な技ですよね……本当に何者なんですか!
「いきなり何をしますか! 貴方、ご主人様に用があるんですよね!」
「それもあるが、そなたの力を試したい。あの偏屈がなぜここまで入れこむか、わらわ自身の目で確かめるべき事よ」
黒蛇は黒い太陽となり、そこから火炎弾を掃射していきます。私は涙目になりながら、攻撃を次々に回避! 状況が分からないので、攻めようがないですよ!
一匹に集中していると、今度は白竜が北風となります。自身を突風に変えたドラゴンはこちらに突っ込み、私を吹き飛ばそうと牙をむきました。
すぐに、ジルさんの作ったナイフを取りだし、一振りして空をはらいます。すると、突風の軌道は僅かに逸れ、威力を大きく落としました。
「ご主人様の知り合いなのは確かなようですね……こんなグラマーな女性と知り合い……」
風の直撃を受けましたが、その場で踏みとどまります。ですが、相手のことが気になって、これ以上は勝負にならないでしょうね。
あのおっぱいが……あの痴女がご主人様の知り合い……?
どんな関係ですか……友人? 知人? まさか、まままままさか……!
恋人とか!
「ねーですよ! 絶対ねーですよォ!」
戦意喪失です。もう、相手の実力とかどーでもいいです。
それよりご主人様との関係! それを知りたい! 知らないと安心できない!
ですが、こっちの事なんて相手さんはお構いなしでした。再びドラゴンと蛇を揃え、二匹同時に攻撃を放ちます。この精神状態では対処できません!
不味い……また死にかけてる……!
絶体絶命の時、私の前に黒いマントの男性が立ちます。
「部下に向かって、随分な挨拶ではないか。アスタロト……」
「そなたが死体を操れなくなったと聞いてな。実力を試したかっただけよ」
ご……ご主人様ァァァ!
彼は糸操り人形の少年ピノを動かし、炎と風を容易く振り払ってしまいました。今回は自分の問題と分かっているのでしょう。そこに一切の手加減は感じられません。
もう、何をしているのか全く分からない両手両指の動き。それにより、人形ピノは地を走り、火炎弾を回避しつつ敵に迫ります。
「ならば、私の契約者に手を出さないことだ。これでも、怒りは感じるつもりだ」
「死体のように冷たいそなたが怒りとな? 人に感化され、変わったものよのう。ネビロス……」
ですが、アスタロトさんも負けていません。白いドラゴンを北風に変え、自らの周囲に空気の渦を作り出しました。
あれでは、近づいた瞬間に吹っ飛ばされますよ! 瞬時に理解したご主人様は両指を巧みに動かします。情報は糸を伝い、人形ピノを正確精密に行動させました。
くるりと踊るように周り、勢いをつけて渦に突っ込みます。す……凄いごり押し! でも、ダメです。風に負けて吹っ飛ばされて……
「奥の手は確実かつ無慈悲に……決して気づかれないようにだ」
ご主人様が小指を動かした瞬間でした。
ピノくんの鼻が針のように伸び、風の防壁を突き破ります。そして、針の先端はアスタロトさんの首筋直前で止まりました。
ご主人様つよ……全然気づかなかった……
ですが、敵さんは分かっていて攻撃に反応しなかった様子。涼しい表情で評価します。
「人形使いも板についてきたか。このまま死体を操れなくても構わないのでは?」
「冗談を言わないでほしい。それは私が困る……」
ご主人様はピノさんの鼻をひっこめ、アスタロトさんを解放しました。すると、彼女も左肩にドラゴン、右腕に蛇を戻してしまいます。
茶番劇は終わりですね。再びコートを羽織ったアスタロトさんは偉そうに腕を組み、ご主人様に家への案内を任せました。
彼女、上司だったんですね……良かった……
でも、上司のと部下の関係って……
ゆ……油断できねえです! 要警戒ですよ!