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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
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117 お別れなんて言わせません


 カルポス聖国の大臣、ベリアル・ファウストは悪魔でした。

 それも、ご主人様のように無害な悪魔ではありません。彼はファウスト家として何世代も聖国に居座り、周辺国に戦乱を齎していたのです。

 私はジルさんを連れ、ツァンカリス卿の屋敷……もとい、商業ギルド本部に訪れます。

 ギルドマスターのシャイロックさんなら力になってくれる。私たちには彼という権力者が必用でした。


「と言うわけで、ファウスト家なんて存在しません。全てはベリアル卿一人によるものだったんです」

「そうか……いや、納得したよ。師匠もネビロスさんも、あいつのことをずっと疑っていた。まあ、俺には何も話してくれなかったがな……はは……」


 話せよ偏屈二人! シャイロックさんは寝癖でボサボサな頭を掻きつつ、苦笑いを浮かべます。

 まあ、とにかく聖国の根本にベリアル卿の思想があるのは確定。加えて、文化や技術にも彼の手が加えられてる可能性が高いですね。


「ベリアル卿が悪魔である以上、カルポス聖国の誕生から関わっていたと推察出来ます。恐らくモンスターの定義、ステータスによる数値化、冒険者ギルドのシステムも彼が……」

「ご丁寧に、僕たちの知るゲームと同じ世界観だよ。どうやら、彼は異世界転生者がゲーム感覚で混沌を振り撒くよう、巧みに立ち回っていたようだね」


 これが異世界転生の全貌。薄っぺらいでっち上げの奇跡……

 気づけて良かった。この世界はゲームなんかじゃない……! 心も命もあるんです……! 進化のためと言って、それらを弄ぶ権利はありません!

 だから、止めると決めました! 絶対に!


「私、フラウラに帰ります!」


 ベリアル卿はフラウラを拠点にする領主です。ご主人様の住む森と近いので、買い物ついでに調査も進むでしょう。

 私は大道芸人ですからね。旅人達と積極的に話し、噂話に耳を傾ければ新しい事実も見えてくるはずです。もう、キトロンでの活動は限界なんですよ!


「私は聖国を変えたい……ベリアル卿の魔の手から救います!」

「そうだね。この世界の常識ならって思ってたけど、全てが悪魔によって生み出されたのなら話しは違う。同じ異世界人が異を唱えても文句はないよね」


 ジルさんの言うとおりです。この世界の思想が悪魔ゆかりの物なら、私には口出しする権利がある。ベリアル卿の野望を止めても罰は当たりません!

 たぶん、モーノさんも同じことを言うでしょう。トリシュさんは……ちょっと分からないけど、とにかく異世界転生者はベリアル卿と対立します!

 そんな私たちに対し、シャイロックさんも乗り気でした。彼はニヒルに笑いながら約束してくれます。


「そうか、なら利害は一致だ。俺たち商業ギルド、並びにキトロンの街は君たち異世界転生者に組することを約束する。来たるべきその時に備える事としよう」


 これで権力ゲットです。私たちの立場は守られることでしょう。

 シャイロックさんたち商業ギルドは、ツァンカリス卿の遺志を継いでいます。理念は商業による国の発展。武力によって進軍を繰り返す今の聖国に異を唱えていました。

 彼らなら信頼できます。先日も助けてもらいましたしね。


 私はベリアル卿を監視するため、近いうちにフラウラへと戻る事を決めました。

 それに対し、ジルさんはとても心配した様子。彼は眼鏡を外し、それを拭きながら警戒を促します。


「ベリアル卿を止めるなら気を付けた方が良い。対立が明確になった今、君を狙わない理由がない」

「だーい丈夫ですよ。ベリアル卿は権力や暴力で潰しにかかるような人じゃありませんから」

「なおさら危険だよ。たぶん、彼は君の心を潰しにかかる。胸が締め付けられるような。諦めざる負えない状況を作り出すはずだ」


 心の異世界転生者に心で勝負ですか。上等です。返り討ちにしてやりますよ。

 今までの行動パターンから考えると、彼は直接仕掛けてくるような真似はしません。誰かの心を堕落させ、間接的に追い詰めてくるはずです。

 一番危険なのは周りの人たち。アリシアさんのように純粋な人が、私の敵として立ち塞がるかもしれない……


「それでも、戦いますよ。私は心の異世界転生者ですから!」


 強がりですけど、自信はあります。

 要は駒を取られなければいい。まるで将棋ですね。









 色々ありましたが、ついにお別れの時が来てしまいました。

 街と外界を繋ぐ門の前、私とモーノさんは街の皆さんにお別れを言います。

 キトロンまでは馬車で半日以上。森を突っ切れるモーノさんとは違って、気軽には行けません。まあ、ご主人様が飛んでくれれば良いんですけどねー。

 ジルさんは孤児院に残り、モーノさんは王都キトロンでターリア姫の護衛。当然、孤児院の子供たちともここでお別れです。


「また来いよ。俺様はいつでも待ってるからな!」

「うん、今度会うときはもっと凄い魔法を見せるよー」

「わ……私はシャイロックさんに弟子入りしましたから。王都やフラウラに顔を出すかもしれません」


 トマスさんとジェイさんには会う機会がありませんが、アステリさんとは顔を合わせるかもしれません。商業ギルドマスターのシャイロックさんは国中を渡り歩いていますから。

 そうなると、商業ギルドにお世話になっている小人のマイヤさんも同じです。ですが、彼女はこのままギルドに残るつもりはないようでした。


「私は一度故郷に戻りたいと思います。魔王率いるクレアス連合国は、多くの亜人国家と同盟を結んでいます。恐らく、私たち小人も無関係ではないでしょう」

「はわ……私もヤギの獣人ですし、故郷に戻るべきなんですけどね。今は子供たちの方が大事なので……」


 故郷を心配し、戻る決意をするマイアさん。子供たちを心配し、残る決意をするシスターのミテラさん。

 まるで「異世界に残る」、「元の世界に戻る」に分かれる転生者のようですね。結局は個々人の自由、何を大切にするかは人によって違いますから。


 この街で一緒に戦ってくれた皆さん。それぞれが新たな道を踏み出そうとしています。

 そう言えばもう一人、今後のことを決めていない人がいましたね。そもそも、彼女はいったいどこに消えたのでしょう……?

 そんな事を考えていたら、ご主人様がその本人を連れて戻ってきます。姿に年齢差があるので、完全に児童と保護者と言った感じでした。


「くー、ウリエルめー……どこに逃げたのじゃー!」

「貴女よ。そろそろ諦めてほしいものだ。大天使であるあの男がそう易々姿を現すことはないだろう」


 女神バアルさま、あの後ずっと追ってたんですね……ポンコツもここまで来ると清々しいものです。

 一応、彼女はご主人様が預かる事になりました。つまり、私たちと共同生活。めんどくせー奴が仲間になりましたよ。

 今もシャルルさんを逃したため、ご機嫌斜めでした。八つ当たりをするように、少女はモーノさんに向かって叫びます。


「ぬう……なぜお主らは追わなかったのじゃ!」

「あいつ、サポートするよう立ち回っていたからな。恩を仇で返す真似はしたくないし、ノータッチが正解だろ」


 ど正論です。触らぬ神に祟りなし、敵でないのならそれで良しとしましょう。

 バアルさまがぶつぶつ言ってますが、モーノさんは完全にスルーします。彼、何かこそこそしていますし、まだ何かやる事があるみたいですね。

 少年は周囲に目をやり、アリシアさんの位置を確認します。そして、彼女に背を向け、何かを隠すようにジルさんの方へと向かいました。


「ジル、最後に頼みがある。ちょっとこのクッキーを見てほしいんだが」

「これ、アリシアくんの秘薬だよね。どれどれ……」


 すぐにジルさんも感づき、持ち主から隠すようにクッキーを調べます。

 においを嗅ぎ、魔力を当て、指で潰して一舐めする姿。まさにプロの鑑定士で、その目つきは真剣そのものでした。

 ですが、結果が分かると彼の表情は変わります。眉間にしわを寄せ、怒りの形相で叫びました。


「なっ……何てものを食べさせてるんだ!」


 アリシアさんも、子供たちも一斉にジルさんの方を見ます。気づかれたら不味いと思ったのか、彼は愛想笑いでその場を乗り切りました。

 よほど、調べたクッキーが異常だったのでしょう。すぐに、ひそひそ声で会話に戻ります。

 モーノさんは大きくため息をつきました。知っていても止めるすべがない。彼はそんな表情を見せます。


「怒るなよ……」

「……ごめん」


 視線を伏せるジルさん。受け入れるしかありませんでした。

 魔力を底上げする魔法のクッキー。私はすぐに詳細を聞きます。


「何なんですかこのクッキー」

「一種の麻薬だよ。それこそ、不思議の国にぶっ飛ぶほどのね……」


 麻薬……こんな物がリデル家の秘術……?

 一気に雲行きが怪しくなりました。いったい、リデル家とは何なんですか……このクッキーに含まれた薬とは、何のために作られたんですか……!

 ジルさんは薬の詳細を語っていきます。勿論、アリシアさんに聞こえないように……


「魔法ってのは才能と想像力で強さが決まる。これは使用者の脳を騙し、想像力を飛躍的に上昇させる丸薬だよ。だけど、それは魔法の扉を無理にこじ開けてるだけさ。害がないはずがないんだ……」


 アリシアさんは自分の体を壊して薬を使ってる……それをリデル家の誇りだと思っていました。

 ベリアル卿が彼女のお父さんと何を話したのか、魔族がなぜその命を狙ったのか。何となく察しが付いちゃいましたね。

 リデル家が危険な橋を渡っていたのは確実です。場合によっては自業自得という事も……

 ですが、それは今を生きるアリシアさんには関係ありません。ジルさんはペンと紙を取りだし、そこにレシピを記していきます。そして、仕上がった物をモーノさんに渡しました。


「出来るだけ、体に害がないようにレシピ調整したよ。たぶん、彼女は『リデル家の誇りを汚したくない』って駄々をこねると思うけど、そこは君が説得するべきだ。ガールフレンドなんだろ? 守ってあげなよ」

「ありがとう。まあ、最善を尽くしてみるさ」


 笑いあう二人、長男と次男も仲良くなって良かったです。

 モーノさんたちとも当分お別れになっちゃいますかね。彼はスノウさんたちの元へと戻り、四人で街の外へと向かいます。

 最後に振り向き、私に向かって警戒を促しました。


「俺は王都に戻り、ターリア姫を護衛しつつリデル家を探ってみる。テトラ、お前も気を付けろ」

「はい、そっちこそですよ」


 モーノパーティーを見送り、私たちもフラウラへと出発することになります。

 当然、ご主人様がいるので馬車は使いません。彼は私とバアルさまを抱き、マントをコウモリの翼へと変化させます。そして、それを大きく羽ばたかせました。

 悪魔は人と神をさらい、天空へと飛び立ちます。徐々に小さくなるキトロンに向かって、私は小さく頭を下げました。


シャイロック「人は同じ人。同じように感情を持ち、同じように食い、同じように死ぬ。そして、同じように復讐するんだ……」

テトラ「ヴェニスの商人は差別と共にあり、闇は深いですね……」

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