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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
126/248

116 大っ嫌いだ

核心回です。

ここだけ読んだらネタバレ。


 手紙を見た途端。戦慄し、耐え難い寒気が襲います。

 それには確信が記され、今までの全てを説明するのに十分な力を持っていました。

 ありえなくはない。むしろ、全てが噛み合う答え……

 ツァンカリス卿は早い段階からその事に気づいていたのです。


「な……何ですかこれは……! 悪魔とはいったい……」

「悪魔のような人……という陰口でしょうか?」


 ミテラさんは言葉のあやと取りますが、私はそう思いません。

 ツァンカリス卿はご主人様と知人関係、悪魔という存在を知っています。例え話ではとても片付けられないでしょう。

 そして、記されたことが事実なら、ベリアル卿には寿命が存在しません。カルポス聖国大臣と言う立場を百年……いえ、千年続けることも可能ということでした。


 王都やこの街で行った演説……あれを延年と続ければ、国その物の思想を支配できます。

 悪魔が実権を握っていると言っても過言ではありません。


「ヤベーですよ……ツァンカリス卿……貴方は『なに』と戦っていたんですか……」


 ツァンカリス卿は商業によってこの国を変えようとしました。ですが、その行動はファウスト家によって幾度も止められています。

 つまり、そういう事だったのでしょう。ベリアル卿にとって彼は邪魔な存在。だから、ご主人様は陰謀を疑っていたのです。

 ジルさんは不思議そうな顔をしつつ、床に落ちた手紙を拾います。それに目を通すと、彼は冷や汗を流しつつ頭を抱えました。


「ベリアル卿は以前から知ってるよ……彼はミリヤ国の妃に取り入り、その時から彼女はおかしくなったんだ……」

「それだけじゃありませんよ。彼がミリヤ国と接点があるのなら、魔王の進軍を逸早く知っていたはずです。傷ついた貴方に手をさし伸ばし、思想を吹き込むことも可能という事ですよ……」

「確かに……あの美声はあいつだった……そうだ……そうだよ……!」


 ヤベーです……冗談抜きでヤベーですよ……!

 これでは大国全てが悪魔の口車によって乗せられてるも同然じゃないですか! では、あの事件も……いえいえ、あの事件も……!

 全ての悲劇がベリアル卿なら実行可能です! 彼は聖国の大臣に加え、悪魔なんですから!

 メイジーさんがすぐに察します。自分の故郷がどうなったのか、それにどんな力が働いていたのか……


「ベリアルの奴は、私たち亜人を差別するような演説を行ってるわ。獣人への進軍だって、大臣のあいつなら実行できる……!」

「あ……アリシアさんが言っていました。リデル家にドラゴンが降り立つ前、よくお父様がベリアルさんと話していたと……」


 同時にスノウさんも気づきます。事件が起きる前、悲劇が降りかかる前……必ずと言っていいほどベリアル卿の姿があると……

 これが偶然ですか……こんな偶然が起こりえるんですか……!?

 ねーですよ……偶然であるわけねーです! 彼から感じるどす黒い悪意は本物。街の混沌は意図的に引き起こされ、人々を陥れる目的があるのは明確です!


 全ての混沌は彼に収束する。

 それを確信した瞬間。ありとあらゆる事柄が頭に浮かびました。


『美しいって思う? だとしたら、私の絵はちゃんと近づいているんだね。でも、本物はもっと美しいんだよ』

『俺はある男に会った。そいつは権力者らしいが、実態は定かじゃない。男の俺でも見惚れるほどの美形を持ち、中身からはどす黒い悪意が垣間見えていた』


 ヴィクトリアさん……カシムさん……

 ごめんなさい……ずっと気づいてあげられなかった……


 貴方たちはベリアル卿によって歪まされ、混沌の材料に使われたんですね……


 思えば、彼の存在はあまりにも異常でした。

 ウリエルであるシャルルさんは、『あれは僕から見ても化物だ』とベリアル卿を評していました。

 アークエンジェルが化物扱いですよ。ベリアル卿の恐ろしさは大天使クラスと言えます。

 そして、私はその存在に心当たりがありました。それは……


「堕天使サタナエル。神に仇名すものとして作られた悪意の存在だ」


 教会の扉を開け、思考の中に踏み入ったのはご主人様でした。

 彼は無表情ですが、どこか重苦しい雰囲気を漂わせています。前もそうでしたが、サタナエルさんの話しになると人が変わりますね。まあ、その気持ちも分かりますけど……

 もし、ベリアル卿が堕天使サタナエルなら、私たちの転生前と契約を交わしたのは彼。その魂をバアルさまに渡したのも彼……


 異世界転生自体があの男に仕組まれていたことになります。


「ご主人様、ベリアル卿とは……堕天使サタナエルとは何者なんですか……!」

「世界の悪意そのものと言っていい。ルシフェルを唆し、天界戦争へと誘導した疑惑をかけられている。私は上司の命に従い、彼の監視としてこの世界に降り立った」


 マイアさんもビックリするほど事務的な対応。ご主人様は自身の髪を掴み、心落ち着かせるように続けます。


「ナノス・ツァンカリスとはその間に知り合った。彼は早い段階からベリアルを疑い、商業によって力の抑制を図ったが……結果はお前たちの知っている通りだ」


 恐らく、ベリアル卿と堕天使サタナエルがイコールで結ばれたのはつい先日。ツァンカリス卿の死が証拠となり、ようやくその確信を得たと判断できました。

 彼の存在は無視出来ません。これは直接会って問い詰める必要があります!

 私は筋肉痛で痛む体を動かし、教会の外へと向かいました。ですが、すぐにジルさんが私の腕を掴みます。


「待ってよ。行ってどうするつもりだい? これは世界規模の問題。転生者であろうと僕たちは一市民に他ならないんだ。それに、君が危険を冒す理由はないだろ?」

「理由ならあります。私の目的は現実世界の帰還! それを叶えるためには、全ての始まりである彼との接触は避けられません!」


 そうです。単なる正義感じゃありません!

 私は私のために戦う……自身の意思で彼の元へと向かうんです!

 ですが、私の目的に対し、メイジーさんが口を突っぱねます。どうやら、彼女はモーノさんの思想を信じているようでした。


「でも、モーノさまが言ってたわ。転生者はすでに死んでるし、今更戻ることは出来ないって」

「いや、僕たちが異世界転生という不可能を可能にした時点で、元の世界に戻るという可能性も平等に存在している。例えそれが時間軸の移動だろうと、世界軸の移動だろうと、出来ないとする理由にはならないよ」


 掴んでいた腕を放し、ジルさんは眼鏡のずれを直します。もう、私を止める術なんてないと感じたのでしょう。

 それでも、引っかかる部分があったのでしょうか。彼は私に対して一つ質問します。


「どうして、そうまでして君は戻りたいと考えるんだい? 僕には理解できないんだ」

「初めは暇つぶしでした。ですが、今考えると恩返しをしたいんだと思います。ほら、私ってこの世界で助けられたから、皆を助けたいって動いたでしょう? だから、元の世界でも同じことをしたいんです」


 曖昧な答えですね。ですが、これでも真剣ですよ?


「今ある記憶は元の世界で培ったものです。だから、その恩を返してから、またこの世界に戻ります!」

「両方やるのかい? それはまた、どこまでもチートだね」


 そうです! 不可能を可能にするのがチート無双です!

 そして、そんな夢を与えてくれるチートを、私は少し好きになれたかもしれません。

 チートは正しく使えば救済になります。だから、私はこの力でベリアル卿を止めたい……


 この世界を守りたいんだ!












 今日、今この時。

 全ての闇が明らかとなります。


 キトロンの街、中央広場の噴水前。そこでベリアル卿は待っていました。

 まるで、私がここまでたどり着くことを知っていたかのように、彼は顔色一つ変えずに笑っています。その余裕がどこまで続くのか、見せてもらいますよ。


「ベリアル卿、聞きたいことがあってここに来ました」

「ええ、分かりました。私の知る事ならば全てお答えしましょう」


「ある獣人族の村が聖国によって滅ぼされました。貴方はその計画に加担していましたか?」

「村の詳細を報告した覚えはありますが、直接指示をした記憶はありません。野蛮なことは嫌いですから」


「七色に輝く絵具がありました。それを扱う絵描きの少女と接触したことはありますか?」

「ヴィクトリアさんですね。ええ、誰もが知っていますよ。彼女の絵画はまさに芸術と言えます」


「とある盗賊団の団長が権力者と接触し、女神バアルの詳細を聞いたらしいです。覚えはありますか?」

「どうでしょうか……相手は盗賊であることを隠しているので、私にも分かりませんよ」


「ミリヤ国の女王と接点を持っていたらしいですね。彼女と不老不死について話したのでは?」

「ええ、あれは他愛もない会話でした。まさか、あのような行動に出るとは思いもしませんでしたよ」


「貴族、リデル家の頭首と仕事を共にしていましたね。彼が亡くなる直前に何を話しましたか?」

「聖国の政治に関する打ち合わせですよ。まさかドラゴンに襲われるとは、モンスターとは実に恐ろしい」


「ツァンカリス卿を殺した青年と会話したんですよね? いったい、何を話したのでしょうか」

「負債に追われているというので相談に乗っただけです。積極性が必要だと励ましましたよ」


「ジルさんはミリヤ国から逃げる時、何者かに助けられたらしいです。まさか、貴方なのでは?」

「おや、そうでしたか。紛争難民に手を差し伸べることは多々ありますから。そうかもしれませんね」


「女神バアルは漆黒の天使から預言者の魂を受け取りました。それについて何か詳細を知っていますか?」

「女神? 貴方は面白いことを言いますね。存在すれば素晴らしいと思いますよ」


「カルポス聖国の発展には、ファウスト家が加担していたと聞きます。貴方の父親はどんな方でしょう?」

「立派な方だったと街の方々から聞いています。顔を合わせる機会がないので直接は覚えていません」


 ベリアル卿は笑い続けます。『裁けるはずがない』、『証拠などありはしない』、そう言っているかのように薄ら笑いを浮かべていました。

 点と点は繋がり、やがて線となります。白々しい彼の嘘偽りなんて、とっくにお見通しなんですよ。

 それでも、悪魔は尻尾を出しません。なぜなら、彼は悪事を働いていないから。言葉によって人を歪ませているだけにすぎないからです。


「何で……何で……! 貴方は良い人じゃないですか……! 子供に優しくて! 困ってる人を助けて! 皆さんの希望じゃないですか! それが何で……」


 私は訴えかけました。悔しかったから、理解できなかったから。

 欺けない事を悟ったのか、ベリアル卿は包み隠さず思想を語ります。


「あのですねテトラさん。人に優しい事と、世界に戦乱を起こす事に関係性はないでしょう? 悪意なる私は、必要悪に自らの存在意義を感じるのです」


 これこそが彼の真意。化けの皮が剥がれ、白いローブがどす黒く燃え上がります。

 漆黒の炎……それは翼のように広がり、天使のような翼となりました。


「分かりやすく語るのならば……ナチスドイツの人体実験ですよ。あれは憎むべき悲劇として語られていますが、同時に医学界に震撼を与えました。私はですね。それが人類の進化を促すのならば、積極的に行うべきと考えているのです。戦争も同じですよ」


 ベリアル卿の言葉は正論。ですが、人道を無視した心無い正論に他なりません。

 そんなに進化が好きですか……進化の為なら何をしても良いんですか? 人類の歴史の為なら、いくら犠牲を出しても構わないと?

 私は認めない……貴方の考えは理解できません……!


「非人道的ですよ……悪魔の所業です……」

「ええ、私は悪魔です。世界が美しすぎるのがいけない……」


 漆黒の翼は彼を包み、その姿は虚空へと消えます。

 私の戯言など相手にするだけ無駄。結局、証拠が上がらなければ裁くことは出来ませんし、力技に持ち込めば戦争のトリガーとなってしまいます。

 手詰まりなんですよ……ですが、それでも負けないし、認めない……!


「大っ嫌いだ……」


 街の中央、人目もはばからずに私は叫びます。




「大っ嫌いだあああああああああああああああ!」




 今日、初めて誰かを本気で嫌いになりました。

 人のために役立てる転生者のチート。ようやく好きになれた自分のチート。



 だけど私は、あのペテン師(チート)が大っ嫌いだ。




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