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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第六章 白銀のキャンドルナイト
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115 怨み憎しみは深いです


 魔法時計の世界改変により、ジルさんの発明全ては無かったことになりました。

 街は平和そのもの、ですが一連の事件で失われた命は戻りません。偽りの記憶によって、それらは誤魔化されているだけです。

 悲しみや喜びは消えたわけではなく、街が危機を乗り越えた事実も変わらない。ただ、ハイドという怪人がこの世界から消えただけでした。


 矛盾してます。ですが、その矛盾すら埋めるのがチート。ここでジルさんと和解出来て良かったですよ。

 ですが、彼との和解はもっと円滑に進んだかもしれません。そのキーとなる少女が教会に訪れます。


「ジルさん、無事だったんですねー!」

「姫様、貴方こそよく生きて……」


 モーノパーティーのスノウさん、異世界転生者のジルさん。なんと、この二人はお知り合いでした。

 そりゃそうですよね。スノウさんはミリヤ国の姫君、ジルさんは国で有名な錬金術師。面識があって当然と言えます。

 スノウさんはトリシュさんとこの街に来て、そのまま逸れてしまいました。彼女をメンバーに加えていれば、ジルさんの暴走は……無かったとは言い切れませんね……

 まあ、とにかく合流できて良かったです。スノウさんは完全に無事とは言い切れませんけどね。


「すいません……私、死んじゃいました。貴方の発明で死人として生きてます」

「妃の命令でレシピを書いた不死の果実……皮肉なものだね。邪な心によって生み出されたあれが、君の魂を繋ぎ止めているなんて……」


 彼女の瞳は虚ろで、肌は不自然なほどに色白いです。それはそれで需要があると思いますが、女の子にとっては死活問題ですねー。

 それに、死者の魂を繋ぎとめることがノーリスクのはずがありません。蘇生にはそれ相応の代償を支払う必要があったのです。

 ジルさんは唇を噛みしめました。そして、複雑な表情をしながら問いかけます。


「聞きにくいけど、果実の材料は……?」

「……お父様です」

「そうか……そう……か……」


 視線を上げ、涙を堪える少年。生きた人間を材料とした不死の技術ですか……こんな物騒なものをスノウさんのお母さんは制作依頼したんですね。

 ミリヤ国は魔王に滅ぼされた被害者かと思いましたが、どうにも黒い何かが見えます。ジルさんがそれに加担していたとは思えませんが、利用されていたのは確実でしょう。

 私たちは知る必要があります。ミリヤ国の悲劇を……


「ジルさん、良ければ話してもらえませんか。ミリヤ国で何が起きたのかを……」

「俺もスノウからある程度聞いたが、記憶が曖昧すぎて情報に乏しい。お前の口からも聞きたいところだな」


 あ、モーノさんも気になりますか。スノウさんは生前の記憶が薄れているので、明確に何が起きたのかは分かりませんしね。

 教会の外では、孤児院の皆さんとホムンクルスのハンスさんとマルガさんが遊んでいます。この場にいる部外者はシスターのミテラさんだけ、言葉を選ぶ必要もないでしょう。

 ジルさんは軽くため息をつき、起きたこと全てを語っていきます。それは、人間と他種族の醜い争いが関係していました。


「事の発端はミリヤ国の妃、スノウのお母さんが人魚を虐殺したことさ。彼女は美を求め、不老不死の効果があるとされる人魚の肉で薬を作った。彼女は魔術師だからね……」


 酷い……ミリヤ国の妃は不老不死のために何人も人魚を殺し、濃度の濃い薬を作った。この事実が戦争の引き金となり、魔王の軍勢を呼んでしまったのです。


「ショックだったよ……僕は錬金術師だから、妃との会話は楽しかった。だけど、それが原因で彼女の裏の顔に気づけなかったんだ」

「情がなくなればそれこそ人として終わりだ。気にするな」


 モーノさんがそうフォローしました。裏の顔と言っていることから、表側の妃は優しい存在だったと分かります。人の心なんて裏表ですね……

 ジルさんが自分自身に怒り、暴走状態に陥った理由。それは、妃の裏の顔に気づけなかった事があるかもしれません。


「魔王は人魚を初め、獣人、エルフ、精霊……さらには反聖アウトリウス教の人間とも協定を結んでいる。誰かが傷つけば、その報復として戦争になるんだ。だけど、それでも僕は罪のない国民の命を奪ったことを許せない……」


 先に仕掛けた方が悪? では、連帯責任として全てを滅ぼすことが正義?

 ねーですよ。そこに正義も悪もありません。ただ、憂さを晴らしたかった。それだけです。

 怨み憎しみとはどこまでも深い感情ですね。五番の異世界転生者、魔王ペンタクル・スパシさんは『怨』の感情が擬人化された存在。誰よりも報復行為に対して積極的なのかもしれません。


 これは人間と魔族の問題。そして、またここに新たな怨みが生まれようとしています。

 ジルさんは怒りに震えた様子で、魔王が襲ってきた時の詳細を語りました。その中に、私たちが想像としていない思わぬ繋がりがあったのです。


「国を襲ったのは魔王本人と彼に忠誠を誓う二人の幹部。一人は三角帽子をかぶった魔法使いの少女。もう一人は笛でドラゴンを操る道化衣装の男さ」

「ドラゴンですか。それで、倒したんですか?」

「倒しはしたけど仕留めきれなかった。すぐに魔王の奴が攻撃に入ったからね。街の破壊はそのドラゴンが行ったんだ。白と黒の鱗をした竜……まるでチェス盤のような……」


 彼がそう言った瞬間でした。

 当然、アリシアさんが剣を抜き、それを教会の床に突き刺します。

 大きな音が響き、教会にいる全員が彼女の顔を見ます。その憎しみに支配された表情は場の空気を凍らせるには十分でした。


「ジャバウォック……」


 マイペースで、少し頼りなくて、だけど純粋なアリシアさん。そんな彼女が、悪魔のような形相でジルさんに掴みかかります。

 あまりのギャップで動揺する彼。ただ慌てふためくばかりでした。


「どこだ……その竜はどこに消えた!」

「し……知らないよ……! ただ、君があいつを狙っているのなら、敵は魔王の軍勢にいるよ……! もしかしたら、憎しみの原因は魔王にあるのかも……!」


 居場所を知らないと分かると、アリシアさんは手を放します。解放されたジルさんはへたり込み、「なんで僕が……」とぶつぶつ言っていました。

 うーん、いつかはこの時が来ると思っていましたが、遂に来ましたか。アリシアさんの目的は家族の敵であるドラゴンを倒すこと、そのドラゴンこそが魔族が使役するジャバウォックだったのです。

 だとすると、アリシアさんの出であるリデル家も相当にきな臭い気が……ですが、そんな事など彼女には関係ありません。

 険しい表情をしながら、少女は教会の外へと歩いていきます。当然、モーノさんが呼びとめました。


「おい、どこに行くアリシア」

「ちょっと風に当たってくるだけだよ。一人で魔族に喧嘩売るはずないから……」


 そう言うと、アリシアさんは私たちに背を向けます。どこからどう見ても、彼女は重傷でした。

 純粋という事は染まりやすい事。それこそ善人にも悪人にもなりえます。復讐自体は悪い事ではありませんが、それによって悲劇がもたらされるのは嫌ですね……

 ま、相手はただのモンスターです。私は殺しが嫌いですが、畜生に同情するほど優しくもありません。ですが、魔族が使役するのなら話は別でした。

 これも、異世界転生者に惑わされた者の運命でしょうか……? モーノさんは責任を感じ、アリシアさんの後を追います。


「あいつと話してくる。たぶん、俺たちは一度王都に戻ることになるだろう。ターリア姫の護衛に戻らないといけないし、何より今は休みが必要だ……」

「はい、それが良いと思います」


 シスターのミテラさんも同意しました。モーノさんはちょっと走りすぎですから、たまにはゆっくりするのも良いかもしれませんね。

 スノウさんだけではなく、アリシアさんも魔王と大きく関わっていると分かります。モーノさんが教会を出た後、無関係のメイジーさんは他人事のように吐き捨てました。


「スノウちゃんもアリシアちゃんも大変ねー。ま、私は魔族なんかと関係ないし、好きにやらしてもらおうかしら」

「他人事みたいに言うね。魔王率いるクレアス国は、亜人たちと正式な協定を結んだらしいよ。今は国名をクレアス連合国としているけど、その中に獣人も含まれているんだけどね」

「へ……?」


 ここで新事実、メイジーさんの故郷は魔王側に組してしまったようです。これにより、聖国に生きる獣人たちはさらに居場所を追われてしまうでしょう。まったく無関係ではありません。

 ですが、それでも彼女は強がります。実際、それは故郷の問題であって、メイジーさん自身にははた迷惑というもの。だからこそ、獣人の少女は冷たく言い返しました。


「……やっぱり関係ないわ。私、家出したし」

「そうか……うん、その方が良いかもしれないね。安全なら、モーノくんが保障してくれるよ」


 モーノパーティーに組し、冒険者である限りメイジーさんは安泰です。故郷が関係ないというのなら、それで話は終わりでした。

 ただ、アリシアさんが復讐を考えている限り、彼女たちが魔王と敵対するのは確実。そうでなくても、異世界転生者同士は必ず引き合って運命を動かすでしょう。


 ま、それは私も同じですけどねー。

 あははー、やだー……


 魔族との戦いに巻き込まれるなんて、まっぴら御免ですよ。

 ジルさんはその後、魔王ペンタクルさんと直接対決し、民衆を庇ったことで敗北してしまうと話します。 このあたりは前にハイドさんが話していたので割合ですね。そして、謎の男に助けられてこのキトロンに流れ着いたと。

 これにて全概要判明です。最後に、ジルさんは私にあるものを手渡しました。


「テトラ、色々あったけど君のおかげで助かった。本当にありがとう。これは僕からのささやかなお礼だよ」

「これは……」


 銀色に輝く刃。こ……これはおニューのナイフ! ジルさんの錬金術で作った最高のものです。

 カシムさんのナイフは、バアルさまを解放するときに使っちゃいましたからねー。街で買った安物では心もとないでしょう。

 これは嬉しい! 当然、お礼を言います。


「ジルさん、ありがとうございます!」

「だから、お礼を言いたいのは僕のほうだって」


 色々ありましたけど、キトロンでの生活は楽しかったです。ですが、そろそろフラウラに帰らないといけません……

 モーノさんは王都に帰っちゃいますし、ジルさんはここに残りますから、少しさみしくなっちゃいますね。ですが、人形劇の練習もあるので丁度いいんだと思います。


 平和が一番ですよ。

 ヤバい事なんて起きない方が……分からない方が……


「テトラさん……!」


 突然、ツバメに乗って教会内へ飛び込むマイアさん。また、事件の匂いを感じて私は戦慄しました。

 ですが、事件と言うには少し状況が違うようです。マイアさんは確かに慌てた様子ですが、ツァンカリス卿が死んだときとは雰囲気が違いました。

 これは……衝撃の事実を知って驚いている……?

 彼女は自分の体以上の手紙を抱え、ツバメから私の肩に移ります。そして、その手紙をこちらに渡しました。


「旦那様の遺書が見つかったんです……テトラさん、貴方に向けてです……!」

「ま……マジですか!」


 こ……これは遺産の相続!? いえいえいえ! ツァンカリス卿の遺産は商業ギルドに流してますって!

 では、お礼の言葉? あるかもしれません。私、最後にデレた彼の文を呼んだら泣いちゃいますよ……

 何を貰っても嬉しいものです。私は胸をドキドキさせながら、手紙に目を通しました。


 書いてあったのは一言。

 見た瞬間、私は言葉を失って手紙を落としてしまいます。



『ベリアル・ファウストは悪魔だ』




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