閑話10 星の勇者
半日以上馬車に揺られ、ようやく採掘街キトロンに到着しました。
フラウラの街からキトロンまでは近く、まっすぐ進めば数時間で着く距離です。ですが、その為には森を突っ切る必要があり、モンスターとの戦闘は避けられません。
だからこそ、冒険者という職業は重宝されます。もっとも、私は服が汚れるので戦いたくありませんが。
今、私と共に行動しているのはモーノさんの仲間、スノウ・シュネーヴァイスさんです。
臆病者のアリーさんは厄介事を嫌い、街に残ることを選択しました。ターリア姫の護衛を見送っての遠征なので、彼がその言い訳をする必要もあります。
まあ、支援は必要ないので関係はありません。それより、今は街のことです。
「人っ子一人いませんね。家の中に閉じこもっているようです」
「おかしいですねー。皆さんお昼寝でしょうかー」
頭の中がお花畑なスノウさん。この労働者が物を言う採掘街で、お昼寝なんて絶対にありえません。
なにか事件があって、彼らは家の中に避難している。恐らく、私達の知らない間に状況が動いたのでしょう。
この世界には電話もインターネットもありません。あるのは程度の低い通信魔法。一般人に情報が行き渡るには遅すぎます。
まあ、十中八九ベリアル卿が原因ですね。彼に見つからないよう立ち回りたかったのですが、接触が必要となってしまいました。
「ベリアル卿を探しましょう。彼なら原因を知っています。モーノさんを探すのはその後です」
「はーい、ベリアルさんを探します」
スノウさんが天然で助かりました。正直、他の転生者の方こそ、ギリギリまで接触したくありません。
彼らは特別です。その影響力は計り知れず、転生者は集まるべきではありません。
だからこそ、サポート行うなら最小限。これだけは徹底しましょう。
スノウさんと別れ、手分けして捜索をしている時でした。街の中央、噴水のある広場にてベリアル卿を発見します。
どうやら、何かもめているようで、彼は三人の子供によって取り囲まれていました。
少年二人に少女一人、その中のリーダー格と思わしき子供がベリアル卿に向かって叫びます。
「絶対にどこにも行かせないぜ! テトラお姉ちゃんから見張ってるように言われてるんだ!」
「弱りましたね。私には大臣の仕事があるのですが……」
白いローブを掴まれ、タジタジといった様子の大臣様。子供に優しいというイメージが仇になっているようでした。
手作りと思わしきマントを肩にかけた少年。彼の口からテトラという名前が出ます。これにより、この少年団が彼女の回し者という事が分かりました。
詳しい状況は分かりませんが、ベリアル卿に動かれると困るという事ですか。すでに、テトラさんは彼と敵対関係にあることも考えられますね。
私は民家の影に潜み、ベリアル卿の出方を伺います。
元々、彼の視野外で立ち回るため、別行動をしていました。こちらが一方的に様子を見ることが出来るのなら、それに越したことはありません。
そして、そろそろベリアル卿が動き出すようです。お手並み拝見といかせてもらいましょう。
「やれやれ……手荒なことは好きではないのですが、このまま放っておけば貴方がたの命に係わる。安全を確保するという名目で拘束させてもらいます」
悪魔の目が赤く輝きました。同時に、彼は右手を振り払い白いローブを黒く燃え上がらせます。
すぐに少年たちは飛びのきますが、触れた時点で無駄というもの。ベリアル卿の炎は彼らの身体にまとわりつき、やがて檻のように取り囲んでしまいました。
熱のない炎。ですが振り払うことが出来ず、突き抜けることの出来ない煉獄。こんな器用な真似も出来るんですね……
もはや火によって成せる技ではありません。子供たちは驚きつつも必死に抵抗します。
「何だよこれ! 出せよ! だせー!」
「それは外部からの攻撃を防ぐ牢獄。戦闘に巻き込まれることはなく、貴方がたの安全は絶対的に保証されます。大人しくしていることですね」
ベリアル卿は大人げないですが紳士でした。口だけではなく、実力も相当に高いと伺えます。
あんな子供で彼の足止めが出来るはずがありません。テトラさんの思考はあまりにも浅はかというものでした。
ベリアル卿は涼しい顔をし、その場から歩き出します。これは子供たちを無視し、彼の後を追うのが正解でしょう。私の目的はその監視なんですから。
ですが偶然、必死に抗う彼らの声が耳に入ってしまいました。
「おい、ジェイ! アステリ! お前ら魔法が使えるんだろ! さっきから黙ってないで何かしろよ!」
「無理だよー。オイラは木属性の魔法使いだってトマスも知ってるだろー。一瞬で燃えちゃうよ」
「と……トマスくんごめん……私……まだ自分の魔法がよく分からなくて……」
トマスという少年が偉そうに指示をしますが、ジェイという少年は木属性のようです。火に木は相性最悪、この炎の檻を突破することは不可能でしょう。
そうなれば、期待できるのはアステリという少女。ですが、彼女は魔法使いとしては未熟のようでした。自分に自信がなく、遂には泣きだしてしまいます。
「私って役立たずだよね……仕立屋さんになるって決めたのに、変なマントしか作れないし……」
「そ……そんなこと言うなよ! このマント最高だぜ! ほら、この星の模様カッコいいし!」
トマスさんが付けているマント。星の模様が最高にダサい……
デザイナーとしてのセンスは……子供としてもちょっと酷いような気がします。ジェイさんは完全に目を逸していました。ダサいという事を知っている素振りですね。
ですが、今この状況にそんな事は関係ありません。必要なのは炎の檻を打ち破る圧倒的な魔力でした。
「アステリ! とりあえず何か魔法を使ってくれよ! 俺たちは大臣様を止めなくちゃならないんだ! この街を守りたいんじゃないのかよ!」
「守りたいよ……私だって街を守りたい! お母さんやお父さんの時みたいに、誰かが死んじゃうところなんて見たくないよ!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしつつも、アステリさんは両手に魔力を込めます。いっぱいに輝く銀色の光、彼女はそれを抱くように押さえつけました。
魔力制御が滅茶苦茶です。持ち魔力は相当ですが、あれでは真面な操作は出来ません。
ですが、それでも少女は懸命に維持し、やがて一気に解放します。両腕を広げ、空へと放つ光。まるで星のように散らばり、内の一つがトマスさんの頭上へと落ちました。
「いたっ……!」
彼は頭を押せつつ、落ちてきた何かを拾います。
それは魔法によって作られた銀貨。どうやら、アステリさんは仕立屋という事もあり、アイテム創造に特化した錬金術師のようでした。
ですがこの銀貨……今、使えますか? トマスさんもどこか引き気味でした。
「アステリ……いくらお金が欲しいからって……今……これをやるのか……?」
「ご……ごめんなさい……私……これしか出来なくて……」
あれは魔法アイテム。時間が経てば消えるのでお金にはならないでしょう。
問題は持ち効果。ただの銀貨というのなら、魔法である必要はありません。加えて、アステリさんの属性。彼女を鑑定スキルで見てみると、珍しい星属性だと分かりました。
星属性は隕石を降らしたり、重力で押しつぶすことが出来る最強属性。あの銀貨は普通ではありません。
思わず、私は物陰から飛び出します。そして、彼らに向かって叫びました。
「トマスさん! その銀貨はアステリさんの思いです! 信じて受け取ってください!」
「アステリの……思い……」
真剣な目をするトマスさん。こちらに気が付き、振り返るベリアル卿。これでもう後戻りは出来ません。
少年は銀貨を左手で握り、右手で木の棒を持ちます。そして、自らを取り囲む炎に向かって、思いっきり武器を振り払いました。
はい、それで良いんです。私の見立てが正しければその銀貨……
シンプルな能力アップアイテムです。
銀色の星を纏った剣、それによって悪魔の炎は振り払われました。
今、アステリさんの魔力とトマスさんの勇気が重なります。檻から脱出した少年は木の棒を握ったまま、勢いに任せてベリアル卿の元へと突っ込んでいきます。
これは不味いですね……魔力制御が出来ないため完全に暴走しています。ベリアル卿を止めるという一心により、考えなしに殴りこんでいることが分かりました。
では、狙われている悪魔の方はと言うと……
「素晴らしい……なんという奇跡! 若き可能性とは実に美しい!」
両腕を広げ、この一連の奇跡に感動していました。
あの……ベリアル卿……? 何か対策を打たなくていいんですか? 私の見る限り、今の貴方はまったくの無防備のような……
ですが、彼は狡猾な男。まさか、なんの対抗もせずに一撃を受けるはずが……
なんて思っていた私は、ベリアル卿のことを何も分かっていません。
トマスさんは無意識のまま武器を振りかぶり、彼の身体に思いっきり叩きつけます。それにより、強力な星魔法が発生し、悪魔は空中へとぶっ飛ばされました。
「あ……」
「あ……!」
「あー」
私、アステリさん、トマスさん。三人は吹っ飛ばされるベリアル卿を呆然と見ます。
やがて、彼は吸い込まれるように、中央広場の噴水へと放り込まれました。
今、キトロンの街に虹が掛かります。
悪魔の着水による水しぶき。それがこの光景を作ったのです。
ざっ……まああああああああ!
ベリアル卿を噴水にシュゥゥゥーッ! 超エキサイティン!
これは良いものを見せてもらいました! この世界を貶める最悪の存在。そんな彼に無力と思われる少年少女が罰を下したのです。
これが人の答え、人による裁きですよ。貴方の思うようにこの世界は動かないという事です。
水浸しになりながら、ベリアル卿は噴水から這い出ます。彼の右手にはトランプ、ダイヤのジャックが掴まれていますが、水によって折れ曲がってしまいました。
そんなカードを見て彼は穏やかに笑います。そして、その表情のまま、子供たちの方へと視線を向けました。
同時に、彼の炎が解かれてアステリさんとジェイさんも檻から解放されます。当然、大臣様をぶっ飛ばした罪を理解し、三人の子供は一斉に走り出しました。
「お……俺様はしらねーからな!」
「ずるいよトマスくん! 待ってー!」
「二人とも凄いなー。オイラもやる事、出来たかもしれない……」
三人の内の一人、山高帽子のジェイさんだけは別の方向へと走ります。彼は何かを覚悟したといった様子でした。
恐らく、あの先にテトラさんがいる。私もやるべきことが決まったようですね……
悔しいですが、テトラさんの指示によって子供たちは戦いました。そして、その戦いによってベリアル卿に細やかな罰を与えました。さらに、私はこの一連の騒動によって勇気を貰った……
これが心の異世界転生者……? 末恐ろしい……
最後に、私は水浸しのベリアル卿に忠告します。
「ベリアル卿、子供たちの罪を裁くことは私が許しません。何をしてでも止めます」
「私が? 彼らを裁く? 冗談でしょう。若い可能性に対し、今はとても穏やかな気分ですよ。人が私に裁きを与えたのです。これほどまでに納得できる結果はないでしょう」
喜ばしいですが悔しい。穏やかですが酷い目にあった。そんな表情で彼は炎を発生させます。そして、その熱によってお気に入りのローブを乾かし始めました。
これは、当分動けませんね。では、こちらはこれからの戦いに集中しましょうか。
私は右拳を握りしめ、テトラさんのいる混沌の場へと走っていきました。
テトラ「星の銀貨が空から無限に! これで大金持ちに!」
アステリ「て……テトラお姉ちゃん……そういう人には奇跡は起きないと思います……」