111 ☆ここは誰も傷つかない戦場☆
炎、水、風、雷……剣に矢に槍に斧……
止まない攻撃。怒涛の追撃。それらを逃げかわし、私はキトロンの街を駆けます。
作戦は順調ですね。こちらから攻撃を仕掛けないこともあり、体力は十分に温存できています。ですが、相手が思うように動いているのが不気味なところ。
こんな追いかけっこを続けるはずがない。それをご主人様に指摘されます。
『随分と時間を稼いだな。こちらに戦闘の意思がないことは彼らも気づいているだろう。にも拘らず、なぜゲリラ組織への攻撃を優先しないのだろうか』
「私はターリア姫を誘拐した大罪人。それを見過ごすことは聖剣隊の品位に関わりますから。ですが、彼らの多くは走ることに長けていない重騎士。完全にどツボなんですよ」
頭の固い聖剣隊の皆さんにはメンツってものがあるんですよ。私という巨悪を放置することは、敗北以上の屈辱でしかありません。
だから、彼らは追い続けます。立ち回りで劣り、絶対に捕獲できないにも拘らず無駄に時間を浪費し続けます。
こっちはご主人様の糸で体を引っ張り、街の全貌を把握してるんですよねー。二手に分かれて挟み込まれても、ひらりとかわして逃走できるんですよ。
「このまま二、三時間は粘れちゃいますかね」
『いや、どうやら何かを仕掛けてくるようだ』
再び屋根の上に飛び乗り、私は聖剣隊の皆さんを見下ろします。すると、最後尾の騎士団長、ロッセルさんが不可解な動きを見せました。
重そうな大剣を空へと掲げ、何らかの詠唱を始めます。これは魔法の発動を狙っているようですね。
ま、どんな遠距離攻撃が来ようとも、私はそれを回避する自信があります。こちとら、モーノさんの最強は魔法連打を回避し続けたんですから。
さあ、ロッセルさん。ご自慢の攻撃魔法、ビシッと決めてみてください!
「うおおおォォォ!」
突然、天高くへ雄たけびを上げる騎士団長。まさか、イライラしすぎてキレちゃいましたか?
同時に、掲げた大剣を地面へと打ち付け、周囲に凄まじい衝撃を放ちます。これは、地属性魔法に肉体強化を組み合わせた接近技じゃないですか!
攻撃は大振りであり、隙の大きさも相当なもの。ですが威力は物凄く、剣を叩きつけた地面は地割れのように抉れてしまいました。あれを受けたら……即死ですね。
「凄いですけど……脅し……? 八つ当たり……?」
『ふむ……これは……』
ご主人様が僅かな動揺を見せます。それに続き、すぐに私も状況を理解しました。
これは不味い……不味いってレベルじゃない! まさかこんな方法で私の策略を崩してくるなんて……!
私の時間稼ぎが成立するのは、聖剣隊とゲリラ組織の接触がないことが前提。その根本をロッセルさんは崩しにかかっていました。
『お前を逃がすことで立つ瀬が無くなるのならば、ここにゲリラ組織を呼び込めば纏めて対処ができる。どうやら、彼は轟音によって戦闘開始を知らせたようだ』
「で……ですが、あの程度の音が街に響きますか! ゲリラ組織にそれを伝えるには不確定です!」
『いや、よく見てみろ』
ご主人様に言われ、視線を道の先へと向けます。すると、そこにはゲリラ組織の中心人物が潜伏する街の集会場がありました。
音が響かないのなら、音を聞かせたい目標に近づけばいい。幼稚園児でも分かる常識です。
私はずっと、逃げ回って集会場から離れさせているつもりでした。ですが、街の中を動き回っている以上、それは不可能だったのです。
『この街は特別大きくはない。逃げ続ければ街を一周し、いつかは元の場所へと戻ることになる。どうやら、彼らは引きつけられているように見せかけ、目的の場所へと近づく時を待っていたようだ』
やられた……完全に見誤った……!
誰ですか、筋肉ダルマのおっさんはお頭が足りないってイメージ植え付けたのは! 相手は聖国最強の騎士団長。おバカなわけがないじゃないですか!
頭は難いですが、戦闘も戦略も熟せる有能。良いですね……駆け引きのし甲斐があるってものですよ。
ですが、残念でした。こちらは更なる対処を打っています。切り札は最後まで取っておくものですよ!
「やってくれるじゃねえですか……ならばならばですよ! こちらも最っ高のエンターテイメントをお見せしましょう!」
「な……なんだ……! 集会場の様子がおかしいぞ!」
私が両腕を広げるのと同時に、集会場は大きな音を立てて震えます。やがて、その外壁は見る見るうちにぶっ壊れ、内側から新たな建造物が作られていきました。
硬いキャンディーとチョコレート。二つは家の形となり、集会場の代わりに建築されます。
まさにお菓子の家! 外側からも内側からも破ることは出来ないでしょう! ご主人様もこれにはびっくりです。
『これは……』
「ハンスさんとマルガさんへ頼んだんですよ。もし、ゲリラ組織が動き出そうとしたとき、キャンディーとチョコレートによって丸ごとシャットアウトするようにって!」
逃げがダメなら守るだけです。火に弱い弱点はありますが、並の魔法で溶ける大きさではありません。
騎士が使う魔法なんて、魔法使いと比べれば三流。今、この場にあれを溶かせる人はいないでしょう。
さてさて、このまま籠城です。聖剣隊もゲリラ組織もこれで身動きが……
「一刀入魂! 胡桃割りィィィ!」
勝利を確信した私の耳に、突然バカでかい声が入ります。
もしかしなくても、これはロッセルさんの咆哮。彼は大剣を振り上げ、能力アップ魔法によってお菓子の家まで飛び上がります。
ハンスさんとマルガさんの魔法は転生者仕込み。この世界の人間に壊せるはずがありません!
やがて、お菓子の家に叩きつけられる大剣。瞬間、凄まじい衝撃が周囲へと走り、ベコッと屋根がぶっ潰れます。あれ? これって不味くないですか……
何かが割れるような音がしました。
同時に、キャンディーとチョコレートの外壁に大きなひびが広がります。
『壊れたな』
「壊れましたねー」
見る見るうちに形を崩すお菓子の家。ご主人さまと呆然としていましたが、すぐに正気に戻ります。
な……何してくれとんじゃ! あの糞親父……!
威力だけならモーノさんに匹敵するほどの一撃。それにより、私の切り札を……ハンスさんとマルガさんの作った家をぶっ壊しやがった!
甘く見ていた……ロッセルさんをどうにかしなくちゃ成立しません……! 策略全てを力技で突破されてしまいましたよ……!
ずっしりと着地し、こちらを睨む騎士隊長。彼は罵声のような声を私へと放ちます。
「初めはふざけた道化だと思っていた。だが、違う! 貴様は一切の攻撃を放たず、何者も傷つけぬよう立ち回っていたな! この愚か者が! それが正義だとでも思っているのか!」
ガラガラと崩れ落ちるお菓子。それらに潰されないよう、ハンスさんとマルガさんが魔法を解除します。
突破口が出来た事により一気に攻め入る聖剣隊。覚悟を決め、応戦体制へと出るゲリラ組織。もう、流星のコッペリアなど、彼らの目には入りませんでした。
ただ一人、混乱する場を背にし、ロッセルさんだけがこちらを意識しています。降りて来いってわけですか……言われずとも、私はこの戦いを止める責任がある……
「正義なんてどこにもありません。仮にあったとしても、貴方の聖国を思う心と変わらない……」
「その認識が大いなる間違いだ! 我らが聖国こそが絶対正義! バシレウス国王の意思こそが世界の法! 貴様の甘ったれた根性、この私が叩き潰してくれようぞ!」
屋根から飛び降り、ナイフを抜く私。こちらに剣を構えるロッセルさんを無視し、私は聖剣隊とゲリラ組織の間に割って入りました。
騎士の振りかざす剣をナイフによって弾きます。また、ハンスさんとマルガさんは予定通り、キャンディーとチョコレートによって銃器を回収していきました。
「は……ハイドさま! なぜ武器を……私たちに死ねと申されているのですか……!?」
「ち……違うのじゃ……これにはわけが……」
この土壇場での仕打ちに絶望する信者たち。ハイドを名乗るバアルさまは、慌てるばかりでなにも出来ません。
聖剣隊の一人が叫びます。「教会のガキ共やテトラちゃんのためにも負けられねえ!」と……
ゲリラ組織の一人が叫びます。「ハイド様を信じろ! 流星のコッペリアを支援するんだ!」と……
私の言葉を信じ、私に惑わされ、私の無力さによって命の危機に瀕する……
私……最低だ……
「だから愚か者と言ったのだ! ようやく現実が見えたか!」
絶望する私に向かって、巨大な剣が振り落とされます。
これは、ロッセルさんの攻撃ですか! すぐに反応し、ナイフによってガードします。が、力任せに打ち付けられたその一撃は、私を吹っ飛ばすには十分すぎる威力でした。
地面に背中を打ち付け、そのまま転がる私。痛みも何も感じません。感じるのは己の無力さだけ……
ハンスさんとマルガさんも戦闘に必死で、武器の回収が行き届きません。私の与えた銃器によって、ゲリラ組織の一人が発砲を開始しました。
銃弾に貫かれる騎士……そして、そんな彼の敵を取るため、銃弾の主を斬りつける仲間……
助かるような傷じゃない。あのまま、二人は苦しみながら死んでいくんだ……
また、死んだ……?
私の目の前で……? 私のせいで……?
ダメだ……ダメだ……! ダメだ……! ダメだ……!
感情を冷やし、冷静に対処する。そうじゃないと、被害はさらに大きくなるわ!
心が乱れたらご主人様の操作も弱まる。私の目的は被害をできるだけ減らすこと! だから、割り切るしかないでしょ!
落ち着け私……あとは時間まで粘るだけ。まずはロッセルの奴を止めないと……
「現実なんてずっと見えてる……だからこそ、誰も傷つかないでほしいのよ……!」
「いいや、見えてなどいない! ここは戦場だ! 誰も傷つかない戦場など、この世のどこにあるかァ!」
そうだ……誰も死なない。誰も傷つかない戦場なんてない。私はずっと夢を見ているだけ……
だけど、それの何が悪いっていうのよ。平和を愛する事の何が悪いっていうのよ!
私はそのつもりでここに来た。覚悟だって決まってる。だから、誰も傷つかない未来を諦めない!
この戦場を変えてやる!
私一人じゃない……
みんなの期待を背負ってるから!
「ありますよ。誰も傷つかない戦場はここにあります」
夢を見ているのでしょうか……?
さっきまで傷つく人たちに絶望していましたが、今はそれが嘘だったかのようです。
この戦場に傷を負った人などいません。直前の戦闘で受けたダメージは、全開まで回復されていたのです。
優しい光が聖剣隊もゲリラ組織も関係なしに癒していきました。一部の者が戦いを続けますが、与えたダメージはすぐに回復してしまいます。これには皆さん、手を止めざる負えませんでした。
やがて、この状況を作った誰かが私の前に立ちます。
私のかぶる道化の仮面とは違い、舞踏会に使う仮面をかぶった少女。赤く、お嬢様のようなドレスを着た彼女は凛とした態度で言いました。
「傷は私が治します。手が潰れようが、足が切断されようが、首が宙を舞おうが、瞬時に完治させます。だから、誰も傷つきませんし死にません」
怖いこと言ってる……そして雰囲気もなんか怖い……
私はこの人を知っています。こんな芸当ができる人なんてこの世に一人しかいません。
三番、『癒』の異世界転生者。
トリシュ・カルディアさんのご到着です。
たぶん転生者で一番狂ってる人の到着。