107 夕日の下での尋問です
正直な話、私は弁論や屁理屈でベリアル卿に勝てるとは思っていません。
彼は甘くとろける美声で相手を惑わし、ぐうの音も出ない正論で反対意見を抑えます。こちらも言い返せばいいのですが、立場的にも技術的にも相手に分がありました。
なので、私はベリアル卿と戦いません。卑怯? 意気地なし? 何とでも言え! さあ、子供たち行くのです! 厄介な敵を追い出しちゃってください!
トマスさんは私にアイコンタクトをし、ジェイさんとアステリさんと共に前に出ます。そして、大臣様のローブを掴み、質問をぶつけていきました。
「凄え! この国の大臣様だ! なあなあ、王都ってどんなところなんだ?」
「大臣様ってどうやったらなれるのー? ターリア姫の植物魔法ってどんな感じ?」
「お……王都のファッションについて教えてくれたら嬉しいです……」
邪魔をされるのなら邪魔をし返す。しかもこちらは三人ですから三倍返しだ!
ベリアル卿は心優しい大臣で通しています。世間体の為にも子供たちに冷たい態度を取ることはないでしょう。
ですが、彼は私たちの行動目的を知っているはず。となれば、確実に子供たちをあしらって妨害に動くはずです。
もっとも、それは私が感じた悪意が本物ならばの話。
当然、何も知らないロッセルさんは迷惑な子供たちを追い払います。
「貴様ら! 大臣殿は忙しい! 無駄話をしている暇は……」
「良いですよロッセルさん。テントに閉じ込められて退屈していたところです」
言いくるめようとしたとき、警戒していたベリアル卿本人が隊長を宥めます。
なっ……嫌な顔一つせずに受け入れた……? あれは、嘘偽り何かじゃありません。彼は心から子供を愛し、その未来のために会話を望んでいるようでした。
街を陥れるという悪意を持っていたなら、確実に妨害行為に動くはず。ですが、ベリアル卿はその気もなく、笑顔のまま子供たちと話しています。
何かがおかしい……微妙なずれを感じます……
こちらが警戒姿勢なのに対し、あちらは敵意ゼロというちぐはぐ感。では、あのとき感じた悪意は気のせいだった……?
いえ、現状それは関係ありません。相手も直接対決を避けるのなら都合が良いです。私は私の目的を果たすだけでした。
「シスターミテラ、騎士たちの勝利を祈りましょう。この聖国が平和であるため、このキトロンの街が平和であるために……」
「はい、聖アウトリス様の加護あれ……」
主は人を救いません。だからこそ、主に選ばれた救世主である聖アウトリウスさまに祈ります。
神の声を聞いた人を預言者と呼び、それによって奇跡をもたらした人を聖人と呼ぶ。さらに、その聖人の中からただ一人、世界を救うとされる存在を救世主と呼びます。
聖アウトリウス教の場合は聖アウトリウス。他にも聖ビルガメス教というものがあり、どちらが救世主かで争いを続けているらしいです。
さって、祈りは終わりましたし、いよいよ本題ですね。
聖剣隊の活動を遅らせるためには、こちらから積極的に関わる必要があります。そのためには彼らの活動拠点を教会に移すのがベストでした。
既に、ジルさんはツァンカリス卿の屋敷へと移っています。子供たちの安全を確保したいですし、何としてでも移動してもらいますよ!
「隊長さま、流星のコッペリアが悪魔ハイドと協力関係にあると聞きました。信者たちの活動は予測できず、子供たちは心配で夜も眠れません」
嘘です。めっちゃ寝てます。信者たちの動きもバアルさまが操作してるでしょう。
貴方たちが余計なことをせず、硬直状態が続けばジルさんが何とかしてくれるんですよ。だから、教会で大人しくしていてください。
「お願いします! 私たちの教会を活動拠点にしてもらいたいのです! シスターミテラは治癒魔法を扱えます。広さと衛生面を考えても、テントより遥かに快適でしょう」
「いや……我々は聖国騎士。例え神のみもとである教会であったとしても、一般人と起居を共にするのは……」
まあ、当然突っぱねますよね。孤児たちと生活を共にするのは抵抗があるのでしょう。
ですが、それでも誠意を持ってこちらの意思を伝えます。ベリアル卿の足止めも長くは続きません。この場でパパッと決定してもらわないと困るんですよ!
ミテラさんも一緒になり、ロッセルさんを説得します。
「王都聖剣隊はどこまでも清く正しいと聞いています。信用できるのは貴方がたしかいないのです!」
「しかしだな……」
微妙ですか。こうなったら、シスターの立場を利用して祈り倒すしかありません! 強引にでも移動させなければ、信者たちの鎮圧が進んでしまいますから!
絶対に犠牲者を増やさない……ジルさんと足止めするって約束したんです!
決意を胸に、更なる言葉を放とうとした時。広場の外から一人の青年が現れます。彼は私のことをジト目で睨み、すぐに視線をロッセルさんに移しました。
「良いではないですか。こんなテントで夜を凌いでいては、隊員たちの士気に関わります。教会は最も主に近い場所。そこで雨風を凌ぐのならば、全ての者が平等です」
「シャルルか、お前がそう言うのならば良いだろう」
あ、シャルルさんのおかげで上手く行きそうです。もしかして、助け舟を出してる?
一応、お礼として笑顔を返します。すると、ものすごーく嫌な顔をされてしまいました。彼、嫌々助けたんでしょうか……?
そして、そんな私たちをニヤニヤと横目で見るベリアル卿。話し上手の為、子供たちの心を掴んで楽しそうにしていました。
もう、誰が敵で誰が味方か分かりません! どいつもこいつも曲者ぞろいですか!
良いですもん! 計画通りいってますもん! これで聖剣隊を教会に縛ることは成功です!
ツァンカリス卿の屋敷。もとい、商業ギルドの新本部。
シャイロックさんの協力の元、ジルさんは魔法時計の製作に力を入れていました。
覚醒状態を維持することは出来ないため、今の彼は宝玉のハイドではありません。女顔で眼鏡の似合ったいつものジルさんです。
ですが、シスター衣装はやめたようですね。ブラウン色をベースとし、薬品ホルダーが装着された衣装。いかにも錬金術師という服装でした。
「イメチェンしたんですねー。ここの設備はどうですか?」
「悪くないよ。転生者としての記憶も戻ったし、覚醒状態でないときも頑張らないとね」
あれから一日、既に設計図は完成している様子。細かい部品を商業ギルドや小人の皆さんと共に作り、最後に宝玉のハイドがそれらを錬成するという形でした。
ジルさんは忙しいです。勿論、私もバアルさまのところに戻る必要があるので、十二分に忙しいです。
ですが、どうしても聞きたいことがあって来ちゃいました。これを聞かなくちゃ前に進めない! 何だか、そんな気がするんです!
「ジルさん、質問があります。暴走時の貴方は『魔王を倒し、争いばかりの聖国を変える。場合によっては国を壊し、女神バアルを神にする必要がある。それがミリヤ国を守れなかった自分の責任だ』と言ってました。その思想はどこから来たんですか……?」
「はあ……僕の心に『同調』したのか……君は本当に痛いところを突くね……」
そうです。彼の根本には技術力による統治という思想がありました。真っ黒い何かがその心を覆っていると感じたんです!
あれは偶然なった暴走じゃない……完全なる必然ですよ!
ジルさんは心苦しそうな表情をします。ですが、大きく深呼吸をし、すぐに話す覚悟してくれました。強い男の子ですね。
「命からがら、五番から逃げだしたとき。僕に手を差し伸べた人がいたんだ。その人は言った『この世界は荒んでいる。魔王を倒し、聖国を正しい方向に導ける英雄が生まれることを願っている』と……」
なっ……完全に黒幕と接触してるじゃないですか!
ですが、その謎人物を黒幕と言うのは少し違うみたいです。
「その時、僕の心に湧き上がったんだ……僕なら魔王を倒せる。この国を正しい方向に導けると……! だけど、そんなの単なる切っ掛けだよ。一連の騒ぎは間違いなく僕の責任。彼は何も知らないんだから」
そうなんでしょうけど、どうにも引っかかりますねー。
なんか、この世界って謎の男が多すぎません? 確かに彼の言葉に悪意はありませんが、それによってジルさんに歪みが生じたのは事実です。
ですが、この世界の人は異世界転生者の存在を知りません。ジルさんと話したところで、問題が発生を予測できるはずがありませんでした。
やっぱり考えすぎですか……
全ては彼の自己責任……それで終わり?
教会に戻る途中、その裏にある墓地。ツァンカリス卿のお墓の前にて、私はある二人を目撃します。
一人は今まで姿を消していたご主人様。いつもどこかをほっつき歩いているので、ここに居ても不思議ではありません。
ですが、もう一人は意外や意外。なんと、聖国大臣であるあのベリアル卿でした。
え……? なんでご主人様がベリアル卿と一緒にいるの……? 二人の関係は……?
すぐに、お墓の影に身を隠します。まあ、ご主人様は悪魔契約で繋がっているので、ばれているんでしょうけどね。
二人ともツァンカリス卿と知り合いですから、その繋がりで面識があったのかもしれません。
とにかく、会話に耳を傾けてみましょう。
「お初にお目にかかります。ネビロス・コッペリウスさん。貴方の噂はよく聞きますよ」
「酷いではないか。知っているのならば、なぜ会いに来なかった? もしや、私に会いたくなかったのではないか?」
僅かに口を曲げるベリアル卿。ですが、すぐにその顔は薄ら笑いへと戻ります。
「私は大臣という立場ですので、変人と呼ばれる貴方と接触するのは好ましくありません」
「なるほど、違いないな」
どうやら、初対面のようですね。良かった……危うくご主人様を疑うところでしたよ。
って、まだベリアル卿が敵だって決まっていませんから。もしかして、ご主人様は彼を探るために一人で接触している……?
『そうだ』
「そうか」
紋章のテレパシーによって答えてくれました。どうやら、私にプライバシーはないようです。
まあ、とにかくこれで分かりました。ご主人様もベリアル卿を疑っているんです。私は悪意を感じたことで引っかかってますが、ご主人様は別のことで引っかかっているのでしょう。
悪魔である彼すらも欺けるという事ですか……? それって、相当にヤバい人間ですよね……
ご主人様は黒いマントを靡かせつつ、赤い夕陽をじっと見つめます。その光を受けるのはツァンカリス卿の墓標でした。
「彼を殺した青年と接触した覚えはあるだろうか? どのような会話をした?」
「軽い挨拶ですよ。とてもあのような残虐な行為に及ぶとは思いませんでした」
え……? ご主人様は何を疑っているんですか……?
何の話しですか……どういう事ですか……!?
混乱する私を余所に、悪魔は聖国大臣に語ります。それが何を意味してるのか、私にはとても分かりませんでした。
「日が沈み、闇が訪れる。この国には暗雲が掛かっているように感じるが、大臣殿はどう思うか?」
「詩人ですね。闇だの光だの、そんな物は自然界における現象の一つですよ。貴方が思っている以上に、この世界は論理的に出来ています」
ベリアル卿は笑みを崩しません。ですが、少しずつ彼の『やり方』が分かってきました。
もしかして、あの事件も……あの事件も……ひょっとしてあの事件も……
全部ベリアル卿が関わっていた……?
まさか……ね……