105 ♢さあ、ミッション開始だ!♢
ジルさんが燃えています。
濁っていた人形のような瞳が、今は力強く輝いていました。
彼は錬金術などの細かい作業をするとき、激しい運動をするときに眼鏡を上げる癖があります。こうなれば本気という事。頼もしい限りでした。
「やれるだけのことはやってみるよ。だけど、前にも言ったように制作には材料が……」
「俺が高レアリティの素材を調達する。場所を指示してくれ、すぐにでも向かいたいからな」
「モーノさまには負けるけど、私とアリシアちゃんで簡単なものは調達するわ。素材に関しては心配なんていらないわよ」
材料の問題に対して、モーノさんとメイジーさんが答えます。
確かに、モーノさんぐらい強ければ、どんなダンジョンでも一発攻略出来るでしょう。例え発明に使うアイテムが高レアリティであっても、彼なら絶対に調達できます。
それに加えて、メイジーさんとアリシアさんもいますからね。そこそこレベルのアイテムなら、二人でも十分に調達できるでしょう。
材料に関してはクリア。ですが、まだ問題はあります。
「人員も不足してるよ。僕だけじゃとても手が回らない」
「屋敷に仕えている小人の皆さんに協力を求めます。アントニオさんにも協力してもらい、商業ギルドからの支援も求めてみましょう」
「ご主人たま! マルガたちもお手伝いするー! レッツゴーゴー!」
人員の問題に対して、小人のマイアさんとホムンクルスのマルガさんが答えます。
そうでした。こちらには商業ギルドのバックアップがあるんでしたね。キトロンの街を守るためなら、シャイロックさんも協力してくれるでしょう。
それに、ホムンクルスの双子ちゃんも手伝ってくれます。人員に関してもこれでクリアですね。
皆さんで協力し、問題を解決していきます。ですが、ジルさんはかなりの心配性でした。
「制作までの時間はどうするんだ……! 街は一触即発でとても……」
「私が街の人たちや聖剣隊の皆さんに会って時間を稼ぎます! 戦うわけじゃないですし、大丈夫ですよ!」
「俺様もテトラ姉ちゃんに協力する! 先生、たまには俺に期待してくれよ!」
時間だったら私が稼ぎます。なぜか、トマスさんも協力してくれるみたいですしね。
暴徒となった街の人たちに子供をぶつけるわけにはいきません。ですが、聖剣隊の皆さんを足止めするためには役立ちそうです。ここは、お言葉に甘えて協力を求めましょう。
転生者だけではなく、冒険者や孤児院の子供たちも協力してくれます。
もう、これは私たちだけの問題ではありません。皆さんで協力し、力を合わせてこの街を守らなくてはいけないんです!
シスターのミテラさんと女神バアルさまも背中を押します。ここまで来たら、後はジルさん次第でした。
「ジルさん、もう彼女たちを止めることは出来ません。リスクなら、私たち全員で背負いましょう」
「あとは、お主が宝玉のハイドを制御するだけじゃのう」
そうです。ここまでの総戦力で挑んでも、ジルさんが上手く覚醒しなければ意味がありません。
もう、事態は私の『心』やモーノさんの『力』ではどうにもできない状態です。作戦を成功させるためには、理論上は不可能の無いジルさんの『知』が必要不可欠でした。
また、街のどこかで爆発音が響きます。恐らく、ゲリラ組織のメンバーが聖剣隊に見つかったのでしょう。
今の聖剣隊は怪人ハイドの確保を考えた少数部隊。テロリストの鎮圧となれば、すぐに王都から増員が来るはずです。もう、時間はないんですよ。
ジルさん、覚悟を決めてください! 男の子でしょ!
彼は不思議そうな顔をしながら私の目を見ます。まるで少女のような顔ですが、心は理屈っぽい少年です。
「君たちはどうして僕に拘るんだ……?」
「因果ですよ。私たち、魂の兄妹じゃないですか!」
まあ、私に理屈はありませんけどね。何となく魂の繋がりを感じた。それだけですよ。
床に座っていたジルさんは立ち上がり、ゆっくりと目を閉じます。そして、右拳を握りしめながら、奥歯をしっかりと噛みしめました。
「まったく、イライラするよ……大切なものを守れず……街の平和を壊して……なにも出来ずに一人腐ってる……」
彼は怒っています。ずっと怒り続けています。
最も許せない存在は何よりも近いところにいました。
「僕は何をやっているんだ……自分自身に腹が立って仕方ない……!」
生真面目だから怒りが生まれる。
他者から奪う存在が許せない。理不尽な世界が許せない。なにも出来ない自分が許せない。
それは正しい怒り。正義感から生まれる一種の憤り。
ただ、憂さを晴らすためなんかじゃない。正しく生きようとする強い意志が、世界を明るく照らす。
「頭が真っ白になるよ……ムカつく……ムカつく……ムカつく……ムカつく……ムカつく……だけど、今ならできる! この怒りは発明にぶつけるんだ!」
怒りとは野性的な原初の感情。
危機に晒されたという認識がそれを生みます。
あ、そういえばどこかで聞きました。
怒り、不満、怠惰って、発明の母なんですよ?
「宝玉のォ! ハイドォォォ!」
青いダイヤのエフェクトが部屋中へと広がります。
それは、今までのジルさんには出来なかった芸当。彼の覚醒が完全な物になったと分かりました。
少年の両目には青く透き通ったダイヤの紋章が見えます。以前、ハイドさんだった時とは違って濁りは見られません。あはは……怒っているのに純粋じゃないですか……
恐らく、自分でも分かっていない言葉。それをジルさんが放ちます。
「二番の封印は完全解放されたぜェ。あと二人だ!」
あと二人……? あれ? 今回が初めての覚醒扱いですか。
以前、私が覚醒した時はあと三人でしたよね……? 私より先に覚醒していたのはジルさんだと思っていたんですが……
一番のモーノさんは覚醒していません。三番のトリシュさんも違うっぽいです。もしかして、五番のペンタクルさんはすでに覚醒済み……?
まあ、そうであっても関係はありません。いずれ全員がたどり着くんですから。
宝玉のハイドさんが現れた事により、狼少女のメイジーさんが戦闘態勢を取ります。ですが、すぐにモーノさんが右手をだし、彼女を制止しました。
そうです。大丈夫です。彼は私たちの味方ですから。
「えっと、ハイドさん。気分はどうですか?」
「まあ、頗る快調だぜ。なんつーか、世話になったな。へこへこ頭下げて許しを請うってキャラでもねえし、結果で示すことにするぜ」
ジルさんはイライラしながらも、私たちと行動を共にします。以前とは大違いですね。もしかして、流星のコッペリアよりよっぽど素直かもしれません。
怒りの矛先が魔王から逸れ、発明の方に向いているように感じます。それにより、ここまで素直で大人しくなったんでしょうか。
まあ、怒りって突発的なものですし、理解するのは難しいでしょう。今は彼の感情に任せるだけです。
「で、兄貴。俺は何をすればいい?」
「今回はお前がリーダーだ。ここにいる全員を使って何かを作ってくれ」
「アバウトじゃねえかおい!」
まあ、モーノさんはそういう人ですね。都合のいい発明を期待して、説得に動いたんでしょう。
これには怪人と呼ばれたジルさんも呆れ気味です。長兄の適当っぷりにイライラしながらも、彼は自らの能力を使っていきました。
いくつもの青いダイヤが実体化し、それらは空中に文字を記していきます。まるで万年筆のように動き、やがて文字は計算式や制作図へと変化しました。
「全てを収束させる魔法のアイテム。そのレシピを計算によって導き出すぜ。必要なアイテムは今から壁に刻む。まずはそれを集めてもらうぜェ!」
そう言いながら、ジルさんは一つのダイヤマークを動かし、壁にアイテムを名を記します。
なんか、聞いたこともない鉱物の名前や、ヤバそうなモンスターの部位が記されていますね……モーノさんが全部集めるって言ってましたし、ジルさんも遠慮なく記しているのでしょう。
流石の力の異世界転生者もこれには苦笑いを浮かべました。その顔を見るに、最終ダンジョンで手に入れるようなヤベー素材も記されているようです。
「お前……鬼か……?」
「はっ! ああ、鬼だとも! こっちもその素材を台無しに出来ねえってプレッシャー背負うんだ。てめえも気張って行けやオラッ!」
「お互い地獄か。良いよ。二日でそろえる」
チートとチートの会話です。お互いに失敗は許されません。
モーノさんは大きく息を吸い込み、一気に吐き出します。そして、何かを覚悟したような顔つきをし、部屋の扉を開けました。
すぐに、メイジーさんとアリシアさんが動き出します。ですが、彼はそれを許しませんでした。
「悪い、足手まといだ。お前らは残りの素材を集めてくれ」
「う……分かったわ……」
これは完全に本気ですね……
以前、モーノさんはパーティーメンバーに合わせ、盗賊の発見に遅れています。二日で最高ランクの素材を手にする場合、他は完全に邪魔という感じでした。
時間がないこともあり、彼は風のように消えてしまいます。その後、ジルさんの手によって近場で手に入る素材が記され、メイジーさんたちはそれの調達へと動き出しました。
続いて、ジルさんは小人のマイアさんへと目を向けます。
アイテムの制作自体に手間がかかるのか、人手を求めている様子。作業の前工程を彼女に行ってもらうようでした。
「これから、商業ギルドでも十分に作れるアイテムのレシピを記す。最終的に出来上がるアイテムは精巧な魔法時計。その部品一つ一つはそっちで受け持ってもらう。制作に行き詰ったら俺に聞け。以上だ!」
「はい、街を守るために死力を尽くします」
凄えです……細かな制作レシピを全て壁に書き記していってます……
これなら、マイヤさんたちも戦力になります。この世界の人手を完全に使いこなしていました。
そして、そうこうしている内に魔法時計の設計図が空中に刻まれます。まだまだ調整が必用ですが、粗方の構築式は完成しているという感じでした。
よし、私も動く。心で異世界無双をします!
「さって、あとは時間稼ぎですねー。どれぐらい耐えればいいでしょうか?」
「我が長兄が二日で材料が揃うと豪語してやがる。なら、それに一日加えて三日。三日は耐えろ!」
「オッケーです。じゃ、ハンスさんとマルガさんを貸してください」
「ああ、本格的な制作に入るまでの間は好きに使え」
三日、私だけ難易度低くありませんかー? ま、いっか。
トマスさんが協力してくれると言ってますし、たぶんジェイさんとアステリさんも協力してくれるでしょう。それにホムンクルスのハンスさんとマルガさん。あと、女神のバアルさまも使えますねー。
私を加えて七人の子供たちですか。その七人を纏めるのはヤギの獣人であるミテラさん。
ミテラお母さんと七人の子供です!
私、モーノさん、メイジーさん、アリシアさん、ミテラさん、トマスさん、ジェイさん、アステリさん、シャイロックさん、マイアさん、ハンスさん、マルガさん、バアルさま、ご主人様。総勢十五名、加えて孤児院の子供たち、小人の使用人、商業ギルドメンバー。今出来る総戦力!
それを束ねる総司令はジルさん。
彼の口から作戦の開始が告げられます。
「さあ、ミッション開始だ!」
キトロンの街での戦いもいよいよ大詰め。絶対にミッションは成功させます!
そしてあの人……聖国大臣であるベリアル卿……
彼から放たれる悪意の正体。絶対に掴んでやりますからね!
ミテラ「壁のらくがきは後でちゃんと消してくださいねー」