表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第五章 カップラーメン戦争勃発!
114/248

104 美味しいお菓子を作ります!


 キトロンの教会に香ばしい香りが立ち込めます。

 この世界のお菓子を知るため、二人の女性にその製作を頼ました。一人はシスターのミテラさん。もう一人は小人の執事、マイアさんです。

 言い出しっぺのアリシアさんは、モーノさんも参加すると聞いて逃げちゃいました。まあ、あの万能男とは比べられたくないので仕方ありません。


 作業は大詰め、炎の魔石によってじっくり加熱し、生地を焼き上げていきます。香りは非常にいいのですが、私の知ってるお菓子作りの行程を飛ばしまくってますね。


「バターもミルクも使っていません。とても簡単な作りですね」

「日本では乳成分が多いビスケットをクッキーと呼ぶ。そうなれば、あれはビスケットだな」


 そう、モーノさんが教えてくれます。出来上がったお菓子は、小麦粉を卵と混ぜ合わせて焼いただけのシンプルなもの。確かに、この世界にクッキーはありませんでしたね。

 ミテラさんは焼き上がったビスケットにジャムやクリームを挟んでいきます。なるほど、これで生地の硬さや味の無さを補うんですね。

 物凄く雑な挟み方で見栄えは悪いです。ですが、小人のマイアさんが綺麗に整えてきました。

 女子力が違う……たぶんマイアさんの方が若いと思いますが、かなり差があるように思えます。まあ、今はそんな事どうでも良いですね。


 そんなこんなで中世のお菓子、ビスケットの完成です。

 早速、私とモーノさんで試食開始。このお菓子がジルさんを満足させるかどうか、ちゃーんとチェックしちゃいましょう!

 はぐっと一口。うん、ジャムは甘みが薄いけどフルーティで美味しい。でも生地が……小麦粉を焼いた感が強いです。モーノさんもこれには微妙そうでした。


「不味くはない……ただ……」

「何かの劣化ですね……」


 バターは使わず、砂糖も最小限。加えて、生地を寝かす作業を行っていません。完全にジャムやクリームで誤魔化した小麦粉を焼いたものです。

 この世界の食材は私の世界とあまり変わりません。要所要所で違いはありますが、基本的な穀物や果実、野菜という括りに違いはありませんでした。

 だからこそ、この世界で出来上がるものは似ちゃっています。まあ、そのおかげで私たちも知識無双が出来るんですけどね。


「うーん、これじゃジルさんも想定内の味でしょう……」

「だから、言ったでしょう! ジルさんの作るお菓子は全てにおいて私に勝っているのです! 女としての尊厳はボロボロですよ……」


 じゃあ、せめて綺麗に作ってくださいよミテラさん。ジャムやクリームをぶちまけるのはやめてください……

 彼女と同じようにマイアさんもしょんぼりします。う……胸が痛い。ですが、完璧な物を作らないと計画になりませんから……

 ポンコツなミテラさんと違い、マイアさんは完璧主義者で負けず嫌い。すぐにその表情はムッとしたものへと変わり、勝手に仕切り始めます。


「小人族は菜食のスペシャリストです。貴方様の世界にない特徴的な植物を洗い出しましょう。それに改良を施し、高品質のお菓子を作り出せばいいだけの事。時間がありません。早急に取り掛かりますよ」

「怒っています?」

「怒っていません」


 キレ気味ですが、滅茶苦茶テキパキ動きますね。彼女を呼んで正解でした。

 ま、そんなこんなで再び作業開始! 商業ギルドと小人たちの力によって、身近な野菜や果物が教会へと運ばれます。私とモーノさんはそれを片っ端から試食していきました。


 その中に一つ、気になる食材を見つけます。紫色をした謎の葉野菜。細長くて茎の部分を食べる野菜のようですが、これが異様にネバネバして不気味な食感でした。

 オクラよりネバネバしてます。煮た里芋を潰してコテコテにしたような……とにかく異様で私の世界では食べた事のない食感でした。

 当然聞きます。これなら新しいお菓子が作れるかもしれません。


「マイアさん、この野菜は何なんでしょう?」

「それはセロリという野菜です。ご存じないでしょうか?」


 いえ、セロリは知っていますがこんなセロリは存じ上げません。

 確かに形は似ていますが、これをセロリと言うには無理があるでしょう! 滅茶苦茶ネバネバしますし、色は鮮やかな紫色ですよ!

 とりあえず、さっきから黙って見ていた女神バアルさまを問い詰めます。


「ちょ……バアルさまー! 無理な翻訳はやめてくださいって!」

「それは構わぬが、会話に弊害が出てもわしは知らんぞ。この世界の食材や料理名はお主の世界とは違う。『ヌガブとペロをつかって、ムトムトを作る』というような専門用語だらけの毎日になるが良いかのう?」

「ごめんなさい」


 まあ、存在しないものを翻訳できませんよね。そりゃー、似たものに当てはめることになっちゃいます。

 とにかく、たくさんの食材を試食しましたがこのセロリもどきは異様。お菓子に役立てるのではないかと判断し、さっそく煮たり焼いたり潰したりしてみます。

 そして再び試食。こ……これは!


「くそ不味……」

「煮ても焼いても青臭いですね……明らかにお菓子向けではありません……」


 ミテラさんも好みではない様子。そうですよね……キュウリみたいに青臭いです……

 やっぱり、野菜はあまりお菓子に使いませんか。うーん、この異様なネバネバっぷりは使えると思ったんですけどね。また、振り出しですか……

 再び素材探しに移ろうとしたとき、モーノさんがセロリもどきを取ります。そして、その紫色の皮を綺麗に剝いていきました。


「皮を取り除き、さらにレモンに漬けて臭みを取ろう。臭いが気になる果実ならいくらでもあるからな。十分スイーツの素材として使えるはずだ」

「でも、所詮野菜ですよ!」

「トマトやホウレンソウでマフィンは作れるだろ。野菜も素材だよ」


 こいつ出来る……! なんですかー? 両親は海外赴任、料理はプロ級って奴ですかー? ケッ!

 ふーんだ! 良いですもん! こっちだって最っ高のアイデアがありますもん!

 このまま、このセロリもどきを使ってもお菓子の根本は変わらないでしょう。そうです。特徴であるネバネバを生かさないと価値はありません。

 さて、粘りがお菓子の役に立つか。一つ、似たものを知っています。


「この粘り、トルコアイスみたいに出来ませんか? ネバネバの種類は違いますが、固めてしまっては特長が生かせませんよ」

「確かに、トルコアイスも植物の粘りを利用しているな。分かった。炎魔法で煮詰めた後、ミルクを加えて氷魔法で凍らせていく。手伝ってくれ」


 そして、ガチのアイスクリーム作りが始まりました。

 なぜこんな事になったのか、なぜここまで白熱してしまったのか。モーノさんと私、ミテラさんとマイアさん。血眼になってセロリアイスの制作に力を注ぎます。

 青臭さを取り除き、上手く加熱し、さらに混ぜながらの凍結。形は出来ても美味しくなくちゃ意味がない! だから、この世界の食材を使ってさらに美味しく仕上げます。

 まさにスイーツ戦争。女神バアルさまもどん引きでした。


 そして、苦労の甲斐あってついに完成します。


「出来たぞ……セロリアイス……」

「凄い……甘くて美味しくて、こんなの初めてです!」


 完成を喜ぶモーノさんに、美味しさに感動するミテラさん。当然、私とマイアさんも歓喜します。

 やった! 丸一日、アイスクリーム作りで潰れましたけど、ついにやりましたよ! これさえあれば絶対にジルさんも喜んでくれま……

 って、本当に喜ぶの? そもそも、これってアリシアさんの妄言から始まった企画では……

 とても嫌な予感がした時でした。私たちの下に双子の兄妹が走り寄ってきます。


「お兄たま! お姉たま!」

「ミテラー! マイヤー!」


 ジルさんの作ったホムンクルス、ハンスさんとマルガさんでした。

 彼らの手にはバラバラに崩れた何かが握られています。これって、所々焦げていますし、形も悪いですがクッキーですよね……?

 なぜ、この二人がこんな物を持っているのでしょう。不思議に思っていると、さらに三人の子供たちが走り寄ってきます。


「ミテラ先生! 俺たちもジル先生にお菓子を作ったんだけどさ……」

「オイラたち下手っぴでさ……ハンスとマルガに教えてもらったけどダメだったなー……」

「で……でも頑張ってく作ったから……! 食べてほしいです……」


 トマスさん、ジェイさん、アステリさん。お菓子作りの話を聞いて、子供たちだけで作ったんですね……

 ジルさんに元気なってほしいから、平和な街を取り戻したから。その一心で懸命に作ったんでしょう。彼らの手に乗せられているクッキーからは、その意思を感じることが出来ました。

 なんだか、物凄く恥ずかしくなってきましたね。私たちお兄ちゃんお姉ちゃんたちは何をやっているのでしょう……

 ミテラさんから、核心的な一言が放たれます。


「あの……このクッキーの方がジルさんに効きそうだと思いますが……」


 せやな。


「新しい物を作るのって大変ですね……」

「まったくだな……」


 転生者二人、どっと疲れが押し寄せました。

 なにが現代知識無双ですか、なにが最高の異世界スイーツですか。必死にバカやってただけじゃないですかー。


 はい、ここで名言。

 料理もお菓子作りも心。心に勝るものなし。


 結局、味なんて補正で変わっちゃいますしねー。

 あははー……くっそ疲れましたよ……










 夜、五人の子供たちにメイジーさんたちも加え、ジルさんお部屋に入ります。

 マイアさんを抜いても十一人。流石に狭いですが、情に訴えかけるためにも人数は減らせません。

 完成したセロリアイスと、子供たちが作ったクッキーをジルさんに渡します。さあ、食べてください。嫌でも絶対に食べてもらいます!

 トマスさんとアステリさんが、私たちを代表して言葉を贈りました。


「ジル先生……俺たちで頑張って作ったんだ……甘いお菓子で元気なるんだろ!」

「せ……先生……この街を守ってください……先生……!」


 ジルさんが持つ、人形のような瞳が潤みます。彼は形の悪いクッキーを掴み、それをゆっくりと噛みしめました。


「形は悪いし、少し焦げてる。これじゃダメだよ……」

「先生……美味しくなかった……?」

「いや、味はいいよ。また、今度は僕が教えるよ。人にプレゼントするなら、もっとちゃんと作らないとね」


 笑顔で答えるジルさん、そんな彼に対し三人子供たちは大喜びでした。

 彼らの様子を恨めしそうに見るハンスとマルガさん。二人が信じるハイドさんは消え、今はジルさんという違う人格が残っています。もう二度とご主人様には会えないのでしょうか……

 ですが、ジルさんもハイドさんも同人物です。記憶が残っているのか、ジルさんは双子二人の頭に手を乗せました。


「ハンス、マルガ、君たちも上手に教えたね。さっきは酷いことを言ってごめん」

「ご主人たま……」

「ご主人たまぁあ……!」


 だいぶ元気になったみたいですね。ちゃんとホムンクルスたちへの気遣いも忘れませんでした。

 貰ったクッキーをしっかり完食したジルさん。次に彼は、私たちの作ったセロリアイスに手を付けます。

 さっきの笑顔とは違い、今度は鬼の審査員と言った表情。あ、ちゃんとグルメバトルに付き合うんですね。無駄にならなくて良かった……

 目を瞑り、何を考えるジルさん。飲み込むのと同時に、視線を私たちへと移します。


「このアイス……以前にこれと似たものを作ったんだ」

「え……」

「だからこそ、君たちの真剣さはよく分かった。味も美味しいよ……涙が出るほどにね……」


 新しいお菓子じゃなかったのか……ですが、努力は伝わったようです。

 シャキーンと眉毛を釣り上げるジルさん。ピンクの眼鏡を指ではじき、ヘアバンドのように頭に乗せました。

 こ……これは間違いありません!


 二番の異世界転生者、完全復活です!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ