104 美味しいお菓子を作ります!
キトロンの教会に香ばしい香りが立ち込めます。
この世界のお菓子を知るため、二人の女性にその製作を頼ました。一人はシスターのミテラさん。もう一人は小人の執事、マイアさんです。
言い出しっぺのアリシアさんは、モーノさんも参加すると聞いて逃げちゃいました。まあ、あの万能男とは比べられたくないので仕方ありません。
作業は大詰め、炎の魔石によってじっくり加熱し、生地を焼き上げていきます。香りは非常にいいのですが、私の知ってるお菓子作りの行程を飛ばしまくってますね。
「バターもミルクも使っていません。とても簡単な作りですね」
「日本では乳成分が多いビスケットをクッキーと呼ぶ。そうなれば、あれはビスケットだな」
そう、モーノさんが教えてくれます。出来上がったお菓子は、小麦粉を卵と混ぜ合わせて焼いただけのシンプルなもの。確かに、この世界にクッキーはありませんでしたね。
ミテラさんは焼き上がったビスケットにジャムやクリームを挟んでいきます。なるほど、これで生地の硬さや味の無さを補うんですね。
物凄く雑な挟み方で見栄えは悪いです。ですが、小人のマイアさんが綺麗に整えてきました。
女子力が違う……たぶんマイアさんの方が若いと思いますが、かなり差があるように思えます。まあ、今はそんな事どうでも良いですね。
そんなこんなで中世のお菓子、ビスケットの完成です。
早速、私とモーノさんで試食開始。このお菓子がジルさんを満足させるかどうか、ちゃーんとチェックしちゃいましょう!
はぐっと一口。うん、ジャムは甘みが薄いけどフルーティで美味しい。でも生地が……小麦粉を焼いた感が強いです。モーノさんもこれには微妙そうでした。
「不味くはない……ただ……」
「何かの劣化ですね……」
バターは使わず、砂糖も最小限。加えて、生地を寝かす作業を行っていません。完全にジャムやクリームで誤魔化した小麦粉を焼いたものです。
この世界の食材は私の世界とあまり変わりません。要所要所で違いはありますが、基本的な穀物や果実、野菜という括りに違いはありませんでした。
だからこそ、この世界で出来上がるものは似ちゃっています。まあ、そのおかげで私たちも知識無双が出来るんですけどね。
「うーん、これじゃジルさんも想定内の味でしょう……」
「だから、言ったでしょう! ジルさんの作るお菓子は全てにおいて私に勝っているのです! 女としての尊厳はボロボロですよ……」
じゃあ、せめて綺麗に作ってくださいよミテラさん。ジャムやクリームをぶちまけるのはやめてください……
彼女と同じようにマイアさんもしょんぼりします。う……胸が痛い。ですが、完璧な物を作らないと計画になりませんから……
ポンコツなミテラさんと違い、マイアさんは完璧主義者で負けず嫌い。すぐにその表情はムッとしたものへと変わり、勝手に仕切り始めます。
「小人族は菜食のスペシャリストです。貴方様の世界にない特徴的な植物を洗い出しましょう。それに改良を施し、高品質のお菓子を作り出せばいいだけの事。時間がありません。早急に取り掛かりますよ」
「怒っています?」
「怒っていません」
キレ気味ですが、滅茶苦茶テキパキ動きますね。彼女を呼んで正解でした。
ま、そんなこんなで再び作業開始! 商業ギルドと小人たちの力によって、身近な野菜や果物が教会へと運ばれます。私とモーノさんはそれを片っ端から試食していきました。
その中に一つ、気になる食材を見つけます。紫色をした謎の葉野菜。細長くて茎の部分を食べる野菜のようですが、これが異様にネバネバして不気味な食感でした。
オクラよりネバネバしてます。煮た里芋を潰してコテコテにしたような……とにかく異様で私の世界では食べた事のない食感でした。
当然聞きます。これなら新しいお菓子が作れるかもしれません。
「マイアさん、この野菜は何なんでしょう?」
「それはセロリという野菜です。ご存じないでしょうか?」
いえ、セロリは知っていますがこんなセロリは存じ上げません。
確かに形は似ていますが、これをセロリと言うには無理があるでしょう! 滅茶苦茶ネバネバしますし、色は鮮やかな紫色ですよ!
とりあえず、さっきから黙って見ていた女神バアルさまを問い詰めます。
「ちょ……バアルさまー! 無理な翻訳はやめてくださいって!」
「それは構わぬが、会話に弊害が出てもわしは知らんぞ。この世界の食材や料理名はお主の世界とは違う。『ヌガブとペロをつかって、ムトムトを作る』というような専門用語だらけの毎日になるが良いかのう?」
「ごめんなさい」
まあ、存在しないものを翻訳できませんよね。そりゃー、似たものに当てはめることになっちゃいます。
とにかく、たくさんの食材を試食しましたがこのセロリもどきは異様。お菓子に役立てるのではないかと判断し、さっそく煮たり焼いたり潰したりしてみます。
そして再び試食。こ……これは!
「くそ不味……」
「煮ても焼いても青臭いですね……明らかにお菓子向けではありません……」
ミテラさんも好みではない様子。そうですよね……キュウリみたいに青臭いです……
やっぱり、野菜はあまりお菓子に使いませんか。うーん、この異様なネバネバっぷりは使えると思ったんですけどね。また、振り出しですか……
再び素材探しに移ろうとしたとき、モーノさんがセロリもどきを取ります。そして、その紫色の皮を綺麗に剝いていきました。
「皮を取り除き、さらにレモンに漬けて臭みを取ろう。臭いが気になる果実ならいくらでもあるからな。十分スイーツの素材として使えるはずだ」
「でも、所詮野菜ですよ!」
「トマトやホウレンソウでマフィンは作れるだろ。野菜も素材だよ」
こいつ出来る……! なんですかー? 両親は海外赴任、料理はプロ級って奴ですかー? ケッ!
ふーんだ! 良いですもん! こっちだって最っ高のアイデアがありますもん!
このまま、このセロリもどきを使ってもお菓子の根本は変わらないでしょう。そうです。特徴であるネバネバを生かさないと価値はありません。
さて、粘りがお菓子の役に立つか。一つ、似たものを知っています。
「この粘り、トルコアイスみたいに出来ませんか? ネバネバの種類は違いますが、固めてしまっては特長が生かせませんよ」
「確かに、トルコアイスも植物の粘りを利用しているな。分かった。炎魔法で煮詰めた後、ミルクを加えて氷魔法で凍らせていく。手伝ってくれ」
そして、ガチのアイスクリーム作りが始まりました。
なぜこんな事になったのか、なぜここまで白熱してしまったのか。モーノさんと私、ミテラさんとマイアさん。血眼になってセロリアイスの制作に力を注ぎます。
青臭さを取り除き、上手く加熱し、さらに混ぜながらの凍結。形は出来ても美味しくなくちゃ意味がない! だから、この世界の食材を使ってさらに美味しく仕上げます。
まさにスイーツ戦争。女神バアルさまもどん引きでした。
そして、苦労の甲斐あってついに完成します。
「出来たぞ……セロリアイス……」
「凄い……甘くて美味しくて、こんなの初めてです!」
完成を喜ぶモーノさんに、美味しさに感動するミテラさん。当然、私とマイアさんも歓喜します。
やった! 丸一日、アイスクリーム作りで潰れましたけど、ついにやりましたよ! これさえあれば絶対にジルさんも喜んでくれま……
って、本当に喜ぶの? そもそも、これってアリシアさんの妄言から始まった企画では……
とても嫌な予感がした時でした。私たちの下に双子の兄妹が走り寄ってきます。
「お兄たま! お姉たま!」
「ミテラー! マイヤー!」
ジルさんの作ったホムンクルス、ハンスさんとマルガさんでした。
彼らの手にはバラバラに崩れた何かが握られています。これって、所々焦げていますし、形も悪いですがクッキーですよね……?
なぜ、この二人がこんな物を持っているのでしょう。不思議に思っていると、さらに三人の子供たちが走り寄ってきます。
「ミテラ先生! 俺たちもジル先生にお菓子を作ったんだけどさ……」
「オイラたち下手っぴでさ……ハンスとマルガに教えてもらったけどダメだったなー……」
「で……でも頑張ってく作ったから……! 食べてほしいです……」
トマスさん、ジェイさん、アステリさん。お菓子作りの話を聞いて、子供たちだけで作ったんですね……
ジルさんに元気なってほしいから、平和な街を取り戻したから。その一心で懸命に作ったんでしょう。彼らの手に乗せられているクッキーからは、その意思を感じることが出来ました。
なんだか、物凄く恥ずかしくなってきましたね。私たちお兄ちゃんお姉ちゃんたちは何をやっているのでしょう……
ミテラさんから、核心的な一言が放たれます。
「あの……このクッキーの方がジルさんに効きそうだと思いますが……」
せやな。
「新しい物を作るのって大変ですね……」
「まったくだな……」
転生者二人、どっと疲れが押し寄せました。
なにが現代知識無双ですか、なにが最高の異世界スイーツですか。必死にバカやってただけじゃないですかー。
はい、ここで名言。
料理もお菓子作りも心。心に勝るものなし。
結局、味なんて補正で変わっちゃいますしねー。
あははー……くっそ疲れましたよ……
夜、五人の子供たちにメイジーさんたちも加え、ジルさんお部屋に入ります。
マイアさんを抜いても十一人。流石に狭いですが、情に訴えかけるためにも人数は減らせません。
完成したセロリアイスと、子供たちが作ったクッキーをジルさんに渡します。さあ、食べてください。嫌でも絶対に食べてもらいます!
トマスさんとアステリさんが、私たちを代表して言葉を贈りました。
「ジル先生……俺たちで頑張って作ったんだ……甘いお菓子で元気なるんだろ!」
「せ……先生……この街を守ってください……先生……!」
ジルさんが持つ、人形のような瞳が潤みます。彼は形の悪いクッキーを掴み、それをゆっくりと噛みしめました。
「形は悪いし、少し焦げてる。これじゃダメだよ……」
「先生……美味しくなかった……?」
「いや、味はいいよ。また、今度は僕が教えるよ。人にプレゼントするなら、もっとちゃんと作らないとね」
笑顔で答えるジルさん、そんな彼に対し三人子供たちは大喜びでした。
彼らの様子を恨めしそうに見るハンスとマルガさん。二人が信じるハイドさんは消え、今はジルさんという違う人格が残っています。もう二度とご主人様には会えないのでしょうか……
ですが、ジルさんもハイドさんも同人物です。記憶が残っているのか、ジルさんは双子二人の頭に手を乗せました。
「ハンス、マルガ、君たちも上手に教えたね。さっきは酷いことを言ってごめん」
「ご主人たま……」
「ご主人たまぁあ……!」
だいぶ元気になったみたいですね。ちゃんとホムンクルスたちへの気遣いも忘れませんでした。
貰ったクッキーをしっかり完食したジルさん。次に彼は、私たちの作ったセロリアイスに手を付けます。
さっきの笑顔とは違い、今度は鬼の審査員と言った表情。あ、ちゃんとグルメバトルに付き合うんですね。無駄にならなくて良かった……
目を瞑り、何を考えるジルさん。飲み込むのと同時に、視線を私たちへと移します。
「このアイス……以前にこれと似たものを作ったんだ」
「え……」
「だからこそ、君たちの真剣さはよく分かった。味も美味しいよ……涙が出るほどにね……」
新しいお菓子じゃなかったのか……ですが、努力は伝わったようです。
シャキーンと眉毛を釣り上げるジルさん。ピンクの眼鏡を指ではじき、ヘアバンドのように頭に乗せました。
こ……これは間違いありません!
二番の異世界転生者、完全復活です!