103 新しいレシピを作りましょう
女神バアルさまと話したことにより、堕天使サタナエルという存在が見えてきました。
彼の目的は現時点で不明。私たちが生まれる切っ掛けを作った存在ですが、味方と判断するには危険でしょう。転生者の存在そのものが異端なんですから。
モーノさんは考え続けます。ですが、彼が気にしている部分は私とは大きく違っていました。
「俺からも質問がある。女神バアル、お前は『流星のコッペリア』と『宝玉のハイド』を知っているか?」
「知らんわ! わしが聞きたい!」
モーノさんは私たちに存在する別人格を警戒しています。彼がまだ覚醒していないことを考えると、よっぽど受け入れたくないんでしょう。
あれは私たちの本質となっている無双願望です。バアルさまが詳細を知っているはずがありません。
恐らく、力をもたらしたのは転生前の名も知らない少女でしょうね。サタナエルさんに魂を受け渡したらしいですし、二人は深い部分で繋がっている……?
謎が謎を呼びます。モーノさんは尋問をするように、バアルさまを質問攻めにしていきました。
「なら、転生者の番号は? 俺たちが兄妹だとは知っているだろう」
「わしが転生させたんじゃ。当然知っておる」
「俺が力の異世界転生者で、テトラが心の異世界転生者とは知ってるか?」
「知らぬ。初耳じゃ」
え……? モーノさんにチートを与えたのはバアルさまですよね? なのに、彼の役割が『力』だとなぜ知らないのでしょう。
いえいえ、待ってください。モーノさんは力を行使する喜びとして、転生前の少女が望んだ存在ですよね。そうなると、彼に『力』の役割をもたらしたのはその少女……
同じことを考えたのか、モーノさんは大きくため息をつきます。
「やられたな。俺が女神さんからステータスと魔力のチートを貰ったのは必然。俺の中にいる無双願望がそのチートを望んだんだ。例えあの場で貰わずとも、別のルートで『力』にたどり着いたんだろうな」
あちゃー、そういう事ですか。結局どんな行動を取っても、モーノさんは力の異世界無双という役割に動いてしまうんですね。
そうなると、私の場合は心の異世界無双ですか……確かに、心当たりはあります。
「じゃあ、私がチートの受け取りを拒否したのは……」
「お前の中の無双願望、流星のコッペリアの意志だろうな。恐らく、人から共感を得て取り入るお前に、人智を超えたチートは不相応だと判断されたんだろう。事実として、お前は天使や悪魔、神と『心』を通わせてこの舞台に立っている」
うげ、じゃあ全部予定調和じゃないですか。転生前の誰かに操作されているようで面白くありませんね……
まあ、もう彼女の感情はどこにもありません。怨念みたいなものですし、私たちの行動を抑制する力は持っていないでしょう。
無双願望を……理想の自分を制御するんです。それで何もかもスッキリ解決ですよ!
それに、流星のコッペリアの持つ『同調』能力は必要です。あれのおかげで、私はどんな相手とも拮抗した勝負ができるんですから。
転生者が持つ真の能力。当然、宝玉のハイドであるジルさんも持っています。どうやら、モーノさんはそれを探っているようですね。
「最後の質問だ。ジルにどんなチートを与えた」
「お前たちの世界でのレシピ知識。それに、高レベルの錬金術スキルじゃ」
「そいつであの戦闘機は作れたか?」
「無理に決まってるじゃろ! 明らかなキャパオーバーじゃ!」
まあ、あんな物騒なものが作れたら錬金術師の枠を超えてますよね……
となると、宝玉のハイドさんが持つ能力が分かってきますね。モーノさんは確信を持った様子でその能力を説明します。
「宝玉のハイドの能力は『創造』。何でも作れる大概なチート能力だ。五番のペンタクルに奪われなくて幸いだった。相手をおちょくって楽しむ『同調』よりも危険だからな」
「さりげなーく、私をディスらないでください!」
わ……私の能力はどんな最強とでもタイマン張れる能力ですよ! そりゃー、最終的にはスタミナ切れで負けちゃいますけど……それまでに心を繋げれば良いんでしょう!
ですが、奪われて困る能力なら、圧倒的にジルさんですね。何でも作れるというポテンシャルの高さは異常。この能力一つで大抵のことが出来てしまいます。
逆に言えば、こちらはその最強カードを手にしていること。宝玉のハイドを掌握してしまえば、いくらでも可能性が広がります。
モーノさんは喜びの表情を浮かべつつ、勝利への方程式を完成させました。
「『創造』の能力、活用しない手はない。この街は救えるぞ!」
そうです。街を救う都合のいいアイテムを作ってしまえばいいんです。
これこそが『創造』能力の本質。既にある何かを量産するなんて、可能性を潰しているだけでした。
だからこそ、モーノさんは言ったんです。「何でも作れるをもう少し考えてみろ」と……
キーマンはジルさん。彼を救済しなくては街の救済はありません。
これは私の出番ですね。心の異世界転生者の本質、しっかり魅せつけてあげちゃいますよ!
再びジルさんの部屋。彼とは昨日会いましたが、鬱になっていて会話が成立しませんでした。
私が眠っていた時間も含めると、まる三日はあんな感じのようです。いい加減、ビシッと言わないと永遠に腐っていそうですね。
とにかく、ジルさんの協力が必要です。私は説得方法を考えつつ、彼の部屋へと入りました。
すると、そこにはまさかの来客が二人。ずっと拘束されていた双子のホムンクルス、ハンスさんとマルガさんが泣きじゃくっていました。
「ご主人たま……ご主人たま……」
「君たちなんて知らない。出ていってくれ……」
大泣きしながらご主人様に飛びつく双子ちゃん。ですが、ジルさんの対応は冷ややかなものでした。
まるで、ハイドさんであった時の記憶を切り捨てたかのように、赤の他人を決め込んでいます。これは流石に酷いですね。孤児院の皆さんにはこんな態度じゃないのに……
子供の味方、モーノさんが出しゃばります。そうです! ここはビシッと言っちゃってください!
「いい加減にしろジル! こいつらはお前を慕っている。仮にもシスターだったのなら、もっと優しく接したらどうだ!」
「また説教か……別人格がやったんだから仕方ないだろ。この子たちは他人だよ」
視線を伏せつつ、ぶつぶつと呟くジルさん。うわ、腐りまくってる……彼は眼鏡のずれを直し、見下すようにホムンクルスさんたちを見ます。
めんどくせー! ご主人様とは違った方向にめんどくせー! モーノさんなんて目じゃありませんね。ジルさんこそが真の陰キャでした。
当然イライラする私たちのお兄さま。ジルさんの胸ぐらをつかみ、脅すように言い放ちます。
「こいつ……もう一度、ぶん殴られたいか!」
「きょ……教会で暴力はやめてください!」
ついてきたミテラさんが宥めます。ここまで来て力技はないでしょう。たぶん、暴力でジルさんは動かないと思いましね。
唯々大きなため息をつくモーノさん。流石は転生者の二男、一筋縄ではいかない曲者です。言葉での説得で解決できるのでしょうか?
まあ、やってみるしかありません。彼は自分なりの考えをジルさんに話します。
「ジル、もう気づいてんだろ。お前の『創造』は何でも作れる能力。そこに上限はなく、理論上全ての事が行える最強の能力だ。街を救えるのはお前しかいない」
「あくまでも理論上だよ。制作には時間がかかるし、材料も必要だ。人手だって借りる必要があるし、失敗した時のリスクも大きい。なにより、僕にはハイドを操作できない。不可能だよ。出来はしないんだ……」
力なく言葉を返すジルさん。教会の外では魔法による爆発音が聞こえ、どこかでハイド信仰者と聖剣隊の衝突が起きていると分かります。
街では何人もの死亡者が出ていました。いつ、子供たちに被害が降りかかるか分かりません。
モーノさんの力で強制的にハイド信仰者を黙らせた場合、彼らは全員処刑されてしまうでしょう。そうなれば、全てはベリアル卿の思い通りとなってしまいます。
最悪、子供たちを守るためなら、この結果も仕方ありません。ですが、まだ有余があるのなら……
「ジルさん、貴方は錬金術師でしょ? 新しい何かを生み出すのが錬金術師の務めなんじゃないんですか? 確かに鉛から金は作れませんよ。ですが、その行為を嘲笑う人に錬金術師を名乗る資格はありません!」
「強い正論だね……」
あと少し、ジルさんの心を動かすには決定的な何かが足りません。
私は泣きじゃくるマルガさんを、モーノさんはハンスさんを抱き上げ、部屋から出ることにします。ジルさんはあれで頑固者ですからね。こうなったら意地でも譲らないでしょう。
彼に考える時間を与え、こちらも状況を改善するために作戦を練ります。まずは互いに落ち着きましょう。心の擦れ違いは焦りから生まれますから。
再び礼拝堂。子供たちに混ざりつつ、ジルさん説得計画を練っていきます。
今度はアリシアさんとメイジーさんも参加し、色々な人の知恵を借りてみました。ですが、私たちはポンコツ率が高く、出てくる案は滅茶苦茶なものばかりです。
特にアリシアさんの意見は凄い。絶対、深く考えていないって意見です。
「ねえねえ、すごく良い方法考えたよ! ジルくんの好きなものをプレゼントして、元気を取り戻してもらうんだよ!」
「……逆に凄いわね」
いえいえ、子供のご機嫌取りじゃないんですから……これにはメイジーさんも呆れ気味です。
ですが、やっぱりポンコツだらけの私たち。なぜか、この意見が取り入れられて話が進んでいきました。
ご主人様を取り戻したい一心か、ハンスさんとマルガさんも協力します。本当に、教会の人たち全てを巻き込んでの大計画ですね。
「ご……ご主人たまは甘いお菓子が大好き!」
「ご主人たま、ちょー甘いの大好き!」
なーる、ジルさんは甘党ですか……って、それで元気になるの?
相当に無理があると思いますが、アリシアさんは自信満々です。彼女はそれなりに出来る家庭科女子。本気でお菓子作りによって解決するつもりでした。
「あまーいお菓子を作れば、ジルくんも分かってくれるよ!」
「あのなあ……あいつは異世界転生者かつ、料理が得意なスイーツ男子なんだろ? 俺たちが作ったお菓子で満足するはずがないだろ……」
そうですよ! ジルさんには女神さまから貰ったレシピ知識がありますし、料理も滅茶苦茶得意です。当然、自分が満足できる最高のお菓子を作っているはずでした。
私たちの料理技術じゃダメでしょうね。加えて、この世界で手に入る材料は私たちの世界と違います。頑張って作っても、元の世界で作られたお菓子の劣化となるでしょう。
では、どうするのか。方法は一つだけです。
「ジルさんが知らない。初めてのお菓子なら、感動してくれるかもしれません」
「ダメですよ……ジルさんは私たちの知らないお菓子を作ってくれました。それは、貴方たちの世界の知識なんですよね? あの美味しさには勝てませんよ……」
「いえ、勝てますよ! 勝つんです! 彼にとって未知の……この世界のお菓子で勝つんです!」
なぜか、盛り上がって料理バトルへと発展します。
モーノさんは呆れ気味ですが、何だかんだでやる気ですね。まあ、彼は天然ですから、「話しを聞いていたら出来るような気がしてきたぞ」とか思ってるんでしょう。
まったく滅茶苦茶ですよ。まあ、絶対無理ですね。
でも、なんだか楽しくなってきました。
よーし、最っ高のお菓子を作りますよー!