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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第一章 黒猫さんと白猫さんのお話し
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10 別れがあれば出会いがあるようです


 生きとし生ける者、生まれたからには必ず死にます。


 それは誰にも逃れることが出来ない運命で、決して覆してはいけない世の定理でしょう。

 異世界に転生し、二度目の人生を約束された私。それは生命のルールに反していますし、同時に冒涜でもあります。


 ではなぜ、私はここにいるのでしょう? 何のためにこの場所に呼ばれたのでしょう?

 神の気まぐれでしょうか。定められた運命でしょうか。

 今を生きることに精いっぱいで、一向にその答えにたどり着くことはできません。









 私の買い手が決まって数日後。ついにその時が来てしまいました。

 グリザさんに最後のお別れを言うために、私は檻の前に立っています。ずっと檻の中から外を見ていた私が、今は檻の外から中を見ている状況。

 別に清々しいとも思いませんが、少し物思いに更けてしまいます。


 グリザさんは鉄格子際に座り、私に背を向けていました。触れ合うことのできる距離ですが、檻の外と中とではあまりにも世界が違うでしょう。

 それを分かっているのか、彼女はもの悲しそうにうずくまり、その場から動こうとしません。まったく、最後の最後というのにそっけないものです。


「私が先に出ることになっちゃいましたね。でも大丈夫です。私、いつかまた会えると信じてますから」


 グリザさんは何も言いません。私に背を向けたまま、鉄格子越しにうずくまっています。

 怒っているのでしょうか? 泣いているのでしょうか? 気を利かせて黙って消えるべきなのかもしれません。

 ですが、そんなことはお構いなしですね。こっちには言いたいことは山ほどあります。たとえ一方的であっても、私はグリザさんに言葉を放ち続けました。


「グリザさんから教わったこと、絶対に忘れません。今度は檻の外で会いましょう。約束です」


 グリザさんは何も言いません。顔を見せようともしません。

 これはさすがにムッとしますね。私が檻から出たのは日頃の努力あってのことです。腹を立てるのは筋違い。抜け駆けのように思われるのは心外です!

 怒っていないのなら泣いているのでしょうか? それにしても、何か返答をしてほしいものですね。

 我慢のできなくなった私は、檻の外からグリザさんの肩をつかみます。


「ちょっと、聞いているんです……っ……!」


 彼女の肩に触れた時、私は思わず飛びのいてしまいました。


 お尻を床に打ち付け、その場に座り込みます。足が震えてしまって、立ち上がることもできません。

 ただ、ショックで……何が起きているのか分からなくて……頭の中が真っ白になってしまいます。


 昨日までは確かにあった彼女の温もり、何でそれを感じることが出来なかったのか……すでに答えは出ていますし、覚悟もしていました。

 ですが、私の心はひどく乱れています。現実を全く受け入れることが出来ません。

 地面を蹴り、座ったまま後ずさりをします。そして、無理に作った笑顔を見せ、ふらつきながらもその場から立ち上がりました。

 これは精いっぱいの強がりです。


「わ……私、もう行きますね! ご主人様になる方を待たせていますから!」


 もう、二度とこの場所に戻ることはないでしょう。私は檻に背を向け、ガクガクする足を引きずりながらその場を後にします。

 この場所にグリザさんはいません。いるのは彼女の形をした別の何か。そう割り切って、真正面を見て歩くしかありませんでした。

 ですが、私も人の子。物事全てをシニカルに見ることなどできません。

 心の弱さからか、私は最後に振り返ってしまいます。そして、まるでこの場にグリザさんがいるかのように、誰もいない空間に向かって頭を下げました。


「短い間でしたが。ありがとうございました」


 当然、返答があるはずもありません。

 シュンとうつむき、再び前を向きます。もう、振り返ることはないでしょう。

 最後に言いたいことがあって、特別にここまで来たのですが……これでは全くの無駄足ですね。早く商人さんのところに戻らないと怒られてしまいますよ。


 薄暗い牢獄連を出ると太陽の光が目に入ります。

 憎たらしいほどに眩しい光。いつも輝いていた彼女、グリザさんの姿が目に浮かびます。

 そういえば、彼女と一つ約束がありましたね。


『二人で一緒にここから出よ。約束!』


 自分の運命を分かっていたくせに、何を世迷言を言っていたのでしょう。

 私は唇をかみしめながら、一人言葉をこぼしました。


「嘘つき……」


 まんまと騙されたのは私。

 負け犬の遠吠えです。













 なんでしょうかね。

 異世界転生……二度目の人生……最強のチート能力……

 何もかも薄っぺらく聞こえてしまうのはなんででしょうか。


 もし、神様から素直にチート能力を貰っていれば、未来は変わっていたのでしょうか? ここで潰えるはずだった命が、私の転生によって輝き続けたのでしょうか?

 それは許される行為なのでしょうか? 運命を変える暴挙なのでしょうか? 神は認めてくれるのでしょうか? 世界に歪みは生じないのでしょうか?


 答えのない疑問を抱きながら、私は商人さんと向き合います。彼はすべてを察した様子で、視線を遠くへと逸らしていました。

 やがて、私に向かって自分の知識を語ります。


「スライムを掴みとる行為。遠い国の部族では一般的に行われ、理にかなった方法だと聞いている。お前がそれを知ってか、知らずに行ったかは分からないがな」


 やっぱり、この世界でもスライムの特性に気づいた人はいるようですね。ただ、この国の文化にはなかった。そういうことでしょう。

 魔法至上主義、武力至上主義。モンスターとは倒すもので、戦いによってすべてを勝ち取る世界観。戦争なんかも日常茶飯事で、それによって他の種族が根絶しようとお構いなし。


 世は混沌ですか。まったく、趣味の悪いゲームに巻き込まれてしまったようです。

 ですが、最初の難題はクリアしました。私は確かに進んでいますし、勝ち取ってもいるんです。商人さんがそれを証明してくれました。


「お前は賭けに勝った。お前を売った金は、奴隷たちのために役立てるよう手を回しておく。持って行け」


 どういう風の吹き回しでしょうか。賭け事などした覚えはないんですがね。

 ですが、私の行動で何かを感じてくれたのなら、こんなに嬉しいことはありませんよ。彼の好意によって、一人でもグリザさんのような人が減ってほしいものですね。

 私はお礼を言います。お世話になったことが沢山ありますから。


「ありがとうございます」

「礼を言う必要はない。むしろ、こちらから言わせてくれ」


 商人さんは逸らしていた視線を私に向け、深々と頭を下げます。


「学ばせてもらった。ありがとう」


 その瞬間、私の感情が揺れ動きました。とめどない何かが零れ落ちそうになりましたが、ギリギリのところでなんとか耐えます。

 彼が学んだことは、私が持っていた知識だけではありません。たぶん、もっと大切なことを学んだのでしょう。

 胸が痛いけど暖かい。そんな気持ちで一杯になりながら、私は言葉を絞り出します。


「どういたしまして」


 笑顔でこんなことを言えたのは、この世界もまだまだ捨てたものじゃないと思ったからでしょう。この世界は絶望ばかりではありません。ここには確かに希望があります。

 凄い魔法や強力なスキルなんていりません。私はもっと大切なものを商人さんからもらいました。

 感謝の言葉ほど価値のあるものはないんです。

 これ、強がりじゃありませんからね!












 首輪を外され、ようやくスタートラインに立った気がします。

 檻の中で学んだことは絶対に忘れません。たとえこれからどんな運命が待っていようとも、私は負けませんよ! 意地でも生き残ってやります!


 さてさて、今後の命運を決めるのは私を買った主人様。その人が今、目の前に来ようとしています。

 心臓がバクバク鳴ってしかたねーですね。もしかすれば、とんでもないエロおやじで、滅茶苦茶にされてしまう展開かもしれません……

 いえ、きっとそうでしょう! だって、私未使用品ですもの! それを売りとしていた商品ですもの!

 えべーですね。何とか逃げることを考えないと……なんて思っている時でした。


「少女よ。人間の幸福とはいったいなんだと思う?」


 ふぁ!? 突然の謎哲学!? 私の横にはいつの間にやら、黒いマントを羽織った怪しい男が立っていました。

 彼の隣には商人さんがいます。どうやら、この人が私を買ったご主人様のようですね。

 鋭い目つきに、銀色の長髪をした男性。長身かつ痩せ形で、明らかに関わってはいけないような風貌をしています。年齢は三十路ぐらいでしょうか。

 その姿は人間というより別の存在。まさにファンタジーに出るような魔法使いといった感じでしょう。私はこの人と上手くやっていけるのでしょうか……

 ご主人様は吸い込まれそうな瞳で私を見つめ、一人哲学を語っています。


「幸福とは、何かの基準があって初めて実感できるものだと私は思うのだ。彼よりも裕福だ。だから私は幸福だ。彼女よりも貧しい。だから私は不幸だ。周囲を知らなければ、比べるものが何一つない。自分が不幸だと認識することもできないだろう」

「は……はあ……」


 はい、まったく理解できません。そしてらちがあきません。

 これがご主人様との出会い。第一印象はとにかく変な人。ヤバい人。こんな感じです。

 そして、実際話してみると、やっぱり変な人でヤバい人。まあ、私にはお似合いのご主人様かもしれませんねー。


 これからさらにカオスな運命が待っているでしょう。

 でも、私は絶対に負けません。だから安心してください。


 グリザさん……

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