95 ☆怒って笑ってレッツゴーです!☆
それを見たとき、私はとても悲しくなりました。
私はこの世界が好きです。魔法が、装備が、モンスターが、ステータスが、ダンジョンが、冒険者ギルドが……
好きだからこそ、転生を望んでここに存在しているんです。そりゃー、最初はおかしいって唱えてましたけど……
そんなのはただ意地を張っていただけです! 素直に、転生前の私は異世界という存在に思いを馳せていたと認めますとも!
ですが、ジルさんはどうなんでしょうか? 魔王に大切な人たちを奪われた彼は、この世界に失望してしまったのかもしれません。
だからこんな物を作ってしまったんです……こんな酷いことをしてしまったのです……
そうに違いありません。そうに決まっています!
そうでなければ、私は彼を許せないから……
「モーノさん……」
「テトラ、正直俺は迷っていたんだ。例え、この世界にない知識を持ち込んでも、それで誰かが幸せになるのなら良いことじゃないか。俺たちに奴を止める権利はあるのかと……」
旧鉱山のダンジョン、最下層のさらに奥。私たちはジルさんが隠す発明倉庫にたどり着きました。
そこは、先ほどの神秘的な水晶洞窟とかけ離れた光景。まるで悪の組織の秘密基地のように、鋼鉄で覆われた広い空間でした。
これだけでもとても中世とは思えません。ですが、ジルさんの本命は別にありました。
今、目の前にあるのは彼の切り札。究極の発明。
モーノさんはそれを前にし、哀しみの表情を浮かべます。
「だが、これはなんだ……? こいつはテンプレを悪い意味で超えている。この世界にある良い文化も、俺たちが憧れたファンタジーも、全部消えてなくなってしまう。正気の沙汰じゃないよ……」
銀色に光るボディ、鋼で作られた鳥のような翼。各所にはミサイルを初めとする兵器が搭載され、コクピットは頑丈そうなガラスに守られています。
美しくてカッコいいけど、どこか怖い無機物の芸術。この形が最高のパフォーマンスを発揮できると、設計者はよく分かっていることでしょう。
凄い……私は恐怖に固まりながらも、その堂々たる鉄の鳥に見惚れてしまいました。
「戦闘機……」
「F-22ラプターだ。俺も詳しかないが、こいつが最強の戦闘機だと知識にあるぜ。ステルス機能は取っ払って、爆撃も空戦も出来るように改良を施した。さらに、各所を魔石によって超強化。こいつを形にするのは苦労したぜ……」
また、コピーですか……趣味が悪い……
発明倉庫に格納されていたのは、米軍の主力となりえる戦闘機。五機のF-22ラプターでした。
私は目の前にいる彼と心を繋げるつもりです。ですが、これが世に放たれたらこの世界はどうなりますか……? 全てが手遅れになってしまうんじゃないでしょうか……?
五機もあれば異世界でも十二分に働くでしょう。いえ、働きすぎなぐらいです!
「この最強の戦闘機が異世界で大暴れする姿を想像できるか!? 魔法だあ? 装備だあ? モンスターだあ? そんなもの! 圧倒的な破壊兵器で全部ぶっ壊しちまえば良いんだよォォォ!」
ハイドさんは大きく飛躍し、一機の戦闘機に飛び乗ります。彼の右目に光る青い宝石。それが、どこか淀んでいるようにも感じました。
女神であるバアルさまはそんな彼に恐怖しています。モーノさんが彼女をしっかりと抱きますが、それでも震えは止まりません。
「わしは……わしは主の奴に少し意地悪をしたかっただけじゃ。それが、とんでもない奴を生み出してしまった……」
「なあハイド、もうやめてくれ……俺の負けで良い、いくらでも頭を下げる。こんなのおかしいだろ……お前はこの世界が好きなんじゃなかったのか……!」
敗北を嫌い、クールな自分を気取っているモーノさん。そんな彼が下手に出て、ハイドさんを止めようとしています。
それほど、二番の異世界転生者が行ったのは酷いことでした。元の世界と今の世界、両方に対する侮辱行為に他なりません。
私、モーノさん、バアルさん、三人の目は冷ややかなものでした。そんな私たちに対し、彼は後ずさりをしながら叫びます。
「何だよその眼は……俺が悪いって言うのかよ! お前らだって貰ったチート能力で好き勝手やっただろ! 俺だって同じだ! 同じことをしているだけだ! 俺は悪くねえええ!」
私は貰ったチートじゃなくて才能なんですけどね。でも、ご主人さまの操作を受けてるから同じか。
最強のチート能力、特別な人をあしらう特別な力。確かにモーノさんはそれによって異世界を生き抜きました。フェアじゃないというのもあります。
ですが、今のジルさんとは違う……絶対違う!
モーノさんは周りの人を巻き込もうとはしませんでした。表に出るのが好きな性格じゃないってのもありますが、自分がイレギュラーという自覚があったからだと思います。
「ジルさん、物事にはやりすぎってのがあります。この戦闘機は完全なアウトですよ!」
「関係ねえよ! こいつで魔族の国、クレアス国への爆撃を開始する! もう止められねえ! 死にゆく魔族の奴らを見れば、聖国民どもは俺の実力を認める! 俺が世界の王になるんだよォォォ!」
ジルさんが大声を上げたその時でした。先ほどのミスリルゴーレムの時とは比べ物にならないほどの地響きが起こります。
立っているのもやっとなほどの揺れ、どうやらこのダンジョンその物が動いているようですね。
まるで、エレベーターのように上昇するような感覚を受けます。いえ、感覚ではありません。事実、この最終層、発明倉庫自体が地上へと上がっているようでした。
「これは……」
「ここは発明倉庫であり、戦闘機用のガレージでもあるんだよ。だいぶ追いつめられたからな……いい加減、なりふり構わず地上へと出撃させてもらうぜ」
鋼鉄に囲まれたこの空間がエレベーターだったというわけですか。そりゃそうですよね。地上に出なければ、戦闘機も飛び立てませんもの。
モーノさんに太刀打ちできず、いよいよやけになったようですね。こちらもモーノさんに本気を出してもらって、一気にぶっ飛ばした方が良いかもしれません。
ですが、それでは根本的な解決にならないでしょう。
あの優しいジルさんを取り戻す! 私の目的はこっちです!
「モーノさん、バアルさまをお願いします!」
「お……おい……!」
厄介者のバアルさまを押し付け、私はご主人様の操作によって跳び上がります。
ここからは私の戦いだ! 心と心の勝負、先に折れた方が負け! ええ、やれますよ。やれますとも!
初めから私の目的は一つ!
和解! それ以外興味なし!
そうでなくちゃ楽しめない!
「流星の~! コッペリア~!」
仮面を脱ぎ捨て、私は両腕を広げます。そして、そのままジルさんの待つ戦闘機にダイブしました。
ごめんなさいモーノさん。私、おバカだから事の重大さを分かってないんです。
ただ、楽しい! 楽しくて抑えられない!
頭は真っ白だけど大丈夫! やらなきゃいけないことはちゃんと分かってる!
「最っ高の気分です! やっと貴方とダンスが踊れるなんて!」
「来たかコッペリア……てめえがいると俺の中のジルが邪魔をする……」
戦闘機の右翼に乗り、コクピットのガラスに立つジルさんと向き合います。
こうなったらもう止められません! 私はその場でシャラララーンと回り、周囲に星のエフェクトをばら撒きます。
ハイドさんは自分の中のジルさんが邪魔をすると言ってますねー。違います! 全っ然違います!
ジルさんとハイドさんは表と裏! でもでも、表でも裏でも同じコイン! 自分の気持ちを別人格で誤魔化しているだけです!
「もう、眉間にしわを寄せちゃダメですよ! ダンスは楽しく踊らないと!」
「俺は怒りだ……! てめえの楽しみとは相反してんだよ……!」
向けられる機関銃の銃口。そこから放たれていく魔石の弾丸。
私はそれらをひらりひらりと避けていきます。当然、攻撃の軌道なんて見えませんよ。適当におどけていたら回避できてしまいました。
さって、カシムさんのナイフは曲がってしまって、バアルさんにあげちゃいましたね。攻撃手段はないので、逃げながら言葉攻めです!
「でもでも、孤児院で一緒にいた時は楽しそうでしたよ。仲良くできると思うんですけどねー」
「あれはジルだ! 俺はあんな腰抜けじゃねえ……あいつは現実から逃げた臆病者だ!」
ありゃりゃ、自虐ですか。ジルさんらしいですねー。
彼は左手でマシンガンを抱え込み、右手をコートの中に突っ込みます。そして、その手でコートを翻し、中からとんでもないものを発射してきました。
何と何と! 小型ミサイルのご登場です! コートの中にアイテムボックスを仕込み、そこから発明品のミサイルを発射したんです!
まるでマジシャンじゃないですか! やっぱり私と気が合います!
「逃げたって、どういう事ですかー?」
「記憶を消して一般人を気取りやがったんだ! 転生者のしがらみも放棄し、あのまま平和に暮らすつもりだったんだろうよ! とんだ玉無しだ! ありゃ女だぜ!」
発射されたミサイルをジャンプでかわします。すると、ミサイルは軌道を変え、再びこちらに狙いを定めました。
ま……まさかのホーミングですか! 魔石が組み込まれて奇想天外な動きをしてきますね!
とりあえず、飛びのいて再び回避。ですが、ジルさんはコートからさらにミサイルを発射してきます。どんどん増えてやべーです!
「確かに、ジルさんって女の子より女の子してますよねー。シスター姿も似合ってましたし」
「シスター気取ったのも、孤児の子供を助けたのも、後ろめたい気持ちからの慈善行動だろうな! あいつと一緒にいるとな……イライラして仕方ねえんだよ! ムカついてムカついて仕方ねえんだよ!」
じゃ、このあたりでお約束。ミサイルを回避して、他のミサイルと衝突させちゃいました。
さらに、空中に浮かべた星のエフェクトを蹴り、それをぶち当てて暴発させちゃいます! 私の能力は『同調』ですけど、星を少しだけ操ることも出来るんですよー。まあ、蹴るぐらいですけどね。
ジルさんの覚醒は半端だから出来ないでしょう。武器は持っていませんが、私の方が貴方より力を使いこなせています!
今も、貴方の心に『同調』しちゃってますから!
「そうですか……ハイドさん、貴方は自分自身に怒っていたんですね」
「……くっ!」
確信を言い当てられたからか、ジルさんの紋章が再び揺らぎます。
彼は大切なものを奪った魔王に怒っています。理不尽な世界に怒っています。戦いを吹っかける私たちに怒っています。
ですが、一番怒れるのはミリヤ国を救えなかった自分自身。だって、ジルさんは超真面目ですもの!
「真面目だから、自分にも周りにも怒れるんですよね! 誰に対しても厳しいけど、その感情を表に出す勇気がなかったんです! ため込んでため込んで! 理想の自分、『宝玉のハイド』になったんです!」
「俺を……俺を知った気になるよなテトラァァァ!」
再びコートに手を入れるジルさん。すると、そこから光線銃のようなものを取りだし、赤いレーザーをこちらに掃射します。
これは光の魔石を使った未来的武器ですね! 攻撃速度はとにかく速く、右肩にガッツリ受けてしまいました。
痛いなあ! でも、大丈夫! 彼の心より痛くない!
にじむ血なんて無視し、私は笑顔で人差し指を突き出します。そして、それを横に振ってみせました。
「怒りって、とっても直球で素直な感情だと思いますよ。分かりやすくて仕方ありません!」
挑発ではありません。攻撃です!
やっばい、楽しい! 楽しい! 楽しい! 痛いけどからかうの超楽しい!
あははー、ヤバくなったらモーノさん。私を止めてくださいねー。