93 ☆真実はいつも一つです!☆
巨大なクリスタル、それに広がっていくひび割れ。
瞬間、女神さまを守っていた心の壁が砕け散りました。
カシムさんのナイフはへし曲り、その仕事を終えます。
たぶん、この時のために託された物だったのでしょう。女神バアルさまの心に踏み込むための鍵。必要になるって分かっていたのでしょうか……?
何にしても、これで状況は動きます。ハイドさんは女神の意思を盾にし、自らの怒りを晴らそうとしていました。本人の目覚めは必ず意味を持つことでしょう。
「ああ、そうだ。お前はそうやって最適な答えを導き出す」
片手でゴーレムをあしらいつつ、モーノさんがこちらを見ます。苦戦をしているという様子ではありません。あちらも大丈夫みたいですね。
砕けたクリスタルは周囲に拡散し、映る光は銀色に乱反射します。私は破片を身に浴びつつ、呆然とするバアルさまに飛びつきました。
瞳孔を開き、口をぽかんとあける少女。そんな彼女に対し、こちらは容赦なく抱擁しちゃいます!
「な……! なにを……」
「やっと、捕まえました! 絶対に離しませんからね!」
心にひびが入ったから、私を受け入れたからクリスタルは割れました。このチャンスは絶対に逃しません! ガッツリ抱きついて放しませんから!
ですが、バアルさまは私から目を逸らします。主への反抗という陰謀……その全てを知られてしまって、後ろめたい気分なのでしょう。
「わしは……おぬしたちを騙して……」
おっと、それ以上はストップです! 私は彼女の唇に人差し指を付けました。
「生んでくれたことに感謝です! 親孝行って奴ですよ!」
「テトラ……」
バアルさまがいなかったら、私たちは存在すらしていません。誰が何といおうと、それだけは紛れもない事実なんですよ。
私は今を生きることが幸せです。辛いことはいっぱいありますけど、楽しいことだっていっぱいあるんです! だから、本当に感謝してるんですよ。
例えバアルさまがこの世界の敵だとしても、絶対に分かり合うことは出来ます。これからゆっくり話していきましょう。
そんな私の考えが分かるのか、モーノさんが優しく微笑みます。
「やったなテトラ。さあ、戻ろう。俺たちの街に……」
「戻るなァァァ! 俺を無視してんじゃねえぞゴルァァァ!」
物凄くいい締めだったけどダメだった! ハイドさんが許してくれなかった!
彼は悔しそうな表情をしつつ、ゴーレムを地団太させます。その隙に、モーノさんが私たちの下に駆け寄りました。
「おいおいおいおい! こいつはどういう事だ! 勝ってたのは俺だろうが! だが、この状況は何だ!」
「テトラ、大丈夫か。すぐに回復魔法をかける」
「だから無視すんなって言ってんだろうがァ!」
騒ぐハイドさんなんて無視し、モーノさんが私の怪我を治癒していきます。
物凄く痛かったんですけど、実際は大したことなかったみたいですね。正直、身体半分になった時より数倍痛かったです。不思議なものですよ。
こちらが回復動作に出てもハイドさんは気にも留めません。彼はただ、私に抱かれる女神さまに対して物言いがある様子です。
「女神さまよォ! てめえの目的は世界の混沌だろ! 俺ならその理想を叶えられる! にも拘らず、なぜあの中に閉じこもってやがった! 俺が信用出来ねえってのかよ!」
「……違う。わしは……わしは……」
すっかり意気消沈してしまったバアルさま。彼女は涙目になりながら、ハイドさんに対して怯えた態度を取ります。
女神さまの様子がおかしい……? いえ、様子がおかしいのはハイドさんのようですね。
五番のペンタクルさんといい、転生者のコントロールが効かなくなったと判断します。だから、バアルさまは手に負えなくなって閉じこもっていたのでしょう。
モーノさんによる治療を終え、私は女神さまと向き合います。そして、その両手に曲がったナイフを渡しました。
「バアルさま、貴方はただ信者の皆さんを取り戻したかったんですよね? だから、自分の名前とこのナイフに掘られたレリーフに反応したんです」
「これはカナンの民の……」
「志半ばに果てた盗賊の遺品です。大事にしてください」
肩を落とし、ナイフを大切そうに抱くバアルさま。その慈悲溢れる姿はまさしく一流の神様のようでした。
彼女は主という神様を……このカルポス聖国を決して許さないでしょう。ですが、隠したところでいつか知ってしまいます。なら、真実を言った上で良心に任せるしかありません。
「この世界をどうしたいのか。ゆっくり考えてみましょう。貴方が皆さんの味方である限り、私もお手伝いします!」
「うむ……」
のじゃロリゲットです! 私のほうがハイドさんより信用できますよー。って、嘘つきの道化師が言っちゃいます。
ふふふ……ハイドさん。心の異世界転生者に説得で勝負を挑むなんて愚の骨頂です! これが私の真骨頂ですから。
ようやく私の能力に気づいたのか、ハイドさんの目つきが変わります。完全に私を警戒していますね。
「心の異世界転生者……神の心すら掴むってのか! 人の扱いに長け、他者を有能へ変えることで無能に見える道化。周囲を引き立て、主役を生み出す立ち回り無双ってわけかよ。ようやくそのヤバさに気づいたぜ……」
今まで私、見下されていたんですね。そのまま見下してれば楽だったのにー。
彼は私を最優先すべき相手と見定め、再びゴーレムを急発進させます。そして、その豪腕を次々と叩きつけていきました。
当然、バック転や側転を駆使して避けていきます。もう、他所ごとは考えません! 全力で戦ってるハイドさんに失礼だもの!
ですが、どうしてもこちらに攻め手がありません。加えて、今は左手でバアルさまを抱えているので圧倒的に不利!
相手さんはそれを知ってか、今度は両手から弾丸を放っていきます。
「だが! 今この場面で心がなんの役に立つ! てめえらは! このミスリルゴーレムに手も足も出ねえ!」
「誰がそんなことを言った」
ですがその時でした。モーノさんの声と共に、弾が詰まったかのようにゴーレムの攻撃が止まります。
それだけではありません。その場から動くことも出来ないのか、マシンは腕をだらんと落としてしまいました。
この突然の機能停止にハイドさんは大混乱です。機体をバンバンと叩き、冷や汗を流しました。
「……は? はあ!?」
「いくら装甲が堅かろうが、中身は精密機械だろ? 俺は機械音痴だからな。色々魔法を使ってたらぶっ壊しちまったな」
剣を肩に乗せ、やれやれといった態度のモーノさん。さっきから余裕の表情でしたし、もう勝負は決まっていたんですね。
そうとも知らずに勝ち誇っていたハイドさん。かっこ悪いですねー。この一瞬で全ては逆転してしまいました。
弄ばれたと思ったのか、彼は怒りをあらわにします。これはモーノさんが意地悪でした。
「て……てめえ! 苦戦しているふりをして内部に魔法を……!」
「俺がド派手な魔法しか使えないとでも思ったか? 甘く見てもらっちゃ困る」
ハイドさん詰みです。モーノさんを倒す手段はありません。
それでも彼はイキっています。転生者として邪魔なプライドがあるようでした。
「何なんだてめら……何なんだよ! 何度も何度も俺の発明を退けやがって! いい加減死ねよォ! 死ねえええェ!」
私もモーノさんも、冷たい眼差しでハイドさんを見ます。
なんて諦めの悪い……これは心を掴むのは難しそうです。
「だが! だがだがだがァ! この雷の魔石がありゃ再起動は可能だ! さあ、ぶっ潰して……」
「悪いハイド」
大きなため息をつくモーノさん。彼は魔石を使うハイドさんを哀れむように見下しました。
「お前と戦ってても面白くないわ」
右手をかざす英雄。次の瞬間、そこから大量の氷塊が放たれていきます。
なんという掃射速度でしょうか。魔石によって動き出したゴーレムもまったく反応が間に合いません。
降り積もる氷塊。やがて、それはマシンの下半身を完全に覆ってしまいます。氷魔法による凍結ですか。これは動けませんよ!
「ななななっ……!」
「始めから拘束すれば終わっていた。だが、あえてしなかった」
続いて、モーノさんは突き出していた右手を軽く振り払います。それにより、風魔法の突風が放たれ、機体に乗っていたハイドさんを吹っ飛ばしてしまいました。
完全にゴーレム無視! 空中に投げ出され、彼はそのまま地面へと落下します。ここまで一方的にやられても、相手さんは全くの無防備。やっぱり、典型的なインテリタイプだったんですね。
そんな敵さんを見逃すはずがなく、モーノさんは身体強化魔法で急接近します。まさに、圧倒的な力の差でした。
「始めから本体であるお前を狙えばよかった。だが、それもしなかった」
「くう……」
地面情けなくお尻を付けるハイドさん。初めて恐怖を感じたのか、全身がガクガクと震えています。今までの男らしさは欠片も感じません。
こうして見てみると彼、カッコよく着飾っていますが女顔ですね……小柄でなで肩、それを気にしてあんな言動や態度を取っていたのでしょうか?
何にしても、今のハイドさんはか弱い乙女。ですが、それでも許されません。モーノさんは容赦なく、もっていた剣を振り払います。
「お前を期待していたんだよ。だけど、がっかりだ。もう一度、自分の能力を考え直すことだ」
「ひ……ひい……」
剣による一閃。狙うはハイドさんの頭部。
それにより、彼の被っていたシルクハットが宙を舞います。真っ二つになり、もう使い物になりません。
彼は前に会ったとき、戦闘前に帽子を外しました。ですが、今回はずっとかぶりっぱなしで、頑なに外そうとしませんでした。
特に意味はない。まあ、誰でもそう思うはずです。
ですが、もし大きな意味があったのなら……
私は呆然とします。頭が真っ白になりました。
そんなはずがない。ありえない。だけど、ありえてもおかしくない。
必死にその理由を考えますが答えにたどり着きません。思わず口に出たのは、なぜかハイドさんの機嫌を取るお世辞でした。
「その眼鏡……似合ってますね……」
「ああ……気に入ってんだ……」
水色の可愛らしいデザインの眼鏡。
まるでヘアバンドのように、彼の頭に付けられていました。
これはあるシスターが作った物。この世に二つとありません。
ハイドさんが彼女から奪った……? ありえません。そんなことをする意味がない……
ではなぜ彼が持っているのか。その答えはメイジーさんの言葉にありました。
『ハイドは女性! このジルって奴がハイドなのよ!』
ああ、そうか……まいったな……
逆だったんです。
ジルさんが男性だった。この僅かな違いが捜査を難航させたのです。
メイジーさん、貴方の鼻を信じるべきでした。恐らく、香水か何かで隠した転生者のにおいを感じ取ったのでしょう。
ですが、それでも積極的に調べなかった。ハイドさんを見つけてしまったことで、ジルさんへの警戒が解かれてしまったからです。
悲しい気分になりました。私は道化、騙されるのは悔しいですけど嫌いじゃありません。
違うんです。あの優しいジルさんが偽りだった。
その事実を受け止められなかったのです。
やっと出せた。