92 ☆彼女の名前を呼びました☆
一つの魂から生まれた五人の転生者。その使命は主の秩序を乱し、世界に混沌をもたらすこと……
それが、女神さまの望んだ異世界転生。与えられた能力を行使し、夢のチート無双を行う。たったそれだけで彼女の悲願は果たされるのです。
なんだか、とても悲しくなりました。私たちはこんなことのために……
こんな事のために生まれて……
「違うなハイド」
「なに……?」
私の考えを否定するかのように、モーノさんの声が響きました。
彼はすんとした態度で腕を組みます。ハイドさんの言葉なんて気にも留めていません。まるで、己が本当にすべきことを理解しているかのようでした。
「能力、知識、何を持っているかで世界の為なんて語れるか。重要なのは何をするかだろ。お前はその『知』でミリヤ国の民を守った。そして今、今度はこのキトロンの街を戦乱に巻き込もうとしている」
お馴染みの鋭い眼光により、モーノさんは弟を睨みつけます。
「同じチート無双だ。どうしてこの差が生まれる? 答えてみろハイド!」
「ぐ……偉そうに説教かよ。お兄さまよお!」
論破した……あのモーノさんが論破した……
そうですよ、ピーターさんが言ってたじゃないですか。異世界無双とは、理想の自分を実現させる望み。望みとは、正しく使えば大きな力になるって……
だから、私たちは女神さまの思うようには動きません! この街を守るって心に決めたんですからね!
そんなこちらとは対照的に、ハイドさんは彼女の理想に賛同しています。どうやら、かなり感情的になっているようですね。
「哀れな女神には付き合ってられないってか? だがな……俺にはこいつの怒りが分かる! 『怒』の感情から生まれた俺は、こいつの味方をしたいと考えた! 例え他の転生者と敵対しようと! 女神の意思を全うし、世界に破滅と混沌をもたらすってわけよ!」
ようやく見つけた。ほんのわずかな矛盾……
発言の食い違い、噛み合わない前後の証言。指摘しないわけがない!
「待ってください。さっき貴方は強大な国家を作ることで魔王から聖国を死守できると説きました。ですが、実際は女神の意思で世界を混沌に巻き込もうとしています。これは明らかに矛盾してますよ!」
「破滅からの救済もあるだろ。俺はな、この聖国は相当にきな臭いと思ってるぜぇ……主とかいう胡散臭い神から切り離し、一度国を立て直した方が民衆のためだと思わねえか?」
そうですか……ハイドさんも私と同じように、このカルポス聖国の闇に気づいたんですね。
人間こそが主に愛された存在と考え、他の種族を根絶しようする動き。魔力やステータス至上主義で、商業の発展を阻害しようとする動き。
まるで意図的に世界を戦乱に導こうとしているような感覚です。ハイドさん、貴方のやり方では結局同じ場所にたどり着いてしまうんですよ……?
「テロリスト思考ですね。国民全員を貴方側に付ければ良いでしょう。ですが、半数だった場合は悲惨ですよ。どちらかが折れるまで争いは止まりません」
「承知も承知! どうせ止まっていようが魔王が混沌を呼ぶ。だったら俺は戦うぜぇ……女神の名の下になあ!」
つまり、戦乱を止めるではなく、魔王を倒せばそれでいいわけですね。
それはただ怒ってるだけです。滅ぼされたミリヤ国への復讐心。それがハイドさんをここまで突き動かしているのです。
改めて理解しましたよ。『楽』と『怒』はどこまでも相容れないと……
ですが、それでも私は語りと演出で戦います!
だって、私は心の異世界転生者ですから!
「女神さまに責任転換して、自分は悪くないって言いたげですね! まるで、自身の怒りに怯えているようですよっ!」
「……人の心に踏み込むってんだ。覚悟できてんだろうなあ?」
ハイドさんとの戦いも佳境。彼はパチッと指を鳴らして何らかの装置を起動します。
これはいよいよヤベー奴ですか。大きな地響きが起こり、この旧鉱山その物が揺れていると分かります。相手さんも本気という事でしょう。
やがて、ハイドさんの足元から巨大な何かがせり上がってきます。銀色に輝くそれはまるで機械のよう。ずっしりとしていて、かなりの重量だと判断できました。
「ミスリルゴーレム……もう、お遊びはねえぜ。本気でぶっ潰す!」
完全に地面から姿を現した人型の兵器。ゴーレム、主人の命令に忠実な泥人形です。
見る限り、泥では出来ていませんね。私の世界での鋼鉄によく似ていて、かなりの装甲だと分かります。
直線によって構成された無機的なデザイン。物凄いプログラムが施されているのか、ピコピコと機械音がしていました。
って、ロボだこれー! よくゴーレムを名乗れますね!
「あくまで世界感をぶっ壊すってわけですか! それは私たちの世界でもアウトでしょ!」
「かんけえねえよ! 俺の怒りをぶちまけるっ!」
ゴーレムの肩に乗るハイドさん、彼の合図によってマシンは両腕をこちらに向けました。
これは攻撃の気配! そう思った瞬間、その両腕から光る弾丸が一斉に掃射されていきます。
か……彼の腕はマシンガンってわけですか! 確かに凄いですが攻撃は短調! すぐに、ご主人様の操作によって逃げかわしました。
一方、モーノさんは回避するまでもなく、弾丸を剣によって叩き落としていきます。ハイドさん相手に一歩も退かないという意思を感じますね。
「ハイド……お前の作ったこいつに、元の世界やこの世界への思いはあるのか? どんな商品も、どんな兵器も、俺には薄っぺらいコピーにしか見えない!」
「思いだあ!? くだらねえ……くだらねえなあ! そんなものは一瞬にして消える! 死んじまったら無くなるんだよ!」
遠距離攻撃は効果がないと思ったのか、ハイドさんは次の行動に移ります。ゴーレムの背中が扉のように開き、そこから赤いジェットエンジンが現れました。
火を噴き、機体を急発進させるジェットエンジン。これは、接近戦を挑む気ですね!
猛スピードで突っ込んでくるゴーレムに対し、流石のモーノさんも魔法による対処に動きます。使用したのは地属性魔法。目前の地面を突き出させ、土の壁を作りました。
ですが、敵はそんな防壁など物ともせず、右腕をおおきく振りかぶります。
「どんなに心を繋げようが! どんなに相手を理解しようが! ある日突然奪われる!」
瞬間、マシンの拳が打ち付けられ。土の壁ごとモーノさんを殴りつけました。
「あの、ツァンカリス爺さんのようにな!」
「……え?」
なんで……何でここでツァンカリス卿の名前が……?
確かに、ハイドさんなら街で起きた事件を把握しているかもしれません。ですが、彼がツァンカリス卿の死を嘆くのは謎です。面識はないはずですからね。
徐々に大きくなる違和感……それが私の判断を鈍らせます。
「テトラ、お前は分かるはずだ! 俺もそうだった……先生、貴方の薬でだいぶ良くなったよ。先生、貴方と話していたら落ち着く。明日もまた来るよ。先生……先生……」
ゴーレムの肩の上、うわの空で会話を振るハイドさん。攻撃を受けたモーノさんは起き上がりつつ、そんな彼をジト目で見ます。
そうでした。今はモーノさんと一緒に戦わないと……何やってんだ私……
さっきの一瞬、モーノさんは氷魔法のプロテクターによって敵の攻撃を防ぎました。一瞬でも判断を誤っていれば致命傷。あのゴーレムはマジでヤバいです!
ですが、どうしても集中できません。心の異世界転生者である私は、ハイドさんの真意を探ってしまいます。
「最高の毎日だった……ずっとその日が続けばいいと思った……これが、僕の異世界無双だって……」
え……僕……?
なんでなんで……分からない……
全然読めないよ……!
「テトラ! 今はあいつのことなんてどうでも良い! 殺されるぞ!」
「ペンタクル……魔王ペンタクル……! 奴への怒りが俺を変えた……奪われる前に奪う! それが異世界無双なんだよ!」
頭がいっぱいになったとき。モーノさんとハイドさんの声が響きました。
私の目に映ったのは、こちらに右腕を振りかぶるゴーレム。すでに背中のエンジンは真っ赤な炎を吹き上げています。
不味い……! 悪い癖だ……考えすぎだよ……
これは……間に合わない!
「かはっ……」
「テトラ……!」
速すぎて、何が起こったのか分かりませんでした。
ただ、身体が物凄く痛い……たぶん大事な骨が折れてるかな……あはは……
私の背中には透明なクリスタル。そうか……ゴーレムの加速パンチを食らって、ぶっ飛ばされたんですね。そして、クリスタルに叩きつけられたと……
はあ……痛ったいなあ……レディ相手に容赦ないなぁ……
すぐに、モーノさんが私の治癒に動きます。ですが、それは絶対に許しません。
「モーノさん来ないでください……! 私、足を引っ張りに来たんじゃありませんから……」
「……分かった」
こちらに走る足を止め、モーノさんはゴーレムの前に立ちます。そして、炎魔法による攻撃を次々に放っていきました。
あのマシンは魔法攻撃すらも受け付けていません。何という装甲の硬さですか……これでは倒す手段なんてないじゃないですか……
はあ……痛みで後ろ向きになっちゃいますね……
不意に、私は背中に持たれかかったクリスタルを見ます。その中には褐色肌の女神さまが眠っていました。
「実の娘が死にかけてるのに、呑気にお眠ですか……? まったく、酷いお母さんです……」
聞こえているかも分からないのに、私は彼女に話しかけます。ただ、自分の思いを吐き出しました。
「私たち……同じ魂を分けた兄弟なのにバラバラになっちゃいました……喧嘩するほど仲がいいのなら良いんですけど……」
女神さまは何も言いません。以前として、眠り続けています。
彼女……主に信者を奪われた女神さまらしいですね。悔しかっただろうな……劣等感とかあったのかな……
たくさんいた信者の皆さん……残った人は殺されちゃったのかな……
そうですよね。だって、この世界は主以外の神様を信仰する人は悪魔信仰者と……
……!
……!?
ああ、そうか……
そうだったんだ……!
天啓に打たれました。
今、一つの謎が解き明かされたのです。
『まて、最後に一つ質問だ』
懐かしい声が響きます。
右手に握られているのは遺品のナイフ。
震えてるのはナイフ……? それとも私の手……?
『お前は~~~の使者じゃないんだな?』
この質問に私は嘘と答えました。
本当に私は嘘つきですね……だって、嘘というのが嘘だったんですから……
『……そうか。なら、気のせいだ』
盗賊の感でしょうか。それは気のせいではなかったのです。
そうか……貴方はそんな早い段階から真実に近づいていたんですね。凄いな……私も負けていられないですよね……!
身体がものっそい痛いですけど立ち上がります。そして、女神さまの眠るクリスタルと向き合いました。
「ずっと、苦しくて悔しかったんですよね……貴方を信じる民を奪われ、ずっと孤独だったんですよね……だけど、もう大丈夫です! 私が一緒にいます! 絶対に裏切ったりなんかしません!」
呼吸を整えます。
握ったナイフを振りかぶります。
「だから、目を開けてくださいよ……知らんぷりしないでくださいよ……!」
そして、それを一気にクリスタルに向かって振り落としました。
『テトラ・ゾケル、お前に女神バアルの加護あれ……』
「ねえ! バアルさま……!」
今、この瞬間。
空間が、世界が、全てが割れました。