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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第一章 黒猫さんと白猫さんのお話し
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09 私の意志を証明しましょう!


 朝、私は眠気眼であるものを見つけてしまいました。

 それは床に残された小さな染み。赤黒い色をしたそれは、昨日グリザさんが寝ていた場所にこびりついています。

 毛布でふき取った後を見るに、隠さなければいけないと思ったんでしょう。バカですね……とっくに気づいているに決まっているじゃないですか。必死すぎるんですよ。


 ただ茫然と見つめて、立ち尽くすことしかできませんでした。

 少しの静寂の後、突然私の耳に誰かの叫び声が入ります。この声はグリザさんにちょっかいを出していた子の声ですね。

 まったく、朝っぱらから騒がしいものです。こっちはそれどころではないのですが。


「なによこいつ! どこから紛れ込んだの!」

「だれか、やっつけてよ!」


 私以外の奴隷たちが一所に集まっています。ぼーっとしていたので状況を分かっていませんでしたね。はい。

 狭い牢屋の中なので問題が起きれば私にも影響してきます。華麗にスルーしたいところですが、仕方なく人ごみの中に身を投じるとしましょう。


 嫌々ながらも、私は問題ごとへと足を運びます。

 人ごみの中にはグリザさんもいました。なにやら皆さん、警戒した様子で何かを囲んでいるようですね。


「グリザさん、どうしましたか?」

「スライムが一匹紛れ込んだみたい。大したモンスターじゃないけど、放っておいたら危ないかも」


 ぴょんぴょん飛び跳ねたらようやく見れました。青くてゼリー状の物体が一つ、のそのそと動いています。

 積極的に人を襲おうとしないあたり、弱っているのか物凄く弱いのか。何にしても、そこまで危険性があるモンスターではなさそうです。

 ですが、私たちには武器がありません。それに、首輪をつけられていて下手に動けば爆発してしまいます。出来ることといえば、警戒してスライムを囲むぐらいってわけですか。

 おっけー、把握把握です。


「分かりました。何とかしましょう」

「え……?」


 困惑するグリザさんをスルーして、私は人ごみを掻き分けていきます。

 沈んだ気分は行動で晴らすしかありません。私の意思を皆さんに見せつけてやりましょう!


 この世界には魔法があります。モンスターがいます。私の持っている常識なんて通用しません。

 ですが、それがどうかしましたか。私には私のこだわりがありますし、京に従う義理もありません。チートを貰わなかったことを後悔したくありませんからね。

 これは証明すべき場面です。覚悟を示してくださいテトラ。あなたは異世界転生者でしょう?


「ちょっと、テトラちゃん危ないよ……! ケホッケホッ!」

「グリザさんはそこで見ていてください」


 武器を持たず、魔法も使えないのにもかかわらず、私はスライムの前に立ちます。グリザさんたちは固唾をのんで、私を見つめていました。

 では、行きますよ。今まで勉強し続けた異世界の知識。ここで使わなくてはいつ使いますか。


「スライムの体はとても単純にできています。私たち哺乳類のような複雑な体の仕組みを一切持っていません。それは、生物として不完全な部分が多いと証明しています」

「テトラちゃん……?」


 迷いもなく、スライムに手を伸ばしました。

 私の考察が正しければ、何の問題もありません。正しくなかったとしても、少し怪我をするぐらいです。

 恐れて何も出来ないぐらいなら、我武者羅に突っ走るのが私。リスクと刺激のない人生なんてつまらないじゃないですか!

 私の両手はゆっくりとスライムを包み込みます。


「目も、耳も、鼻もありません。脳みそもありませんから昆虫以下の知能。まるで程度の低い電子回路のように単純な動きしかできません。そんなスライムがどうやって人を見つけて襲うのか。答えは……」


 やがて、手はゼリー状の体をがっしりとつかみ、それを床から持ち上げました。


「振動。ゆっくり動けば怖くない!」


 私は持ち上げたスライムを天高くに掲げます。

 大丈夫、大丈夫です。この子は暴れたりなんかしません。私の考察は正しかったんです。

 唖然とする他のみなさん。そんな彼女たちに向かって、私は高らかに叫びます。


「取ったどー!」

「す……スライムを……」

「つかみ取りした……」


 感心した様子で見つめる皆さん。これですよこれ! この顔が見たかったんです!

 私がドヤ顔を見せる中、グリザさんは一人尻もちをつきます。どうやら、心配をかけてしまったようですね。


「はにゃあ……腰が抜けたよ……」


 彼女は意味深な笑顔を見せ、独り言を呟く。


「凄いなテトラちゃん……これで安心だね。うん、もう大丈夫……」


 聞こえるか聞こえないかという声でしたが、私には確かに聞こえました。

 これは異世界転生者の成せる技でしょうか? それとも、ただの幻聴だったのでしょうか?

 何にしても、後にこの言葉の意味を知ることになるでしょう。


 牢屋の中で騒いでいたので、すぐに商人さんが駆けつけてきます。

 よっぽど私の動向を気にかけていたのか、真っ先に来たのはいつもの商人さんでした。本当に世話焼きな人ですねー。


「お前ら! 何をしている!」

「商人さん見てください! 取ったどー!」


 そんな彼に生きのいいスライムを見せつけます。暴れないよう、振動を控えて動かせば全然大丈夫ですから。

 ですが、商人さんは口をあんぐりと開けて呆れた顔を見せます。そして、拳を震わせ、昭和の頑固親父のように叫びます。


「お……お前というやつは……さっさと捨てろバカ女が!」

「ぎゃわー!」


 声の振動と共に、スライムが暴れだしてしまいました。ちょ……死ぬ……! 襲われるー!

 スライムは飛び上がり、私の腹部に体当たりをかまします。「ぐふっ……」っと格闘アニメのような声を出し、その場にうずくまってしまいました。

 そんな私を商人さんは頭を抱えて見ています。見ていないで助けてほしいですが、彼も彼で真剣なご様子。


「魔法も、武器も使えない。モンスターも倒せないお前が……」


 いじめっ子だった人が、パンチでスライムをKOします。同時に、商人さんは一人言葉をこぼしました。


「なぜこうも掻き回す……!」


 彼の疑問に答えることはできません。これもそれも全部私の気まぐれ。特に深い理由はありませんし、この結果に結びついた要因も不明です。

 ただ、なんだかとっても胸がすっきりしました。以前、気まぐれに追い払ったいじめっ子さんが今、私の危機を救ってくれたという事実。

 運命って私以上に気まぐれですよねー。彼女には感謝感謝ですよ。


「ありがとうございます。助かりました!」

「貴方……本当に変なやつね」


 やれやれといった様子で、いじめっ子さんは背を向けます。完全なツンデレですね。私への好意と都合よく受け取っておきましょう。

 っと、そうでした。グリザさんが尻餅をついていたんでしたね。

 私はすぐに彼女のもとに駆け寄り、その手をつかみます。ですが、彼女はちゃんと一人で立てるようですね。


「グリザさん大丈夫ですか!」

「うん大丈夫。もう怖くないよ」


 満ち足りた表情で、グリザさんは笑っていました。

 ずっと、何かに怯えていたような彼女が、今は安どの感情にあふれています。それが、私にはとても怖く感じて仕方がありません。

 少女は立ち上げると、私に向かって頭を下げます。


「ありがとうテトラちゃん。貴方に出会えて本当に良かった……」


 彼女の言葉に対し、私は何も返すことができませんでした。

 近くにいるのに、とても遠くに感じられて、目の前が真っ白になったような気分です。私の力ではどうにもならない現実があるのですから。

 そんな時でした。突然、誰かが私の首根っこを引っ張ります。


「テトラ……こい!」

「ひゃう!」


 その正体は商人さん。彼は険しい顔をしながら、私を牢屋の外へと引っ張っていきます。

 ちょ……さっきスライムにやられたダメージ残ってますって。溝に「ぐふっ……!」とやられた痛みが広がるじゃないですか!

 そんな私のことなど無視、商人さんはただ引っ張り続けます。まったく、乱暴なものですよ!

 引きずられながらも私は彼の顔を見ます。覚悟を感じるその表情。なんだか少し、様子がおかしい……?













 商人さんの控室。石造りの壁に椅子と机が置かれた質素な部屋。私はそこに呼び出されてしまいました。

 商人さんは目を細めがら、用件を話していきます。それは、私にとって大きなターニングポイントになるお話でした。


「……よく聞け、お前の買い手が決まった。高額だ。これ以上値は動かないだろう。近いうちにここの生活も終わる。別れの挨拶はすませておけ」


 畳み掛けるように事は動いていきます。

 まだ私はグリザさんの件に対して答えを出していません。牢屋の人たちの心もつかんで、ようやくこれからという時にこれですか。

 確かに望んでいた展開です。ですが、まだ早いんですよ……


「そんな……いきなり……だってまだ……!」


 私がそう言いかけた時、商人さんが声を張り上げます。


「行けッ! 振り返るな……!」


 そのあまりの威圧感に、完全にうろたえてしまいました。

 いつもぐちぐちと説教を言っていた商人さん。そんな彼が、初めて本気の形相で叱咤しました。

 そうですよね……この暗い牢獄から抜け出すチャンス。前に進まなくてどうするんですか。

 商人さんは視線を逸らしつつ、遠い目をします。何か、思うことがあるようですね。


「私は人身売買を行う商人だ。憎まれ、軽蔑の目で見られ、恨みを買った者に殺されることも覚悟してきた」


 彼は私に背を向けつつ、言葉を続けます。


「お前のような商品は初めてだ。私はお前の口車に乗ったことを後悔している」


 後悔……?

 それはもしかして、強がりでしょうか……?

グリザベラ「テトラちゃんの世界にはスライムに似た生物っていないの?」

テトラ「アメーバという単細胞の微生物はいます。スライムほどの大きさでアメーバと同じ形を保っていることには驚きですね。とても単細胞とは思えません」

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