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5.会食



婚約式も無事終わり、撤収を終えた両国の一行は、イスファン国の砦で宴の真っ最中であった。

中庭では赤々と揺らめく篝火が天を焦がさんばかりに焚かれ、料理も酒もふんだんに振る舞われている。絶えることのない陽気な調べに踊る者、歌う者。笑い声に、怒声に嬌声。隣り合う者と喋るのにすら、大声で怒鳴り合わなければならない程の喧騒は、正しく無礼講という名の祭りであった。


「屋外の兵士たちも、大分羽目を外しておるようですな」

「真に。このようにめでたいことはそう幾度も有りませぬゆえ、今日ばかりはお目こぼしを、ロスガルド公爵」


公爵の言葉に謝辞を示したのはイスファンの軍服に身を包む男だった。


「いや、咎めておるわけではない。両国の兵士があのように同じ皿の料理を取り、同じ甕の酒を飲む。真、喜ばしいこと。協定の折にも感じたが、この度はまた一入(ひとしお)感慨深く思われて」

「何の、一年後には国中を上げてのこの騒ぎになりましょう。これしきまだまだ」


砦の城の2階、外の喧騒の届くその部屋では、リュスターク、リディアンリーネの両名を囲み、両国の代表が、こちらも無礼講で食事を楽しんでいた。


ラティスハルク国からは宰相でもあるアスベルト・フェイ・ロスガルドとその息子、エルンハルト・フェイ・ロスガルド。騎士団長のテオドル・オーラ・ハルツバリ。


イスファン国からは外務大臣でありリュスタークの叔父でもあるアレクシス・ヴェサ・タハティとその息子、ルーカス・ヴェサ・タハティ。近衛騎士団長のセヴェリ・リク・ペルトニエミ。


どの顔も杯を重ね、朱を刷いたその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

眼前に並べられた料理はあらかた食べ尽くされ、食後酒と共にデザートが並べられていく。


「国を挙げての騒ぎは間違いありませんね、父上。このように美しい姫君にお輿入れ頂けるなど、我が従兄弟といえど、羨ましい限り。お披露目の夜会では是非一曲、お相手いただきたいものです」

「これ、ルーカス。軽口を」

「いえ、お褒め頂き恐縮です。ですが妹は先日成人したばかり。我が国でもデビュタントを済ませておりませんので…」

「おや、ではイスファンに着いての最初の夜会が、デビュタントとなられますか?ならば余計に是非とも……」


ルーカスの言葉に肩を強張らせたリディアンリーネを目の端に捉えてリュスタークは遮る。


「いや、ルーカス。確かに我が婚約者殿のお披露目ではあるが、デビュタントと一緒にしてはダメだ。それは姫が我が国に少し慣れられてから改めて行おう。リディアンリーネ嬢。最初のダンスはラティスハルク国の曲を流しますし、心配はいりませんからね?」

「はい、ありがとう存じます」


ほっとした小さな笑みを浮かべて礼を言うリディアンリーネに軽く頷くのへ、ロスガルド公爵が声を掛ける。


「ご配慮ありがとうございます、殿下。ところで殿下は我が国のダンスを?」

「はい、何曲か。何年か前に機会がありましたのでその時に。昔取った杵柄で申し訳ないですが、まぁ、何とかなろうかと」

「我が国のダンスをご存じとは光栄な。テオドル。楽師は連れてきていたな?」

「はっ」

「殿下、如何でしょう。わが娘の為に殿下に恥をかかせるようなことがあっては申し訳ない。楽師もおりますし、娘と一曲?」

「そうですね…今一度踊っておけばまだ形になりましょうか。リディアンリーネ嬢、お相手願えますか?」

「はい、喜んで」



場所を晩餐室から応接間へ移し、柔らかに揺れる光の中で二人は滑らかに踊っていた。

軽やかなリュートの音が、夜の|一時≪ひととき≫を彩る。

久しぶりとは思えぬ軽やかなステップでのリードに、リディアンリーネの心は10年前に飛んでいた。一曲目は少年と踊った思い出の曲だった。


―――りゅう…



「父上」

「ん?」


二人のダンスを肴に酒杯を傾けつつ、エルンハルトは隣の父親に話しかけた。


「どのような方かと心配しておりましたが、安心いたしました」

「そうだな、またとない方のようだ」


ダンスは二曲目を終え、三曲目に入っていた。


「ダンスすらこのように何曲もご存じとは、先に聞いた噂が何やら本当のような気がいたします」

「噂?」


聞き返す父親に頷いて続ける。


「10年前の協定の折の話です。最初遅々として進まなかった協議が急に進み始めたのは、親ラティス派の殿下のお口添えがあったからとか」

「いやいやまさか。10年前といえば殿下はまだ12~13歳ほど。失礼ながらいくら英明と名高い殿下でも、そのお年で…」


苦笑しながら否定する横から声がかかる。


「おや、エルンハルト殿、どこでその噂を?」

「タハティ公爵」

「…今朝貴国の騎士の話が耳に入りまして…」

「む、婚約式の当日に不謹慎な…処罰の必要な騎士がいるようだ。……不躾ながらその先を?」

「はい、殿下にはその折知り合われた娘を、長く想っておられるとか。それで、老婆心ながら少し、心配しておりました。―――が、先程より殿下を拝見させていただいておりまして、心配は杞憂と安心いたしました。思う方の有無にかかわらず、殿下は妹を大切にして下さいましょう」


朗らかに笑むエルンハルトに、タハティ公爵はふむと唸り視線をリュスタークへと向けた。


「噂はな、一部真実だの」

「なんと?」


驚いたように目を見張るロスガルド公爵にタハティ公爵は頷く。


「口添え、と言うほどの物ではなかったのだが、まぁ、切っ掛けにな。協定の折、その十数年小競り合い程しかなかったとはいえ、貴国とは建国以来の因縁の間柄であった。戦に倦んでいたとはいえ、信頼関係が築けるほどでもなし」

「確かに」


同意するロスガルド公爵に頷き返して続ける。


「ロスガルド公爵。貴殿の奔走は知っていたし、ありがたかった。私も何とか協定のために手を回しておったのだが、なかなかまとまらぬでな。…あれは協議が始まって一月程経った頃だったか。遅々として進まぬ協議に、檄を飛ばす陛下よりの書簡を持って、殿下が来られたのは。到着の前に川で溺れた貴国の町の娘を助けたとかでな」


昔を思い出すようにぽつりぽつりと話す公爵に、ラティスハルク国の公爵家の二人の肩がぴくりと揺れる。


「…一月……溺れて…?」

「イスファンの者だと名乗ったリュークに娘は言ったそうだよ。”リュークがイスファンならイスファンが好き”だと。その話をしながらリュークが言ったのだ。子供に恨みも憎しみも伝えてないラティスハルクを見て、協定さえ成れば本当に平和が来るのだと思ったと。話を聞いて我ら一同目から鱗の落ちる思いであったよ。子供に憎悪を植えぬ貴国を信じられぬなら、以降どこの国をも信じられぬであろうと。そこからはご存じの通り速かったな」

「……」

「……」

「あー、…うん」

「…父上」


タハティ公爵の語りを微妙な顔で聞きながら、二人の声から力が抜ける。


「その娘は今?」


虚ろな目の二人にタハティ公爵は首をかしげた。


「いや、残念ながらその町の娘ではなかった上、名前も偽名だったようでな。リュークも八方手を尽くして探しておったようだが、残念ながらとうとう見つけられなかったようだ。だからエルンハルト殿の心配することは起こらぬよ」


苦笑しながら首を振るタハティ公爵を前に、エルンハルトはがっくりと首を落とす。


「エルンハルト殿?」

「はい…起こらぬようです」


喜ばしいはずの事に、何故か項垂れるエルンハルトに不審な目を向け、問いかけるようにロスガルド公爵へと視線を移す。


「…その娘……」


重い口を無理やり開きロスガルド公爵は続けた。


「…名を……リンと言いませんか?」

「……?その通りですが、…なぜご存じで?」


いぶかしげな視線。タハティ公爵の眉間の皺は、更に深く刻まれた。


「お恥ずかしながらその娘…アレのようです」


項垂れたロスガルド公爵のグラスを持った指が一本、軽やかにダンスを踊るリディアンリーネの方をこっそり指していた。


「…は…?」


視線が指先を辿り、思考が追いつくのに数秒かかる。


「はぁっ!?」


思わず立ち上がったタハティ公爵とルーカスに不審の視線を向け、リュスタークは足を止めた。


「叔父上?」


その声に我に返り慌てて咳払いをして取り繕う。


「い…いや、こちらの話だ。お前たちは踊っていなさい」

「大丈夫ですか?」

「問題ない。大丈夫だ。レンシュウブソクヨクナイ」


何故か片言で、シッシと手を振るタハティ公爵は、その不敬に気付く余裕すらなかった。軽く肩をすくめると、リュスタークはリディアンリーネに向き直った。


「では殿下、最後に私の踊れるイスファンの曲に、お付き合いいただけますか?…と言っても、殿下と違って一曲だけなのですけど…」

「喜んで、姫君」


再び踊りだした二人を後目にようやく腰を下ろしたタハティ公爵とルーカスはロスガルド公爵の方へと身を乗り出す。


「で?どういうことなのでしょう?」

「お恥ずかしい話ではあるのですが……あの時…ただ寂しいという理由で荷物に潜り込んでついてきた娘は、

酸欠と脱水症状で瀕死の状態で発見されまして…」

「それは…まぁ…」

「行動力のあ…る……?」


何とか褒めようとして失敗したルーカスは、視線を明後日の方向へと逸らした。


「周りに迷惑をかけた罰として王都に戻るまで、ロスガルドの名前を名乗ることを禁じました。名を変え、ただのリンと言う町の娘として市井に混じって生活すること。それが私が娘に与えた罰であり課題でした。とはいえ6歳の娘です。ショックを受けて自らの立場を顧みる切っ掛けとなれば良い程度の思いだったのですが、何をどう間違えたのか馴染みすぎまして……あろうことか町の子供たちと町の外へ出かけていることを知ったのは、ずいぶん経った後でした。とはいえ私が言い出したことゆえに止めることも儘ならず、溺れかけたと聞いた時にはまた肝が冷えたものでしたが…かけたのではなく、溺れたのですね…アレは…」


大きくため息をつき、目頭を押さえる父親に


「父上、リディですから…」


慰めにもならない言葉をエルンハルトは掛けた。


「…だな…まぁ、その後はさすがに見張りを付けようとはしたのですが、急に進展を始めた協議に忙殺され、人手が足らなくなり…」

「あぁ…忙しかったですよね…」

「…まったく…」


遠い目をする二人の公爵に大きく肩を落とす二人の息子。それを見守る二人の騎士は、何とも言えない苦い笑いを、ダンスを踊る二人に向けていた。


「結局リディは初恋の君の所へお嫁に行けるんだねぇ…」


喜び半分苦笑半分のエルンハルト言葉に父公爵も苦笑を返す。


「リュークも長患いが解消するわけだ」


こちらは羨望半分呆れ半分のルーカス。


「リュークに教えてやりますか?父上」


にやりと人の悪い笑みを浮かべた息子の言葉に、しばし考えたタハティ公爵は、やがてゆるゆると首を横に振った。

「いや、10年は長い。お互い初対面として向き合った方がいいのではないか?思いが本物ならいずれ気付くだろうし、気付かなかったとしても、新たに関係を築けるならその方が良いだろう」

「ふむ、少なくとも一年はこのままでよいであろうよ」

「ではこのことは決して他言無用、ということで。良いな?」

「「はい」」

「はっ」

「……セヴェリ?」


タハティ公爵は、眉間にしわを寄せてうつむく近衛の名を呼ぶ。


「っ!…」


僅かに跳ねる肩を優しげに見つめ、重ねて声を掛けた。


「決して悪いようにはせぬ。他言無用ぞ?」

「…はっ!」


リュスターク付の近衛として長年探索にも手を貸し、式直前のリュスタークを見ていたセヴェリは、右手を胸に当て、苦しげに返事を返した。




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